フレイがアマルフィ家に身を寄せ、二日が経った。
フレイは一人、自分に宛がわれた部屋の窓辺で外を眺めていた。監禁される訳でもなく、窮屈な思いはしていなかった。
「……なんで、ナチュラルの私に優しく出来るの……?」
幼少の頃に母を亡くし母親と言う存在に触れる事の少なかったフレイに対して、ニコルの母は優しく接したのだった。例え相手がコーディネイターでも、母は母なのだ。
その今まで実感する事が少なかった存在と厚意に、フレイの心の中は逆に申し訳なさと心苦しさが募るばかりだった。
丘の下に広がる街を見つめる。
コロニーの中は戦時中にも関わらず活気があり、ヘリオポリスなどと変わらなかった。
プラント本国だから何かが違う訳でもなく、そこには地球と同じように、そこには幾万もの親子がいた。違うのは、その人達のDNAに手が入ってるか入ってないかだけだった。
触れたガラスにフレイの顔が薄っすらと映る。すると、扉をノックする音がした。
「――あ、はい!」
「フレイ、朝食ですよ。下りてきてください」
フレイが答えると、ニコルが扉を開け顔を覗かせる。
「どうかしました?」
「ううん」
フレイの様子にニコルは声をかけると、フレイは首を振り食事の為に部屋を出る。ニコルは半歩前を歩き、階段を下りてゆく。
ニコルは思い出したように、階段半ばで振り向き、午後の行動を伝える。
「あ、そうだ。午後には買い物に行きますから、昼食が終わってゆっくりしたら出かける準備をしてください」
「買い物?」
「ええ、あなたの身の回りの物を買いに出かけるんです。今のある服だけでは足らないでしょう?」
フレイは聞き返すと、ニコルは頷き言葉を続けた。
今、着ている服はニコルの母の物で、フレイの年齢では上品過ぎるくらいで、まだ若すぎるフレイには正直、似合う物ではない。
ニコルの言葉にフレイは驚き、聞き返した。
「――え!?……いいの?」
「ええ、気にしないでください」
「ありがとう!」
フレイはニコルの快い返答に、さっきまでの心苦しさも吹っ飛んだかのように、機嫌よく感謝の言葉を伝えた。
二人はリビングを通りダイニングルームへと入ると、テーブルにはアスランがコーヒーを飲みながらニュース映像を見ていた。
「アスラン、お待たせしました」
「ああ。……フレイ・アルスター、午前中は何かしていたのかい?」
「え!?……ええ、外を眺めていたの」
ニコルの声にアスランは答えるとフレイを気にするかのように声をかけた。フレイはアスランからの声が予想外だったのか、少し戸惑いながらも答え席に着く。
様子からして、アスランもフレイも、お互いを苦手としている感じだった。
厨房から料理をトレイに載せて中年の横幅のある人の良さそうな家政婦が出てきて、テーブルに手際良く昼食を並べてゆく。
「……あの、ニコルのお母様は?」
「はい、お嬢様。奥様なら旦那様とお出かけになられました」
フレイはニコルの母が見当たらないのを聞くと、家政婦は微笑みを湛えながら答え、リビングルームを後にする。
「それでは、いただきましょうか」
ニコルの声で、三人でのゆっくりとした昼食が始まった。
ザフト軍基地内のハンガーでは整備兵達が奪取したGATの修理に追われていた。
ブリッツはほぼ無傷で済んだが、イージスとデュエルは破壊された腕の修復を、バスターは左腕とメインウェポンの完全再生をしなければならかった為に、さらに時間を要するようだった。
休暇にも拘らず、修理が行われている機体を見上げるイザークとディアッカの姿があった。
「あと、どのくらいかかるんだかな?」
ディアッカはバスターを見上げながら、ぼそりと言う。
「俺が知るか」
「イザーク、なに怒ってんだよ?」
「これが怒らずにいられるか!あれだけ情けないやられ方をしたんだぞ!」
イザークは修理されている機体を見て、ヘリオポリスでの戦闘を思い出し機嫌を悪くしていた。その態度にディアッカは呆れるように言う。
「仕方ないだろ……。相手が予想以上に強かったんだから」
「ディアッカ!貴様――」
「ったく、それだけ、かっかしてて、よく頭の血管が切れないよな」
ディアッカのサバサバした言葉にイザークは険しい顔をする。そこに涼しい顔をしたままでディアッカは言葉を続けた。
馬鹿にするような言葉にイザークの顔が赤鬼のように変わってゆく。その表情に、一瞬、ディアッカの背中を冷たい物が流れた。
