見渡す限り黄土色の平原が続く砂漠が闇に包まれ、その空には神々しく月が輝いていた。
砂漠の中に舞い降りた白い大天使――アークエンジェルのブリッジからは昼夜問わず、光が見え人の気配を感じさせていた。
敵の勢力下にも係わらず、その地域を治めるザフト軍の部隊は姿など見る事は無かった。かと言って、アークエンジェルの面々が気を抜ける訳では無い。
ザフト軍の勢力下に有る以上、いつ襲われてもおかしくは無いのだ。
その中、CICの席に座ったカズイがモニターを見詰めながら、うんざりとした表情で言う。
「ニュートロンジャマーかぁ……。撤去できないんですか?」
「無理無理、出来りゃやってるよ。まぁ、影響被害も大きいけど、それでも核ミサイルがドバドバ飛び交うよりはいいんじゃないの?あのユニウス・セブンへの核攻撃のあと核で報復されてたら、今頃、地球ないぜ?」
カズイの隣にはモニターを覗き込みながら、そう言ったチャンドラの姿があった。
そうしているとブリッジの扉が開き、休憩に出ていたナタルが両手にドリンクボトルを携えて、ブリッジへと戻って来た。
「異常は無いか?」
「はっ……は!異常ありません!」
チャンドラは背筋を伸ばして敬礼で答えると、前を通り過ぎる上官を目で追った。
ナタルはそのままチャンドラの側を通り過ぎると、いつもに通り自分の席に座るノイマンに手に持ったドリンクを差し出した。
「……あっ」
「先刻の歪みデータは出たか?」
「はい、簡易測定ですが、応力歪みは許容範囲内に留まっています。詳しくは……うわっ!?」
ノイマンは差し出されたボトルを少し驚いた様に見詰めると少し慌てながら受け取るが、ナタルは気にした様子も無く声を掛けた。
聞かれたノイマンはキーボードを叩こうとして、受け取ったボトルを宙に置くかの様に、その場で手を離した。
無重力の宇宙とは違い重力の有る地球上なのだから、ボトルは宙に浮く事も無く重力に従って床へと落ちて転がる。
落ちたボトルをナタルは拾って差し出しながら言う。
「少尉……いつまでも無重力気分では困るな」
「す、すみません……」
「重力場に斑があるな。地下の空洞の影響が出ているのか?」
ノイマンが気まずそうな顔で差し出されたボトルを受け取ると、ナタルはモニターに映る測定結果を覗き込みながら言った。
気を取り直す様にノイマンは頷いて口を開いた。
「ええ、恐らくですが。戦前のデータで正確な位置は分からないんですが、船体が沈まない事を考えるとアークエンジェルの真下は大丈夫なんだと……思います。……一応ですが。あの……突然陥没なんて……有ると思いますか?」
「……」
「……」
この辺りは古くから石油や天然ガス鉱床の廃坑が有った為、坑道が蟻の巣の様に無数に走り、地盤が弱く成っている土地だった。アークエンジェルの様に重量が有る物体が降りると大変なことに成りかねない場所だった。
その事を心配したノイマンが笑顔でナタルに聞いたが、当のナタルは答えようともせず、ドリンクに口を付け窓の外に目を向けるばかりで、ノイマンは笑顔を引き攣らせた。
その時、突然、警告音がブリッジに鳴り響く。
「――!」
「……へ?あ!」
「――本艦、レーザー照射されています!照合!測定照準と確認!」
その場に居た全員が何事かと息を飲み顔を強張らせると、チャンドラが大きく事の内容を告げた。
それは、誰かがアークエンジェルを狙っていると言う意味で、確実に敵である事を示していた。
「――第二戦闘配備だ!」
「――了解!――第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦争配備発令!」
ナタルが声を上げると、チャンドラがアークエンジェル内に非常事態である事を告げる声が響き、寝ている者達全員が目を覚ます事となった。
アークエンジェル艦内の至る所にアナウンスが流れる。
突然の敵の来襲に、休息を取っていた者達は慌しく自分の持ち場へと向かって行く姿が多く見受けられた。
敵の勢力下なのだから、悠長に構えていては瞬く間に艦など落ちてしまう。全員が慌てるのは当たり前の事だった。
勿論、パイロットルームで控えて居たアムロにも、この事は届いていた。
「――第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦争配備発令!」
「――!このタイミングで来たか!」
パイロットルームで長時間の待機に入っていたアムロは、既にパイロットスーツへの着替えを済ませており、暇を潰す為に読んでいた本を手放すと立ち上がって、ヘルメットを持って素早く部屋を出て行った。
今、待機しているのはアムロ以外に居らず、対応が遅れれば裸同然のアークエンジェルは反撃すら敵わない。
アムロは格納庫に飛び込むと、近くに居た整備兵に大きく声を掛けて、愛機であるνガンダムの元へと走って行く。
「おい、νガンダムを出すぞ!」
「――了解しました!アグニの準備だ!」
マードックも休息に入っている為か、アムロの命令を受けた整備兵は周りに居た者達に怒鳴り声を上げると、素早く発進準備に入る。彼らはメカニックと言う立場故、一番、自分達の戦力把握が出来ているのだろう。今まで以上に必死に動いている。
その間にアムロは、νガンダムのコックピットに体を滑り込ませ、ブリッジへと回線を開いた。
「ブリッジ、状況は!?」
「――はい!現在、詳しい事は全く分かっていません」
「敵影は?」
「まだ捕捉してません」
「敵の戦力が分からないのか!?……とにかく今は後手に回る訳にはいかない!νガンダムを発進させるぞ!」
アムロの問いに答えるミリアリアの言葉は、アークエンジェルが何の対応も出来て居ない事を現していた。
不味いとばかりに眉を顰めたアムロは、ミリアリアに出撃を告げると、コックピットを閉じてνガンダムを起動させた。
そこにミリアリアでは無く、ナタルの声がアムロの耳に届く。
「アムロ大尉、申し訳ありませがお願いします」
「分かっている。ムウとキラは?」
「フラガ少佐は、そちらに向かっていると思われます。ヤマト少尉は医務室で休んでいるはずですが……詳しい事は分かりません」
「そうか。最もストライクがあの状態では、キラは戦力として計算すべきでは無いな」
「ええ、私も精一杯の援護を致しますのでお願いします」
ナタルは現状でアムロ以外にアークエンジェルを守る者がおらず、その必死さが読み取れる程の物だった。
そうしている間にもνガンダムは左手にアグニを携えると、閉じられたエアロックの前へと進んで行く。
アムロはナタルの口から出た援護の言葉に対して、軽く頷き口を開く。
「当てにさせてもらうぞ。エアロック、開けてくれ」
「はい!νガンダムが出撃する。エアロック開放だ!」
「了解しました!エアロック開放します!」
ナタルはスピーカーの向こう側で大きく頷くと、ミリアリアに指示を飛ばした。
ミリアリアの声が響くとエアロックが開いて行く。
アムロはエアロックが開き切ると、νガンダムをカタパルトデッキへと進め、ハッチが開放されるのを待った。
「続けてカタパルトデッキ開放!νガンダム、どうぞ!」
「――νガンダム、出るぞ!」
ミリアリアの声と共にハッチが開放され、闇に包まれた砂漠が目の前に広がった。
アムロはνガンダムを出撃の声と共に砂漠へと出すと、バーニアを噴かしてアークエンジェルの甲板上へと跳び上がらせ、迎撃態勢へと入った。
アークエンジェルの医務室で体を休めていたキラは、体力こそほぼ回復はしたが念の為、未だにベッドの上に体を置いていた。
キラの傍らにはラクスが椅子に座り、楽しい話しに花を咲かせて居たのか笑顔を綻ばせている。
その二人の笑顔を打ち消す様に、突然、スピーカーから声が響く。
「――第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦争配備発令!」
「――えっ、敵!?」
「――えっ!?」
二人は突然の事に驚きの声を上げると、しばし呆然として互いの顔を見合わせた。
キラは思い出した様に慌ててベットを下りようとした。
「――い、行かなきゃ!」
「――だ、ダメです!キラは病み上がりなんですよ!」
「で、でも!――うっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
ラクスは抱き付く様にして止めるが、当のキラは焦りの表情で応えた瞬間、発熱明けの所為で関節に鈍い痛みが走り顔を歪ませた。
それを見たラクスは慌てて体を離して心配そうな表情でキラの顔を覗き込んだ。
