ガンダムSEED D NT's
第6話「人間模様」
連合各国が席巻する地球にあって、島国のオーブはその自治と独立を保ち続ける数少ない国のひとつだった。
そのオーブの夕暮れの海岸、上機嫌で歩く一人の青年の姿があった。
「ラクスや父さん達も喜んでくれるよね、きっと……」
彼の名はキラ・ヤマト。彼は前大戦において三隻同盟に参加、獅子奮迅の働きを見せた伝説のMSパイロットの一人であった。
しかし、大戦末期にキラは心に大きな傷を負い、キラを心配するラクス・クライン、養父らの下で療養していたのだ。
その心の傷も癒え、彼は今新しい一歩を踏み出しつつあった。
(それにしても運が良かったなぁ。ちょうど人手が足りなかった所だなんて……)
今年18歳になったキラは、得意のプログラミングを初めとしたコンピュータ技術を活かせる仕事を探していたが、今日、とあるコンピュータ関連の会社に就職が決まったのだった。
本当はもっと早く仕事をしたかったのだが、念の為もう少し、と言うラクスの言に押し負け、これまで療養を続けていたが、キラは反対するラクスを説き伏せて療養を終え、就職活動を始めた。
たった一人、誰の手も借りずに勝ち取った仕事。ここに到るまで苦労したし、これからも苦労するのだろうが、キラの心は晴れ晴れと明るかった。
(これからは働いて、今までとは違う形でラクスや父さんや母さん、それにあの子供達も守るんだ。大変だろうけど、頑張らなきゃ)
戦いから離れ、働く事で家庭を守る。ようやくそこへ到る事が出来た事がキラは嬉しく、同時にその第一歩を踏み出した自分が誇らしかった。
「ただいまー……あれ?父さん?母さん?ラクス?」
キラの住居はカガリの用意した、孤児院も兼ねる大きな家だった。その玄関に入ったキラは、誰も出てこない事を不審に思い、リビングを覗き込んだ。
「父さん?」
リビングには、ヤマト夫妻、ラクス、そして三隻同盟の一隻、アークエンジェル元艦長のマリュー・ラミアス、同じくエターナル元艦長アンドリュー・バルトフェルド、そしてこの孤児院で子供達の面倒を見ているマルキオ導師の姿があった。
六人はまるでキラが帰ってきた事に気付かないかの様に、リビングに据え置きのテレビに釘付けになっている。
「皆、どうしたの?」
すぐ側から発せられたキラの声で六人は我に帰った。しかし、どうも様子がおかしい。
「キラ……」
ラクスの目が、憂いに沈んでいる。
「ラクス?皆、どうしたの?何かあったの?」
アンドリュー・バルトフェルドが進み出て、キラを制した。
「キラ、ちょっと外へ行かないか。話したい事がある」
有無を言わさぬその声音に、キラは背筋が寒くなった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宣戦布告?!連合が、プラントに?!」
海岸でもたらされた最悪の報せ。ようやく前大戦の傷も癒えてきたばかりだというのに、余りに理不尽な現実。
「それでな、キラ。お前さんに一つ聞きたい事がある」
「……なんですか?」
キラは次に来る質問が分かっていて聞いた。
「もしオーブが戦争に巻き込まれたら、お前さんはどうする?」
バルトフェルドはキラに対して暗に「戦うのか?」と聞いているのだ。キラはうつむいた。
「……出来る事なら、戦いたくありません。前大戦の戦後処理もカガリに任せっぱなしで、今更戦いたくないっていうのはわがままかもしれませんけど……」
「それはわがままなんかじゃあないさ。人として当然の感情だ。それに、戦後処理の事だってカガリのお嬢ちゃんが自分に任せろって聞かなかったんだ。お前さんが気に病む必要はない」
前大戦が終結したのち、カガリは精神的に衰弱したキラをラクスに任せ、代わりに自分が三隻同盟とオーブが被る戦後処理を一手に引き受けた。というより、強引にそうさせた。
こういう時こそ私の出番だ、と笑ってそれらの戦後処理を引き受けたカガリは、口には出さないが大変な苦労をしているだろう。幾分かの逡巡を見せた後、キラはゆっくりと顔を上げた。
