エーゲ海………
地中海にほの紅く照らされる夕日と相成って、その旧世紀から絶景の名に相応しい外観を見せていた。
これで、恋仲の男女が二人っきりで夕暮れに佇む…となれば文句なしに、誰もが夢見る理想的なシチュエーションなのだが、現実の事情は幾つかひねくれていた。
小型のジャイロを操縦するルナマリア・ホークは、絶好ともいえる状況なのにちっとも感傷に浸れない現状に叫ばずにはいられなかった。
「アムロさん! お願いですから落ちないで下さいよっ」
吐息が頬にあたるほど近くにいるのに、前から吹き付ける突風により大声を出さないと声も聞き取り辛い始末だ。
思わずゴーグルがガチッとぶつかるほど顔を近付けてしまって、横にいるアムロと目があった。
「大丈夫だ、ルナマリア! ……もしもの時は泳いで帰るさ」
ぼそっととんでもないことを呟きつつ、アムロはじっと前方を見つめていた。
ルナマリアからはゴーグルに夕日が反射してアムロの目がなにを写しているかは伺い知れない。
そして、当のアムロは先程から回想に耽っていた。
〜数日前〜
「サディストだな」
「……え?」
ソレが自分の親友――今でもそう言えるか怪しくなってしまった存在――キラ・ヤマトのことを指すのだとアスラン・ザラが気付くのには数瞬を要した。
「アムロ大尉? それは……一体」
どういう意味ですか、とまで言わせずにアムロはこう言ってのけた。
「戦場では情け容赦は無用、とは俺も言わない。 戦争においても人のイノチは計り知れない重さがあることも承知の上だ。
だが自分の、仲間の命を守る際にはこれらは当てはまらないとも俺は思っている。
勿論、それは敵対側にもいえることだろう………アスラン、前回の戦いでフリーダムに<<手加減>>された兵士の内に、その事に感謝している人間がいると思うか?」
「大尉! それは………」
「わかっている。 キラ・ヤマト君もそれを承知の上なんだろう。
しかし、いち兵士の心情で言わせてもらうが、彼の行動は自分達の生き様に泥を塗られるに等しい行為――ある意味陵辱だ――」
「う……」
アスランとて心の片隅で感じていたのだろう。言い返そうにも、二の足を踏んでしまった。
そのアスランの煩悶を正確に読み取ったアムロは、眼光をふと緩める。
「…俺ももう、考え方が一端の軍人になってしまったな」
「え?」
今度は何を言い出すのかと、不思議そうに見つめる。
「人生の半分も軍隊に身を置けば、嫌なオトナにもなるってことさ。 昔のおれが一番嫌いなタイプだよ」
アムロがふうとため息を吐きつつ自分の髪を掻き毟る。
「アムロ大尉……」
そこでアスランはようやく目の前の人物が嫌な恨まれ役を演じていたことを理解した。
それを敢えて明かしたのも、アスランなら分かると踏んでのことだろう。
「………アスラン、俺に彼をどうこう言う資格はない。 しかし、これだけは言わせてくれ。
戦場で今のようなことを繰り返していたら、いつか手痛いしっぺ返しがくる――それが本人にくるならいいが、そうはならないのが現実のいやな処でもある」
「………はい」
アスランにだって経験はあるのだ。
かつての大戦戦いで、自分の所為で、大切な友人を失ったあの時の想いが胸を深く抉った。
自分は同じ間違いをするトコロではないのか?
このまま鬱屈としているだけではあの時と同じではないのか!?
