ヒューーーゥン
前方から顔に吹き付ける心地よい風が、思考に陥りがちな頭を多少なりともクリアにさせていた。
先ほどの前大戦を終戦に導いた功労者(と目される)人物たちと――勿論意見のくい違いはあったが――話をすることが出来たのは純粋に収穫だった。
そして、それによって色々と明らかになったこともある。
自分の様な正に<<世界の部外者>>には、わからない事情というモノが余りにも多すぎた。
ソノ靄がかった霧が晴れてきたのは純粋に喜べる。
キラ・ヤマト
ラクス・クライン
カガリ・ユラ・アスハ
そして……ミリアリア・ハウ
彼らとの別れ際に、彼女がくれたクチビルの感触は今も微かに残っている。
(世界は思ったよりも狭く、また皮肉に出来ている…とは誰の言葉だったかな?)
(世界がこんなだから、人間も皮肉になるのか…あるいはその逆か)
などと、さっきから意味もなく、またらしくもない哲学じみた思想に耽っているのには訳があった。
その原因は自分のお膝元にアリ
「……ルナマリア」
「…はい?」
「寒くないか?」
自分の胸と、膝に感じる暖かく、柔らかい感触を可能な限り無視しつつ、ヘルメットをかぶった為にうなじしか見えない彼女の後頭部に話しかける。
ジャイロの座席に座る己の膝の上に、背中を向けるカタチでルナマリア・ホークが腰掛けていた。
といっても、操縦するアムロの邪魔にならぬよう、フットペダルを踏むアムロの両足を跨ぐ格好で座り、操縦桿を握る手を楽にさせるために上半身を完全にアムロに預けていた。
おかげでアムロの両腕はルナマリアの腰を抱く形で回っており――上腕に感じる年齢よりも発育した<<何か>>の感触は無視している――甚だ他人に見せるのは御免被りたいカタチなのだ。
もう夕日も沈もうとしている時刻の為に、それなりに風も冷たい。
「平気ですよ、わたしは」
「ならいいが、風邪だけはひくなよ」
もぞっと腰を動かしたルナマリアは首を後ろに仰け反らせるようにアムロの顔を見つめてきた。
その頬が赤らんで見えるのは、夕日の所為ではないのだろう。
猫のようにクルクル動く瞳が可笑しそうに、熱に浮かされた様に微笑んでいる。
スッ・・・
アムロの顎に軽く触れる程度のキスを交わしたルナマリアは、悪戯っぽく目を輝かせた。
「さっきの言葉、変えませんよワタシ…変えるもんですか」
それだけ言うとまた前を向き、操縦桿を握るアムロの両手にルナマリアは自分の手を被せると、それきり押し黙った。
その手が微かに汗ばんでいることに気付いたアムロは、しかし自分に彼女を否定する確固たる理由がない自分に若干の情けなさを感じつつ、彼女の想いに答える必要性も感じていた。
やんわりと操縦桿から片手をどかすと、ルナマリアの形の良い顎を優しく掴んでこちらを向かせる。
目を見開いた彼女と目を合わせるまえに、その唇を塞ごうとする――ルナも瞳を潤ませながら目を閉じる・・・・・んが!!!