「バルトフェルドさん」
「ん?」
バルトフェルドは、自分より頭一つ小さいキラの目に、決意と、ほんの僅かな迷いを見た。
「……もしもこのオーブが戦いに巻き込まれてしまったら、その時は僕も戦います。僕には力があって、出来る事がある。だから、戦います」
その言葉を聞いたバルトフェルドは、ふっ、と微笑むと、キラの頭に手を置いた。
「それでいい。お前さんはそれでいいんだ。迷い無く戦う事を肯定するようになっちまったらお終いだ。お前さんは迷って迷って、それでも戦うしかないと思ったら戦えばいいんだ。俺のような大人にはなるんじゃないぞ」
くすぐったそうにうつむいたキラだが、バルトフェルドの言葉をしっかりと噛み締めるように聞いていた。そのバルトフェルドの手が離れ、それと同時に聞こえた、さて、という言葉にキラは顔を上げた。
「カガリの嬢ちゃんに連絡を入れなきゃなァ。キラと俺がオーブ軍に参加出来るように取り計らって貰えるか、聞いてみなくちゃならん」
「あ」
キラは二つの事に気が付いた。一つは、自分だけではなく、バルトフェルドもオーブ軍に参加する事。もう一つは、カガリが自分のオーブ軍参加を許可するとは限らないという事。バルトフェルドはともかく、自分には特に渋い顔をするだろう。
「まああっちのお姫様は俺が何とかするさ。お前さんは自分のお姫様とご両親を何とかするんだな」
「あ」
キラは再び気の抜けた声を出した。そうだった。自分にはカガリよりも手強い、そしてカガリと同じくらい大切な人達がいた。彼らに言わなくてはならない。場合によってはまた再び、戦場に出る事を。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ラ、ラクス?!」
デュランダルの執務室、アスランとデュランダルが話をしている最中、突如執務室に入って来た少女。
「アスラーンっ!」
「うわっ!ラクス?!」
飛び付いてくる「ラクス・クライン」にアスランはタジタジになっている。
(何なんだ?!それにラクスにしてはスタイルが……うぉっ?!これは……いや、いかんいかん)
アスランは自制心を総動員して彼女を引き剥がすと、やや上ずった声でデュランダルに説明を求めた。
「議長、彼女は……」
「ああ、君には説明しておく必要があると思ってね、私が呼んだのだよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(要するに、声の良く似た女性を整形させてプロパガンダに利用してるって事か)
デュランダルからラクス――ミーア・キャンベルについて一通り説明を聞いて、アスランは顔を曇らせた。
「議長、ラクス本人はこの事を……?」
「いや、知らないだろう。何せ前大戦が終結して以来行方知れずなのだ。彼女に許可を求める事すら出来なかったよ」
(ラクスに無断でやっているのか)
アスランの中にあるデュランダルへの猜疑心がむくむくと頭をもたげる。しかし、それを表には出さずに会話を続けようとした所で再びデュランダルが口を開いた。
「アスラン、実はプラントは地球軍による核攻撃を受けたのだよ」
「?! 核……?!」
とっさの事で思考が付いて来ない。それでも何とか言葉を搾り出したが、それはほとんどを意味を為していない。
「ああ、幸いザフトが頑張ってくれたお陰で大事には至らなかったがね。それでもこれは大変な事態だ」
「議長、やはり戦争になるのですか?」
ゆったりと微笑むデュランダル。核攻撃に晒されたというのに実に余裕がある。少なくともアスランの目にはそう見えた。
「私はあくまでも対話の道を模索するつもりだよ、アスラン。しかし我々は攻撃を受けたのだ。これからも地球軍が何もしてこないとは限らない」
アスランは黙って頷いた。
「我々はあくまでも対話の道を模索する。それは絶対にやらねばならない事だ。しかし、我々とて黙って討たれる訳にはいかない。降りかかる火の粉は払わねばならない」
