人 シュボ
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< `∀´> л <機動戦士ガンダムSEED side A 第15話
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フ /ヽ ヽ_//
ロンド・ミナ・サハクがこの場にいた事は偶然ではなかった。
この式典の目的を考えれば、オーブにおける彼女の――サハク家の役割から類推するに
それほど不自然な事ではないと思われる。ただし、それは通常の状態であればの話だ。
「それじゃあ、アズラエルに会うために来たのか」
「ああ、アポを取ったわけではないがな。あちらも私に話があるだろうから問題は無いさ」
「そういうものかい?」
アムロは幾分か饒舌にミナと言葉を交わしていた。
腹の内は読めないにしろ、彼女が会場にいる他の連中にありがちな浮ついた熱とは
無縁であった事が主な理由だった。それに付け加えれば彼女はかなりの美人だ。
もっとも、当事者以外からは連合最高のカードとサハクの接触はあまり歓迎できない話であるのか
ちらほらと聞き耳を立てている者達も見受けられた。
「――オーブも一枚岩じゃないという事か。それで、モルゲンレーテの協力もその一環というわけだ」
「ああ、中立と謳った所でこれほどの戦乱に対し無関係とはいかんしな」
「それは、道理だろう?」
「至極当たり前の事象を理解出来なくなる輩は存外多いのだよ…」
ミナの虹彩に一瞬だけ呆れと疲れの色が浮かんだ。
その後、話題は自然とアムロに対する質問に進んだ。
しかし、アムロはここでは経歴も何もかもを偽りで塗り固めた身の上である。
当然ながら彼は暗記した情報を基に嘘の過去話をしていたのだが、
途中でミナの値踏みするような目線に気付き、
「…君は知っていて聞いているのかい?」
「気付いたか、やはり鋭いな。ああ、それなりに調べている。よく出来てはいたがな」
「案外、趣味が悪いな」
微笑を湛え、悪びれも無く白状したミナをアムロは半眼で見据える。
表面上は無駄な努力をさせられた事への不満を表していたが、内面では別の事を思案していた。
ミナの掴んでいるであろう情報の深度と思惑を。
少なくとも"ここ"での過去は、アズラエルに用意してもらった虚構であると彼女は知っている。
他者への配慮も込みで暗にそう告げられていた。
――反応から、情報を採取しようというところだろうな。
それだけでは、断片としか言えない無価値な情報でも、集積・体系化すれば価値あるものを得られる。
一時はシャア・アズナブルの追跡に従事していたのだ。その一応の心得はアムロにも備わっている。
「こういうのは止めてくれないか。正直、柄じゃないんだ」
「そうか。それは、すまなかったな」
それ故にアムロはボロを出す前に打ち止める事にした。
腹の探り合いとなると勝ち目が無さそうに思えたのだ。
どこか楽しげなのが気に掛かったが、ミナは存外にあっさりと引き下がった。
「フフッ、警戒心が強いな君は。そうだな、今の詫びと言っては何だが…」
詫びと称して、ミナから聞かされた話は要約するとこうだ。
現在、裏の世界において大西洋連邦所属アムロ・レイ少佐のアクト・ファイルが出回っており
それには連合のパイロットとしてだけではなく、モビルスーツ開発に深く関与する人物としても記されていると。
その内容は、アムロの興味を引くに十分だった。
「…酷い漏洩だな。さっきのもそこからか?」
「いや、そちらは私の側が独自に洗ったものだ。振れ回るつもりも無いから安心していい」
如何にも当てにならない台詞であったがアムロはこれを信じた。
短時間言葉を交わしたに過ぎないが彼女はこの手の約束事は守る人柄に思えたのだ。
実際にアクト・ファイルが出回った経緯に何らかの思惑が付与されていると考えれば
ただ、利用されるなどミナの矜持が許さなかった。
「そうか、助かる。にしても、連合の内部からのリークがあるって事だろう。そんな物が出回るのは…」
「ああ、君のあずかり知らぬ所で、敵味方、そしてそのどちらでもないという区分けが出来つつあるという事だ」
「…迷惑な話だな」
「まあ、君の場合は後ろ楯が…んっ?」
