ストライクはアークエンジェルのカタパルトデッキに降り立つ。
キラはストライクの手に乗せたマリューや友人達を気づかうように、そっと、下ろした。
「ラミアス大尉!」
「バジルール少尉!」
奥の格納庫から地球軍の制服を着た女性、ナタル・バジルールと下士官達が駆け寄り、マリューの前で敬礼をする。
「ご無事で何よりでありました」
「あなた達こそ、よくアークエンジェルを……。おかげで助かったわ」
マリューは、無事生還出来たのを安心したのか、微笑み加減で敬礼をする。
ストライクから、機械の駆動音と酸素が解放されるような音が響き、コックピットハッチが開かれ、キラストライクから降りてくる。ストライクの足元にいた者たちは、キラに視線を向けた。
「おいおい、何だってんだ!?子供じゃないか!あのボウズがあれに乗ってたってのか!?」
ツナギを着た整備兵、コジロー・マードック軍曹が驚いたように声を上げた。
「……ラミアス大尉……これは?」
ナタルの質問にマリューは一瞬、ストライクを降りたキラに目を泳がすと、目線を落とした。
「へー、こいつは驚いたな。地球軍、第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉、よろしく」
格納庫の方からパイロットスーツに身を包んだ男性がやってきた。ムウはカタパルトデッキにいる士官達に向かって敬礼をする。
「第2宙域、第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」
マリューとナタルはムウに敬礼で返す。その時、νガンダムがカタパルトデッキに降りてきた。その場にいた全員が目を向ける。
「もう1機のGATシリーズか!さっきの戦闘も凄かったが、こうもモビルスーツが2機並ぶと、なかなかの迫力だな」
白と黒に塗られたνガンダムと灰色のストライクを見上げ、ムウがおどけたように言った。
「マリュー大尉、あの機体は?」
「実は私も知らないのよ……。少なくとも、ヘリオポリスのモルゲンレーテで見た事はないわ」
「どういう事でしょう?」
「わからないけど……もしかしたら、ここ以外で地球軍が建造したGATシリーズかしら?外見もよく似てるし、試作機かもしれないわね。さっきの戦闘でも味方として戦ってるし、敵ではないでと思うわ」
マリュー自身が質問をしたいくらいだったが、ナタルの疑問に憶測で答えた。νガンダムに目線を向けると、コックピットからパイロットである男性が降りてきた。
「新興外郭部隊ロンド・ベル所属、アムロ・レイ大尉だ。この船の艦長はいるか?」
アムロは敬礼をしながら、その場を見渡す。
「……艦長以下、艦の主立った士官は皆、戦死されました。よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思いますが」
ナタルは、アムロに敬礼すると、眉間に皺をよせ、目線を床に向け答えた。
「え!?」
「無事だったのは艦にいた下士官と、十数名のみです。私はシャフトの中で運良く難を――」
「艦長が……、そんな……」
マリューは絶句する。キラの力を借りたとは言え、あの絶望的な状況でストライクを稼動させ、生還してみれば、頼るべき上官達は戦死し、マリュー自身が艦長として祀り上げられているのだから。
「やれやれ、なんてこった。それはそうと、乗艦許可を貰いたいんだがねぇ。ともかく許可をくれよ、ラミアス大尉。俺の乗ってきた船も落とされちまってねー」
「俺も戦闘中に流されてしまって――、出来れば、乗艦許可を貰えるとありがたいんだが」
「あ……、はい、お二人とも許可致します」
マリューは一瞬、返答に困ったが、この場の最高責任者として、ムウとアムロの顔を見ながら答えた。
「――で、あれは?」
「御覧の通り、民間人の少年です。襲撃を受けた時、何故か工場区に居て……私がGに乗せました。キラ・ヤマトと言います。」
「G――、ストライクの事か?」
「あ、はい。アムロ大尉。――彼のおかげで、先にもジン1機を撃退し、あれだけは守ることができました」
ムウの目線の先には、キラとそ友人達がこちらを伺うような感じで見ている。マリューはキラ達の事とストライクでの戦果を伝えた。
「ジンを撃退した!? あの子供が!?」
ナタルも含めた下士官達も驚く。しかし、それは無理もない事だった。自分達の切り札が民間人の子供の手によって操られ、敵のモビルスーツを撃退したのだから――。
アムロは初めてモビルスーツに乗った時の事を思い出していた。民間人の身分でモビルスーツに乗り、ザクを撃墜した日の事を。あの時、自分がした事と同じ事を、キラという少年がしているのだ――。
「俺は、あれのパイロットになるヒヨっこ達の護衛で来たんだがねぇ、連中は――」
「ちょうど指令ブースで艦長へ着任の挨拶をしている時に爆破されましたので……共に……」
「――そうか」
ムウにとって、ナタルの言った事は、己の任務の失敗を意味していた。GATシリーズに乗る事無く死んだパイロット達の事を思い、しばし思いに耽る。やがて、顔を上げ、キラの方に歩みを進めた。
「な、なんですか?」
「君、コーディネイターだろ」
「――!」
その場にいた、アムロを除く全員がムウの言ったキラへの問いに驚き、息を詰まらせる。
マリューは、ストライクに同情していた時の予感が当たった事と、キラ達を巻き込んでしまった事に顔を顰めた。
――コーディネイター?――アムロだけは、何事かと事態を静観している。
「……はい」
やがてキラは認めるように答えると、警備兵が銃に手を掛けようとした。
「な、なんなんだよそれは!コーディネイターでもキラは敵じゃねぇよ!さっきの見てなかったのか!
