とあるブリーフィングルームで多くのザフト兵士が話しに耳を傾けていた。
彼等の前に立つのは、ザフト軍でその名を知らぬ者はいないと言われるラウ・ル・クルーゼだ。それ故に兵士達はエースでもあり、英雄でもあるクルーゼの声に、素振りに見入っていた。
「――プラントの恩恵を授かりながらも、それを地球側に売り渡そうとする輩がいる。我々は守る者として、それを許す訳には行かないのだ。今回、その連中の頭を叩き潰す為、君達に集まってもらった次第だ。内容は特殊任務のそれと相違無い。もちろん戦死者も出るだろう」
淡々と語るクルーゼは、そこで言葉を区切るとブリーフィングルームを見回した。
ここにいる者達は、クルーゼを除けば全員が緑色の制服に身を包んでいる。俗に一般兵と言われる者達ではあるが、その中でも彼らは、軍からは不遇な扱いを受ける者達であった。
最前列に座っていた兵士が挙手をする。
「……あの、その任務の内容とは?」
「それは今から説明をする。だが、その前に言っておく事がある。この作戦は正規の任務では無い。しかし事が事ゆえ、内容を聞けば何があろうと離脱は許されん。……五分だけ待とう。その間に従事する意思の無い者は部屋を出て行ってもらう」
クルーゼの口から出た言葉にざわめきが起こる。
彼等は別にクルーゼ隊の兵士である訳では無い。ただ召集を受け、ここにやって来ただけの兵士達ばかりなのだ。戸惑うのも無理は無い。
冷淡に彼等を一瞥したクルーゼは、腕時計に目を向けると壁際にある一脚のパイプ椅子へと腰を下ろして時が過ぎるのを待つ。
一分、二分と時が過ぎ、少ないながらも退室する者達が現れ始めた。彼等からすれば正規任務では無い以上、従事するだけの意義が無いと判断したのだろう。
そして時は過ぎ、猶予の五分を迎えるとクルーゼは席を立ち、彼らの前へと再び足を進めて残った多くの者達を見回した。
「……ほう。これほどまでに残るとはな。諸君は覚悟が出来ている様だ」
クルーゼの言葉に残った者達、全員が頷いた。
「……ならば、話しておくべきだろうな。私を除くここにいる全ての者達はコーディネイター、ナチュラル、ハーフ問わず敵軍に在籍していた者達だ。
だが私は諸君を捨て駒にする為に呼んだ訳では無い。勿論、今置かれている境遇も知っている。それ故、この任務は諸君の忠誠を計るにも良い物差しとなるだろう。既にこの部屋に残った諸君には恩賞の権利が与えられる」
「恩賞ですか!?」
「ああ。諸君には約半年の兵役期間短縮とプラント市民としての保障だ。それから優秀な者には、我がクルーゼ隊の補充要員になってもらうつもりだ。……最も出て行った者達の様に、任期を真っ当し退役して家族と平和に暮らすと言う手もあるのだろうな。
だが諸君は今の時点で、既に出た行った者達の上を行く生活が約束されるが、先にも言ったがこの任務は楽な物では無いのを忘れないでもらいたい。要は諸君次第だと言う事だ」
兵士からの質問にクルーゼは口元を引き締めて答えた。
ブリーフィングルームを静寂が支配し、兵士達は互いの顔を見た。その場にいる者達は全てが同じ境遇に置かれた同士とも言える存在なのだ。その彼等に降って湧いたチャンスに全員が驚いた様子だった。
彼等を尻目にクルーゼは紙束を手に取ると、淡々と名前を読み上げ始めた。
この任務を上手くこなし生き残れば、プラント市民として幸せな生活が約束されているのだ。名を読み上げられた者達の声には自然と力が入る。
「――以上だ。今呼ばれた諸君にはモビルスーツに乗ってもらう。機体は単座、複座のジンを複数機用意する予定だ」
呼ばれた者達はコーディネイターまたはハーフコーディネイターと呼ばれる者達だった。彼等はクルーゼに対して頷いて見せた。
クルーゼは顎を指先で軽く摩ると、少し考える素振りを見せて口を開いた。
「まだ数が足らんな。他に乗ってみたいと思う者はいるか? ナチュラルでも構わんぞ」
先程の喧騒が嘘の様に、ブリーフィングルームは一気に静まり返る。ナチュラルにはモビルスーツの操縦など不可能なのだ。分かり切った事に誰も手を挙げる者などいなかった。
軽く溜息を吐いたクルーゼは納得した様子で紙束を捲り始めた。やがてその手が止まると、最前列にいた一人の兵士に顔を向けて言った。
「……君はアーマー乗りだったな?」
「はっ!確かにそうでありますが、ナチュラルの私にはモビルスーツの操縦は……」
「そうか、座れ。……全員、同じ考えか?」
兵士の唇を噛む様な口振りに、クルーゼは頷いて見せると全員に問い掛ける。
だが返って来たのは、アーマー乗りだった兵士と同じ返答だった。
「……君達は努力と言う言葉を忘れているな。劣等感を抱えるナチュラルの悪い癖だ。一言言っておく。適正の問題もあるが、ナチュラルだからと言ってモビルスーツを動かせない訳では無いのだぞ」
些か皮肉混じりにだがナチュラルの兵士達に向かって、意外な言葉がクルーゼの口からもたらされた。
クルーゼからすればモビルスーツの操縦が出来ない事など、ナチュラルが持つ劣等感から生まれた諦めの産物でしか無かった。勿論、適正が大きく関わるが、倍以上の努力を持続出来るのならば、クルーゼの様に動かす事も可能なのだ。
ならば何故、この世界の多くのナチュラル達はモビルスーツが動かす事の出来ない物のか?
