その、ニュースはアムロが意識を取り戻した3日後、日が落ち始めた頃に流れ出した。ユニウスセブンが軌道をはずれ、地球に落下するというものだった。
各国の首脳が緊急の会見を開き、連携して対策を協議しているということだが、未だ、具体的な解決措置が取られてない。打開案ではないが、速やかにシェルターに避難しろと、各国首脳は言うしか出来ないのが現状のようだ。
「本当なのか、コロニーが落ちるというのは!?」
アムロは家に入ってくるなり、キラの母・カリダに掴みかかり叫んだ。
体力も戻り、体を動かしたくなったアムロは、外で子供たちの相手をしていた。そんなアムロの元にカリダは来ると、「子供たちの前では・・・」と、前置きをし、家の中でアムロにニュースの内容を話した。
「何故だ、誰がそんなものを落とそうとする?」
アムロは、無意識にシャアを振り返る。しかし、シャアはソファーに腰を下ろし、冷静にテレビを見ていた。
「それは分かりません。しかし、今は地球・プラントの間で戦争状態にあるわけではありませんし、連合軍とザフトが破砕作業をしているということです。事故か、何かの偶然が重なってのことでは・・・」
「違うな、これは人為的なものだ」
カリダの説明をさえぎる形で、ニュースを見ていたシャアが口を挟む。
「それは、どういう事ですの?」
ラクスが、シャアに聞き返す。
「このユニウスセブンと言うコロニーは、安定軌道に入っていたと言うことだ。当然、宇宙ではそれを監視しているものと思われる。軌道上に障害があれば、事前に分かるだろうし、
何かしらの対策を取っていたはずだ。そして、何より急すぎる。事前に策を練り、決行したと考えるほうが妥当じゃないかね」
シャアはさも他人事のように言い放つ。
アムロはそんなシャアに、怒りが湧いた。シャアの前で睨み付ける。
「よく、そんな他人事のような気で居られるな。その、ユニウスセブンというコロニーが落ちれば、貴様も助からないかもしれないんだぞ!!」
「他人事などと思ってはいない。しかし、この現状で我々に何が出来る。出来ることなど、在りはしまい。それともまた、νガンダムを持ち出して、あれを押し出そうとでも言うのかね?」
シャアが皮肉る。
一瞬、アムロも考えてしまった案を、心の中で一蹴する。浜辺に打ち上げられていたというνガンダムは、唯でさえ未完成だったのに、アムロの無茶な運用によって、とてもじゃないが動かせる代物ではない状態だった。
いや、しかし万が一、動かせたとしても現実的な話ではない。νガンダムは、あらゆる戦闘下での運用を想定されているものの、宇宙戦闘に重点を置いてカスタマイズされている。大気圏内の飛行は出来ないし、何より今からどうやってユニウスセブンの元へ行くというのだ。
「まあまあ、お二人とも。今は、言い争っている場合ではありませんわ」
ラクスが仲裁に入る。
アムロもシャアもその言葉で、とりあえず鞘を収めた。
「ここには子供たちも大勢います。今は、避難だけを考えましょう」
「避難する場所はあるのかね?」
シャアが問いかける。
「ええ、政府指定のシェルターが近くにありますわ」
「そうか、ならばすぐにでもシェルターに行こう」
シャアは、ソファーから立ち上がる。
アムロは、まだ何か言いたげであったが、確かに言い争っている場合ではない。自分を冷静に御した。
「とりあえず、子供たちを集めましょう」
カリダはそう言うや、外にいる子供たちを集めにかかる。ラクスは、家にいる子供たちを集めるため、階段を上がっていった。
アムロも、カリダに続いて外に出る。まだ、遊びたがっている子供たちを説得し、家の前に集めていく。
数分後、ラクスは全員いるかを確認し、安堵の表情を浮かべた。
「さあ、みんないらっしゃい。私に着いてきてくださいね」
子供たちは、何が始まるのか興味が絶えないようで、「ねえ、どうしたの?」「どこか行くの?」「あー、分かった、お使い」「まだ、遊びたいよー」と忙しない。
ラクスは、微笑ましい様子を見ていて、気がついた。
キラとアムロ、シャアの3人の姿が見えなかった。
「キラ、それにアムロさんにシャアさんも・・・」
ラクスはあたりを見回す。すると遠目に3人の姿が確認できた。3人とも、一様に空に見入っていた。