「う、うん……大丈夫。でも、行かなきゃアークエンジェルが!」
「ご自分のお体の事を考えてください!」
それでも尚、出撃しようとキラはベッドを降りようとするが、ラクスは何所にも行かせまいとキラの手を掴んで、珍しく怒鳴り声を上げた。
キラはラクスに怒鳴られ、苦しそうな表情で顔を伏せると絞り出す様な声で言った。
「……でも、ここでやられるには行かないんだ」
「フラガ少佐やアムロ大尉が居られるのでしょう?今、その様なお体で出撃されても、満足に戦えるはずもありません!」
「分かっているけど、みんなに迷惑掛けたくないし、それに……負けたくないから……」
「……負けたくない?……それは誰にですか?」
キラの言葉を聞いたラクスは、不思議そうな表情を浮かべると問いかけた。
真っ直ぐ見詰めるラクスから逃れる様にキラは顔を背けた。
「それは……」
「……アスラン……さん、ですか?」
「――えっ!?ど、どうして知ってるの!?」
「……譫言で言っておられましたわ。あの……、どの様な方なんですの?良かったらお聞かせください」
まさか、ラクスの口からアスランの名が出て来るとは思っていなかったキラは、戸惑いながらも顔を向けると、ラクスは心から心配する様な表情を見せ、優しく語りかけた。
キラは言って良い物かと迷いながらも、自分の手を離そうとしないラクスの顔を見ると、少し体の力を抜いて話し始めた。
「……アスランは……小さな頃から友達だったんだ。……だけど、再会したらアスランはザフトの軍人になってて、ヘリオポリスを襲って来て……、それで僕はストライクに乗っちゃって……」
「……もしかして、そのお友達のお名前は……アスラン・ザラ……ですか?」
「――ど、どうしてアスランの事を!?」
話を聞いたラクスは、少し視線を彷徨わせると小首を傾げてキラに尋ねると、キラは驚きが隠せない様子で逆に聞き返した。
ラクスは自分の婚約者であるアスランと目の前に居るキラが、皮肉にも友人で有りながら敵対している事に心を痛めながらも、事実を口にする事にした。
「……アスラン・ザラは……、私がいずれ結婚する方ですわ」
「――!」
「優しいんですけども、とても無口な人。ハロをくださいましたの」
「……」
「私がとても気に入りましたと申し上げましたら、その次もまたハロを」
ラクスの口から出て来る事実に、淡い想いを抱き始めていたキラは言葉を失う他無かった。
そして、しばしの沈黙の後、絞り出す様にキラが口を開いた。
「……そう……なんだ……。……トリィもアスランが……」
「まぁ!そうですの?」
「……ぁぁ……でも……今は敵なんだ……。やっぱり、行かなきゃ!」
「――ダメです!」
ラクスの無邪気な表情を見たキラは、呻く様に首を振ってベッドを下りようとするが、ラクスは握り続けた手を離そうとはしなかった。
キラはラクスから顔を背けたまま、破れた想いをぶつけるかの様に叫ぶ。
「――アスランがラクスの婚約者でも、今の僕達には敵なんだっ!仕方ないじゃないか!」
「アスランがキラの敵であったとしても、そんな事は関係ありません!……私は戦うな、なんて言いません。でも、今はお体を大事にしてください。お願いですから行かないでください」
「……ありがとう。でもね、僕だって死にたくないし、みんなを守る為にも戦うしか無いから……。もしも、アスランを殺す事になったら……ごめん……。その時は……ラクスに恨まれても……仕方ない……から……」
必死に止めようとするラクスの優しさにキラは礼を言うが、ヘリオポリスから苦楽を共にしたアークエンジェルに乗る仲間を守る想いが先に立ったのか、悲しげな表情を浮かべていた。
それを聞いたラクスは、一瞬にして泣きそうな表情へと変化した。
「そんな……」
「……お願いだから……恨んでくれてもいいから……手を離して……」
「――嫌です!離しません!もし、キラが居なくなってしまったら私は……だから、お願いです!」
余りにも悲しそうな顔つきで言うキラに、ラクスは涙を流すと、首を横に振りながら握った手に力を込めた。
キラは自分の為に泣いてくれるラクスに出会えた事を嬉しく思いつつも、彼女の優しさに礼を口にする。
「ラクス……ありがとう」
「……いいえ」
礼の言葉にラクスは、キラを見上げながら応える。瞳からは涙が溢れ流れ落ちて行った。
ラクスを見詰めるキラは、アスランに対して激しい嫉妬を覚え、目の前の彼女を手に入れたいと思った。
「……ラクス……ごめんね」
「――!」
キラが呟くと顔がラクスに近付き、奪う様に唇を塞いでいた。
突然のキスにラクスの目は見開かれ、キラを掴んだ手から力が抜ける。やがて唇が離れた。
「――ふぇ!?えっ、えっ!?」
「……ラクス、こんな真似しちゃって……本当にごめんね……」
ラクスは目を白黒させながら、自分の唇に手を添えると呆然とキラを見詰める。
その隙にキラはラクスから離れ、素早く扉へと向かう。そして、扉が開くと振り返り、泣かしてしまった事と唇を奪ってしまった罪悪感からか、本当に申し訳無さそうな顔でラクスに謝ると格納庫へと走って行った。
「――キラ!」
ラクスは走り去ったキラの名前を呼ぶが、戻って来る事は無かった。
そして、一人残されたラクスは、へたり込んだ様に床へと腰を落として涙を零した。
「……キラ……どうして……うっ……わ、私は……ぅっ……」
キラを止める事が出来なかったラクスの涙と呟きは、止む事が無かった。
アークエンジェルのブリッジでは、突然の敵の襲来に各員がそれぞれの役目で対応しつつ、慌しく動いていた。
時は一刻を争い、対応の遅れは命取りと成る。
そこへ自室で休息を取っていたマリューが遅ればせながらも駆け込んで来た。
「――状況は?」
「第一波、ミサイル攻撃六発!イーゲルシュテルンにて迎撃!」
「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」
「第一戦闘配備発令!機関始動!フラガ少佐は搭乗機にてスタンバイ!アムロ大尉は……出てるのね。ヤマト少尉はどうなの?」
チャンドラとカズイが素早く答えると、マリューは頷き、指示を出して艦長席へと着いた。そして、窓の外へと目を向けて、νガンダムの姿を確認するとナタルに声を掛けた。
ナタルはすぐに顔を向けると口早に返答する。
「医務室にいるはずです」
「キラ君は……ストライクもあれだし、早々、無理させられないわね。とにかく今はアムロ大尉に頼る以外は無いわ。フラガ少佐はまだなの?」
「格納庫に確認を取ります。フラガ少佐は出られるか?」
マリューは眉間に皺を寄せて厳しい表情を見せて、苛立たしげに言うと、ナタルは答えて格納庫へと回線を繋ぐ。
その間にも数発のミサイルが飛来し、νガンダムのアグニと、アークエンジェルの対空迎撃兵器である七五ミリ、イーゲルシュテルンが撃ち落していった。
艦内にも爆音が響き渡り、戦闘が開始された事を否が応でも知らせるのだった。
アークエンジェルの格納庫では、νガンダムの出撃後も慌しく整備兵達が動き回っていた。この様な状況を乗り切り、生き残る為に全ての者達が懸命に自分のやれる事をするのだった。
その中には、警報で目を覚ましたマードックの姿も有り、パイロットスーツ姿のムウと何やら言い争いをしている様だった。
「とにかく飛べるようにしてくれって言っといただろ!」
「そうは言われましたが、こっちだって全員使ってこれなんだ!調整も済んで無いんだから、無茶だって言ってんでしょうが!弾薬の積み込みも間に合わねぇし……」
「ちっ!」
ムウの罵声に、マードックは怒りを隠そうともせずに対応を決めかねていると、ムウは舌打ちをして髪を掻き毟り、苛立たしげな表情を見せた。
実際問題、整備兵達の消耗は激しく、環境の変化とストレスから体調を崩す者も多かった。それも、アークエンジェルに乗り込んでいる人員が少ないのと、第八艦隊から補充要員を受ける事が出来なかった事も突起している。
その様な中、パイロットスーツに身を包んだトール慌てて駆け込んで来た。
「――遅くなりました!」
「遅いぞ!お前を出すつもりは無いが、万が一って事も有るからな。二号機で待機してろ!」
「――り、了解しました!」
ムウは苛立ちからか八つ当たり気味に指示を出すと、トールは慌てて敬礼をするとスカイグラスパー二号機の元へと走って行った。
振り返ったムウは、トールに対して、少々大人気ない態度を取った事で少しは冷静になったのか、マードックに言った。
「とにかく弾薬は今すぐ積めるのだけで構わない。一号機の発進準備をしてくれ」
「……分かりましたよ!どうなっても知りませんよ!」
