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C.E 71年。
ナチュラルとコーディネイターの戦いは苛烈さが増し、その影響は中立を貫くオーブにも避けられ
ぬものとなった。
連合はオーブに対して協力という支配を求め、オーブのウズミ・ナラ・アスハはこれを拒否。それ
を機にブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルはオーブに侵攻を開始した。対するオーブも自ら
の自由を守るために反撃をした。
その中で、未だその戦火から逃げ惑う人々を残して……。
―――ハァ、ハァ、ハァ。
耳に聞こえるほどの人の吐息。それが自分のものだと気付く間もなく、紅き瞳を宿した少年は目の
前を走る両親とその間に挟まれて走る妹の後ろを走っていた。
通る道は舗装などされていない荒れた土。木々は静かさには満ちてはいなく、自然のものではない
風に吹き当てられている。駆ける歩は止まることなく動かし、疲れる身体を無視して進んでいく。す
ると、いきなり目の前を走る父親が少年の方に振り向き。
「大丈夫か、シン」
シンと呼ばれた少年は大丈夫と答え、父親は家族を動揺させない為に柔らかな声で安心させる。
「あともう少しだ。みんな頑張るんだ」
「ええ、そうね」
「うん」
母親と妹はそれを察したのか、精一杯の声で答えた。
連合とオーブの戦いはオーブの劣勢へと傾いていた。当初はオーブの予測以上の反撃で連合は一時
撤退を余儀なくされたが、連合の数の前にはそれは長くは持たなかった。既に内陸部は連合のMS部
隊とオーブのMS部隊の戦場となり、通信網の一部が断絶し、飛び交うのは怒声や叫び、光の粒子や
弾丸となっていた。
「くそっ、まだ避難も完全に済んでいないのにこれでは」
父親は愚痴るように呟く。
当然と言えば当然だ。戦線は崩れ、混乱した戦場で正しい情報が中枢部に届くとは限らない。現に
オーブのウズミ代表は避難は完了したとの連絡を受けていた。しかしどうだ。逃げ遅れた国民が居て、
未だ収容すら完全ではない。その情報が中枢に届くことがないなら、末端の国民達にも知らされない
のも道理だ。
火薬の臭いが鼻につき、地上に着弾した光の粒子が爆風を巻き起こす。余波で砂が舞い上がり、目
は砂の風に沁みていく。怖い。シンの思考を満たしたのはその言葉。でも、とシンは思う。目の前に
は必死に逃げようとする家族が居る。守る。そう守りたい、大切な家族を。だから―――
「伏せろ!!」
突然、父親の叫びが響く。
シンは「何?」と思って前を見ると、そこには翼を持ったMSが地上をギリギリの高度で飛行して
いた。すぐさまシンは膝を曲げて身体を伏せる。
瞬間にして一瞬、されど永遠とも感じた。高速の速度で上空を通過した機体に続いて、地上に叩き
つけるように強風を伴った。続いて二回目、その機体を追いかけてきたMSが上空を通過する。二度
に渡る強風に身を揺さぶられながらもシンは懸命に耐えた。
目の前に視線を移すと両親は妹を守るように支えていた。ようやく身動きが取れると急いで立ち上
がり、シン達はその場から離れようと走り出す。
「マユ、疲れた……」
「あともう少しだから頑張って!」
妹が疲れた声を出し、母親は自分も怖い筈なのに宥める。だが、その足取りは先程よりも重くなっ
ていたのは事実だ。そのせいか妹のポケットに入っていた携帯が落ち、砂利道から外れた下の木の根
元に引っ掛かった。
「マユの携帯!!」
それに気付いた妹は携帯を取りに行こうとするが。
「ダメよ、マユ!!」
「イヤ!マユの携帯!!」
母親はマユの手を離さず叫ぶが、マユは暴れて聞き入れない。
「俺が行くよ」
それを見かねたシンは斜面を滑って木の根元に辿り着いて携帯を拾う。
その時、気が付くべきだった。
ここは戦場で、まだあの二機のMSが近くにいる事を。
突然の爆発。
地上は抉れ、爆風で木々は薙ぎ倒された、破片は周囲を撒き散らす。軽いシンの身体などそれに耐え
れる筈もなく吹き飛ばされた。
「う……っ…」
呻き声が喉から漏れる。気が付くと身体は叩きつけられ、動かそうとすると全身に痛みが走る。軽
い脳震盪が起こったのか意識がハッキリせず、焦点が定まらない。
「大丈夫か、君!!」
遠くで声が聞こえた。シンは痛みを我慢し、ゆっくりと身体を起こす。
「大丈夫か?」
頭が朦朧としているのか上手く聞き取れない。声の主はオーブの軍服を身に纏っており、心配そう
にシンを見つめている。
シンはハッと意識を戻して自分が居た場所へと振り向く。
「――――」
だが、そこは自分が先程まで居た場所ではなかった。
形を為さなくなった木々。瓦礫の屑となった岩。天へと昇る煙。撒き散った土。そして、そして、
首のない身体。岩に潰された腕。捻じ曲がった左足。千切れた右腕。血は土に染み、動かない誰かの
ヒトガタ。
「―――ぁ……ああ……」
動かない人間はただのモノになり、温かさは冷たいナニかになる。
「ぁああ……う、あああああ……!!」
大切なものはもう居ない。笑っていた居場所は過去へと消えた。
「ああぁあああ……あああああっ!!」