デュランダルが浮かべていた微笑みを消した。柔和な印象が消え、そこにいるのは一人の男になる。
「アスラン、私に力を貸してくれないか」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「駄目だ駄目だ駄目だっ!」
オーブ連合首長国、その首脳陣による閣議の最中にカガリが叫んだ。
「第一この間だって断った筈だろ!」
「代表、先日とは状況が違います。連合は既にプラントに宣戦布告しているのですよ」
「だからと言って、我々は連合の暴挙を……」
「これはそんな問題ではありません、代表。我々の中立国という立場が守られてきたのは……」
「そんな事は分かっている!」
カガリは激昂した。が、すぐに冷ややかな言葉を浴びせられる。
「ではどうするというのです」
他でもないユウナ・ロマ・セイラン。普段の柔和な、はっきり言ってしまえば軟派な彼の口から容赦の無い言葉が飛び出した。
「それで代表は一体どうするというのです。声高に連合の非を叫び、それで連合が悔い改めるとでも?」
ユウナの目にはカガリが唇を噛むのが見えた。しかし、ここで言葉を収める訳にはいかない。
「我々は今非常に微妙な位置に立たされているのです。圧倒的な物量を背景に同盟を迫る連合を受け入れるか、遠い宇宙に住まうコーディネイター達を友と呼ぶか……冷静に考えればどちらが正しいかすぐお分かりになるでしょう」
「しかし連合はプラントをっ!」
「そんな事はどうでも良いのです。我々はまた国を焼く訳にはいかないのですよ?」
カガリの言葉に被せる様に放った、冷徹な言葉。
カガリは若い。理想や倫理が先走るのは仕方のない事ではあるし、彼女のその正義感は美しい。
(でもこれは政治なんだよ、カガリ……)
ごめんね。
心の中でカガリに詫び、ユウナはそのまま――冷徹な口調と面持ちを保ったまま――止めを刺した。
「いい加減、感傷にとらわれるのはお止めなさい」
「……」
「国はあなたのオモチャではない」
「っ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ユウナ」
閣議が終わり、カガリは部屋の外で出て来るユウナを待ち伏せた。
「ああ、カガリ。……ごめんね。でもあれは君の為を思えばこその……」
「うるさい」
ユウナの言葉を遮ったカガリの中で、怒りや屈辱感、しかし冷静な部分ではユウナの正しさを認める気持ち、それらが入り混じってごちゃごちゃになった感情が溢れそうになっていた。
「カガリ?」
「黙れ」
感情を整理する。ユウナに自分が子供扱いされている事は分かっているし、それも自分の未熟さ故と甘んじて受け入れていたつもりだった。
しかしそれでも、閣僚達の前であんな事を言われたのは余りに情けなかったし、耐えられない屈辱だった。
「ユウナ」
「な、何かな?」
だからこそ。
「……私はまだ子供だな。未だに政治と個人的な感情の区別もつかん」
「それは仕方のない事だよ。政治なんてものはとても難しいし、第一あんな偉そうな事を言った僕だってまだまだ経験が足りない。一朝一夕に身に着くものではないさ」
認めなくてはならない。自分の未熟さも、短慮で率直過ぎる事も。
そして、成長しなくてはならない。その為には助けがいる。
「分かってはいるんだ。でも……オーブはこれまで中立で、それが当たり前だった。お父様はずっとそうしてきたから。でも……」
「でも?」
「いざ同盟を結ぶとなったら、お父様の姿がチラつくんだ。目を閉じると、お父様が同盟を結んだ私を責める様子が浮かんで……」
「カガリ、それは……」
「多分、私の中のお父様は……いや、キラやアスラン、ラクスもそうなのかな」
「キラって……君の弟君の?」
「うん。キラ達も含めた三隻同盟に関わった者は、皆お父様を神格化してしまっているんだと思う。それ程お父様の最期は……その、強烈だったんだ」