「文句は後から言うさ!今は手を動かしてくれ!」
マードックは少し拗ねた態度で応えると、ムウにはそれが気に喰わなかったのか、怒鳴る様に声を荒げてスカイグラスパー一号機へと走って行く。
それを見送るマードックは腹立たしげな顔をするが、近くに居た整備兵を捉まえると二〇ミリ機関砲弾薬の装填と発進準備を指示した。
そこへ、今度は医務室で寝ていたはずのキラが駆け込んで来て、ストライクへと向かって行く。
「――済みません、遅れました!」
「――坊主!?大丈夫なのかよ?」
「はい!ストライクで出ます」
マードックはキラの姿を見て慌てて呼び止めると、キラは真面目な顔で応えた。
修理も終わっていないストライクを考えて、マードックは呆れ気味に口を開いた。
「修理が終わってねぇんだぞ、無茶言うなよ!」
「でも、やらなきゃ、やられますよ!」
「……はぁ。まったく、どいつもこいつも無茶な事ばかり言いやがって……。ストライクは片手しか無いから、ソードもなぁ……、エールパックもダメージが残ってるか……」
気迫の篭ったキラの言葉に、マードックは溜息を吐いて愚痴ると少し考え込む。
現状で使えるストライクの装備と武器の選択肢は多くは無い。片腕のストライクがまともに使え、尚且つ、戦闘に対応し得る物を選ばなければ成らなかった。
ダメージの残るエール、ランチャーは使用するには心許なく、残ったソードは対艦刀が片腕で振り回すには大きすぎる。例え振れたとしても剣に振り回され、どれだけでまともに戦えるか疑問が残った。
やがて考えが纏まったのか、マードックはキラに対して問うように口を開いた。
「……無いよりはマシか。ソードストライカーパックにライフル装備でいいか?」
「はい、お願いします!」
「片手しか無いんだ、絶対に接近戦はするんじゃねぇぞ!」
「了解です!」
「――ストライク出すぞ!ソードストライカーパックにライフル装備だ!」
キラはマードックの言葉に大きく頷くと、ストライクのコックピットへと走って行く。
マードックはキラを見送ると、すぐに怒鳴り声を上げて整備兵達にストライクの出撃と装備を指示した。
ストライクのコックピットにキラは体を滑り込ませると、すぐにブリッジへと回線を繋ぐ。
「敵は!?ストライク発進します!」
「キラ?待って、まだ――」
「――早くハッチ開けて!アムロさんは出てるんでしょ!?」
スピーカーの向こうからはミリアリアの声が聞こえ、ストライクへの命令が出てない為に出撃を止めようとしたが、キラはその言葉を遮る様に言った。
キラの言葉を聞いたナタルが、ミリアリアに変わって応える。
「そうだが、ストライクは修理中だろう!?まだ敵の位置も勢力も分かってないんだ!」
「ストライクは片腕でもアムロさんのサポートくらいはやれます!出撃させてください!」
「……艦長!」
「……アグニを持ったνガンダムじゃ動き回れないし、艦の方では小回りが効かないわ。出てもらう他ないわね。ストライク、発進させて!」
ブリッジではキラ言葉に、ナタルは修理の終わっていないストライクを出撃させるべきなのかと、マリューに指示を仰いだ。
マリューは眉を顰めながらも現状を鑑みて出撃命令を出すと、ナタルは頷いて指示を飛ばす。
「ハッチ開放、ストライク発進!敵戦闘ヘリを排除せよ!重力に気を付けろよ!」
「カタパルト、接続。APU、オンライン。ソードストライカー、スタンバイ。火器……えっ!?……ビームライフル!?」
ミリアリアはコンソールモニターに表示される、格納庫から送られて来たストライクの武装データを復唱していると、ソード装備であるはずなのに、何故、ライフルを持つのかと驚きの声を上げた。
ストライクはカタパルトデッキへと移動し、ストライカーパックの装備を待つキラはミリアリアの驚きに答える。
「――片腕が無いから、ストライクはライフル装備で出ます!」
「――わ、分かりました!……パワーフロー、正常。進路クリアー。ストライク、発進どうぞ!」
「――キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
キラの声と同時にストライクに急加速が掛かり、勢い良くカタパルトデッキから夜の砂漠へと飛び出して行った。
「くぅっ……は!うぅ……」
急激な重力加速度が病み上がりのキラには堪えたのか、口から呻き声が漏れた。
それでもキラは何とか着地させるが、足場が安定しない砂地の為にストライクは足を取られそうになった。
「――くぅぅっ!」
キラは操縦桿とペダルを動かして倒れるのを防ごうとする。その所為か、ストライクは片膝を着き何とか倒れるのだけは回避した。
既に戦場に居るのだから隙を見せれば死に繋がる。キラの額に嫌な汗が滲んだ。
暗闇の中にその白い船体を晒す大天使の名を持つ船、アークエンジェルの甲板上から、突然、閃光が走り、轟音と共に空中で大きな爆発が起こる。それは、戦闘ヘリが姿を現して一〇秒もしない間に起きた出来事だった。
砂丘からアークエンジェルを見詰めるバルトフェルドは、迎撃に出て来たモビルスーツ、νガンダムの正確な狙撃と、その手に持つアグニの圧倒的な火力に因って、自分の部下が乗る機体の一つが散った事を悟った。
「あのモビルスーツのパイロットは出て来る位置が分かっているとでも言うのか……!?これは、ヘリなんかじゃ相手にならんぞ……」
「出した方が良いんじゃないですか?」
「そりゃ、出すさ。もしかしたら、万が一と言う事も有り得るかもしれんな……」
上官であるバルトフェルドと共に戦況を見て居たダコスタは、ナイトスコープを覗きながらも味方が撃墜された事に顔を顰めるとモビルスーツ出撃の進言をする。
当のバルトフェルドは、眉間に皺を寄せると目を細めて応え、珍しく弱気な言葉を口にした。
二人が見詰める先では、自軍の戦闘ヘリが砂丘の影に隠れ、再攻撃の機会を窺っている様子が見えた。大抵の敵は姿が見えなくなる事で、一旦は攻撃を止める物だが、アークエンジェルの甲板に立つモビルスーツは違っていた。
砂丘が戦闘ヘリを遮り、見えないにも関わらず左腕に抱えたビーム砲の火力に物を言わせ、砂丘もろとも戦闘ヘリの一機を再び葬り去る。そして、残りのヘリも同様にビームの餌食となって爆散して消えた。
その光景を目の当たりにしたバルトフェルドは、半ば唖然としながら口を開いた。
「……なんて奴なんだ。一分と経たずに全滅させるとは……。あの攻撃ぶりは、砂丘の向こう側が見えいるとしか思えんな」
「もう一機、出てきました……。左腕が無いですが、あれがX−一〇五ストライクですね」
「片腕で出して来たのか?余程、自信が有ると見えるな。全く……あのモビルスーツと言い、連合はとんでもない物を造ってくれたな……。ダコスタ、バクゥを出せ!」
「――攻撃開始だ!」
バルトフェルドは、アークエンジェルのハッチから勢い良く飛び出して来た片腕のモビルスーツ――ストライクに目を向けると、ザフト軍地上用モビルスーツ“バクゥ”による攻撃指示を出した。
ダコスタはすぐに片手に持った通信機のスイッチを入れると、五機のバクゥへと鋭い声を飛ばした。
この戦場に間もなく姿を現す事となるバクゥは、ザフト軍が地上作戦用に開発した機体で、四本足の獣の姿をしている。砂漠においては、その脚部で身軽に跳び回り、キャタピラによる高速走行をも可能にした、高い運動性を誇るモビルスーツであった。
そのバクゥが疾走しながら戦場へと姿を現し、アークエンジェルの前方に立ち塞がる片腕のストライクを追い詰めるかの様に戦闘を始めていた。もう一機のモビルスーツ――νガンダムからの砲撃は止んでいる。
ストライクと戦闘を行うバクゥが優勢だと見たバルトフェルドは、徐に言う。
「ストライクも確かにいいモビルスーツだ。パイロットの腕もそう悪くはない。が、所詮人型。あの二機がこの砂漠で、組織されたバクゥ相手にどこまでやれるかな?」
「バルトフェルド隊が負ける訳ありませんよ」
「……だと良いんだがな」
「はぁ?」
バルトフェルドは嫌な予感が過ぎり、呟くと、ダコスタは今の発言が信じられないとばかりに、目を丸くして自らの上官を見詰めた。
その瞬間、目の端に閃光が走り、すぐにダコスタは目を戦場へと向けた。
バクゥに取り囲まれたストライクがバーニアを噴かして跳び上がると、νガンダムの持つアグニから眩いばかりのビームが飛んで行く。
ストライクを追おうとしたバクゥ一機が物の見事にビームの直撃を喰らって爆散した。
「――ああっ!」
「狙撃している方にやられたか!……こりゃ、様子見なんて言ってられんかもな……。最悪の事も想定しておかないと不味いかもしれん……」