不意に会場の一角が騒がしくなった。
どうやら、両者にとっての待ち人が到着したらしい。
「ご成功おめでとうございます。アズラエル理事」
「まだまだ、これからですよ」
「アズラエル理事、今後ともよしなに」
「――――――」
一斉に押し寄せてきた顔ぶれに手際良く会釈しているが今しばらく時間が掛かりそうだ。
たぶん、会場の外に着いた時点からこのような調子だったのだろう。
「ふむ、アズラエル理事もなかなか難儀してるようだ」
「そうかい?俺には楽しんでいるように見えるけどな」
その様子を両者異なる見解を持って遠目で見やった。
――アレはミナさんと…アムロ君?いやいや、都合がいいというか何というか…
結局、アズラエルが人の波から開放されるまでには、さらに三十分ほど必要とした。
立場に比例して煩わしさは増すというよい証左であった。
「いやぁ〜久方振りですね、アムロ君。壮健で何よりですよ」
「いや、俺は今日一日で疲労困憊だよ。慣れない事はするもんじゃない」
「まあまあ、これくらいは大目に見てくださいよ」
それもようやく一段落し、軽口を言い合いながらアムロとアズラエルは握手を交わす。
瞬間に幾つかのフラッシュがこちら目掛けて明滅したのが少しうっとおしく思えた。
隠し撮りも含めればいったいどれだけのレンズが向けられているのやらである。
互いに良くも悪くも注目されているのだ。
――ほう、これは興味深いな。
ミナはその様子を観察しながら自身の認識する情報を書き換えていた。
二人のなにげない仕草や様子から、多くの流言が示す関係は不適切であるとの印象を受けたのだ。
単純な上下関係とは違う。ミナは脳裏にそう記した。
「ミナさんも久しぶりですね。ウズミ代表は相変わらずで?」
「…ええ、相変わらずですよ。アズラエル理事」
若干、声音を低くしてミナは答える。
ウズミに対するミナの感情を承知で、いきなりその名を出す
アズラエルの底意地の悪さも相変わらずであった。
「しかし、アナタも良いんですか?ここで僕と接触してしまって」
「良いも何も、モルゲンレーテを通じて協力させて貰っている身の上ですから
モビルスーツの宣伝の場となれば挨拶も当然でしょう」
「そうですか。どうも――ここにはアスハ絡みも幾人が混じっている様なんですがねぇ」
「意地の悪い仰り様ですね。今更、旗色を誤魔化した所でどうなるものでもないという事ですよ」
ミナは監視の目も承知でここにいる。
この掴みどころのない男は彼女の目的には欠かせぬ要素なのだ。
リスクを負う価値は十二分にある。
アズラエルはその事を分かっているうえで白々しく問いかけているのだ。やはり、意地が悪い。
「そうだ。夕食に招待したいのですがいかがですか?丁度いい機会ですから。色々と…ね」
「わかりました」
会談のセッティングは既に済んでいるという事だ。この手際の良さは流石といったところか。
アスラエルは、こういう事なら下手なコーディネイターより遥かに上手である。
惜しむらくは本人に全くその自覚が無い事だが。
「俺はもう戻っていいのか?」
アムロは一応アズラエルに確認する。
今から二人が何か話をするにせよ自分とはあまり関係が無い事に思えたからだ。
それに対し、アズラエルは声の音量を落として、
「ん〜、アムロ君はヘリオポリスの裏で起こっていた事って興味ないですか?」
「………」
結局、アムロもついて行く事になった。
好奇心というのは時折、当人の制御下から離れてしまうものらしい。
――ナイスフィッシングってところかな。
ニヤニヤしているアズラエルをアムロはジト目で見やり、
「顔に出てるぞ…」
「おや、これは失敬」
「フム。やはり、興味深い…」
こうして、連合の白き流星、ブルーコスモス盟主、オーブのサハクという奇妙な組み合わせはこの場を後にした。
招待されたホテルでアムロとミナは鼻歌交じりに手を動かすアズラエルを見つめていた。
彼は、今、ミキシンググラスをステアしており装飾過多な室内でその動作は妙にサマになっていた。
「ハイ、これで出来上がりです」
オリーブを飾ったカクテルグラスにレモンピールを絞り加え二人に手渡す。
「随分と手際が良いが趣味かい?」
「ええ。もちろん味にも自信はありますよ。僕はこう見えても凝り性ですからねぇ」