ぽん
ふいに肩を叩かれて顔を上げると、先程よりもより厳しい顔のアムロが囁いた。
「アスラン、悩むのは老後にでもとっておけ。 今は、君にしか出来ない事がある筈だ。そして、よかったら伝えてほしい、
――戦場では手加減出来ない…と」
瞳に何ともいえない感謝の念を浮かべたアスランは、ゆっくり頭を下げると毅然とした足取りで廊下を突き進んでいった――振り返ることなく。
「彼は純粋だな……兵士としては相応しくないのかもしれないが――」
ついこの間の事を今し方まで思い浮かべていたアムロは、ポツリと洩らした。
そういえば、あの時は聞けなかった――アスランは何故、ザフトに戻ってきたのだろうか
「何か言いました?アムロさん!!」
「何も言ってないよ!! それよりそろそろだ、近付きすぎるなよ!!」
「はいっ!」
<セイバー>の光点が止まった場所をレーダーで見つつアムロとルナマリアは段取りを合わせる。
無論、ルナマリアが持つデイバックの中には盗聴道具一式が揃っている。
しかし、その中にある筈がないモノが紛れ込んでいることには二人は気付いていなかった。
<ユニウスセブンのこともわかってはいるが、その後の混乱は連合のほうに非がある>
アスラン達を見下ろせる崖の上から、イヤホンを片耳に当てつつ入ってくる音声に耳を傾けるルナマリア。
アスランが向かい合っているのは三人である。
数時間前にアスランが尾行していると街で接触した女性に、同年輩の男女――片方はカガリ・ユラ・アスハであり、少年はアスランに「キラ」と呼ばれていた。
彼らがあの伝説の艦”アークエンジェル”のクルーなのだろうか・・・
ふと横にいるアムロに目を向けると、彼は腹這いになってルナマリアの反対側のイヤホンを耳に押し当てていた。
第三者から見れば、仲の良いカップルが肩を寄せ合って音楽を聴いている風に映ったかもしれない…ルナの持った集音機が無ければの話だが。
「!?」
しかし、ルナマリアはアムロの目を見て驚いた。
怒っている。何故かはしらないが、アスランと彼らの会話を聞くだけでドンドン機嫌が下降していくのがわかる。
(こんなアムロさんって…)
だが、次にイヤホンから聞こえてきた言葉にはルナマリアのみならず、アムロも目を見開いた。
<――――…なんで、本物の彼女はコーディネーターに殺されそうになるの?>
<えっ……!?>
「えっ……!?」
「………………」
アスランとルナマリアの驚きの声が同時に上がるが、アムロは沈黙をまもった。
内心では最近出会った、<<ラクス・クライン(と名乗る少女)>>のことが次々と脳裏に浮かんでは消えていった。
そして、それらを取り巻く環境…ギルバート・デュランダルと<<ラクス>>の秘書となっているサラ。
(為政者の考えることは・・・・・全く・・っ!!!)
「どういうこと? これは」
丁度その頃の戦艦<ミネルバ>の艦長室。
椅子に座るタリア・グラディスに対峙する形で技術主任のマッド・エイブスは向き合っていた。
タリアが厳しい目で見つめる先にはデスク上に広げられたコア・スプレンダーの青写真、特にコクピット部分のモノがあった。
「見てのとおりです。 今回送られてきたアムロ大尉用のコア・スプレンダーには、シンのモノにはない装置が備え付けられておりました」
技術主任に至っては、苦々しいを通りこして遣る瀬無さを目に浮かべている。
「それがコレだというの」
「はい、まずシートの裏側に熱感知、脈拍、バイオリズムに脳波まで読み取る機能が付加されています。
……これは、はっきり申し上げるとウソ発見器よりも数段タチの悪いモノと言わざるを得ません。
パイロットがその場その場で何を考えたか、その時の脈拍、呼吸の乱れからその道の専門家なら簡単に割り出せるでしょう」
「・・・・・・・」
自分の眉間にどんどん皺が寄っていくのを実感しながら、タリアは黙って聞いた。
マッドもその心情を汲んだのか、深呼吸をすると青写真の一部分を指差した。
「そしてこの部分、ちょうどパイロットのシートの真下にある数cmの長方形の空間――これもシンのものには無いのですが――