コーディネイターと言う種が生まれ、それに劣るナチュラル達は自らを卑下する事で、モビルスーツは動かせない物と思い込んだ。諦めはやがて人々の頭に刷り込まれ、それ以上の努力を止めた事で自らモビルスーツへの適正を閉ざした。――と言うのがクルーゼの見解だ。
現に地球軍はその末路を辿り、ナチュラル用OSと言う不完全な補助輪を着けようとしたが、それも失敗作に終わっている。
全ての者達が驚きを見せる中、先ほどの兵士がクルーゼに問い掛ける。
「ク、クルーゼ隊長……、我々にモビルスーツの操縦が、か、可能なのでありますか!?」
「……現に君達の目の前に、動かして見せた人間が立っているのだよ」
当のクルーゼはどう答えるべきかと考えを廻らせ、やがて考えが纏まると貫禄を見せ付ける様に応じた。
その言葉はラウ・ル・クルーゼは『ナチュラル』であり、モビルスーツを操縦していると言う事だ。彼等に更なる驚愕となって広がって行く。
ざわめきが治まらぬ中、クルーゼは彼等に向かって話し始めると全員が耳を傾けた。
「……ナチュラルやコーディネイターと言う俗称など、私にはどうでもいいのだよ。
ただ私はプラントで暮らし、同じ目的を持つ諸君は報われるべきだと考える。だが、這い上がる努力が出来ない者には、生憎だが差し伸べる手を私は持ち合わせていないのだ。
諸君には自らの手で、それを勝ち取ってもらいたいと思っている。皆、チャンスを逃がさぬ様にな。
言い忘れたが、私の正体がばれては諸君の努力も無駄になってしまうからな。他言無用で頼むぞ」
らしくない演説染みた真似を終え、クルーゼは口元に笑みを浮かべて見せた。
自軍であった地球軍に因って様々な物を失い、帰るべき場所さえも追われ、ようやくプラントに辿り着いた彼等は今、不遇の時を過ごしている。そんな彼等にクルーゼから蜘蛛の糸がもたらされたのだ。
全員が当たり前の様に、クルーゼの秘密に関して口を噤む事で同意した。
「さて、改めて聞くが搭乗希望者はいるか?」
再びクルーゼは彼等に問うと、全ての元アーマー乗り達が我先にとこぞって手を挙げる。
彼等に取ってクルーゼの言葉の通り、ナチュラルやコーディネイターと言う垣根は既に無意味と化していた。この部屋にいる者達全てが同じ目的を持つ同胞なのだ。共に道を切り開こうと結束力が生まれる。
彼等の新しき導き手であり、救世主となったクルーゼは仮面の下で冷たい笑みを浮かべていた。
後にクルーゼの意向によって、彼等は軍部内でザラ派の一翼を担う役目を持つ事となる。
砂漠の太陽は大きく傾き、あとあと一、二時間ほどで夕景を見る事の出来る時間帯を迎えていた。
格納庫の中では整備兵が、アルファ隊の機体となるアムロ用のOSを搭載したストライクとスカイグラスパー一号機の最終チェックを行っている。
未だに熱気が流れ込むアークエンジェルのカタパルトデッキに、アルファ隊を構成するアムロ、キラ、そしてザフト軍パイロットの三人が顔を会わせていた。
アルファ隊の中で唯一ザフト軍側からの参加者となった二十代半ばの青年は、敬礼をすると表情を崩してアムロに言った。
「うちの隊長からの伝言です。『戦える事を楽しみにしている』だそうです。ちなみに隊長は後方に控えるみたいですよ」
「……全機倒して来いと言う事か? 期待過剰だな」
「うちの隊長はそう言う人ですから」
「そうか。それなら俺は君に期待させてもらうさ。こちらは機数が少ないからな。やられない程度に掻き回してくれ」
「了解。連合の裏エースの戦い方を見させてもらいますよ」
彼の言い分に、アムロは思わず苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
二人の遣り取りを見ていたキラがアムロに聞き返した。その口元には絆創膏が貼られている。
「エールストライクで狙撃ですか?」
「いや。俺も動きながら落として行くさ。そうしなければ数に圧されるだけだからな。キラはバックアップを頼む。スカイグラスパーは初めて使う機体だ。無理はするな」
「はい。それからスカイグラスパーに積むのは、本当にソードパックで良いんですか?」
キラは頷くと、格納庫から見えるスカイグラスパーを指差しながら聞き返した。本音を言えば、ランチャーパックを選ぶと思っていた。
ちなみにではあるが、今回、スカイグラスパー二号機にはストライカーパックは装着されていない。理由は余りに戦力数に差がある為と、まだ慣れていないトールには早過ぎるとのムウの判断があったからだった。
アムロは軽く頷き、目線を格納庫の奥へと向けた。
「ああ、今回はデータを取る事が目的だからな。あくまで機動性を重視する。それにソードパックでもライフルは使えるのだから問題は無いさ」