「理事に供されるとは。変わった体験をしているな、私は…」
そして、三人同時にグラスに口につける。アズラエルは反応を見たがっているようだ。
「どうです、いい味でしょう?」
「ああ、言うだけの事はあるな」
アムロは素直に賛辞の言葉を送る。
「お褒めに預かり恐縮の至り。…おや?」
アムロの賛辞に冗談を交えたアズラエルだったがミナからの反応が無いのが気に掛かった。
「お気に召しませんでしたか?」
「――美味だ」
ぼそりとそう呟くと、ミナはジッとアズラエルを見返す。どうやら杞憂だったようだ。
というより、とても珍しいものを見ている気がする。
「あ〜、えっと、お代わりいります?」
彼女の少々オーバー過ぎる反応にアズラエルは内心焦りながら対応する。
ミナはコクコクと頷きながら目線でお代わりを要求した。
その後、食事をとりながらの一応の社交辞令から本題へと話は移っていく。
「さて…と。それじゃあ、貴女の目的を聞かせてもらいましょうか?」
「今後の理事の知りたい情報の提供。そして、私の職権で出来うる限りの協力をして差し上げます」
ミナの瞳を目踏みするようにアズラエルの目線が射抜く。
「で、あなたの得る見返りは?」
アズラエルの言葉にミナはただ首を横に振った。
「言っておきますが…僕は見返りを求めない行為は信用しませんよ」
利害の外となればアズラエルにとって不透明な領域での話となる。
それは基本的に歓迎の出来る話ではなかった。
「私はオーブの氏族です。見返りではなく――オーブの民のために"あなた方"を利用させて頂きたい」
「――なるほど、"我々"を…ですか」
数ある企業融合体の中でも支配階級と呼ばれる者達のみで構成される共同体『ロゴス』。
退嬰により腐蝕が進んでいるとはいえ未だその影響力は絶大である。
――面と向かって利用したいとは、なかなかどうして面白い人だ。しかし、それでは…
アズラエルは自身の内に生じた疑問を今は伏せ、別の話題を持ち出す事にした。
「それにしても――アストレイでしたっけ。ヘリオポリスでは随分と大胆にやってくれたようだけど
貴女は僕がこの事で気分を害しているとは考えていないのかな?」
「――それについては、あなたは黙認してくださったようなので特に心配していません」
ミナはヘリオポリスにアズラエルの手の者が進入していたのを弟のギナから報告を受けていた。
予測よりすっと早い段階で見抜かれていたのは少々癪ではあったが。
「…まあね。僕には勘の良い友人がいるのでね。貴女のやりそうな事も察しはつきましたよ」
一瞬だけアズラエルはアムロに目を向ける。
当のアムロは邪魔にならない程度に箸を進めていた。
場の雰囲気はともかく料理の味は最高だ。
――はなから場違いなのは承知の上だ。
と、割り切って、耳を立てながら静かに料理に舌鼓を打っているアムロだった。
「それに――僕も多分、貴女と同じ立場なら同様の事をしていたはずですからねぇ」
「………」
この対応から、ミナはアストレイについて彼女が考えていた以上に詳細を掴まれている事を察した。
現にアズラエルのこの余裕は情報の認知の深度を物語っていた。
「で、実のところ今はどれだけ進んでいます。色々とやる事も多かったでしょう?」
「"だいたい"ですよ、後は理事次第です」
「ふむ…」
ミナの大西洋連邦内部への工作は調査の通りだいぶ進んでいるようだった。
アズラエルが積極的に横槍を入れねばアストレイはモルゲンレーテが独自に開発したモビルスーツという事になるのだろう。
サハク家が長年築いてきたパイプを彼女は十全に活かしたようだ。
充分な勝算と思案を経て出た行動なのだろう。
それは彼女が有能である事の証明である。
「僕としては貴女と仲良くした方がメリットも多そうですからね。好きにしてかまいませんよ」
「ありがとうございます」
アズラエルも別に大西洋連邦のためだけに動いているわけではない。
今更、手遅れな責任論を追及したところで旨味は薄いだろう。
国への忠よりここは自らの利益追求を優先する。
彼女が自分で乗り切れるのならば余計な心配も横槍も無用だと結論づけた。
「で、僕を通してロゴスを利用すると仰いましたが…
一応確認しておきますが僕らにも出来る事と出来ない事があるのは承知で?」