どういう頭してんだよ、お前らは!」
「トール……」
友人の1人、トール・ケーニヒが、キラを庇うように立ちはだかり、警備兵を睨む。
「何もしてない民間人に銃を突きつけるだと!?お前達、何をしているのか分かってるのか!銃を下げろ!」
「……銃を下ろしなさい!」
アムロもこの事態が異常なのに気づき、声を上げると、マリューは即座に、この場を治める為、かなり重い口調で警備兵に命令を発した。
「ラミアス大尉、これは一体――」
「そう驚くこともないでしょう?ヘリオポリスは中立国のコロニーですもの。戦渦に巻き込まれるのが嫌で、ここに移ったコーディネイターが居たとしても不思議じゃないわ。違う、キラ君?」
「ええ、まぁ……僕は一世代目のコーディネイターですから」
詰め寄るナタルをなだめるように、マリューは言うと、キラは仕方なく答えた。
「両親はナチュラルってことか。……いや、悪かったなぁ、とんだ騒ぎにしちまって。
俺はただ聞きたかっただけなんだよね――ここに来るまでの道中、これのパイロットになるはずだった連中の、
シミュレーションをけっこう見てきたが、奴等、ノロくさ動かすにも四苦八苦してたぜ。やれやれだな」
ムウは悪かったとばかりに、首の後ろに手を当て、ストライクとνガンダムを見上げながら言った。もちろん、死んだパイロット達を軽んじているわけではない。あれだけの機動をさせたパイロットが何者なのか純粋に
知りたかっただけなのだ。それをやってのける2人、アムロとキラに視線を投げる。
――アムロ大尉も恐らくコーディネイターだろう……。と、思いがよぎる。そして、その場を離れるように歩き出した。
「大尉!どちらへ?」
「どちらって、俺は被弾して降りたんだし、外に居るのはクルーゼ隊だぜ?」
「ええ……」
「あいつはしつこいぞー。こんなところでのんびりしている暇は、ないと思うがね。あんたもそう思うだろ、アムロ大尉?」
呼び止めたナタルにムウは答える。――そう、ムウには確信出来ていた。奴、ラウ・ル・クルーゼは必ず来る。
戦場を駆けた者なら分かる、感のような物か。なんとなく同じような匂い感じたアムロに同意を求める。
「――ああ、恐らく」
アムロは頷き、先程の戦闘を思い返す。あれは世界を押しつぶすくらいの悪意――。
ムウは同意を得ると「ほらな!」と言って、立ち去っていった。
「各員、持ち場に戻って脱出の為の作業を始めて――。アムロ大尉、キラ君、モビルスーツを格納庫に入れてもらえますか?――あとで、アムロ大尉は、ブリッジにお願いします」
マリューはその場にいたクルーに指示を出す。今は、とにかく脱出を優先させなけれならない。
キラの友人達はクルーによって、居住区に移動させられた。
その場に残ったのは、アムロと1人残ったキラに歩み寄り、肩を叩く。
「彼も悪気があって言ったわけじゃない。許してやってくれ」
「あ……、はい。さっきは助けてもらって、ありがとうございました!――あんなに火力があるって知らなかったとは言え、コロニーに傷を――」
キラは素直に頭を下げると、自分がした事を思い出し、顔を青くする。それを見たアムロはキラの肩を再び叩くと言った。
「キラ・ヤマト、君はこんな状況で、初めてガンダムに乗って生き残った。今はそれでいい。それに、僕も君と同じ経験があるからな。気持ちはわかるつもりだ。あまり気にするな」
「アムロ大尉もですか……?」
「ああ、そう言う事だ。それにしても、ストライクは戦闘中と色が違うんだな」
「はい……詳しくは知りませんが、フェイズシフト装甲って言うらしいです。何でも、実弾兵器を無効化させるみたいで……」
「実弾を無効化か……、凄い物だな」
キラはアムロの言葉に少し救われた気がして、アムロと共にストライクを見上げながら話を続ける。アムロはキラから受ける説明に驚きを隠せなかった。
「そう言えば、アムロ大尉のモビルスーツもガンダムなんですか?」
「そうだ。ストライクと同じガンダムタイプだ」
「――って事はOSも同じですか?」