ユウナ。
呟く様にその名を口にしたカガリはどこか儚げで、風が吹けば消えてしまう、まるで砂に描いた絵の様だった。
「ユウナ」
「うん?」
ユウナはそんなカガリの様子に動揺する自分を心の隅に追いやりつつ、こちらを見上げるカガリを見遣った。
「私を助けてくれ。今の私は未熟で、国を引っ張るには余りに弱い。だからウナトと共に、私を支えてくれ」
(父上と一緒に、か。僕一人じゃまだまだ心許ないって事か……まあ、仕方ないよね)
政治の手腕では父には遠く及ばない。だからこそ、政治には使わない、愛する女性のみに向けるとっておきの笑顔で頷いた。
「もちろん。全力で君を助けるよ。……夫として、ね」
「……馬鹿者」
僅かに赤みの差した頬を隠すようにそっぽを向いたカガリに、ユウナはここぞとばかりにニヤリと笑う。
「ところでカガリ、君、いつになったら髪を伸ばしてくれるんだい?」
「なっ?!」
「前に言ったじゃない、僕は髪の長い女性がタイプだって。第一、そんな短い髪じゃウェディングドレスに似合わないよ。それにもう少し髪の手入れもきちんとしないと。ほら、こんなに傷んでるじゃないか。これじゃあせっかく伸ばしても綺麗に見えないよ?」
べらべらと一方的にまくし立てるユウナだったが、カガリの体が小刻みに震えている事に気が付いた。
「カガリ?」
「ふ……」
今や耳まで真っ赤にしているカガリ。拳を握り締め、ぶるぶると怒りに震える。
そして。
「ふざけるな、この大馬鹿者ぉぉぉぉぉっ!!!」
爆発。
逃げるユウナに追うカガリ。しばらく宮殿中を追いかけ回し、宮殿をほぼ一周した辺りでカガリの腹心であるキサカが彼女を呼び止めた。
「カガリ様、ユウナ様、少々、お耳にお入れしたい事がございます」
「ぜぇっ……ぜぇっ……な、なんだキサカ」
「はぁ……はぁ……あ、ああ、なんだいキサカ君」
荒い呼吸の下から辛うじて返事をしたカガリの耳元にキサカが顔を寄せる。二言、三言囁いたキサカの言葉に、カガリは赤く上気した顔を怪訝そうに歪めた。
(カガリのみの耳に入れたという事は、アスハ家絡みかな?)
ユウナは少し好奇心をそそられたが、荒い呼吸と赤く上気した顔の下に好奇心を上手く隠した。
「わかった、後で行く。それで、用はそれだけか?」
「いえ、もう一つ。こちらはユウナ様にも聞いて頂きたいのですが」
「ふうん。なんだい?」
ユウナは知らぬ振りを装ったが、大体の見当はついていた。
「ミネルバが出航するようです」
(ほうら、来た)
ユウナはふと、カガリの顔を見た。そのカガリはというと、だからなんなのだ、という顔をしている。なんとなく、ユウナはおかしくなった。カガリは未だにこれから起こる事をわかっていない。
「そうか、ではかねてからの予定通り、オーブ軍に彼らを『見送らせて』くれたまえ」
「……待て、それはどういう意味だ、ユウナ」
カガリもさすがに気付いたようだ。しかし、遅すぎる。ユウナはカガリに噛んで含めるようにゆっくりと説明した。
「大西洋連邦に対してポーズをとらなきゃならないだろう?我々オーブはプラントと組む気はありません、ってさ。もちろん、オーブの領海の外で連合軍が網を張っている事は君だって分かるだろう?だから、ミネルバにオーブに逃げ込まれないように退路を塞ぐのさ」
「なんだと?!そ、それではミネルバは……」
ユウナはニコリと笑った。今度は「いつもの」笑顔で。
「残念だったよ。いや、ホントに」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「各員の奮闘を期待する」
乗員に檄を入れ、タリアは自らに渇を入れ直した。目の前には圧倒的なまでの数の地球連合軍艦隊が広がっており、見ているだけでも戦意が削がれそうになる。
「チェン、マリク、バート、メイリン、期待しているわ。しっかりやりなさい」
「はっ!」
「アーサー、頼りにしているわよ。頼むわね」
「はっ!了解であります!」