「はい、私の今回のあなた方への要求はあくまで"事が起こってしまった場合"です」
問いながらも、実のところアズラエルはミナの意図を既に看破していた。
彼女が今回主題としているのがオーブに有事があった後の算段である事をだ。
確かにロゴスの庇護があれば予想しうる様々な難事にも対応できるだろう。
幾らなんでも、有事自体を塞き止めるのはロゴスの仕事ではない。
今のオーブを庇うメリットなどまるで存在せぬのだから。
「って事は…やはり、今のオーブはどうにもならないって考えていいんですね?」
「ええ…私と――理事の狙い通りに行かなかった様に…」
アズラエルは、G兵器強奪事件でウズミ・ナラ・アスハに責任が及ぶにあたりサハクの動きに影で協力した。
オーブを日和見主義のアスハの支配から切り離す事を目的として
かなり本腰を入れて工作に動いたのだが結果は惨憺たるものとなった。
ウズミは代表首長の座からは退いたものの権勢は保持したままでありまるで揺ぎ無い。
新代表首長のホムラなどウズミの傀儡もいいところだ。
――最初はアストレイの方で仕掛ける予定だったけど。まあ、Gでコレならどの道、無駄だったかな。
色々と時間を掛けた仕込みが全て徒労に終わったのは正直口惜かった。
「その件についてはちょっと解らないんですよねぇ、僕には。
なにせ、やる事なす事、雲を掴むような手応えの無さでしたから」
オーブ連合首長国において形骸化している議会はまだしも
それなりの発言力を持つ下級氏族達に対してはアズラエルの手練手管がまるで通用しなかったのだ。
サハクからもそれは同様だったのだが、アズラエルとしてはイマイチ飲み込めない事象だった。
「アスハという名をあなただけではなく私もまた甘く見ていたのですよ。
構築されたシステムは思いのほか強固だったという事です」
「ん〜…」
アズラエルには、やはり理解できなかった。
毒を振り撒く神輿など利用するならば話は別だが、健気に担ぎ続ける必要性など無いだろうにと思える。
ミナもこれには説明に困った。彼女とて理屈で理解しているに過ぎないからだ。
この二人は本質的に似たタイプなのだ。
「あ〜、アムロ君。君には解ります?」
そういう訳で、アズラエルはアムロに助け舟を求めた。
こういう時こそタイプの異なる人間の意見を聞くにかぎる。
ちなみに当の本人は暢気に食後の茶を飲んでいた。実にいい度胸である。
「アズラエル、これは価値観の齟齬だと思うんだが…」
「と、いうと?」
「個人にしろ、家系にしろ、人間は象徴を求めたがるって事さ。それがオーブじゃアスハなんだ。
そして、そういうこだわりっていうのは簡単に捨てきれるものじゃあない…引き込まれているのだろうな」
「う〜ん、価値観ですか。解ったような、お手上げのような…」
「理合の外の話になるからな、こういうのは」
結局、アズラエルはそういう事で納得するしかなかった。
アムロの説明で理屈では納得できたが完全に理解というのはどうやら無理そうだった。
そもそも、心理的な立ち位置が違うためピントが合わないのだ。
――引き込まれている…か。
若干の引っ掛かりを覚えるフレーズだ。
もしかしたら、アムロにも抜け出そうとして抜け出せなかったモノがあるのだろうか。
己の内面で決着できないまま、中途半端にしこりを残しているような事が。
そう、アズラエルは思考した。
「よい縁(えにし)をお持ちのようだな。アズラエル理事は…」
ミナは自然とそう口唇に乗せていた。
己とまるで違う性質の存在は重要な要素だ。
そういう者と友誼を結ぶというのは重畳極まりない事であり
今現在、彼女はそのような存在には恵まれていない。だから、少し羨ましくも思えたのだ。
「まぁ…ね」
思考を中断しそれだけ口にすると後の細かい内容は後日にという事でこの場は落着した。
「なるべく早急に準備しますよ。貴女にもその方が都合が良いでしょう」
「ええ、助かります」
そして、帰り際にミナはアムロの方を振り向くと、
「アムロ少佐、君はやはり面白い男だ。また会いたいな」
その時の横顔はアムロの印象にやけに強く残った。
ミナが去った後、アムロは手渡された資料に目を通していた。
その資料の内容は設定されている閲覧権限からして本来いちパイロットが目を通せるものではない。