「――き、きさまーっ!」
怒りを爆発させたイザークの背後に、ディアッカは炎を見た気がした。
――やべっ!俺、殺されるかも……。
ディアッカは、脂汗を浮かべながらイザークの見えない炎を消す事に必死になる。腰が引け気味に、誤魔化しながら早口で捲くし立てた。
「――イザーク、冗談だ、冗談!そ、それよかさ、イザーク、お前、家に帰ったんじゃなかったか?お袋さん、きっと寂しがってるんじゃないか?」
「い、家には帰った――」
イザークはディアッカの言葉に固まったように動きを止めると、慌てたように口を開き、違う意味で顔を赤らめ、目線を外す。
ディアッカはイザークの母、エザリア・ジュールの息子への可愛がりぷっリを良く知っていた。火消しの第一段階に成功したことを確信して、言葉を続けた。
「……もしかして、お袋さんがベッタリ過ぎて逃げてきたのか?」
「……」
イザークは、さらに顔を赤らめると、黙ったまま視線を合わせようとしなかった。
「息子想いの、いいお袋さんじゃないか。正直、うらやましいぜ」
ディアッカは、冗談抜きに言った。両親が口うるさい上、忙しいのもあるが、ディアッカ自身の性格からか親離れが早く、イーザクほど可愛がられた事は記憶になかった。たまには、ああ言う風に可愛がられてみたいとも思う。
イザークは予想外に大好きな母を褒められ、さらに赤くなり、誤魔化すように言う。
「……ああ、そう言うディアッカは、どうしてここにいるんだ?」
「いや、帰ってはみたんだけど、うちの親父、俺が軍に入るの反対してただろ。どうも落ち着かなくてさ……」
頭の後ろを掻きながらディアッカは答え、審問会の後に正式に自分専用の機体になったバスターを再び見上げる。
「俺の機体、早く直らねえかな……」
ディアッカは、まるで恋人の帰りを待ちわびるかのように呟いた。
辺りの景色は夕方らしく、空はオレンジ色に染め上げられたいた。
車の後部座席の半分を、フレイの服や生活雑貨が詰まった買い物袋が占領している。その隣には、満足いく買い物を出来たのか、上機嫌なフレイの姿があった。
「ニコル、帰りに寄りたい所があるんだ。この辺りで俺を下ろしてくれないか?」
助手席に座るアスランが、ハンドルを握るニコルへと言った。
「どうしたんですか、アスラン?時間がかからないなら、僕は待ってますよ。フレイ、いいですか?」
「ええ」
「それじゃ、決まりですね」
ニコルは聞き返すと、フレイに了承を得ようと問いかける。フレイが頷くのを確認すると、アスランに多数決で決まったと言わんばかりに告げた。
「……ニコル、たまに強引になるな、お前……」
アスランは呆れて、思い切り溜息を吐いた。
「たまの休みに、せっかく一緒にいるんですから、もったいないじゃないですか」
「……ん、楽しい場所じゃないぞ。それでもいいなら頼む」
ニコルの言葉に、アスランは、本当に友達思いの奴だと思った。自分が行く場所を考えれば気が引けるが、ここは甘える事にした。
アスランは行き先を伝えると、車は小高い丘の方へと向かう。その先には、アスランの母が眠る墓地があった。
墓標が並ぶ脇の整地された道端に車を止めると、アスランはドアを開け車を降りる。
「アスラン、つきあいますよ。フレイ、待っててください」
「えっ!……私一人で?」
ニコルは車の外にいるアスランに言うと、フレイに告げる。
フレイは墓地と言う場所柄、一人取り残されるのが嫌なのか、不安そうな表情だった。
「一緒について来ますか?」
「……ええ」
ニコルが表情を見ながら聞くと、フレイは頷き、車を降りた。
アスランは二人がついて来ると思いもせず、驚くように二人を見た。その表情にニコルが真面目な顔で言う。
「いいじゃないですか。僕にもアスランのお母さんに祈りを捧げさせてください」
「……わかった」
アスランは諦めたかのように頷くと母の墓標のある方へと歩き出す。ニコルとフレイもアスランを追うように歩き始めた。
フレイは前を歩くアスランの背中を見つめながら、ニコルの言葉を思い出し、アスランと初めて共通する事がある事に気づいた。
――この人もママがいないんだ……。
そう思うと、車酔いをした時に、アスランが濡らしたハンカチを額にのせてくれたの事を思い出した。
フレイの嫌うコーディネイターだが、アスランが優しいのはわかる。なんとなくだが、声をかけた。