「普通は基本的に、どのモビルスーツもOSはあまり変わらないと思うが――」
キラは、隣にいるアムロが自分と同じではないか――と思い、思い切ってアムロに質問してみた。
「あっ、あの――アムロ大尉もコーディネイターなんですか?」
「なんて、ナンセンスだ……」
「ええ、信じられませんね……」
アムロとキラの会話は、マードックに呼び止められるまで続いた。その後、モビルスーツをハンガーに納めると、
アムロとキラはブリッジに向かっていた。本来なら、キラはブリッジには呼ばれてはいないが、アムロもキラとの会話で混乱するような、
信じられない状況であると判断し、キラも一緒に来るように頼んだのだ。キラもアムロの事を身近に思い、それを快く了承した。
「ナチュラルとコーディネイター、コロニーと地球、それにガンダムか――なんで、こんな事にっ!しかも、戦争まで――」
「アムロさん……」
アムロは、訳も分からず壁を叩く。旧世代のSFの物語のような事が現実に起こっているのだ。
到底、受け入れがたい現実だった。しかも、この世界でも同じような戦争が行われ、
1年戦争当時の自分と同じ境遇に陥ったキラがいるのだ。これも何かの因縁なのか……。
「いったい、俺に何があったって言うんだ……」
「……わかりません。でも、アムロさんが僕の前にいる現実は本当です」
「わかっているさ、ここで死ぬわけにはいかない。でも、これはあまりにもナンセンス過ぎる」
アムロは歩きながら頭を抱えた。そんなアムロを見てキラは、――僕は、まだ幸せなのかもしれないと思った。
キラにはトールのように庇ってくれる友人達がいる。しかし、今のアムロには、友人も何もいないのだ。
νガンダムに乗って戦っていたら、この世界に飛ばされてしまったのだから。混乱するのも無理はない。
キラ自身が同じ目にあったらと想うと、ぞっとした。
「僕にもよく分からないけど、アムロさんがこの世界に来たのには意味があると思うんです」
「……意味だって?」
「ええ、だってアムロさんが体験した1年戦争当時の出来事とガンダム。これって、似すぎてますよ。だから、何かあるんだと思います」
「すまない、勇気づけてくれてるんだろ?」
「いえ、気にしないでください。僕も助けてもらいましたから。出来る事があれば協力させてください」
「ああ、よろしく頼む」
アムロは知らない世界で、こうも自分を言葉を受け入れてくれるキラに感謝の言葉を述べた。
アムロとキラはブリッジに入るとマリュー達の方に進んでいく。今、ブリッジにいるのは、マリュー、ムウ、ナタルの3人だけだった。
「あ、アムロ大尉。それにキラ・ヤマト君……」
「キラ・ヤマト、誰の許可を取ってブリッジに入った!?」
マリューは、キラを呼んだ覚えはなく、ナタルはブリッジに入って来たキラに声を荒げて言った。しかし、ムウがいさめるように合いの手を出す。
「別にいいんじゃないか?ストライクを動かせるんだし、少しでも戦力は欲しい状況なんだ、話に参加してもらえば――」
「――しかし!」
「バジルール少尉、すまない、俺がキラを連れてきたんだ」
「アムロ大尉が!?」
「まぁ、色々と複雑な事情があってな……」
「アムロ大尉、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
マリューは、アムロの青ざめた顔を見てか、言葉をかけた。その時、内線コールが鳴る。格納庫にいるマードックからだった。
「なにか?」
『すまない艦長――、報告があるんだが……。そっちにいっていいか?ここじゃ言えないんだ』
「分かりました。早くお願いします」
『了解した。すぐにいく』
「何だって?」
「さあ?ただ、報告があるって……」
内線を切るとマリューは息をついて、ムウの質問に答えた。
しばらくすると、マードックがブリッジに入ってきた。マードックはアムロを見つけると視線を向ける。
「マードック軍曹、報告って、何かトラブルでもあった?」
「ええ、大アリですよ。そちらの大尉さんがいるなら話が早い」
「アムロ大尉のモビルスーツに何か問題でも……」