これは先程の装置と直結しており………爆発物を埋め込むことにより、遠隔操作による爆破が可能です…パイロットのみを」
「なんですって……」
想像以上の報告に流石のタリアも顔色を失った。 主任も怒り半分、不安半分といった表情で追言する。
「整備の立場からはっきり申し上げますと、異常です……吐き気を催す程に」
「……そうね」
「艦長、私はアムロ・レイ大尉の過去のことは知りません。
しかし、彼がどれだけあの子たちの為に働いたのか、この艦を守ってくれたのかはよく分かっています。
軍人としても、人間としても信頼に―いや、尊敬に値する人物です――例えナチュラルであったとしても
……これは整備班の総意と思って頂いても構いません」
目を逸らさずに言ってのけたマッド・エイブスにタリアは感謝したい気持ちで一杯になった。
そして、少し目線を緩める。
「有り難う…貴方の言葉はとても嬉しくおもうわ……本当にね…それはそうと、この事は」
「整備の人間で把握しているのは私だけです。ヨウラン達には別の装置だと言い含めてあります。
大尉は…恐らくは大まかなことには気付いているでしょう。自分の乗機は自分で隅々まで理解しないと気が済まないようですからな」
苦々しく笑いながらの台詞にタリアもそっと嘆息する。
「分かったわ、この事はくれぐれも他言無用にお願い。アムロには………私から話すから」
「了解です、では」
マッド・エイブスが退室したあと、我慢に我慢を重ねていたタリアは、思わず両の拳を机に叩きつけていた。
固く噛み締めた唇から怨嗟にも似た呻きが漏れる。
「ギル……まさかアナタの仕業じゃないでしょうね」
その後も彼らの話し合い(と一概に呼んでいいのかどうか)は続いたが、いつまでたっても平行線を辿るばかりであり、業を煮やしたアスランは
「理解はできても、納得できないこともある……、俺にだってやるべきことがある…それが」
という台詞を残し、飛び立っていった。
そして、その場に残ったキラたち三人は、意気消沈するカガリを慰めているようであった。
「…子供の喧嘩だな、もう少し大人だと思っていたんだが」
「ア、アムロさん」
その、はじめて見るようなアムロの顔にルナマリアが恐る恐る声を掛けようとするが、その時である!!
♪ 〜〜シャ○が来る!のテーマ〜〜♪
突如鳴り響いたメロディに顔を見合わせたアムロとルナマリアは、慌てて発信源を探した。
どうやらデイバックに中かららしいことに気付くと、ルナマリアが飛びつくように掴み出し、中をまさぐる。
そして、中から出てきたのは・・・真っ赤な携帯電話だった←しかもモノアイシールにツノつき。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ブオン ガシャッ!
ルナマリアは全てを悟ったのか、遠距離投げの選手が惚れ惚れするようなチカラ強いフォームで遠く(百メートル以上)にある岩場に投げつけた←無表情で。
小気味いいぐらいコナゴナに砕け散る赤い携帯電話。
それを横目で見つつ、アムロはそっと覗き込むと、やはり気付かれたのか、キラ・ヤマトが警戒の眼差しを向けてきていた。
「……丁度いいキッカケになってくれたな…ルナマリア、君はここにいろ。絶対に出てくるな」
「ちょ、アムロさん!?」
「命令だ」
それだけ言い渡すと、ズボンの後ろに挟み込んでいた拳銃を抜き放ち、ゆっくりと彼らのほうへと岩場を降りていった。
一方、キラもすぐアムロの接近を感じ取り、彼が拳銃を手にしているのを素早く見抜くと、カガリとミリアリア・ハウを背後に庇い、いつでも岩陰に隠してある機体”フリーダム”に行けるよう身構えた。
しかし、そのキラの出鼻を挫く声が二つ上がった。
「待ってくれっ!! 君たちと話をさせてほしい!!!」
「あ、アムロさんっ!!??」
「「「え!?」」」
その声の一つ、ミリアリアが発した声に、キラ、カガリ、そしてルナマリアは驚きの声をあげた。
一方のアムロは軽く苦笑しつつ、拳銃からキラに見えるように弾倉を引き抜き、地面に落とすと両手を拡げて何も持っていないことをアピールする。
そして・・・・・・・・・・・・・・