「……ねえ、……あなたのママも死んじゃったの?」
「ああ。君もか?」
「……うん。……私がまだ小さな頃に……」
アスランはフレイに歩調を合わせると頷き、聞き返すと、フレイは目線を落としながら答えた。
「……そうか。君に嫌な事を思い出させるような場所につれて来てしまったな……それに、この前の事もある。君には、本当にすまないと思っている」
アスランは申し訳なさそうに言うと、フレイは首を横に振り、「気にしていない」と答え、改めてアスランに躊躇いがちに聞き直した。
「あなたのママ、……どうして……死んだの?」
「……母は……ユニウスセブンにいたんだ……」
「――あ……、ご、ごめんなさい!」
「……いや、ナチュラルは憎いが、君が母を殺したわけじゃないんだ。気にする事はない」
フレイはアスランの死因を聞いてしまったのを後悔し、思わず謝罪をした。その言葉はナチュラルとして謝罪をしたわけではない。
しかし、アスランはフレイの言葉を「ナチュラルの一個人としてからの謝罪」と受け取ったようで、小さな誤解があったのをお互いに気づく事はなかった。
アスランは母の墓標の前に来ると、方膝をつき祈りを捧げ、立ち上がる。するとニコルが「僕もいいですか?」と聞き、アスランと同じように祈りを捧げる。
フレイは「三人で来て自分だけ祈らないのは、おかしいかな?」と思い、アスランに聞く。
「……ねえ、私も……いいかな?」
「え!?……ああ、ありがとう。母にはナチュラルの友人が多くいたようだし、きっと喜ぶと思う」
アスランは、フレイの申し出に驚きながらも、母の為に祈ってくれると言うフレイに感謝をした。
フレイはニコルに続き、アスランの母、そして、自らの母にも祈るのだった。
その姿に、連合事務次官の娘であるフレイを偏見で見ていたのではないかと、アスランは思った。フレイが祈りを終え、立ち上がるとアスランは口を開く。
「俺は、君が連合事務次官の娘と言うだけで誤解をしていたようだ……」
「……え?」
「お互いに話をして理解しあえれば……俺も、母を見習わないとな……。前は、手を取って貰えなかったが、出来る事なら……」
アスランの意外な言葉と差し出された握手の手に、フレイは驚きの表情を浮かべ、少し迷い、躊躇いがちにアスランの手を取り握手をする。アスランの手はナチュラルと同じように暖かい。
「無理やりだったら、すまない……ありがとう」
「……ううん」
アスランは、フレイに対して初めての微笑んだ。
フレイも、ぎこちなくだが微笑む。フレイの中でコーディネイターへの偏見は消えてはいないが、アスランやニコルなら信頼できるのではないかと言う思いが芽生え創めていた。
その二人を見ていたニコルが、少し拗ねたようにブーイングを上げる。
「アスラン、フレイ、ずるいですよー」
「ニコル……」
アスランもフレイもニコルの子供っぽい表情に目を丸くすると、お互いに目を合わせて笑う。
「なにが可笑しいんですかー?フレイ、僕とも握手をしましょう!」
三人のそれぞれの胸の中に違いはあるであろうが、少しだけ明るい未来が見えた気がした。
アークエンジェルはヘリオポリス脱出以降、ザフト軍ローラシア級艦ガモフを撒く事にも成功し、ここまで順調と言える船旅を続けていた。それを打ち破るかのように、声が響く。
「――前方にプラント船籍の民間船及び、地球連合軍ドレイク級艦艇を確認!この宙域ですから、恐らくユーラシア所属艦だと思われます」
「エンジン止めて!それからアムロ大尉とキラ君を呼んで!」
マリューは報告を受けると、すぐさま指示を出した。すると、ムウが自らの席を離れ、マリューの方へとやって来る。
「まだこっちは気づかれちゃいない。まずはアークエンジェルをデブリの傍まで寄せよう。見つからないに越した事はない」
「でも、味方艦ですよ?」
「おいおい、こっちは認識コードを持ってないんだぞ。ましてやユーラシアは、大西洋連邦がモビルスーツを開発したなんて知らないんだ。下手に出てけば、こっちが的にされるぞ。
最悪、戦闘もありうるな……。モニター、記録しておけよ!」
ナタルが聞き返すと、ムウは眉間に皺を寄せながら答えた。
「――フラガ大尉!味方と戦うおつもりですか!?」
ムウの言葉にナタルは言葉を荒げる。その表情は怒りに満ちた物だった。
マリューは二人のやり取りと、今の状況に頭を痛めながらも、どうすればいいのかと唇を噛む。