"第二期GAT-Xシリーズプラン"、さらに装備改変による万能機開発を目指す"リビルド1416プログラム"。
その詳細について記述されていた。
「何というか…手当たり次第って感じだな」
「まあ、予算を引っ張るためとはいえこけおどしに過ぎるとは思いますがね」
「で、これも何かした方がいいのか?」
「いえ、こっちはアムロ君はノータッチで進めます」
現実的にパイロットをしながら関われる事案には限度もあるし、
いくら、アムロのモビルスーツに対する知識が十年以上の蓄積からなるものとはいえ
一個人の志向のみを全てに反映させてしまえば、結果的に多くの試みが廃され全体の余地と幅を奪われる。
こちらの世界ではモビルスーツ開発は黎明期なのだから多くの失敗を繰り返さねばならない。
アムロもそれを理解しているため異存は無かった。
もちろん、個人的には思うところは多々あるがそれはそれだ。
「それじゃあ、何故これを見せたんだ?」
「君にとっての本命の参考にでもならないかとね」
そう言って、アズラエルはもう一つの資料を提示する。
"GAT-XSP-105"――現時点でのモビルスーツの限界性能の達成を目的としたプロジェクト。
と、いっても実際にはニュータイプ専用モビルスーツ開発を公式に混入させるためのダミーなのだが。
「XSP-105…こちらはMk-Uと違ってストライクをベースにはしていないぜ?」
「ああ…それは軍内部へのアレとかまあ色々絡んでましてね。何なら聞きますか?」
「いや、遠慮させてもらうよ」
アムロはロクな話にならなそうな気配を察知して丁重に断った。
「それは残念。ところで、Mk-UといえばOSのほうはどうです?」
「まだ、量産機対応とはいかないな。構造上の特性を知り尽くしてないと実戦では扱えないってところだ」
「やれやれ、何とも迂遠な事ですねぇ」
そう言ってアズラエルは肩をすくめた。今しばらくは、忍耐の時が続きそうだった。
「――ヘリオポリスは色々と大変だったんだな」
「ええ、何を勘違いしたのか傭兵やメビウスまで派遣して口封じですから。
これじゃあ、ヘリオポリスの死者も浮かばれませんね」
ひとしきりの確認も終わりアムロはアズラエルから様々な事件の裏を聞かされていた。
アムロも大概聞き上手でありアズラエルはこの時間の共有を好ましく思った。
「まあ、これはミナさんの秘密主義が裏目に出た一面もありますがね」
「…オーブの量産モビルスーツか。あなたは知っていたんだな?」
「君のおかげですよ。こちらもすぐに対処出来ましたから」
その物言いに流石にアムロは憮然とした表情になる。
「人を探知機みたいに…俺は利用させるつもりで言ったわけじゃなかったのだがな」
「わかってますよ。僕個人は正直そういう効果を期待していましたがね」
「気に入らない言い様をする」
「まあまあ、おかげで僕も、そして、ミナさんも助かった面があるんですから」
早期に対応できねばミナとは抜き差しならぬ状況に陥っていた事もありえる。
そういう意味では、確かにそういった面はあるのだろう。
「しかし、オーブは難しいんだろう。モビルスーツを持たせていいのか?」
「心配には及びませんよ。プラントとは条件が全く違いますしね。もちろん、仕込みは進めていますが…」
どうやら、水面下では様々なケースに対応できるように準備がなされているらしい。
ミナは今日こそ事後のための話に終始したが、
実際にはオーブ侵攻という事態を避けるためにも動いているのだろう。
「まあ、ちょっと手を出しにくくなった。って程度ですよ」
「彼女はオーブを護ろうと?」
「そのためにウズミ代表を削ごうとしたようです。失敗しましたがね。…気付いていなかったのですか」
「一度会っただけ…、しかも、その時は会話もしていないんだぜ?」
最初に会った時、ウズミの名が出てアムロがミナから感じたのは悪意だった。
アムロからすればアストレイ絡みの技術盗用やアスハを廃するという思惑の感知であり
それはたとえ、民衆を護る気概からの発露だとしても敵意として捉えてしまうのだ。
「俺も半年前はまだ警戒心が先行していた部分があるからな…限度はあるさ」
「ニュータイプ論――人の間の意思疎通は円滑になり、誤解なく事物を総体して分かり合えるでしたっけ?