「……えっ!?」
絶句するダコスタを尻目に、バルトフェルドは先程の予感が現実の物と成りそうな状況に顔を顰めながら言うと、ダコスタがその言葉に驚きの声を上げた。
ダコスタの驚く顔を見たバルトフェルドは不敵な笑みを浮かべると言う。
「ま、その前に、俺自身が出て確かめてみんとな。ダコスタ、アイシャにラゴゥを持って来させてくれ。それからレセップスに打電だ。敵艦を主砲で攻撃させろ!」
「た、隊長自ら出るのですか!?」
「そうでもしなきゃ全滅するかもしれんぞ」
ダコスタは声を上ずらせて聞き返すと、バルトフェルドは険しい表情を戦場に向けたまま応えた。
目の前で光が走り、自分の部下達が地球軍相手に激しい戦闘を行って光景を見ながら、バルトフェルドは戦う者として、心の奥底にある熱い何かが沸き立っていた。
戦場はνガンダムが撃墜した戦闘ヘリの燃える火と月明かりが周辺を照らし出し、一時的な静寂が支配していた。
ストライクが出撃したとほぼ同時に、νガンダムが戦闘ヘリを撃墜した為、ストライクは着地点で周辺警戒に当たっていた。
キラはストライクを移動させるたびに足元の砂が流れ、思う様に動けずに苦労していると、突然、コックピットに警告音が響き、砂丘の向こうから闇に紛れて黒っぽい何かか疾走しながら飛び出して来た。
その黒っぽい何かは、砂丘を利用して飛び上がると四本足の鋼鉄の獣へ姿を変形させた。
「――あれって、モビルスーツ!?」
突然、見た事も無いモビルスーツが現れた事にキラの反応が遅れ、四本足の鋼鉄の獣――バクゥは、その脚で砂地を蹴ると、次々とストライクへと迫って来た。
その光景はアークエンジェルの甲板上で警戒をしていたアムロにも確認する事が出来ていた。
「――新手か!?四つ足……モビルアーマーか!?」
明らかにモビルスーツとは違う形状にアムロは声を上げると、νガンダムに持たせたアグニを構え直し、狙撃の体勢へと入り狙いを定める。
一方、アークエンジェルのブリッジでは、見た事も無い敵が現れた事でマリューが目を見開いた。
「あれは!?」
「敵数五!TMF/A−八〇二、ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!」
「バクゥだと!?」
呼応する様に機種特定を終えたサイが声を上げると、ナタルが顔を顰めた。
ストライクは足場が悪い事も相まって、バクゥに翻弄されていた。その内の一機に蹴り飛ばされ、ストライクは倒れた。
「――くっ!」
キラはコックピットの中で歯を食い縛りながら体勢を立て直そうとするが、そこにバクゥの背中に装備されたミサイルランチャーがストライクを狙って発射された。
ストライクを激しい衝撃が襲い、砂丘を滑る様に落ちて行った。
「砂の上であの動きか!?このままでは、砂の上で機動性で劣るストライクはやられるぞ!こちらから敵を狙い撃つ!キラ、回避しろ!」
「――は、速い!」
アムロは狙いを付けたまま、バクゥの機動性に驚きを見せつつもキラに指示を出すが、翻弄されるキラには届いていなかった。
体勢を立て直したストライクはライフルで応戦するが、バクゥを捉える事は無かった。
「――ちっ!ストライクが!」
バクゥがストライクの周りを囲む様に動く為、アムロはアグニのトリガーを引くことが出来ない。しかし、このままでは埒が明かないとばかりに、狙いをずらしてアグニを発射した。
発射されたビームを避ける為にバクゥは、ストライクを取り囲んだ輪を一気に広げる。
ビームはストライクの脇を通り過ぎ、キラは後方からの突然の援護に振り返った。
「――!?ア、アムロさん!?」
「――キラ、跳べ!」
「――えっ!?り、了解!」
ストライクのコックピットにアムロの怒鳴り声が響くと、キラは訳も分からぬままペダルを踏み、スロットルを開けてストライクをジャンプさせた。
一機のバクゥがすぐに反応し、加速を付けてストライクを追う様に飛び掛かる。
「――当たれ!」
狙いすましたかの様にアムロはアグニのトリガーを引いた。アグニから発射されたビームは、飛び上がったバクゥを正面から捉え、その装甲を溶かして激しい爆発を起こした。
バクゥの爆発は瞬間的に辺りを照らし出し、破片は飛び散って砂へと突き刺さった。
「くぅっ……!す、滑る……」
ストライクは無事に着地こそするが、砂に足を取られストライクは膝を着いた。その間に残り四機のバクゥが、再びストライクを攻撃し始める。
それを見ていたナタルは唇を噛むと、ストライク支援の為に声を上げる。
「くぅぅ!スレッジハマー、撃て!」
「ストライクに、当たります!」
「ストライクを避けて落とせ!」
「そんなの無理です!」
「命令だ!ストライクに寄せ付けさせるな!」
無茶難題にトノムラが抗議するが、ナタルは言い放った。
事実、あのままではストライクは撃墜されても可笑しくは無い。ブリッジの者達は自ら支援出来ず歯痒い思いをしていた。
「……了解、どうなっても知りませんよ!スレッジハマー、撃ちます!」
「キラ!避けて!」
トノムラは顔を強張らせると、狙いをストライクから少しだけ外してミサイルの発射ボタンを押した。すると、アークエンジェルの後部ミサイル発射管が開き、艦対艦ミサイルが発射された。
それと同時にミリアリアがキラに叫んだ。
「――ミサイル!?」
「キラ、避けろ!」
キラはミリアリアの声に振り返ると、数発のミサイルが飛来して来るのが見えた。
アムロの声がスピーカーを通じてストライクのコックピットに響くが、そう簡単に避けられる物では無い。
「――そんな、無茶な!?うわっ!」
ストライクの周りにミサイルが着弾し、直撃が無かったのが嘘だと思える程の激しい爆発がストライクを包んだ。
四機のバクゥは輪を崩して散開し、ミサイルを回避した。
キラは衝撃が襲う中、ストライクのバーニアを噴かして後方へと大きく後退する。
「くぅぅ!砂が逃げる……。こうなったら、逃げる圧力を合わせるしかない!」
着地したストライクは再び膝を着き、体勢を崩した。
キラは、このままでは不味いとばかりにキーボードを引き出すと、ストライクの砂地に対応させる為にプログラムを書き換え始めた。
まともな支援が出来ないアークエンジェルのブリッジクルーは、歯痒い思いをしながらも、それぞれが何とか状況に対応しようとしていた。
だが敵地の真ん中に居て、逃げ場など無いに等しい絶望的な状況にも関わらず、全員が懸命に成るのは無理も無い事だった。
ブリッジのスピーカーからムウの声が響く。
「スカイグラスパー、出るぞ!」
整備も出来ていない機体に乗り、出撃しようとするムウの声にマリューは顔を上げた。
その時、チャンドラが慌てた様に声を上げる。
「――南西より熱源接近!砲撃です!」
「――離床!緊急回避!」
マリューは指示を出すと、ノイマンがすぐにアークエンジェルの舵を動かす。
アークエンジェルの船体はゆっくりと上昇を始め、イーゲルシュテルンが迎撃を開始する。数発のミサイルが撃ち落され、残りがさっきまで艦が有った場所に着弾し、上昇中の船体を激しく揺らした。
「――どこからだ!?」
「南西、二〇キロの地点と推定!」
「本艦の攻撃装備では対応できません!」
ナタルが叫ぶと、サイが割り出したポイントを報告し、続く様にトノムラが現状で対応不可能だと事実を告げた。
レーダーが利かない上、発射ポイントの特定までは不可能な為、闇雲に攻撃もする事が出来ずナタルは唇を噛んだ。
「くっ!」
「俺が行ってレーザーデジネーター照射する。それを目標にミサイルを撃ち込め!」
「今から索敵しても間に合いません」
「やらなきゃならんだろうが!それまでは当たるなよ!」
ムウの声が響くとナタルは無駄だとばかりに声を上げるが、ムウは怒鳴って反論をすると通信を切った。
「フラガ機スタンバイ。進路クリア。システム、オールグリーン!」
すぐにミリアリアがスカイグラスパーの発進準備を進める。それが終わるとカタパルトデッキから、青白い尾を引いたモビルアーマーが飛び立って行く。
まともに調整が終わって無い為に、現状で武器もほどんと使えないスカイグラスパーを見送りマリュー達は見送ると、しばらくしてチャンドラが新たなミサイルの到来を告げる。
「――!第二波、接近!」
「――回避!総員、衝撃に備えて!」
「直撃――来ます!」
マリューは叫んで指示を出すが、それ以上の術は無く飛来するミサイル群に息を飲むと、上ずった声でチャンドラが無情の報告を告げた。
全ての者が衝撃に備えると、やがて窓の外が白く光り爆音と衝撃が襲って来る。――が、艦の揺れは予想を遥かに下回る物だった。