「分かりました」
「さあ行こう」
アムロはそう言って二人の肩を軽く叩く。
ザフト軍のパイロットはカタパルトデッキ横に着けたバクゥに。キラはソードストライカーパック装備のスカイグラスパー。アムロはエールストライカーパック装備のストライクへと向かって行った。
今回、キラをスカイグラスパーに乗せた事にも、実は意味があった。動かせる人員がいないと言うのもあるが、アムロとしてはキラに戦場の動きを違う視点から見せる為の配慮でもあった。
そして少しばかり時間が経ち、スカイグラスパーが出撃態勢に入ると、反対側のカタパルトデッキからストライクが姿を現す。そして、そのままバクゥの隣で待機態勢へと入った。
「……多少の違和感は拭えないか」
ストライクのコックピットでアムロは計器を見渡しながら呟いた。
コックピットのレイアウトはRX-七八に近い為、そう違和感がある訳では無いが、明らかに前日のシミュレーターでの感覚とは違っていたのだ。
この世界のOSはU.Cの旧式OSと比べると、多少前時代的な物でU.C旧式機の操縦の手間を一つ二つ増やしたと感じであった。その為、アムロが旧型機に搭乗していた経験が物を言っていた。
だが、キラがナチュラル用を独自にバージョンアップさせたOSは、些かシビアな操作性を持つ為に、一時、OSをバックロールさせた上で、アムロ用の設定を急造で組み立てたのだ。
昨晩のうちに短時間でも、外で動かしておくべきだったと思うが、昨日の今日なのだから嘆いても仕方が無い。
「もしもの場合は、キラのOSを使用すれば良いだろう。しかし、同じ人間と言っても、世界が違えば一重に同じと言う訳では無いのだな……」
アムロはモニターを見ながら呟く。
シミュレーターを行った際に、やはり同じナチュラルであるムウもストライク操縦テストを行ったのだが、結果は言うまでも無い。
結局の所、ムウは、
『その一手間、二手間にバランスやらが含まれちまってんだ。それがナチュラルとコーディネイターの大きな差なんだろう? そうでなけりゃ、モビルスーツに慣れてるアムロの様には無理だぜ』
と愚痴っていた。事実、ムウの言う通りなのだろうと言うしかない。
宇宙時代を迎え、コーディネイターが現れた事で、ナチュラルに取って何かしらのマイナス要因が働いたはずなのだが、この世界の歴史に精通しないアムロがその要因を探るには無理があると言う物だ。
だが、モビルスーツの発展度合いから考えれば、この世界はまだ初期の初期に当たるのだが、機体に反映されている技術などは、アムロが目を見張る物もかなり多い。将来、驚くべきモビルスーツが開発されても可笑しくは無い可能性を秘めている世界ではあった。
モニターを見詰めるアムロは息を軽く吐く。そして違和感を解消する為に、キラが乗り込むスカイグラスパー一号機へと回線を繋いだ。
「キラ、良いか?」
『何か不具合がありましたか?』
「ああ。歩いた程度だが制御系に違和感を感じる。戦闘中にシステムの書き換えは可能か?」
『……それは出来ますけど、手順は分かりますか? ……時間を遅らせてもらって、設定し直した方が良くありませんか?』
「確かにそうだが、実際動かして見なければ、どこに問題があるか分からないからな。手順はキラがやっていた通りにすれば良いのだろう?」
『ええ、そうです。……あっ、ちょっと待ってください』
そう言ってキラは一時回線を閉じると、程なくして回線を繋ぎ直して来た。
『アムロさん、お待たせしました。通信と処理能力の関係で時間は倍以上掛かりますけれど、スカイグラスパーからでも設定の書き換えは可能みたいです。ただし、プログラムの実行はアムロさんにやってもらう事になります。もし、書き換えるなら言ってください』
「分かった」
キラの言葉にアムロは軽く頷くと、演習開始までのわずかな時間を、指先でリズムを取るかの様に操縦桿を敲きながら待つ。
『――アルファ隊、準備はいいか?』
「アルファ〇一、ストライク。いつでも良いぞ」
トノムラの声が聞こえると、アムロは体を少しだけ起こし応答した。それに続きアルファ〇二、〇三のザフト兵士とキラが同じ様に答えて行く。
そしてチャンドラの声でカウントダウンが始まった。
『――三、二、一、〇、状況開始!』
「アルファ隊、行くぞ!」
カウントダウン終了とともに、アムロは声を上げるとスロットルを開いた。灰色のストライクの四肢が動き、スラスターが唸る。
アルファ隊三機は砂丘の向こう側へと機体を滑らせた。
「予想以上に鈍い!? ガンダムに似ていると言うのに……。やはり制御系か?」