守れなかった。守りたかったのに。どうして、なんで。
「ああああああああああああああああああ―――っ!!」
涙が溢れる。悔しくて、悲しくて、止めどなく流れていく。
もう戻れない、暖かいあの場所には。一切の感情を絶叫へと変えていく。空を見上げるとそこには
戦いあう二機のMS。地と天を分かつように二機は終わりなく戦い続けている。
その瞬間、少年は何よりも力を求めた。
憎悪と悲しみを叫びとして。
宇宙世紀0093。
地球連邦政府とスペースノイドの確執は大きく深まっていた。腐敗した連邦政府は地球に拘り続け
、スペースノイドに対する弾圧も止まることを知らなかった。そんな地球にしがみつく人々に絶望し
た一人の男が居た。
キャスバル・レム・ダイクン。またの名をジオン公国軍エースパイロット、赤い彗星のシャア・ア
ズナブルは旧ネオ・ジオン残党や優秀な人材を集め、組織として小規模だが精鋭という戦力を保持し
た。そして、シャアを総帥とするネオ・ジオン軍は連邦政府に対して事実上の宣戦布告を宣言した。
彼の宣言はスペースノイドから高く支持されたが、連邦政府はネオ・ジオンを軽視してそれほど重
要としなかった。だが、シャアはスウィート・ウォーターから艦隊を率いて出発、小惑星5thルナ
を連邦軍本部のあるチベットのラサに落とす地球寒冷化作戦を開始していた。
「クソッ!墜ちろよコイツ!!」
深緑と金色で塗装された指揮官用アンテナが付いた鋭角的な頭部をしたMS―――ヤクト・ドーガ
のパイロット、ギュネイ・ガスが全天周囲モニターに映し出された映像を見て叫ぶ。その映像には漆
黒の闇に光を散りばめさせたような宇宙があり、映像の端々には断続的に光の線が点いたり消えたり
していた。しかし、ギュネイはそれ以上に目の前の敵に対して強い怒りを見せている。
「なんで墜ちないんだよコイツは……っ!!」
それもそうだろう。今まで数々の敵を撃墜してきた彼にはその敵の動きが信じられなかった。
モニターは赤いロックオンマーカーが敵を捉えようとするが、敵は光の尾を一際輝かせて右斜めに
浮き上がるように逃れる。ギュネイもそれを追おうとフットペダルを踏んでヤクト・ドーガが敵を追
う。だが敵の旋回性能は高く、ビームライフルの射線を取ろうにも狙いを付けた時にはモニターの端
へ動いていた。
「ハッ、いつまでも当たらないと思うなよ!!」
ギュネイはバイザー越しに歯を見せて笑う。敵の動きを予測していたのか、ヤクト・ドーガのビー
ムライフルは敵が来るであろう空間に向けられ、銃口からは微かにメガ粒子の光を見せていた。
トリガーが引かれる。黒塗りの銃口からは黄色の閃光が迸った。敵が回避行動を取ろうとしても遅
く、あの速度ではスラスターも間に合わない。宇宙空間では一切の減衰しないメガ粒子のは敵を貫か
んと走り―――
「なんだと!?」
愉悦になる筈の表情は驚愕へと変貌した。
敵は僅かな時間でエアとスラスターによる姿勢制御を行っただけで回避したのだ。脇を通過したビ
ームはそのまま5thルナの岩壁に当たって爆発する。その様子をギュネイは歯噛みして、岩壁に沿
って遠ざかっていく敵を追った。
「やるな、あのパイロット……」
白のパーソナルカラーをしたノーマルスーツを着たアムロは先程の事を思い出して呟いた。
先程の敵MSの動きにはアムロ自身も驚かされた。十数分前にヤクト・ドーガと交戦を開始して今
まで、敵は5thルナに取り付かせまいと追撃してきた。アムロもその動きからエースだと判断して
、なるべく引き付けて本隊から離そうとした。そこまでは良かったがヤクト・ドーガのパイロットは
思ったよりも腕が良く、同時にファンネルを使うことでアムロ自身も5thに取り付けず膠着戦とな
っていた。
「この精神に偏りがある感じは強化人間か」
アムロは敵パイロットから出てくる怒りのような感情を機体越しに感じていた。ピッ、と機械音と
ともに前面のモニターに敵MSが映し出される。ヤクト・ドーガはアムロを墜とそうと追撃しており
銃口は常に向けられている。なのに撃たれないのはアムロがリ・ガズィを射線に行かないように動か
しているからだ。
リ・ガズィは宇宙戦闘機形態たるBWSに依存している。Zガンダムの量産機として開発されたが
、コストに見合わない性能と使い勝手の悪さに少数しか生産されなかった。アムロはZガンダムを使
用したかったが、連邦政府から封印指定を受けたのでその量産機のリ・ガズィにバイオセンサーを搭
載させて搭乗した。しかし、リ・ガズィではネオ・ジオンのMSには遅れを取り、事実、ヤクト・ド
ーガ相手に膠着していた。ふと、アムロは青く巨大な地球と眼下の5thルナを見た。
シャア、これが貴様の望みか……っ!!
内心でこの行動の首謀者の男に叫んだ。かつては互いに戦い合い、そして共に戦った男は人類に絶
望し地球にこんな物を落とそうとしている。グリプス戦役、第一次ネオ・ジオン抗争を経ても人類同
士の争いは終わらず憎み続ける。
しかし、誰が知るだろう。この争いの結末が思わぬ道筋を辿ることになったのは誰も予測出来なか
った……。
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