爆発の光が治まり目を向けると、そこにはアグニを構えたνガンダムの姿があった。
「あっ!……敵弾消滅!」
チャンドラが思い出した様にモニターを確認して歓喜に満ちた声で報告をすると、クルー達は全員が喜々とした表情を浮かべた。
「ふぅ……助かったわね……」
マリューは大きく息を吐くと背凭れに体重を預けるが、未だ戦闘は継続中で有り、気を抜く事は出来ない。すぐに表情を切り替えると戦場へと目を向けるのだった。
闇に光が走り、時折、激しく花火の様に光が散って行く。その光景をバルトフェルドは砂丘の頂で聞こえて来る爆音を感じながら眺め続けていた。
敵である地球連合軍所属艦アークエンジェルは、バルトフェルドの予想を遥かに上回る戦いを見せていた。
既に開戦当初に投入した攻撃ヘリ部隊を全滅させられ、虎の子のバクゥさえも一機撃墜されていて、圧しているとは言い難い。
敵とて、ラウ・ル・クルーゼ、レイ・ユウキが指揮する艦隊の追撃を振り切って生き残って来た艦なのだから、バルトフェルド自信、アークエンジェルの事を侮っていた訳では無かった。
ただ、彼にとって予想外だった事は、果たしてどの様な人間が乗っているのか分からないが、モビルスーツの戦闘能力、そして火器の威力が非常に高い事だった。その所為で、当初は戦力を見るだけのつもりが、予定を変更せざるおうなかった。
そして、もう一つ、見た事が無いモビルアーマーが、隊の母艦であるレセップスの有る方角に飛び去って行った事だった。もしかするとと言う、有り得なくも無い可能性が頭の中で一層、強まる。
そうして居ると、後方から聞き慣れた駆動音が聞こえて来て振り返った。そこには派手なオレンジ色をしたバクゥに似た機体、TMF/A−八〇三“ラゴゥ”が近付いて来た。
ラゴゥは、バクゥの上位機種に当たる指揮官用陸戦型MSであり、基本構造はバクゥと酷似しているが、機体サイズ、出力共に大型化しており、各センサー等も高精度で新型の物に変更されている。
「お、来たか」
バルトフェルドは目を細めると、ラゴゥが砂を巻き上げて停止する。そしてコックピットが上がり、中から淡いピンク色のパイロットスーツに身を包んだ女性が顔を出した。
「アンディ、お待たせ!」
顔を出した女性――アイシャはヘルメットをまだ被っておらず、その艶やかな長い黒髪の両サイドに入った金のメッシュが暗闇に一層、際立って見え、その雰囲気は猫を想像させる。
アイシャは砲手専用の前部シートに身を移してラダーを下ろし、バルトフェルドを引き上げる。
「アイシャ、済まないな。今度の相手は、このところの退屈を吹き飛ばしてそうだ」
バルトフェルドはアイシャの手を借りてラゴゥの後部シートに身を滑らすと、彼女にキスをして言った。
二人が乗ったラゴゥのコックピットは前席に砲手、後席にメインパイロットが乗り込む複座式と成っている。
この機体は役目を分ける事で、バクゥよりも機動力・射撃特性を活かす事ができ、遠距離では装備された二連装ビームキャノンによる砲撃、近距離ではクローと口に咥えられたビームサーベルによる二段構えの攻撃を可能としていた。
「フフッ。アンディ、嬉しそうね」
「ああ、嬉しいさ。ドキドキするねぇ」
アイシャが艶やかな笑みを零すと、バルトフェルドは満足そうな表情で応えて着ていたコートを下に放り投げた。
ダコスタは慌てて落ちて来たコートを受け止めると、ラゴゥを見上げながら両手をメガホンの様にして大声でバルトフェルドに呼びかける。
「隊長、本当に出られるんですかー?」
「ああ。後の事は任せるぞ」
「了解しましたー!」
バルトフェルドは計器のチェックをしながら言うと、ダコスタは大声で答えた。その様子をアイシャはクスクスと楽しそうに笑う。
ラゴゥは異常も無く、コンディションも上々の状態で計器のチェックを終えたバルトフェルドが、まるでこれからドライブに行くかの様な軽やかな口調で告げる。
「さて、僕らも行こうか、アイシャ」
「ええ、アンディ」
アイシャは軽く微笑んでヘルメットを被るとシートに座る。
バルトフェルドはコックピットを閉じて、アイドリング状態のエンジンを唸らせる。その音はまるで飢えた獣が威嚇する唸り声の様に聞こえた。
闇の砂漠を四肢の獣の影がが縦横無尽に駆け回る。獣は獲物を狩る為に集団で襲い掛かる姿は、まるでハイエナを連想させた。
取り囲まれたストライクは、四機のバクゥ相手に大苦戦を強いられていた。
「――くっ!……動きに付いて行けない……どうすれば……」
持ち前の動体視力ではバクゥの動きを捉え切れているのだが、足場が悪い事でまともに動く事が出来ず、ストライクは半分以下の性能も出し切れてはいなかった。
体の痛みも有るが既にそんな事を気にしている余裕すら無く、ヘルメットの下のキラの額を汗が流れ落ちる。
「――キラ、動き回るんだ!」
スピーカーを通して、ストライクのコックピットにはアムロの声が響いた。
キラにはアムロの言葉が、まともに動く事の出来ないストライクにどうやって動けと言うのか分からず、焦りも有って怒鳴る様に言う。
「――でも、どうやって動けって言うんですか!?」
「バーニアを使って跳び上がれ!着地のタイミングに注意しろ!こちらから援護をする、動き回れ!」
「モビルスーツで跳び回るの!?……僕に出来るの!?」
キラは動き回るバクゥに注意を払いながらも、アムロのアドバイスに困惑した表情を浮かべた。
その時、レーダーに新しい反応が現れる。
「――増援か!?」
νガンダムのコックピットでも、その新たな反応を捉えアムロは顔を顰めた。
その数は一つだが、今のストライクには脅威でしかない。
「――やるしかない!アムロさん、援護、お願いします!」
キラは歯軋りをすると、そう言ってストライクのバーニアを噴かすと後方へとジャンプさせた。ストライクは高く舞い上がり、バクゥを下に見ながら引き離す事に成功する。
それは、一機目のバクゥを撃破した時も同じ様な戦法を取ったのをキラは思い出すと、敵の動きが良く見える様に成り、先程まで自分に余裕が無かった事を悟った。
「――これなら狙える!当たれ!」
キラは空中でバクゥを狙うとトリガーを引いた。が、バクゥは横に跳ぶ様に避ける。
しかし、狙撃をするアムロに取っては、それが狙い目だった。
「――そこだ!」
アムロは一気にトリガーを引くと、アグニから発射されたビームがバクゥの横っ腹に直撃し、装甲を溶かすと爆発させた。
その様子を見たキラは、自分が師事するアムロの凄さを思い知った気がした。
「……凄い!……でも、これなら僕でも戦える!僕も、僕の役目をしなくちゃ!……着地まで……三、二、一、今だ!」
キラはタイミングを計りながら着地する直前に軽くバーニアを噴かして機体を安定させる。そして、不安定な砂地を蹴って、再びバーニアを噴かしながら前方へと高く跳び上がった。
再びアムロの声がコックピットに響く。
「キラ、突出し過ぎるな!動きが単調に成らない様に気をつけろ!」
「分かりました!」
キラは返事をすると着地体勢へと入り、νガンダムからの砲撃がバクゥ達を牽制する。
バクゥが砲撃を逃れる中、ストライクは着地すると砂丘の形を利用して、今度は敵から離れる様に横へと跳んだ。
ストライクを逃すまいとバクゥはミサイルを発射するが、キラは空中で機体の向きを変え、追いかけて来るバクゥが放ったミサイルへとイーゲルシュテルンを放ち撃ち落として、着地。そして、また跳び上がった。
「――そこだ!」
バクゥの群れにνガンダムからの攻撃が襲い掛かると、その中の一機が急旋回をしてビームを回避しようとする。キラはそれを見逃す事無く、ジャンプしながらビームライフルを向けると見事に撃破した。
その光景を見たバルトフェルドは顔を顰めるが、その口調は悔しさよりも喜びを感じさせる様に聞こえた。
「……何て事に成ってるんだか。戦闘ヘリ、バクゥ、それぞれ三機ずつ撃破されるとはね。敵とは言え、全く良い連携してるねぇ」
「アンディ、嬉しそうね。……それで、どうするの?」
「フフッ。狙撃している方を黙らせんと全滅しかねんな。かと言って、尻尾を巻いて逃げるのもつまらんからね。せめて、楽しむ為にも逃げれん様に足止め位はしとくさ。――ストライクは任せるぞ!やられん程度に動け!」
アイシャは軽く言うと、バルトフェルドはアークエンジェルの甲板上でアグニを構えるνガンダムへと目を向けて言った。
命令を聞いた残り二機となったのバクゥのパイロットは、それぞれ「――了解!」と応え、目の前のストライクを落とす事に専念する。
「さあ、楽しませてくれよ!」