揺れるコックピットの中で、ストライクの動きの悪さにアムロは顔を顰めた。
だが、演習が始まってしまっている以上、嫌でも仮想敵は近付いて来る。そう簡単に『待った』など掛けられない。
「来るか!?」
すぐにアムロはスラスターを噴かして回避に入るが、旋回する瞬間にストライクは、まるで腰が砕ける様に不自然に片膝を大きく沈み込ませてバランスを崩し掛けた。
「ちっぃ! 駆動系もか!?」
『ヨタってるみたいだけど、大丈夫ですか?』
「ああ。済まないが前に出てくれ!」
『了解!』
余りの挙動の悪さにアムロが顔を歪ませながら応えると、アルファ〇二は前へと飛び出して行った。
アムロに言わせれば、今のストライクはまるで生まれたての仔馬の様で堪った物ではなく、このままでは被弾しても可笑しくないのだ。
すぐにコンソールのスイッチを押し込み、PS装甲を展開させた。
「動きに締りが無い上に、設定の見積もりが甘すぎたか!?」
『アムロさん、大丈夫ですか!?』
「いや。駆動系、制御系の設定が甘すぎた! オートバランスだけでもキラが使用していた設定に戻すぞ」
見兼ねたキラから通信が入ると、アムロはこのままでは埒が開かないと言った感じで声を返した。
その間にもアムロの手はキーボードを引き出し、今にも叩き出そうとしているが、それを止める様にキラの声が響く。
『それだと手間が増えますよ! 良いんですか!?』
「旧型機だと思えばどうと言う事は無い! コーディネイターも、全てをマニュアルでやってる訳では無いのだろう!?」
アムロはキーボードにやっていた手を再び操縦桿に戻し、PS装甲を展開させるとジン・オーカーの攻撃を回避しながら捲くし立てた。
前日、キラはアムロがナチュラルだと言う事を意識しながらOSの書き換えを行った。しかし、それを検証するだけの時間も無く、プログラムを無理に急造した事で、砂漠用設定などがアンバランスになってしまったのではないかと言う考えが過ぎった。
そうなれば、キラが使用していた最新データの状態に戻す事が一番の近道となる。運の良い事にデータはストライクの中にも保存されている。あとはそれを引き出し、実行すれば良いだけの話なのだ。
『……分かりました。 コンソールパネルの……。いや、僕がやります! スカイグラスパーにオンライン回線を開いて、アムロさんは回避に専念してください!』
「どのくらい時間が掛かる?」
「……四〇秒。……いえ、三〇秒で終わらせます! 一時、離脱します!」
「了解した! 頼むぞ!」
『はい!』
キラの言葉を聞いたアムロは、片手でキーボードの端を弾いて元に戻すと回避行動に専念する。
接敵してから三〇秒足らずしか経っていないが、アルファ隊は、完全にストライクが原因となって防戦一方となっていた。
目の前で敵機を通すまいと、懸命に動き回る見方機のバクゥ、アルファ〇二にアムロは呼び掛ける。
「アルファ〇二、三〇秒だけ持ち堪えてくれ!」
『三〇秒!? ……了解! 向こうの後続が近付いて来てるんだから早めにお願いしますよ!』
「了解している!とにかく時間を稼いでくれ!」
スピーカーからの文句とも取れるアルファ〇二の声が返って来ると、アムロは大きく頷いた。
この時、上空にいるキラは、凄まじい速度でキーボードを叩き始めていた。
バクゥのカメラは遙か前方にいるストライクが動くたびに、それを追い続けていた。
バルトフェルドは前方で行われているブラボーD小隊とアルファ隊の戦いを、モニター越しに眺めながら上空を飛ぶムウに向かって言う。
「……νガンダムの様なキレが無いな。やはり操縦に戸惑っているのか?」
「……さあな。俺に分かんのは操縦出来る事は分かっているってくらいさ。でも、そんな呑気な事、言ってられんのか?」
「あっちはたった三機編成。こっちは一二機編成だ。それ以前にアムロ・レイは、まだストライクを手中に収めていない様子だからな。そうなのだろう?」
「だから分からんって。なんせ、まともに動かすのは始めてなんだ」
「……期待していたんだがな」
突き放した言い方をするムウの言葉が、事実を認めていた。バルトフェルドは一気に声を落とす他なかった。
バルトフェルド自身、アムロに期待していた所はかなり大きかった。あの動きでは期待は薄いく、それだけに裏切られた気分だった。
そんなバルトフェルドを他所に、戦場全ての動きを見ていたアイシャが、アルファ隊の異変に気付いた。
「向こうのスカイグラスパーが隊を離脱して行くわ。何かあったのかしら?」
「スカイグラスパーが離脱だと……? レセップス、何かトラブルか?」
『いいえ、何も入ってません。演習は継続中です』