ブリッジの扉が開き、アムロとキラが入って来る。
「――アムロ大尉、キラ君……」
「どうした?」
アムロがマリューに状況を聞こうとすると、キラが重い口調で口を開いた。
「もしかして……また、人を殺さなくちゃいけないんですか……」
キラの言葉にブリッジにいた全員が息を飲み、何があったのかとキラを見つめ、沈黙が支配する。
「キラ!……俺達は人殺しじゃない、戦争をしているんだ!」
「ぅ……」
「討たなければ討たれる!俺も、お前も!みんな!」
「そんな事では死者に魂を引かれて、キラ自身が死ぬぞ。覚悟がないなら出ない方がいい」
ムウが沈黙を破り、声を上げた。アムロもムウに続き、眉を顰めながら口を開き、冷静に言葉を続けた。
「キラは成り行き上、ストライクに乗ってしまったが、守りたい物があって戦ったのだろう?それは相手のパイロットも同じで、それぞれに理由があって戦っているんだ。分かるだろう?」
「でなきゃ、俺達はただの殺人者になっちまう。戦争ってのは、血を流す人間がいるから、残った人間は後悔出来るんだ。じゃなきゃ、体を張って死んでった連中はただの犬死だぜ!」
「例え、人は過ちを繰り返そうとも、自らの身を犠牲にして平和を築こうとする。それが解らないのであれば、フラガ大尉の言う通りだろう」
「俺はな、誰も犬死させねえ!敵も味方もな!」
冷静なアムロに対してムウの言葉は、かなりの怒りを含んだ物だった。ブリッジにいるクルー全員が鎮痛な面持ちで、ムウとアムロの言葉を噛み締めていた。
「ぅぅぅ……犬死……覚悟のない僕が殺した、あの、パイロットは犬死なんですか……?僕は殺したくない……でも戦わないと、みんなを守れない……」
「――なら迷うな!死んでった連中に顔向けできねえだそうがっ!」
「ぅぅぅ……」
キラは涙を浮かべ、苦悶の表情を浮かべる。ムウはキラに対して見せた事のない怒りの表情で怒鳴った。しかし、決心の着かないキラは泣く事しか出来ない。
「――閃光を確認!SOS信号をキャッチ!プラント船籍の民間船が攻撃を受けているようです!」
突然の民間船への攻撃の報に、全員の意識はモニターに向かった。
「――えっ!?」
「――嘘でしょ!?」
「――軍艦が民間船を攻撃しているだと!」
「――あいつら、なに考えてんだ!」
それぞれがモニターを見ながら口にする。その場にいた全員が、それぞれの正義と信念が崩れる思いでいた。
「あれでは、ただの虐殺だ!」
「ああ、下手すりゃ、こっちも同じ目にあうぞ!行こうぜ、アムロ大尉!」
「ああ!」
アムロが攻撃を非難すると、ムウはすぐさまアムロに声をかけ、ブリッジを出て行こうとする。
「――待ってください!味方を攻撃するんですか!?」
「あれのどこが味方なんだよ!なんだったら軍法会議でも軍事法廷でも、なんでもかけてくれ!」
「――艦長!」
ナタルは、ムウとアムロを呼び止め、動揺を抑えつつも聞いた。ムウは扉を開け、壁に一発蹴りを入れるとそのままブリッジから出て行く。
ムウの言葉にナタルは戸惑いながら、なんとか事態の収拾をするためにマリューへと視線を投げた。
マリューは少し考えると眉を顰めながら、ブリッジを出ようとしていたアムロに声をかけた。
「……恐らく今からじゃ助からないわね……。アムロ大尉、どう思います?」
「無理だろうな。攻撃準備もしていないんだ、助けるには遅すぎる。それに、あの艦は明らかな軍規違反を犯しているのだろ?見す見す、俺達を逃がしてくれるとは思えないが」
「……わかりました」
マリューはアムロの意見に頷きながら、頭の中で考えを整理する。本当にこれでいいのかと、唇を噛み締めと瞼を閉じ深呼吸をした。目を再び見開き、声を上げる。
「――各機、出撃準備を!攻撃命令があるまで待機をお願いします」
「――了解した」
「――艦長!?」
アムロは、マリューの指示を聞くと頷き、ブリッジを後にする。
ナタルは愕然としながらマリューを見つめた。そのマリューは立ち上がり、ブリッジを一度見回すと、威厳のある重い口調で話始める。
「全員、聞きなさい。我々は、ストライク及びアークエンジェルの輸送を最優先とし、それを阻止しようとする者は、何者であろうと関係無く排除します。
よって、ユーラシア所属艦がアークエンジェルを攻撃した場合、反撃を行います。この命令による全責任は、艦長である私が、全て負う物とします」