バルトフェルドはνガンダムに向かって挑戦的な笑みを零すと、ラゴゥをアークエンジェルへと向けて疾走させた。
アムロはストライクの援護をしつつも、ラゴゥが接近して来るのを察知して顔を向ける。
「――来る!?あの四つ足、直接アークエンジェルを狙うつもりか!?」
νガンダムとアークエンジェルは、砂を巻き上げながら向かって来るラゴゥに対して迎撃を開始する。
バルトフェルドは飛んで来るミサイルを攻撃を巧みに回避しながらアークエンジェルに取り付こうとするが、そう簡単に行かず、一気に近付こうとした所をビームが襲い掛かって来た。
「――っ!」
バルトフェルドは寸での所で機体を捻る様にして回避するが、ラゴゥの装甲には見事に焼き焦げた跡が付いていた。
コンソールモニターには装甲にダメージを示す表示が出ると、バルトフェルドは汗を浮かべ嬉しそうな表情を浮かべて言う。
「……思った通り、良い腕してるじゃないか!」
「……ラゴゥの装甲を焦がすなんて……アンディ、熱くならないでね!」
「ああ、分かってる!だが、地球に来て、これだけの相手に逢えるとは嬉しい限りだよ!後ろに回り込むぞ!」
アイシャもνガンダムを脅威に感じ叱る様に言うと、バルトフェルドは一瞬、唸るが、すぐに喜々として答えるとラゴゥをアークエンジェルの後方に着ける為に大きく回避し、回り込む様に加速し始めた。
「――まずい!後ろに回り込むつもりか!?」
加速するラゴゥに向かって、アムロはアグニを放ちながら叫んだ。
アークエンジェルの後方は守りが手薄で、取り付かれれば一溜まりも無い。しかも、この位置で後方に向かえばストライクの援護すら出来なく成る。
今、白い大天使に最大の危機が訪れようとしていた。
アークエンジェルの居住区には、外で行われている戦闘の爆音が時折響いて来ていた。その中、医務室の開いた扉からは少女の嗚咽が聞こえていた。
一人取り残されたラクスは、つい先程まで少年が寝ていたベッドに腰を掛け、目を真っ赤にして涙を零していた。
「……うっぅ……うっ――あぅ!」
ザフト軍の攻撃を受けたのか、室内は激しい揺れに襲われるとラクスはベッドへと倒れ込んだ。やがて揺れが治まると、ラクスは体を起こして涙を拭う。
「……うっ……攻撃……キラは……?」
ラクスは自分の制止を振り切って出て行ったキラの事が心配で、フラフラと立ち上がると危な気ない足取りで医務室から出て行く。
アークエンジェルの艦内が時折激しく揺れるとラクスは転び、そしてまた立ち上がって展望デッキへとやって来た。
展望デッキは突然の来襲で慌てたのか、シャッターは閉じていなかった。
「……キラは?」
ラクスはフラフラと窓に近付くと、暗闇の中のストライクを捜した。
暗闇の中を走る光や爆発が辺りを照らし出す。その中、跳び回る片腕が無いモビルスーツのシルエットが目に映った。
「あれは……キラ……」
ラクスは窓に張り付くと目を凝らした。暗い為に良く見える事は無く、瞬く閃光がストライクのシルエットを見せる。しかし、その様子からも、キラが苦戦している事が手に取る様に分かった。
医務室で無理やりにでもキラを止めてさえ居ればとラクスの心を痛め、額を窓に押し当てて涙を零した。
そうして居ると、展望デッキの入口から女性の声が響いた。
「――あなた、ここで何してるの!?」
「あっ……」
「早く部屋に戻りなさい!」
ラクスはゆっくりと振り返ると、そこには良く見知った厨房の女性スタッフが居た。地球衛星軌道上での戦いの折に、ブリッジに向かおうとしたラクスを部屋に軟禁した女性兵士だった。
その女性は先日の戦いの事もあってラクスに対して怒鳴り声を上げた。
「……はい……」
ラクスは迷いながらも頷くと、女性に連れられる形で自分の部屋へと戻り、外から鍵を掛けられ完全に外に出る事が出来ない状態となった。
部屋の中には何時の間に戻って来たのか、ハロと戯れるトリィの姿があった。そしてラクスに気付いて機械的な声を掛けて来た。
「ハロハロラークス、ハロー!」
「トリィ」
「……私、キラを止められませんでした……」
扉の傍で立ったままのラクスは、そう言って悔しそうな表情を見せると俯いてベッドに腰を下ろした。
何も自力で出来ない後悔が波の様に押し寄せて来る。
「トリィ」
「ハロッハロー」
ハロとトリィは、ラクスの心の中などお構い無しにヘッドの上で戯れていた。
ラクスは、そんなハロ達に気を留める様子も無く、ただ俯くばかりだった。そうして居ると、遊んでいたハロがラクスの背中にぶつかった。
「……少しだけ大人しく……あっ!」
少しだけ怒ったラクスは振り向くと、そこには連絡用コンソールパネルが有る事に気付いて、小さく声を上げた。
ラクス自信は、このコンソールパネル使った事は無いが、これでブリッジと連絡が取れる事は知っていた。
小首を傾げてコンソールパネル見詰めるラクスは、ベッドの上に乗ると表情を変えた。
「お願いします、繋がってください!」
――後悔はしたく無い。
ラクスは、そんな一心でコンソールパネルを弄り始めた。
見えるはずの地平線は暗闇の為に限りなく境目を無くしている。分かる事は夜空には瞬く星が無数に見えている事くらいだった。
しかし、やるべき事があるムウには、それすら見る時間すら無かった。
スカイグラスパーに乗り、アークエンジェルを出撃してどのくらい経ったのか、一分か、五分か……。そんな事すら気に掛けていられない。
南西、二〇キロ――、スロットルを開けばすぐに到達する距離にありながら、そう簡単には見つからなかった。本来なら、今、飛行している辺りに敵艦が有るはずなのだ。
「――くそっ!敵艦はどこだよ!?」
ムウは苛つきながら敵艦を捜した。ブリッジから零れる光ぐらい見えても良いはずなのだ。
突然、コックピットに警告音が鳴り響く。
「――!?ロックされたか!?」
ムウはスロットルを一杯に開くと急上昇を掛ける。
Gに因る肺を圧し潰される様な感覚、これは正しく大気圏でしか味わう事が出来ない。
「――くっぅぅぅ……はぁぁ!――ご丁寧に二発も撃ちやがって!この糞野郎がっ!」
ムウは肺から出た酸素を一杯に吸い込むと、機体を捻って後ろを確認して怒鳴り声を上げ、追い掛けて来るミサイルから逃れる様に機体を左右に振り回した。
後方用モニターに、二発のミサイルが跳ね上がった様に上昇する姿を捉えた。
「――来るか!」
ムウは顔を顰めると、一気にスロットルを閉じて急減速を掛け、機体を捻る様にロールさせた。
一発目のミサイルが目標であるスカイグラスパーを捉え切れずに通り過ぎると、そのまま爆発する。
操縦桿を切り返したムウは、二発目を目の端で捉えた。スロットルを全開に開けると、急上昇を掛け、そのまま宙返りに入った。
「――くっうぉぉぅ……」
肺から酸素が抜けて行くのを歯を食い縛りながら耐える。
天地が逆の状態で頭上に捉えたミサイルは一発目同様、通り過ぎるとスカイグラスパーを捉え切れずに爆発を起こした。
「……はぁぁぁ――おっしゃ!」
ムウは機体を水平に戻して酸素を取り込むと、小さく拳を握り声を上げると、すぐに目を下に向けて辺りを見回し敵艦を捜す。
アークエンジェルへと向かって発射されるミサイルの炎が見えた。
「おっ、あんな所に居やがったか!あれは……レセップスか!?……砂漠の虎の母艦とはな!少し位は傷を付けさせてもらうぜ!」
ムウは顔を顰めると吐き捨てる様に言って降下を開始しすると、レセップスはスカイグラスパー目掛けて迎撃ミサイルを発射した。
苦々しい表情でムウは文句を言う。
「――ミサイル撃つしか能が無いのかよ!」
スカイグラスパーに対して機銃掃射が始まり、大型のハッチが開き、中からモビルスーツが多数のモビルスーツが姿を現した。
バクゥ、ディンなどで構成されたモビルスーツ達は、アークエンジェルの方向に移動を開始する。
「あの数!?寄りにも因って、増援かよ!」
ムウはモビルスーツに気を取られ、ミサイルの事を失念していた。
コックピットに警告音がうるさいくらいに鳴り響き、毛穴から汗が吹き出る。
「――ヤバイ!……こうなったら!」
スカイグラスパーは失速域ギリギリの超低空から砂を巻き上げながらミサイルを引き連れて、レセップスに向けて侵入して行く。
機銃が向けられ、コンソールモニターに被弾を示す表示が出ると警告音が鳴り響く。
「――糞!喰らったか!?だか、この程度で落ちるかよ!――うおりゃあぁぁぁぁ!」
被弾した箇所は飛行に問題無い場所であるのを確認すると、ムウは巧みにスカイグラスパーを操作し、レセップスに激突しない回避可能距離までミサイルを引き連れて来ると、一気に上昇しながら操縦桿を切った。