すぐにバルトフェルドがレセップスへと回線を開いて問い質すが、返って来たのは真相から程遠い物だった。
ムウもバルドフェルト同様に、アークエンジェルへと回線を繋いだ。
「おい、アークエンジェル! スカイグラスパーに何かあったのか?」
『あっ、はい! ……どうやら遠隔でストライクのOSの書き換えを行ってる模様です』
「OSの書き換えだと!?」
アークエンジェルから返って来た内容に、ムウは素っ頓狂に声を上げた。
勿論、その声は嫌でも聞こえる音量の為に、バルトフェルドの耳にも届いていた。
「……フラガ少佐、一体どう言う事だ?」
「良く分からんが、ストライクに何かあったらしい」
「これは一時中止にした方が良さそうだな」
問いに対してムウが顔を顰めながら答えると、バルトフェルドは諦めた様子でヘルメットを外して溜息を吐いた。
その瞬間、アイシャが声響く。
「――えっ!?」
「アイシャ、どうした?」
「……ストライクの動きが変わったわ!」
「なんだと!?」
アイシャは徐々に興奮が高まりつつある声色を出すと、バルトフェルドの視線は、一気にモニターのストライクへと釘付けになった。
その機体名の通り、攻撃の鬼と化したX-一〇五ストライクが、ブラボーD小隊に牙を剥く。
ストライクのコックピットに座る、アムロの操縦桿を握る手とフットペダルが動き続ける。
防戦一方の状態で三十秒間で一発も喰らう事無く、ストライクは生き長らえていた。これもアムロの長年の経験と技術の賜物であった。
だが、それも続き過ぎれば何時かは終わりが来る物。それにはまだ早いが、いい加減反撃をしなければただの的でしかないのだ。
三十秒を僅かに過ぎ、このままでは埒が開かないと言った様子で、アムロは反撃に出ようとした瞬間、キラの声が響いた。
『――プログラムの転送完了しました! 実行してください! 操作系以外は、僕が使っていたのとほぼ同じです。注意してください!』
「了解した!」
キラの声に呼応したアムロは接近しようとするジン・オーカーへのロックはそのままに、片手でキーボードを引きずり出し、実行キーを叩くと一気に押し戻して操縦桿を握りなおした。
コンソールパネルの画面が変わり、縦書きでGUNDAMの文字が表示されプログラムが走り出す。
「ガンダムか……。頼むぞ、ガンダム!」
GUNDAMの文字に一瞬だけ目をやったが、視線はすぐに一番手近ジン・オーカーへと向かう。アムロの手と足がストライクのバランスを崩さぬ様に、柔らかく小刻みにを動かし始めた。
νガンダムと比べると明らかに反応速度が鈍い。だが、その鈍さがRX-七八 ガンダムを思い起こさせる。
脚部が大地を蹴ると同時に、スラスターノズルが青白く光り、ストライクが砂の上を疾走する。
「当たれよっ!」
アムロはジンに対してトリガーを二度押し込む。
先程と違うストライクの動きに、ジン・オーカーは戸惑った様子のまま呆気なく撃破された。
そのままストライクは反転すると、アルファ〇二の支援へと向かう。その途中、アムロはストライクの特性に改めて気付いた。
ストライクと言う機体は試作機ゆえにデリケートな側面を持ち合わせてはいるが、構造がシンプルで関節稼動範囲が広い。OSの差異こそあれ、ストライクはRX-七八に限りなく近い機体なのだ。
「……やはりそう言う事か! 機体は違っても、これなら! アルファ〇二、左に跳べ!」
『――待ってましたよ!』
アルファ〇二のパイロットは喜々とした声で応えると、敵バクゥの傍を跳ねる様にして離脱する。
ストライクは砂を巻き上げながらライフルを四発放つ。そのうちの三発を脚部、腰部、コックピットに命中させて撃墜した。
だが、尚も動きが止まる事は無い。まるでストライクは氷の上を滑るかの様に、敵が攻撃をし難い方向へと回り込む。
アムロは一瞬だけスラスターを緩めて、マシンガンを乱射するジン・オーカーへとライフルを向けつと、フットペダルを目一杯踏み込み、スラスターを噴かした。
「落ちろっ!」
機動性の劣るジン・オーカーは完全に翻弄され、全く付いて来れない状態となり簡単にライフルの餌食となった。
アムロはストライクの動きを止める事無くPS装甲を解除すると、そのまま後続となるブラボーC小隊へと向かって行く。
このブラボーD小隊との戦闘は、過去に白い流星とも悪魔と呼ばれたアムロ・レイの片鱗を見せただけにしか過ぎなかった。
アークエンジェルのブリッジでは、立ち直ったストライクの活躍にマリューとナタルがホッとした表情を浮かべていた。
特にキラがOSの書き換えを始めた時は中止を考えたほどで、動きが変わるまでの時間がやたらと長く感じた物だ。
その二人は別として、他のクルーは驚愕で開いた口がふさがらない様だった。