ブリッジクルーも若干固くなっている。が、仕方のない事ではある。自分ですらともすれば体が震え出しそうになっているのだから。
しかし、タリアには艦長としての責任がある。ここで自分がビクビクしている訳にはいかない。タリアは腹筋に力を込めた。
「メイリン、MS隊はいつでも出撃できるようにさせて」
「了解!MS隊発進用意!」
「アーサー、ミネルバ戦闘用意!」
「はっ!トリスタン起動、イゾルデ全門開け!ランチャーワンからテン、全門パルジファル装填!対空機銃CIWS起動、全基熱誘導で自動制御!」
アーサーがキビキビと指示を出している一方、格納庫ではちょっとした揉め事が起きていた。
「νガンダムは出せないんですか?!」
「だから言ったろ、機体の構造やら何やらがはっきりするまでは、もしもトラブルが起きても俺達じゃ対処出来ないって!お前さんがザクの慣熟訓練してたのはそういう事も考えての事だろ?!」
「それはあくまでも実戦までに間に合わなかった場合を想定していたまでで……」
「だから間に合わなかったんだよ!」
カミーユに怒鳴りつける技術主任のマッド。カミーユはミネルバに搭載されている機体の性能を鑑み、やはりνガンダムで出撃するのが最良の選択だと思っていた。
しかし、「こちら側」の技術者達がU.C世界の技術に精通していない以上、やはりνガンダムで出撃する事は出来ないかもしれないと考えたカミーユは、念のためにザフト最新鋭機であるザクの慣熟訓練を行っておいたのだ。
「オラ、さっさとザクに乗れ!ザフトの最新鋭機に何か文句でもあんのか!」
マッドは気が立っていた。ほとんどがコーディネーターで構成されるザフトにおいて、技術主任を務める自分の腕には多少なりとも自信があった。なのに、あのνガンダムとかいう機体の構造がわからず、下手に手を出す事も出来ない。
常に最高の機体をパイロットに提供する事が自らの仕事であると考えているマッドにとって、これは耐えられない屈辱だった。
「分かりましたよ!そんなに怒鳴らなくたっていいでしょう!」
怒鳴るマッドにカミーユは怒鳴り返し、アスランの乗って来たザクに乗り込んだ。
「ウィザードはガナーだ!」
「了解!」
二人の怒鳴り声をバックに、シャアはゲイツRのコクピットで出撃準備を終え、ブリッジに通信を繋げた。
「ブリッジ、状況は」
「前方より地球連合艦多数接近……さ、更に後方よりオーブ艦隊接近!」
「オーブ軍だと?……そうか、我々の退路を断つつもりなのだな」
「オーブが?!……くそ、あいつらぁっ!!」
シャアと同じくブリッジに通信を繋げたシンの声が割り込んできた。激怒しているシンだが、その理由はシャアには預かり知らぬところである。
「大佐、私です」
「グラディス艦長」
最初の尋問でシャアがネオ・ジオン軍における自らの階級明かしてから、タリアは彼を「大佐」と呼んでいた。
「ブリーフィングで申し上げましたが、大佐にはMS隊の指揮をお願いします」
タリアのシャアに対する態度は丁寧である。それは、シャアのネオ・ジオンにおける階級や、彼がタリアより年長である事を慮っての事なのだろうが、もしかするとシャアの声も関係あるのかもしれない。
「了解した。……ルナマリア、レイ、カミーユ……それにシン、聞こえるか。ブリーフィングでの決定通り、MS隊の指揮は私が執る。いいな?」
「了解っ!」
「了解」
「了解です」
「……了解」
元気良く返事を返すルナマリア、いつもの通り礼節沈着に応えるレイ、苛立ちを抑えて気持ちを切り替えるカミーユ、ふてくされながらも一応返事はするシン。
シャアの実力は認めたものの、曲芸のようなやり方でやられた上、明らかに外様の人間が指揮を執る事がシンは気に入らないらしい。そして、彼の心を苛立たせるものがもう一つ。
「申し訳ありません、大佐。シンって、オーブが絡むといつもああで」
タリアがシャアを大佐と呼ぶので、他の乗員も自然とシャアを大佐と呼ぶようになっていた。