ミサイルはそのままレセップスに激突し、爆発を起こす。
「――おっしゃ!」
ムウは雄叫びを上げると上昇を続けてレセップスの被害を確認する。
ミサイルを着弾したレセップスの横っ腹は煌々と燃えてはいたが、高々、ミサイル一、二発で壊せる様な物でも無く、大した損害も与える事は出来なかった。
「これ以上は無理か……。それよりも増援を知らせねと!離脱する!」
まともに使える武器も無い今のスカイグラスパーでは、レセップスを落とす事は不可能とムウは判断すると、敵の増援が向かっている事を知らせる事を急務として空域を離脱して行った。
アークエンジェルのブリッジでは、突如現れた鮮やかなオレンジ色をしたバクゥに似た機体――ラゴゥが現れた事で、異常に緊迫した雰囲気に包まれていた。
目の前の甲板ではνガンダムがラゴゥの迎撃を行っているが、アークエンジェルから発射した迎撃ミサイルは、動きの速いラゴゥに傷一つ付ける事さえ敵わない。
今の所、傷を付ける事が出来る可能性を持つのはνガンダムだけだった。しかし、νガンダムにはストライクの支援と言う役割も有る為に、非常に不味い事態と成っている。
機種特定を終えたサイが報告の声を上げる。
「――出ました!TMF/A−八〇三ラゴゥです!」
「あの機体……もしかして……」
「……艦長!?」
「……砂漠の虎!?」
報告を聞いたマリューは、嫌な予感が走り顔を顰める。
その呟きを耳にしたナタルが顔を向けるが、マリューはその事に気付く事無く呟きを口にした。
ナタルとて『砂漠の虎』の異名は聞いた事が有り、艦長の口からその名が出た事で、一層険しい表情となった。
「――底部イーゲルシュテルンで対応しろ!」
ナタルは叫ぶとイーゲルシュテルンが稼動し、ラゴゥを追い始めるが易々と回避されて行き当たる事は無かった。
何発目かのビームがνガンダムが持つアグニから発射されると直撃すると思われたが、装甲を焼くだけにとどまり、ラゴゥはそのままアークエンジェルの後方へと回り込もうと移動を開始した。
その時、突然、艦長席のコンソールが点滅する。
「――こんな時に何なの!?今は戦闘中よ、後からにしなさい!」
マリューは受話器を取り、掛けて来た相手に向かって怒鳴りつけた。
その間にも戦闘は続いて行く。アムロはラゴゥの迎撃とストライクの支援、ナタルは声を張り上げ、ラゴゥを近付けさせまいと奮戦している。
そして、チャンドラが大きく声を上げて報告を告げた。
「――第四波、接近!」
「――こんな時にか!?」
「直撃――来ます!」
「――総員、衝撃に備えろ!」
再びチャンドラが顔を強張らせて叫ぶと、ナタルが怒鳴る様に全員に指示を出した。
νガンダムが敵艦からのミサイルに向けアグニを発射する。
発射されたビームはミサイルの半分を消し去るが、残りはアークエンジェルの右舷へと着弾すると爆発を起こし、アークエンジェルを激しい揺れが襲った。
ブリッジには、誰かの口から漏れた悲鳴が響いた。そして、揺れが治まるとすぐに、元の通りの業務に掛かった。今は戦場に居るのだから、泣き言など言っている暇は無かった。
「ナタル、少しだけ任せるわ!」
「分かりました!」
マリューは受話器を持ったままナタルに声を掛け、艦の指揮を少しの間預けると、ナタルは大きく頷いた。
そしてマリューは耳に受話器を押し当てると、誰かと話し始める。
そうしている間にも次々と報告の声が上がる。
「フラガ少佐より入電!敵母艦を攻撃するも損害は軽微。敵母艦はレセップス!敵増援がこちらに進行中!至急、戦域を離脱せよ!との事です!」
「――ラゴゥに回り込まれました!」
ミリアリアがムウからの報告を、サイはラゴゥがアークエンジェルの後方に回り込んだ事を告げると、ブリッジのクルー達は顔を青ざめさせた。
明かりも点けず、爆音が聞こえる部屋でラクスはコンソールパネルを弄くっていた。どれを押せば良いのか良くは分からないが、主要なスイッチを手当たり次第に押してみた。
モニターが点滅してマリューの顔が映ると、ラクスは嬉しそうな顔をしたが、すぐにマリューの怒鳴り声が響いた。
「――今は戦闘中よ!後からにしなさい!」
「ま、待ってください!私です、ラクス・クラインです!」
「あなた、何を考えてるの!今は戦闘中なのよ、分かってるなら後にしなさい!」
「戦闘中だからこそ、後に出来ないんです!私の話を聞いてください、お願いします!」
慌てたラクスは、マリューに話を聞いて貰おうと必死に頼み込んだ。
マリューは怒り狂ったように怒鳴った。
「――こんな時にふざけないで!」
「ふざけてなどいません!私はプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインです!私は、キラを……皆さんを……この戦いを止めたいだけなんです!」
「あなた一人で、どうにか出来る訳無いでしょう!」
「して見せますから、お願いです!私をブリッジに入れてください!」
マリューはラクスを助けた時から知っては居るが、『プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘』と言う言葉を聞いて少し引っ掛かる事があったのか、怒りを抑えると諭すように言った。
しかし、ラクスはキラの事での後悔もあって、引き下がろうとはしなかった。
そこへ、今まで以上に激しい揺れが二人を襲う。
「――えっ!?あっぁ……っつ!」
「――きゃっ!?……だ、大丈夫ですか!?」
「……ええ」
ラクスは揺れが治まると、マリューを心配して声を掛けた。
顔を顰めながらもマリューは無事だと応えると、しばしの間、モニターから顔が消える。
しばらくして、再びマリューの顔がモニターへと映ると口を開いた。
「悪いわね」
「いいえ」
ラクスは首を振ると真面目な顔でモニターに映るマリューを見据える。
その時、ミリアリアの声がラクスの耳にも届く。
「フラガ少佐より入電!敵母艦を攻撃するも、損害は軽微。敵母艦はレセップス!敵増援がこちらに進行中!至急、戦域を離脱せよ!との事です!」
「――レセップス!?」
マリューは顔を横に向け、唖然とした表情をしていた。すぐに苦虫を噛み潰した様に顔を歪ませると、考える様な素振りを見せ、ラクスに問いかける。
「……あなたなら……本当に止められるの?」
「はい!必ずお約束します!」
「……許可するわ、早く上がってきなさい!」
ラクスは大きく頷いて答えると、マリューは眉を顰めながらも急き立てる様に言った。
その後、閉じられた扉をマリューにブリッジから強制開放して貰い、ラクスは扉の外に見張りとして立っている女性と共にブリッジへと走って行った。
目の前に居る二匹の鉄の獣――バクゥが、今にもストライクに飛び掛らんとしていた。さっきまであった、アムロからの援護が徐々に減り、今ではビームすら飛んで来る事は無かった。
アムロ程の腕を持つパイロットが援護出来ない状態と成ると、恐らくアークエンジェルが集中的に狙われているのだろうと、キラには予想はついた。
今すぐにでもアークエンジェルに戻りたいが、そうするだけの余裕も無くなって来ていた。額を大量の汗が流れ落ちる。
「……ハァハァ……ライフルを使いすぎたか……」
キラは一瞬だけ、コンソールモニターに目を向けて確認すると、肩で息をしながら呟いた。
二機のバクゥはゆっくりと、まるで狩りを楽しむかの様にストライクを追い詰める。
「……どうする?――動いた!?」
キラは目を左右に動かしてバクゥの出方を窺っていると、左側に居たバクゥが動き出した。
すぐにバーニアを噴かして、キラは後方へとストライクをジャンプさせた。
こうしていても埒が明かない事は、キラにも分かっている。どうにかしなければと頭を働かす。
「――くっ!……こうなったら!」
キラは着地と同時にライフルを捨て、キラはストライクの左肩の装備されているビームブーメラン“マイダスメッサー”に右手を掛けさせた。そして、次に左の腰のアーマーシュナイダーを開放する。すると、巨大なナイフが、砂へと落ちて突き刺さった。
ストライクは一歩引き、左足爪先を砂に突き刺さったアーマーシュナイダーの傍へと置いた。
バクゥは離された分の距離を一気に詰め、先程と同じ分の距離を保ちつつも、ジリジリと近付いて来る。
「……ハァ……ハァ……早く……来い……」
キラは二機のバクゥを睨みつけると、相手が大きく動くのを待った。
どのくらい時間が経ったのか、今度は右側に居たバクゥが一気に距離を詰めて来た。
「――来た!いけーっ!」