♪ 〜〜シャ○が来る!のテーマ〜〜♪
タラッタラ〜フィ〜ユィユ〜…
これ以上はない位のタイミングで場違いな音楽が何処からともなく流れてきた。
それはもうどっかから見てんじゃねえか?ってくらい見事なタイミングで。
雰囲気もムードも全てをブチ壊しにした元凶は、シートの片隅に備え付けられていた……赤い携帯電話からだった。
誰がやったかなどは考えるまでもない…両人とも脳裏に<<赤いハロ>>を浮かべた。
無言で携帯を拾い上げると、ゆっくり耳元に近付けるアムロ――持つ手が怒りのためか震えている。
怖い笑みで同じく携帯に耳を寄せるルナマリア――眦を吊り上げ、ひくつかせながら。
ピッ
通話ボタンを押すと、待ち兼ねた様になんとも腹の立つ笑い声が聞こえてきた。
『フッフッフッ…、アムロ、モシ聞コエテイタラ、君ノ生マレノ不幸ヲ呪ウガイイ』
「「・・・・・ウマレノフコー・・・・・?」」
『ソウ、不幸ダ』
「「・・・・・・・・・・・」」←青春真っ盛りの人間(若干年嵩のいってるモノもいるが)
『・・・・・・・・・・・・・』←もはやハロ
『……ウッ、グス……(ブツ)』
何かが何かの琴線に触れたのか、途端に電話の向こうから涙声が聞こえてきて一方的に切れた。
「……自分で自分の言葉に傷付いてれば世話ないぞ……まったく」
脱力しつつも、おぼろげな輪郭を見せ始めた”ミネルバ”が身を寄せる島が見えてきた。
夕陽が差し込んでとても綺麗な光景だったが、アムロには思い出すことがあった。
(そう言えば、あの男と数年ぶりに再会したのもこんな夕焼けの中でだったな)
ほんの数年前なのに、今では随分と遠い昔に感じる。
アムロが悲しい(空しい)ノスタルジーに浸っている中、ルナマリアは「フフ♪ フフフフ♪」などと気味悪げに微笑んでいた。
やるべき事が増えたと言わんばかりに燃える瞳で”ミネルバ”を見つめながら……
プシュー
「それでは、失礼します」
レポートと写真、録音メディアの入ったファイルを提出したルナマリアは、タリアと幾つか言葉を交わし、艦長室を後にした。
一緒に報告に来たアムロは残っている。
恐らくはなにかしらの話し合いをするつもりなのだろう。
背後でドアが閉まる音を聞いたルナマリアは、んっと軽く伸びをすると緊張していた身体をほぐした。
「さ・て・と…」
復讐するは我にアリ、である。
「は〜ぁ、幸せ♪」
オペレーター勤務の後の軽い疲労感の中、食堂担当の人がとっておいてくれたスィーツは格別美味い。
これを味わう為に頑張ってるといっても過言じゃないかもしれない。
ほんわ〜、といった風にうまうま、うっとりとした表情でスプーンを口に運ぶメイリンであったが、その至福の時間は脆くも崩れ去った。
ドドドドドドドドドド
「・・・・んぅ?」
何処からか聞こえてくる凄い音に首を傾げたメイリンは、何となく食堂の入り口に目を向けた。
バターンッッ!!!
「<<ハロ>>は何処!? あの馬鹿何処に行ったの!!??」
すると突然、ドアが勢いよく開け放たれ、姉のルナマリア・ホークが入ってくるや否や、大音声で咆哮した。
しかも、私服姿で、何故か携帯型のバズーカを担いでいる。
「お、お姉ちゃん!?」
その奇天烈な格好に、食堂に居合わせたクルーは言葉を失い唖然とするほかない。
思わず叫んだ声にルナマリアがゆっくりと視線をこちらに向けてきた。
妹のメイリンが見たことないほどのヤバきちなくらいに怒っている。
「答えなさいメイリン。 あの、<<ちんちくりん>>は、何処にいるの?」
「な、なんか――『イマ流行リノ”リバイバル”シテクル』――って言って、本部の人とどっか行っちゃったけど…」
「……ああああっ!! もうっ、あの<<ちんちくりんのぽんぽこぴー>>めぇぇ!!!」
それを聞いたルナマリアは、耐えていた感情を爆発させて地団駄踏んで悔しがった。