マリューは何事かと心配しながら報告を促し、マードックは報告を始める。
「あのモビルスーツ、GATシリーズとは、まったく違いますよ。武器の流用も利かない、メンテしようと思って
OSを立ち上げたら、これもまた違う。挙句の果てに、パワーゲインはストライクが玩具に思えるくらいに
比べ物にならない。大尉さん、いったい、ありゃ、何なんですか?」
「どういう事?」
「艦長、あのモビルスーツは化け物って事ですよ」
マードックはアムロを見ながら言った。全員の視線がアムロに集中する。
アムロはため息をつくと、νガンダムを含め、事の経緯を話し始めた――。
「正直、信じられないわね……」
マリューは判断がつかない様子で、ムウとナタルを見つめながら言った。
「無理に信じてもらわなくても、かまわない。俺自身も信じられない状況だからな。信じてもらえなくても仕方がない」
「でも、アムロさんが言ってる事と今の状況は、凄い一致してるんです!」
「それをいきなり信じろと言われてもな……」
アムロは苦汁をなめるような様子で話すと、キラがみんなを説得するかのように言ったが、ムウが困ったように呟く。
「スパイの可能性もあります。私は拘束すべきだと思います」
「でも、アムロさんはナチュラルなんですよ!?それに、アムロさんのνガンダムが何よりも証拠じゃないですか!」
厳しい視線をアムロに向けながら、マリューに進言するナタルにキラが言う。
「確かに機体は、正直、この世界の物とは思えねえな。装甲とかもザフトの物とは違うようだし。
メカニックとしては気になる機体だしな。なあ、大尉さんよ、戦闘データとかは残ってるかい?」
「お!俺も気になるね、見せてもらいたいな」
「私も……」
アムロの話とνガンダムがメカニック心を刺激したのか、マードックが言ってきた。ムウも同じような匂いを感じた
アムロの戦闘データに興味が沸いたようだ。マリューも言いかけたが、ナタルの厳しい視線を浴び、口を閉じた。
「今だと、νガンダムの中で見る事になるが、それでもいいか?」
アムロが答えると、マードックもムウも頷く。
「何かおかしな真似をすれば撃ちます」
ナタルがアムロに警告を発するとアムロは頷いた。
マードックを先頭にしてアムロを囲むように全員が格納庫に降りていった。
νガンダムのコックピットの中に全員が入り、アムロシートに座り、コックピットカバーを閉じると360度スクリーンが格納庫内を映し出す。
「うわっ、こりゃ驚きだね」
「すげーな」
「ストライクと全然違う、全方位見れるんだ……」
「なんだか、足元が怖いわね……」
「ええ……」
ムウ、マードック、キラが素直な感想を述べる。マリューとナタルは宙に浮いてる感じがして少し怖がっている。
「それじゃ、始めるがいいか?」
アムロが言うと、全員が頷く。すると、格納庫だった風景が、星が瞬く宇宙空間に変わり、
正面には地球と巨大な隕石・アクシズが映し出された。そして、戦闘が始まり、次々と知らないモビルスーツ達が映り、
爆発しては星となっていく。アクシズの地球落下を阻止する話をアムロから聞いてるだけに、
その映像に凄みがかかって見え、アムロを除く全員が息を呑む。
「これがモビルスーツ同士の戦闘……すごい……しかも、ナチュラル同士が戦ってる……」
誰かが驚くように呟くと、赤いモビルスーツが映り、ビームサーベルで攻撃をしてくる。
「きゃっ!」
「うわっ!」
そこでアムロは映像を切った。慣れていないと酔う可能性があるからだ。スクリーンは何も映し出さない状態になり全員が呆然としていた。
「俺は信じるぜ……」
「これは信じるしかないだろ……」
「私も信じるわ……」
「これがアムロさんの世界の戦争なんだ……」
「……」
コックピットを開けるとシートに座るアムロと、ヘタリこんで、口元を片手で押さえているナタルを残して呆然と全員が降りていった。
「少し酔ったようだな、バジルール少尉、大丈夫か?」
「……はい、すいません……」
アムロが手を差し出すと、ナタルは少し青ざめた顔で、その手を取った。