キラは、動いたバクゥをロックすると、マイダスメッサーを投げつけるが、バクゥは避けてストライクへと飛び掛かって来た。
待ってたとばかりにストライクは、左足でアーマーシュナイダーを蹴り上げると、直ぐに空いている右手にアーマーシュナイダーを装備させると腰溜めに構え、バーニアを噴かして突っ込んだ。
左足で蹴り上げたアーマーシュナイダーは回転しながら飛び掛って来たバクゥへと飛んで行くと、刺さる事は無かったが、頭部へとぶつかりバランスを崩した。
ストライクはそのまま、右手に持つアーマーシュナイダーを落ちて来るバクゥの腹部へと突き立てた。
バクゥはストライクに凭れ掛かる様な体勢に成ると、後ろからブーメランの様に飛んで来たマイダスメッサーが、その背に突き刺さり動きを止めた。
キラはそのままの体勢を活かし、バクゥを盾にしたまま残りの一機と対峙する。
「残り、一機か……」
ストライクに残された武器は、イーゲルシュテルンと右手に持ちバクゥに突き立てているアーマーシュナイダー、そして背中に装備された一五・七八メートル対艦刀“シュベルトゲベール”の三つ。
それをどう駆使するか、キラは再び考え始めた。
そこへ突然、凛とした少女の声がストライクのコックピットに響いた。
「――そこのモビルスーツのパイロット!死にたくなければ、こちらに指示に従え!そのポイントにトラップがある!やって来る増援をそこまで誘き寄せるんだ!」
「――えっ!?な、なに!?」
キラは辺りを見回すが少女だどはおらず、変わりに何台ものバギーが走り、ランチャーなどでバクゥを攻撃し始めていた。
キラは訳も分からず、コンソールモニターに目を向けると、そこには何やら地図らしき物が映り、マーキングが付いてた。
「――おい、聞こえているのか!?下だ!分かったのなら指示に従え!」
再び少女の声が響き、キラは言われた通り下を見た。
そこにはバギーの助手席に座る金色の髪の少女の姿が確認出来た。そして、少女が手に持ったワイヤーがストライクと繋がっている。
「――い、一体、何なの!?」
キラは何が起こったのかと困惑の表情をしながら唸った。
その直後、キラはアークエンジェルの医務室で唇を奪った少女の声を聞く事と成る――。
鮮やかなオレンジ色をした四つ足の獣が砂煙を舞わせながら、中に浮かぶ白い大天使の背後へと移動して行く。
大天使――アークエンジェルの高度はそう高くは無い。オレンジ色をした四つ足の獣――ラゴゥ飛び乗ろうと思えば可能な高さではあった。
アークエンジェルから迎撃のミサイルと、砲弾が飛んで来る。バルトフェルドは巧みにそれを回避し、確実に近付いて行く。
バルトフェルドは前のシートに座るアイシャに言う。
「アイシャ、やれ!」
「ええ、まかせて」
アイシャはそう言って微笑を湛えると、二連装ビームキャノンのトリガーを引いた。
ラゴゥから発射されたビームは、アークエンジェルのスラスターの一部に当たり、白い巨体を徐々に落とし始めた。
そこへ、レセップス主砲からの第五波砲撃がアークエンジェルへと向かって飛んで来る。
「――良いタイミングだ!取り付くぞ!」
バルトフェルドは不敵な笑みを浮かべると、バーニアを噴かしてアークエンジェルの後部甲板上へ跳び上がった。
その途中、アークエンジェルの向こう側――前部甲板上からのビームが走り、レセップス主砲からの砲撃を全て撃ち落とした。
その光景を見たアイシャが、νガンダムのパイロット――アムロの事を褒め称えた。
「――!……凄いわね、あのパイロット!」
「ああ、今まで見た中では最高の腕だ。生きてる内に、そう何度も廻り逢える相手じゃない。そんな相手と戦えるんだ、最高じゃないか!」
アイシャの賞賛にバルトフェルドも頷き、満足そうな表情を浮かべると、ラゴゥは着地態勢はと入る。
レセップスからの砲撃を撃ち落したアムロは、ラゴゥが来る事を直感的に感じ取る。
「――来る!?この位置では!」
アムロはνガンダムにアグニを抱えさしたまま、バーニアを噴かしてブリッジ上に飛び上がると、それと同じタイミングで、ラゴゥがアークエンジェル後部甲板上へとに着地した。
バルトフェルドは、そのままブリッジを狙おうとするが――。
「――やらせるか!」
ブリッジ上にνガンダムが見下ろす形で現れ、左腕に持ったアグニをラゴゥへと向けた。
バルトフェルドは、一瞬、呆気に取られながらも、笑みを浮かべて言う。
「――!……あれだけの芸当をやっておいて、本当にナチュラルなのかい、このパイロットは……?この戦い、終わらせたくは無いな……」
「……でも、やるんでしょう?」
「――ああ、勿論だ!」
アイシャは問いかけると、バルトフェルドは目を輝かせながら答えて、νガンダムに対して通信回線を開き、
「――その位置からでは撃てまい!」
と言って、ラゴゥの咥えたサーベルを展開させ、νガンダムに向かって飛び掛かった。
バルトフェルドの言う通り、νガンダムがラゴゥに向かってアグニを撃てば、アークエンジェルの後部甲板に確実に直撃する事になる。
「――ちっ!」
アムロは舌打ちをすると、νガンダムをラゴゥに正対させたままバーニアを噴かし後方へと跳んだ。
落下するνガンダムの腰がブリッジ正面に差し掛かった時、アムロは軽くバーニアを軽く噴かして、コンマ数秒間だけ滞空させると、ブリッジの上部とアグニの砲身を水平にしてトリガーを引く。
「――そこか!」
アグニから発射されたビームは、ブリッジの上部装甲を焦がしながらも、飛び出して来たラゴゥへと向かって走って行く。
バルトフェルドは飛び出した途端にビームが飛んで来た事に驚き、瞬間的にビームサーベルのスイッチから指が外れ、操縦桿を全力で切りバーニアを噴かして回避しようとしたが、勢いは殺す事は出来ない。
「――なんだと!?――つっ!」
「――きゃっ!」
ラゴゥは右前後の脚部を失いながらも、アークエンジェルのブリッジ上部に突っ込む様に叩きつけられ行動不能となった。機体の右側面からは所々、火花が散っていた。
バルトフェルドは額から血を流しながら、呻く様に口を開く。
「……うっぅ……まさか、撃って来るとはね……。しかも、あの状態から艦に当てずにこっちを狙うなんて、何てパイロットだ……」
「……でも、これでチェックメイトよ」
「ああ、つまらない終わり方だが仕方あるまい……」
アイシャはパイロットスーツを着ている為に怪我はして無いのか、衝撃の割りにはっきりした口調で言った。
バルトフェルドは不満そうに応えると再び操縦桿を握り、ラゴゥはブリッジの上部装甲にサーベルのノズルを押し当て、いつでの破壊出来る体勢を取った。
一度、前部甲板上に着地したνガンダムは、再びラゴゥの前に着地しアグニを向けた。
「大人しく投降しろ!」
「おい、見て分からないのか?撃てばどうなるか分かっているだろう?」
「ブリッジをやれば、こちらも撃たせてもらうさ」
投降勧告にバルトフェルドは、ラゴゥの首を少し動かすと、サーベルで上部装甲を軽く叩いて何時でもビームを発生させて破壊出来るとアピールするが、アムロも引く気が無いのか、アグニを突き付けたまま答えた。
バルトフェルドは肩を竦めると、傷が痛むのか、顔を顰めながらもアイシャに聞いてみた。
「……なぁ、アイシャ、彼は本気で撃って来ると思うか?」
「きっと本気じゃないかしら?」
「……全く、運が悪かったかったとしか思えん。アイシャ、俺の我が儘に付き合わせてしまって済まないな……」
「フフッ、最後まで付き合うわよ」
「そうか……では付き合ってくれ!――さあ、モビルスーツのパイロット!俺がブリッジを潰すのが先か、君が俺達を殺すのが先か、勝負と行こうじゃないか!」
アイシャは微笑を湛えて言うと、バルトフェルドはこの女性と死ねるなら良いと思い満足そうに応える。そして、アムロに対して勝負を持ちかける。
どっちに転んでも死が待っているが、バルトフェルドに取っては、これだけの相手と戦えた上に、愛する女性と共に死ねるなら本望だった。
「――貴様、正気か!?武器はアグニだけじゃない!死にたいのか!?」
「――さあ、どうする?」
アムロに取ってもアークエンジェルを失う訳には行かない。一人、この世界に放り出され、今では我が家にも等しい場所でもあった。νガンダムの右手にビームサーベルを装備させると、大破したラゴゥへと向ける。
バルトフェルドは挑発するかの様に言うと、両者は睨み合った。
「――私の名は、ラクス・クラインです!ザフト、連合両軍共に武器を引き、戦いを止めてください!私はラクス・クラインです!」
突然、アークエンジェルの外部スピーカーを通し、闇夜の砂漠にプラントの歌姫の声が響き渡るのだった。