「なっ……!? おい、タイム合ってるか!?」
「……ああ。壊れて無いよな?」
「どうした?」
トノムラとチャンドラが目を白黒させていると、マードックが不審な顔でCICのコンソールモニターを覗き込んだ。
そのマードックの表情が見る見るうちに変わって行く。
「……マジかよ!?」
「すげぇ……」
同じ様に吊られて足を運んだノイマンも、その内容に驚き口を開ける他なかった。
後ろにいる部下達の騒がしさに、マリューは顔を向けた。
「何か問題でもあったの?」
「問題では無いんですが……」
「それでは分からん、ハッキリしろ!」
トノムラが戸惑いがちに答えると、ナタルがそれを一喝する。
「は、はい! ストライクの連続撃破タイムが異常で……」
「計器の故障か? データ収集に支障があるならば、すぐにでも対応しろ!」
「……バジルール中尉、これを見れば誰だって驚きますよ」
ハッキリしないトノムラの言い様に、ナタルは眉間に皺を寄せて厳しい視線を向けるが、トノムラのフォローに入ったノイマンが戸惑い気味の顔を向けた。
席に座るトノムラは、二度ほど首を縦に振るとその理由を口にする。
「……一機目の撃墜からなんですけど、一個小隊全滅までのタイムがたった一二秒弱。開始からでも八〇秒経ってないんです。信じられますか?」
「えっ!? じゅ、一二秒で……三機!?」
表情が一気に変化すると、ナタルは彼らの元に駆け寄りコンソールモニターを覗き込む。
ストライクの不調な時間がやたらと長く感じた為に、マリューとナタルは時間経過など忘れていた様だ。
ナタルは顔を上げると、マリューに向かって一度だけ大きく頷いて見せた。
「……本当なの!? 拡大映像の脇にデータ表示を出して! 早く!」
マリューは信じられないと言った顔を浮かべるが、慌てて彼等に指示した。
この時、既にストライクは後続のブラボーC小隊を相手に四機目を撃墜し、五機目の攻撃へと取り掛かっていた。
灰色のストライクがまるで波に乗っているかの様に、美しく砂を舞上げて高速で横滑りして行く。
ターゲットになっているジン・オーカーは、その場で旋回しながマシンガンを乱射するが、アムロからすれば位置取りを変えない敵機は良い的としか言い様がなかった。
「落ちろっ!」
アムロは三度トリガーを押し込むと全弾を命中させて、ブラボーC小隊のジン・オーカーを四機目の餌食とした。
その戦い振りを見ていたアルファ〇二が、コックピットであんぐりと口を開けて呟く。
『……マジかよ。バクゥ一機にジン三機をこんな短時間で……。さっきまでの事が嘘なんじゃねえのか……?』
『……凄い』
上空で支援をするキラも、ストライクの予想以上の動きにただ呆然とするばかりだ。
その二人はストライクに目を奪われていた事もあって、わずかな間だが動きが単純化していた。
「まだ敵は残っているぞ! 気を抜くな!」
『お、おう!』
『は、はい!』
アムロの怒声がスピーカーから響くと、二人とも慌てて操縦桿を握り直す。
その瞬間、アムロのニュータイプとしての直感が危険を察知した。
「――攻撃が来る!? 散開しろ!」
横に飛ぶ様に回避すると同時にロックの警告音が響き、再びストライクのボディが鮮やかな色彩に染まった。
バルトフェルドの搭乗するバクゥの横に巨体を並べているザウートの砲身が瞬いた。
ザウートに乗るアイシャは、絶対の自信を持ってストライクを狙撃したつもりだった。
「――外した!? アンディ、前の二機もこのままじゃやられるわ!」
「っ! お前達、行け!」
予想外の展開に、バルトフェルドは苦虫を噛み潰した様な顔でブラボーB小隊に指示を飛ばすと、やや前に陣取っていたバクゥ二機とジン一機が前線へと疾走し始める。
砂漠の虎はストライクの変貌振りに戸惑い、冷静さを失った声をムウに投げ掛けた。
「……既に四機だと!? ……これが本気のアムロ・レイなのか? おい、ムウ・ラ・フラガ、奴は本当にナチュラルなのか!?」
「なに言ってんだか。アムロは正真正銘のナチュラルだってっの」
「だが、あの動きを見れば、信じられる訳が無いだろう! さっきまでの動きはなんだったんだ?」
「だから俺に言われても分からないって。大方、書き換えたOSがアムロにハマったんだろう」
モビルスーツで隕石を押し返す事をやってのけ、その戦い振りをνガンダムの戦闘記録で見ているムウは、いかにも当たり前と言った様子で答えていた。
だが、まだ質問は終わらない。
狙撃の失敗に納得しきれない様子のアイシャが問い掛けて来た。
「さっきの攻撃も、まるで何かを感じ取って避けたみたいだわ。彼ってエスパーか何かなの!?」