「……シンはオーブに恨みでもあるのかね?」
「うーん……恨みというか、なんというか……」
「……まあ、いい。シン、聞こえるか」
「……なんでしょうか、大佐」
嫌々、という感じがありありと見えるシンの声に、シャアは苦笑した。
「君が何を嫌っていようと憎んでいようと勝手だが、戦場ではそんな事は考えない事だ。下手をすれば君が死ぬ事になる」
「……」
「それに、我々の敵はオーブではなく、地球軍だ。敵を見誤るなよ」
「……わかってますよ、そんな事」
ふてくされたような返事ではあるが、シンはシャアの言った事をしっかりと聞いていた。
「ならばいいさ。……君には期待している」
「え?」
シャアの言い放った意外な一言に、シンは思わず素に戻って聞き返した。しかし、その言葉をもう一度聞く事は叶わなかった。
「こちらブリッジ、MS隊は発進して下さい」
「え、あ、ア、アスカ機、了解!」
やや上ずった声で返事をしたシンは、コアスプレンダーの計器の最終チェックをした。
「ハッチ開放、進路クリア。コアスプレンダー発進、どうぞ!」
「了解!」
今度は上ずらずに済んだ。コアスプレンダーのスロットルを開き、開いたハッチの先を睨みつける
「――行きます!」
中央カタパルトから飛び出したコアスプレンダー。それを追うように、チェストフライヤー、レッグフライヤー、シルエットフライヤーが飛び出し、すぐにインパルスへと合体した。
既に左舷、右舷のカタパルトから発進した三機のザクとゲイツRが、各々火器を構えている。
シンもすぐにミネルバ上に着艦し、ライフルを構えた。
「連合艦よりMSが発進、来ます!」
十分に距離を取って布陣する地球軍の艦隊から、夥しい数のMSが発進する。
「ダガーLにウィンダムか……」
ジェットストライカーパックを搭載したそれらのMSを一瞥し、レイが呟く。
「各MSに通達、こちらの射程距離に入り次第一斉砲撃をかける。その後、インパルスは空中にて敵MSを迎撃。他のMSはインパルスを援護せよ」
ごくり、と誰かの喉が鳴る音が聞こえる。
「わかってはいたけど、なんて数よ……」
「慌てるな、ルナマリア。何も全て撃墜する必要はない。ある程度数を減らしたら強行突破をかける筈だ。それより、よく狙え。最初の一斉砲撃で外すのは格好が悪いぞ」
「りょ、了解……きっちり当ててみせるわよ……」
最後はやや茶化したレイだったが、砲撃の苦手なルナマリアはそれを真っ向から受け止めてしまったようだった。お陰で声が固くなっている。
「大丈夫だ、ルナマリア。俺は、俺達は、こんな所で死ねないんだ。必ずここを突破するぞ」
「カミーユさん……」
「お喋りはそこまでよ」
ルナを励ますカミーユだったが、突如タリアの声が割り込んだ。
「射程距離に入るわ!全機、狙え!」
ミネルバの砲塔と艦上のMSが狙いを定める。射程距離に入るまでの僅かな時間は、ある者にとっては一瞬のように短く、ある者にとっては永遠のように長かった。
そして。
「撃てぇ――――っ!!」
一斉砲撃。
ミネルバと艦上のMSから幾筋ものビームと無数のミサイルが放たれ、それらは吸い込まれるようにミネルバへと迫るMS群に命中した。
空中に鮮やかなオレンジがいくつも生まれ、爆音が空気を海上に叩きつける。しかし、撃墜されたのは夥しい数のMS群の中のごく一部だった。
「全機、迎撃!」
タリアの声が聞こえた一瞬の後、地球軍のMS群から嵐のようにビームが降り注いだ。艦上のMSは各々シールドを使って防ぎ、ミネルバはラミネート装甲に受けたビームの熱量を排熱させる。
「トリスタン第二射用意!続いてランチャーワンからテン、全門ディスパール装填!」
ブリッジではタリアが叫び、艦上のMSは各々迎撃を始めている。この迎撃作戦の要たる自分が遅れをとる訳にはいかない。シンは勢い良くバーニア・ペダルを踏み込んだ。
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」