ラクスも、3人が見ているところに目をやる。すると、ユニウスセブンの落下が肉眼で確認できるまでに迫っていた。
ラクスは、3人を呼びにいく。近づくにつれ、3人の表情が見えた。悲しそうに見つめるキラ、厳しい顔のアムロ、そして、何か思案げなシャアの表情が、ラクスに強く印象づいた。
シェルター内では、子供たちが不安げに声を上げていた。
「何があるの」「ずっとここに居なきゃいけないのかよ」
ユニウスセブンの落下の影響で、シェルター内に地響きが起こる。
不安に陥る子供たちを、ラクスやキラは、やさしく抱きしめた。
「大丈夫ですわ」「いいえ、少しの間です、すぐに行ってしまいますからね」
不安をかき消すように、ラクスは子供たちを慰める。
アムロも、抱きついてきた子供たちの肩を抱きしめた。
アムロは、正直に怖いと思った。
アクシズ落としを現場で体験し、しかも、そのアクシズを押し上げるという暴挙にまで出た男がである。
(ただ、じっとしているというのはこんなにも恐怖を感じるものなのか。動いているほうが、どれだけましなことか)
子供たちを掴む手に力が入る。
「痛いよ、アムロ」
子供たちから、苦情が来る。
アムロは力を抜き、子供たちに謝罪した。
「すまないな、俺も怖くてね」
「大人でも怖いの?」
「ああ、俺は弱虫だからね。でも、みんなは強い子だろう?」
わざと自分を卑下する言い方をする。そんな言葉を聞いて、空元気を出そうとしている子供が可愛く思えた。
(俺は、いつの間にか、銃を持っていないと安心できなくなっていたのか)
それは、それだけの間、戦い続けてきたことの証であり、彼が歴戦の戦士であるからこその悩みでもあった。そして、この時、シャアも同様の考えをしていたことを、アムロは知らないでいた。
そんな考えの最中、先ほどとは比較にならない揺れがシェルターを襲った。近くに落下したのか、揺れで倒れこむ人もいた。
子供たちの泣き声がシェルター内に響き渡る。頭を抱えこむ人、神に祈る人も見られた。
(これは・・・覚悟を決めておいたほうがいいかもしれないな)
アムロは心の中で、覚悟を決めた。ラー・カイラムにいた頃は常にその覚悟を背負っていたものだが、アクシズの落下を阻止できたという安堵感と、この世界での子供たちとの一時が、アムロに緊張感を失わせていたようだ。
そんな最中、美しい歌声がシェルター内に響きわたった。
アムロは、何事かとその歌声の主を追った。
ラクスだ。
彼女の歌声が、シェルター内を包み込む。泣きつく子供たちの頭を撫でながら、ラクスは歌い続けた。
(なんて、きれいな歌声なんだ)
アムロは、一時、怖さも忘れ、歌に聞き惚れていた。
歌でこれほど安らぎを覚えたのは初めてだった。いつ死んでもおかしくない、緊迫した状況の中、誰もが彼女の歌に聞き惚れていた。
子供たちも泣き止み、聞き入っている。
そんな、彼女の歌は警戒が解除されるまで、シェルター内を包んでいた。
家は、落下の影響でばらばらになっていた。高波に流され、見るも無残な瓦礫の山と化している。
みな、一様に顔を伏せていた。子供たちは泣き喚き、瓦礫の中から、玩具を探したりしていた。
アムロも切ない気持ちでいっぱいだった。目を覚ましてからたった3日とはいえ、愛着も湧き始めた頃であった。それを、すべて流され、自然と拳に力が入った。
アムロは、シャアの元に行き問いかける。
「あなたは、昨日、これが人為的に起こされたものだと言っていたな。一体、誰がこんなことをしたんだ?」
シャアを睨み付ける。まるで、シャアがユニウスセブンを落下させた張本人であるかのように。
「私に分かるわけがなかろう」
「ならば、あなたの私見でいい。どうして、こういうことが起きたと思う?」
「・・・・・・おそらくはコーディネーターの仕業だろう」
「コーディネーター!?何か、証拠でもあるのか」
「君は私見でいいと言ったろう。あくまでも、私個人の想像に過ぎん」
シャアはやれやれと首を振る。
「だが、今は戦争状態ではない。ナチュラルとコーディネーターとの間にも、不穏な空気は無いが・・・」