「……さあな。だが俺が知る限り、アムロほど腕の立つパイロットをこの世で見た事無いぜ」
「アムロ大尉は凄い人ですからね」
ムウはスカイグラスパーの後部シートで肩を竦めて答えると、前席に座るトールが同意の声を上げた。
トールもムウ同様、νガンダムの記録を見ている。ただムウとの違いは、アムロの素性を知らない事と、隕石落としがこの世界で行われた出来事だと勘違いしている事くらいだ。
モニターを食い入る様に見詰めるバルトフェルドは、険しい表情を知らず知らずのうちに浮かべていた。
「あの強さ、この世の者とは思えんな……」
「……当たり前だろう。なんせニュータイプなんだからな」
バルトフェルドから零れて来た言葉に、ムウは戦場を見下ろしながら呟いた。
無い物強請りでしかないが、ムウは自分がモビルスーツを動かせたならばと、少しの間だけ想像を巡らしたのだった。
迎撃するブラボーC小隊のバクゥ二機の間を、ストライクが割る様に突っ込んで行く。
「――行けるっ! アルファ〇二、左を牽制をしろ!」
左側の敵バクゥをアルファ〇二に任せ、ストライクは間を割って所で機体を急旋回させて、スラスターでブレーキを掛けた。右手にいたバクゥの背後を取ると、ライフルを向けるとトリガーを引いた。
ダメージを喰らったバクゥは、必死に回避行動に入ろうとするが、何分にも相手が悪すぎた。
アムロは狙いをマニュアルによるコントロールでずらしながら畳み掛けに入る。瞬く間にマーカーが赤く点り、バクゥの撃破する。
ストライクはその場で急旋回する。アルファ〇二が相手をしていたバクゥへとライフルを向け、銃口を瞬かせた。十分なダメージを与えると、最後はアルファ〇二に撃墜を任せ、一足先に近付くブラボーB小隊へと向かって行く。
「増援が来るぞ! キラ、牽制を! アルファ〇二、行くぞ!」
「了解! 前へ出ます!」
「了解!」
スカイグラスパーがストライクを追い抜き、バクゥを撃墜したアルファ〇二が遅れて追い掛ける。
キラはブラボーB小隊を捕捉すると、足の遅いジンを無視して先行して来るバクゥ二機をロックした。
「使い慣れない機体だからって、やれない訳じゃないんだ! 当たれっ!」
キラはミサイルの発射スイッチを押し込んだ。それと同時にウェポンベイが開き、微弱なレーザーがスカイグラスパーから照射される。
想定として発射された武器がミサイルと言う事もあり、着弾までは多少時間が掛かる。
その辺りまで再現しているのだが、普段ストライクに乗っているキラにすれば、反撃を食らう可能性も高い為に、煩わしい時間帯となったが、ストライクのバッテリー供給の役目もある為に、今は最悪でも撃墜を避けなければならなかった。
キラは手早く操縦桿を体に引き付け、機体を上昇させて回避行動へと入る。
「まだ着弾しないの!?」
肺を押し潰す様な感覚が襲う中、キラはコンソールモニターへと目を向けて吐き捨てた。それと同時に着弾を知らせる音が響いた。
モニターには一機に着弾し、ダメージを与えた事を示された。だが落とすまでには至っていない。
「やっぱり落とし切れなかった!?」
再び攻撃態勢に入る為にキラが操縦桿を倒そうとすると、落とし切れなかったバクゥのレーダーマーカーが突然、赤く変化する。
「アムロさんがやったの!?」
目を向けると、そこにはライフルでの射撃を終え、ジンへと向かって行くストライクの姿が見えた。味方機であるバクゥ――アルファ〇二は敵バクゥの迎撃を始めている。
バクゥに比べジンは機動性が劣る。上空から見るに、開始当初からアムロは、手早く頭数を減らす戦法を採っていた事を思い出した。
「あれがストライクの力なんだ……。僕にあの動きが出来るの……かな?」
アムロが操縦するストライクは常に止まる事無く、砂漠を縦横無尽に動き回る。それを見て、キラはストライクの性能の高さを改めて感じ、自分がアムロの様に動かせるのかと、弱気な声を零したが――。
「……って、違う! 僕があの動きをストライクで出来る様にならなきゃいけないんだ! 絶対に!」
キラは思わず首を振ると、まるで気合を入れ直すかの様に声を張り上げた。
目指すべき動きの完成形がそこにあるのだ。ほんの数秒だが、ストライクの機動を食い入る様に見詰めた。
そして、ふと目線を上げた所で、レセップス近くに陣取るブラボーA小隊に動きに気付いた。
「あれは……バクゥとスカイグラスパー!? バルトフェルド隊長とトールが動くの!? 支援に向かわなきゃ!」
キラは慌てて操縦桿を倒すと、スカイグラスパーはストライクとアルファ〇二の支援へと戻って行った。
鮮やかな色をしたストライクがライフルを構える。次の瞬間、銃口の先にいたバクゥは見事に餌食となった。