誰もが遠巻きに見つめるなか、メイリンは気丈にも姉を心配してか恥ずかしがってか、慌ててフォローに回ろうとしたがそれより先にルナマリアの手が上がった。
ひょいぱく
「ああああぁっ! ひ、ひどいぃっ!!」
最後に食べようととっておいた一番美味しい部分を姉に掻っ攫われて、メイリンはこの世の終わりとばかりに魂消る悲鳴を上げた。
それに構うことなく、もっきゅもっきゅと咀嚼しながら今後のことを考えていたルナマリアは名案を思いついたとばかりに脱兎と食堂を後にした。
「もう、お姉ちゃん!! 食べ物の恨みは怖いんだからね!!!」
その後を、半泣きになりながら追うメイリン――そして、後には呆気にとられるばかりのクルー達が残された。
「くそ、また勝てなかった」
シュミレーションルームで仮想敵を相手に模擬戦をやっていたシン・アスカは、結果のスコアに舌打ちした。
TOPを飾るのはアムロ・レイとアスラン・ザラの二人で、その下にわずかに届かずシンの名前があったのだが、なかなか覆せずにいる。
アムロとアスランのスコアはほぼ同数なのだが、結果に明確な開きがあった。
アスランでさえ被弾率を抑えられないというのに、アムロは見事にゼロなのだ。
アムロは必要と直感すれば、盾だろうがライフルだろうが即座に囮にして反撃してくる為、一向に読めない。
取捨選択の判断力が凄まじく高いために機体そのものの被弾を抑えられている。
レイが言うところには、『才能もあるだろうが、実戦経験の差だな。 MSでの戦闘に余程慣れ親しまないとああはいかないだろう』とのことだが、それだけではないような気がする。
だが、シンの黙考は傍迷惑にも破られた。
「シンっ!」
「…なんて格好してんだ、お前?」
いきなり部屋に入ってきたルナマリアにシンは驚くよりも脱力してしまう。
今時の女の子ファッションなルナマリアが、片手で――大の男でも両手で持たないとかなりキツイというのに、ルナはバットの如く――無反動砲を担いでいるのだから恐ろしい。
「で、なんの用だよ?」
「”赤いちんちくりん”のことよ!!」
「ああ、アイツなら其処にいるぜ」
「そうなのよ! 見つけたら直ぐに・・・って、え?」
シンが顎でしゃくった方向に目を向けると、備え付けのテーブルの上にいつのまにか不敵にデンと鎮座していた。
『ハロ♪』
(何時の間に? ワタシの前髪にも引っ掛からないなんて!)
まるで気配を感じなかった――ロボットに気配なんてモノがあるならだが――ことに内心驚きつつもそのことはおくびにも出さずにニヤリと笑う。
「アラ、のこのこと出てきたわね。 修正を受ける覚悟は出来てるって介錯するわよ?」
こきこきと指を鳴らすルナマリアだったが、
『クックックックック…ハ〜ロハロハロハロ!!!!』
何が可笑しいのか、唐突に馬鹿笑いを始めたハロに呆気にとられる二人であったが…
「この馬鹿」
『ア…』
つかつか歩み寄ったルナにテーブルからはたき落とされるとピタリと収まった。
ちょうど、日頃の運動量のちがいからか遅れてやってきたメイリンも目を丸くしている。
「……アレ、アナタってなんかリバイバルがどうとか言ってなかったっけ?」
「りばいばるぅ?」
「フンッ! 何よ、カッコ悪いままでどこも変わってないじゃない!」
床の上をコロコロ転がるに任せていたハロであったが、ルナマリアの言葉にピタっと雰囲気を変えた。
『……カッコワルイダト?…ヨカロウ、ナラバ見セテヤル――ザフト脅威ノメカニズムヲ!!!』
どっかのお偉いさんにそっくりな声でほざいたハロがいきなり眩いばかりの光を放った。
「「キャッ」」
「うわっ!?」
いきなりの閃光に目をやられた三人だったが、流石にコーディネーター。すぐに視力を回復させ、しぱしぱさせつつも元凶を見やった。
『ドウダ!!』
そこには、一頭身(笑)の両下部からなんかやけにゴツイ足を生やしてガニ股で立ち上がり、額からご立派なツノを生やした<<赤いハロ>>が居たのであった。