どうも、それとは外れている様に聞こえますが…」
「前にも言っただろう、出来損なっていると。それに年齢をとれば自分なりの物差しも生まれるしな」
人間は自分なりの価値基準が定まってくれば、たとえ理解できたとしても譲れぬ事、認められぬ事は自然と出てくる。
これは人間が人間として規定される性質がある以上避けられぬ事なのか長い時を重ねる事でいずれ越えられるのか。
アムロ・レイは理解と同意の垣根を越える事はついに出来なかった。
「それにニュータイプ論は観念的な面が先行し過ぎるきらいがあるからな。
現実にはやっぱり欲しくなるだろう。じかに触れたり、会話したりとか、生の感触がさ」
過去に一人だけ。アムロ以上に優れた資質を持った少年が見せた答え。
彼の理想は、その先にこそあるのかもしれない。
「いやいや、なにか貴重な話を聞いているようですね」
アズラエルは進化のケースとしてニュータイプへの評価を落とす気にはならなかった。
人間が人間の作為なく進める可能性。彼としてはそれで十分だからだ。
アムロの言葉は経験と苦悩、そしてそれでも諦めきれない理想が混在し多くの事を考えさせられた。
「じゃあ、ミナさんとはこういう形とはいえ話が出来てよかったじゃありませんか」
「ああ、意外と面白い女(ひと)だったしな」
「ええ、コーディネイターってところを差し引いても好ましい人ではありますね」
アムロはアズラエルのその言に苦笑を浮べ、
「アズラエル。そんなに嫌いなのか、コーディネイターが…」
「そりゃブルーコスモスやってますからね、僕は。でも、楽しい取引相手を嫌った事はありませんよ。
彼女は、なるだけなら死なせたくないとさえ思っているんですから」
その台詞によって弛緩した空気が軋んだ音をたてた。
「そんなに危険なのか、彼女の立場は…」
「ええ、ウズミ代表…おっと、今は元代表でしたね。
彼の中立宣言以来、多くの権限がかなり強引な手段でアスハに集中しちゃっています。
もっとも、これはウズミ元代表自身さえ存ぜぬところも多いのですがね」
「アスハの名前だけ利用している連中がいるのか?」
アムロの問いにアズラエルはわずかに困ったような表情で、
「それだったら、むしろわかりやすくて僕としては助かるんですがね。
とにかく、アスハに真っ向から対立しているミナさんは危ない立場なんですよ。
それに彼女の人となりは君も大体分かったでしょう?」
「アスハ信奉の跳ね返りに粛清されるか…そうならずともオーブ侵攻が現実になった時に戦って死ぬか…か」
アズラエルの台詞を引き継ぎアムロは口にした。アズラエルもこれを無言で肯定する。
そしてそれは、そう遠くない未来の事であると肌で実感できた。
「彼女もその事を承知しているのでしょうね。
僕が籍を置く共同体との交渉はセイラン家を表に出すと言ってましたから」
「そうか…」
アムロとしてはこの件の進展に積極的に関わる事は出来ない。
実際にアムロにその機会が巡ってきたのは最後の土壇場になっての事である。
だが、それはずっと先の話だ。
「まあ、戦乱の渦中ですからね。きっと、どこもこんな感じなんでしょう。連合も、オーブも、たぶんプラントもね」
「………」
平時には考えられぬほどに各々のエゴが剥き出しになる。それが戦争だ。
特に今回ほどの規模の戦乱ならばどれだけ膨れ上がっているのか想像もつかない。
「さて…と。君にはモビルスーツ部隊隊長って仕事があるんです。考えすぎて職務を疎かにしないでくださいよ?」
アズラエルはおどけた口調によって空気を入れ替える。
特機教導師団司令部直属特殊部隊隊長アムロ・レイ少佐。
それが、今のアムロの肩書きだ。
「ああ、やってみるさ…。――マティーニをもう一杯くれないか?」
「構いませんが、これで最後にしますよ?深酒は身体に毒です」
「…ハロの事、根に持っているんだな」
「当たり前でしょう?僕の酒量まで勝手に記録してレポート作成するんですから。
…おかげで彼女に色々と責められたんですよ」
技術の無駄遣いだと呆れながらアズラエルは手を動かす。
アムロはアズラエルらしい気の遣い方にとり直し、カクテルグラスを傾けた。
日付は変わりCE71.2月22日――連合は内外に様々な問題を孕みながらも反攻の時をジッと窺っていた。