ブラボー隊被害数――七。中、六機をストライクが撃墜したいる。
残存する機数ではブラボー隊が未だ有利ではあるが、アムロ・レイの圧倒的強さに、それも風前の灯火と言っても良いほどだ。
「これでは目も当てられん! アイシャ、俺も前へ出る。援護を頼むぞ!」
「分かったわ!」
表情を強張らせたバルトフェルドは、アイシャに自らの出撃を告げると機体を前へと押し出した。
今はとにかくストライクを落とさねば全滅しかねず、既に形振りなどかまっていられない。
「行くぞ!」
「了解!」
バルトフェルドが上空のスカイグラスパー二号機に向かって、少しばかり乱暴な声を掛けたが、当のトールは気にもせずに頷いた。
バクゥの後をスカイグラスパーが追い始めると、後部シートに座るムウが、トールに向かって愚痴を零した。
「アムロとやれるんだから、お前がうらやましいぜ」
「はぁ!? 今、何か言いましたか?」
「……なんでもねえよ。余所見すんな! 前見ろ、前! 撃ち落とされたいのか?」
「りょ、了解です!」
後ろからの不機嫌な声を耳にし、トールは訳も分からずに顔を前へと向け直した。
――トールじゃ、ハナっからアムロの相手になる訳無いからな。いざとなれば……。
ムウは心の中で呟くと後部シート用の操縦桿に片手を添える。
アムロと戦ってみたいと思っているのは、バルトフェルドだけでは無いのだ。
アルファ〇二は敵バクゥを翻弄しジワジワと削って行く。
パイロットとしての力量は、アルファ〇二の方が僅かに上の様だ。
「――甘いっ!」
バクゥのコックピットにアムロの声が響くと、彼は思わず目を向けた。
ストライクはイーゲルシュテルンで牽制しながら、ジン・オーカーの動きを読みライフルを二発放つ。内一発は相手の動きを誘い込む為の物でしかなかった。
二発目命中させると、追い打ちを掛ける三発目が止めを刺す。
「あのアムロ・レイって男は、本当にナチュラルなのかよ!?」
彼は楽しそうにストライクを駆るアムロの事を口にした。そして再び、抵抗するバクゥへと目を向ける。
「……先に戦って死んだ連中には悪いが、こうして奴の動きを見れるんだから感謝しないとなっ!」
興奮した様子で言い放つとバクゥに接近しようとするが、突然、撃墜された事を示す警告音が響き、コックピットと赤いランプの色が染め上げた。
「なっ!? ……んだと!?」
彼は突然の事に絶句するが、納得行かない様子でコンソールモニターへ目を向けて、誰が攻撃したのかを確認し始めた。
コンソールモニターに内容が表示され始めると、アイシャの搭乗するザウートからの砲撃であった事を、彼は知った。
だが腑に落ちない事に、少なくともロックオンされた警告音は鳴らなかったのだ。それから導き出される回答は一つしかない。
「……オートロックも無しでマニュアル狙撃かよっ!? これからだってのにっ、糞っ!」
彼はヘルメットを脱ぎ捨てると操縦桿を思い切り殴りつけた。
当然、アルファ〇二の撃墜をアムロも知る事となる。
「アルファ〇二がやられただと!? 後ろのザクタンクもどきか!?」
アムロの視線は接近するバクゥ、スカイグラスパーではなく、後方に控えるザウートへと向けられた。
遠距離からの狙撃とは言え、やはり脅威である事には変わりは無いのだ。
――あの接近するバクゥは、アンドリュー・バルトフェルドか!
バクゥから放たれる気配から、相手がバルトフェルドである事をアムロは感じ取っていた。
そしてもう一つ。スカイグラスパーから無邪気さ感じさせる闘争心が、自分へと向けている事に気付く。
「キラ、近付く二機は俺が相手をする。後ろのタンクもどきを優先しろ」
「分かりました!」
二機の相手は自分がするべきだと判断したアムロは、キラに新たな指示を飛ばすと、スカイグラスパー一号機は後方のウザートへと向かって行く。
その時、ストライクのコックピットに警告音が響いた。
「後ろからか!?」
一瞬、目を向けて確かめると、それがアルファ〇二が撃墜し損ねたバクゥだと理解する。アムロはスラスターを噴かして引き離しに掛かった。
「……差し詰め、前虎後狼と言った所か」
アムロはストライクを操りつつも、三機の動きに注意を払いながらそう呟いた。
それとほぼ同時に、コックピットにバルトフェルドの声が大きく響く。
『心置きなくやらせてもらうぞ! アムロ・レイ!』
「望む所だ! アンドリュー・バルトフェルド!」
元より承知のアムロは、砂漠の虎との勝負に出る。
後方のバクゥを置き去りにしたストライクは砂を蹴り、バルトフェルドの駆るバクゥへと向かって行く。
この時、演習開始から約一六〇秒が経過していた。