マリューは艦長席に座り直すとナタルに向けて口を開いた。
「バジルール少尉、民間船を攻撃している艦の罪は重いわ。私達は、今は見て見ぬ振りしか出来ない……。でも、いずれ、あの艦は、その報いは受けるべきよ――分かったら、配置に着きなさい」
「――しかし、艦長!」
「これは命令です!承服できないのであれば、この場を離れなさい!私達は、今、落とされる訳にはいかないのよ」
「――くっ!……わかりました、命令には従います。いずれ、この事は本部で報告します。そのおつもりで」
ナタル自身、ユーラシア艦を許す事は出来ない。しかし、味方同士で戦う事はないと思っていた。マリューを睨むと、唇を噛み締め、自分の席へと戻る。
マリューはナタルが席に戻るのを確認すると、キラに目線を向ける。
「キラ君、あなたもストライクに乗らないのであれば、ここを離れなさい」
「……僕は……」
キラは、それ以上言葉を続ける事が出来ず、床に目線を落とす。そんなキラの姿にミリアリアは声をかけた。
「キラ、無理しないで……私達、そんなに辛い思いをしてるなんて知らなかったから……」
「……ミリアリア」
キラは呆然とミリアリアを見つめる。ミリアリアに続いて、サイ、トール、カズイが声をかけた。
「ああ、キラ、無理するなよ」
「そんな思いまでして、守ってくれたんだ、今度は俺達がキラを守るからさ!」
「キラはゆっくりしていろよ。俺達、頑張るから」
「みんな……」
キラは友人達を見つめ、また泣きそうになる。
――自分には、こんなに心配してくれる友達がいるんだ……。
マリューはキラを見つめると、少し悲しそうな表情で言った。
「あなたは、いいお友達を持ったわね……。辛い思いをさせて、ごめんなさいね。」
「……」
「あなたはブリッジを離れなさい」
「……はい」
キラは袖で涙を拭い、扉の前でもう一度振り返ると、後ろ髪を引かれる思いでブリッジを後にした。
アークエンジェルの格納庫は突然の待機命令で騒然としていた。
「ストライクは出さないんだな、了解した!――出すのはνガンダムとメビウス・ゼロだけだ!お前ら、急げ!」
マードックは内線で出撃する機体を確認するとメカニッククルーに怒鳴った。
パイロットスーツを着たアムロが、やってきて、マードックに声をかけた。
「マードック、準備は出来てるか?」
「ええ、フラガ大尉は、もう乗り込んでますよ」
マードックは頷きながら、顎でメビウス・ゼロを指し、今回の出撃がしっくり来ないのか、頭を掻きながらアムロに聞き返した。
「それにしても、相手が地球軍ってのは本当ですか?」
「ん、ああ。しかし、戦闘になるとは限らないからな」
アムロの言葉にマードックは両手を大げさに広げながら言う。
「まったく、味方同士でなんで戦わなきゃいけないんですかい?」
「軍艦が手出しの出来ない民間船を攻撃しているのさ」
「はぁ、ったく、そんな連中、軍人とは思えねえや」
アムロは眉を顰め、呆れるように答えると、マードックも、その艦の行為に呆れたかの顔をするが、すぐに表情を戻し、一つの可能性を言葉にする。
「民間船が偽装とかしてるんじゃなくってですか!?」
「……いや、それはないだろう。でなければ、攻撃を先に仕掛けているはずだ。とにかく、今は逃げ切れるのであれば、それに越した事はないさ」
「分かりました。それはそうと、あれ、テストも兼ねて使いたいんですが、いいですか?」
「了解した。よろしく頼む」
マードックの言葉に考えを廻らすと、それを否定する。マードックも頷き、話を切り替えた。
その場で簡単なレクチャーを受けると、νガンダムに乗り込み、アークエンジェルのブリッジへと回線を開く。
「ラミアス艦長、νガンダム、先に出せるか?」
「アムロ大尉、まだ待機ですが……」
マリューは何事かと不安そうに聞き返すと、アムロは、マリューを安心させるかのように威厳のある声で言った。
「勿論、攻撃は命令前にするつもりはないさ。武器の接続も考えれば、戦闘が始まってからでは遅い可能性もある。詳しくはマードックに聞いてくれ。俺は甲板上で待機する」
「……接続ですか?……あ、はい。了解しました!」
マリューは不思議そうな顔で言うと、νガンダムの甲板上での待機を許可する。
アムロは回線を閉じると、ヘルメットのバイザーを下ろす。
「νガンダム、出るぞ!」
アムロの声が、格納庫に響き渡るのだった――。