アムロは、この3日で集めた世界の情勢を思い出す。プラントは、確かギルバート・デュランダルという穏健派をトップとして、ナチュラルとも共存を図っていたと記憶していたが。
「私が言っているのは、一部のコーディネーターのことだ」
「一部の?」
「例え、議長が穏健派で通っていたとしても、すべてのコーディネーターがそれを良しとしている訳ではないだろう」
「では、今回のことはナチュラルを憎む強硬派の仕業と?」
「おそらくな」
シャアは私見とは言っていたものの、何か確信に近いものを持っているようだと、アムロは感じた。アクシズとユニウスセブン、違いはあれど、あんなものを地球に落とそうとしたもの通し、シンパシーみたいなものを感じているのだろうか。
「あなたは、今回の事件をどう感じた」
アムロは、コロニー落としをされる側に立ったシャアの心の内を聞きたかった。
「どう、とは?」
「今回、ユニウスセブンを落とされる側に立って、どんな気持ちになったかを聞いているんだ」
つい、語気が強くなってしまった。
アムロの目を見ていたシャアは、子供たちの方へ視線を送る。泣き喚く子供たちを見ながら、口を開いた。
「恐ろしかったよ、じっとしているというのはな。自分で動いているときは、そんなことを思ったことも無かったのだがな」
「あなたはその恐怖を知らなかったから、あんなことが出来たのか?」
「それは違う。以前にも言ったはずだ、私は業を背負うとな」
「貴様はあの姿を見てもそんなことが言えるのか!!」
アムロは、悲しみにうつむくキラやラクス、子供たちを指しながら声を張り上げた。
「嘘でも、あんなのを見たら気持ちが揺らいだ、くらい言ったらどうなんだ」
シャアは、そんなアムロに何も話さず、アムロを尻目にその場を離れた。
アムロも、そんなシャアを追おうとはしなかった。
シャアの考えは見事に的を射ていた。
家が流され、これからどうすればいいのかと、アムロは考えていたが、すぐに代わりの家が簡単に見つかった。
キラの姉であり、この国の代表でもあるカガリ・ユラ・アスハのつてで、この人数を収容できる邸宅を借り受けることが出来た。
子供たちが新しい家に入るや、テレビをつけ始めた。しかし、どこのチャンネルも一様にユニウスセブン落下のニュースで持ちきりで、見たい番組のあった子供たちは、不平たらたらであった。
テレビに興味を無くした子供たちから、シャアはリモコンを受け取ると、ソファーに座りチャンネルを回し始めた。
どのチャンネルも、政府の記者発表や落下現場の風景、負傷者の状況などを映していたが、突然、今点けていたチャンネルが慌しくなった。
横から原稿をもらったアナウンサーが、「今、入ってきた情報です」と、原稿を読み上げていく。そして、映像が映し出された。
そこには、ユニウスセブンを地球に落下させようとしているジンの様子が、ありありと映されていた。
「これは、困った事態になったな」
シャアは、誰とも無くつぶやいた。アムロも、深刻そうに画面に食い入っている。
「困った事態とは?」
ラクスが尋ねる。
「こんなもの見せられては、地球側としては怒りを抑えられないだろう。再び、戦争になるかもしれんな」
「そんな、でもこれはプラントの総意ではないでしょ」
カリダが立ち上がり、声を荒げる。まだ、これが一部の者の仕業とは報道されていないが、プラントのデュランダルは穏健派であるし、何より、息子のキラはコーディネーターである。そのため、コーディネーターを信じたい気持ちが強かった。
「例えそうであったとしても、そんなことはどうでもいいのだよ」
「どうでもいいとは?」
カリダの問いに、今度はアムロが答えた。
「今回地球は、言い換えれば、ナチュラルは甚大な被害を被った。そして、その怒りは突き詰めればどこに向けられるか。あれが、プラントの総意でなかったとしても、あんなものを造らなければという気持ちが高まり、いずれは・・・」
「そんな」
カリダはストンとソファーに腰を落とす。そんな、カリダにラクスは手を差し伸べた。
「もっとも、必ずしも戦争になると決まったわけではない。あまり、気にしすぎない方がいいかもしれないな」
アムロは、カリダに取り繕う。
「そうですよね。誰だって戦争なんてしたくありませんよね」
カリダは弱弱しく、肯いた。