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98 ◆TSElPlu4zM氏  『機動戦士ガンダムSEED bloom 』

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 砂漠の中をモビルスーツ達が光景を少年達は展望デッキから見守っていた。
 不安そうな表情でミリアリアが、スカイグラスパーが飛ぶ空を見上げながら窓に手を添えた。

「トール、大丈夫かな?」
「演習だから死にはしないって。それにしてもミサイルやビームが飛んで無いから、なんか地味だなぁ」

 隣に立つカズイは軽い口調で答えると、窓の外を眺めつまらなそうな顔を見せた。
 実際、全ての攻撃はコンピュータが判定を行う為、ミサイル等の火器は必要が無いのだ。その為、モビルスーツは動き回ってはいるが、ライフルを向けても熱量を帯びない僅かな可視光線が走るだけで、撃破しても爆発する事さえ無い。
 戦争やモビルスーツに興味が無い者には、実に地味でつまらない光景なのだろう。
 ミリアリアを挟む様にしてカズイの反対側に立っていたサイが、明るめの口調でみんなに問い掛ける。

「だけどさ、目の前で本当に戦争やられるより良いんじゃないか?」
「……そうね」

 素直にミリアリアが答えると、続く様に全員が頷いた。
 ヘリオポリス以降、戦争に関わる様になってしまったが、本当は誰もそんな事をしたい訳では無いのだ。
 そんな中、サイの隣で演習を眺めていたラクスが、少しだけ嬉しそうな顔を見せた。

「でも、不思議な光景ですね……。いつかの日か、本当に協力出来る日が来れば良いのですけれど」
「うん、僕もそう思うよ。こうやって協力出来てるんだし、フレイもプラントで保護されてて無事だったんだ。これでラクスがプラントに戻れば、少しは今の関係も改善されるかもしれないな」
「ええ、そうだと嬉しいですわ」

 サイの言葉に、ラクスは微笑みながら素直に頷いた。すると突然、ミリアリアが声を上げた。

「スカイグラスパーがストライクを狙ってる!?」

 ストライクとバクゥ二機が仮想敵であるブラボー隊は、二手に分かれ、スカイグラスパーとバクゥ一機がストライクをアルファ隊から引き離しに掛かっていた。
 攻撃が目に見える訳では無い為にどの様な攻撃をしているのかは分からないが、バクゥが見事な程にストライクを翻弄し、スカイグラスパーが攻撃を仕掛けているのは見て取れる。その為にストライクの動きは想うよりも鈍い。

「あのストライクと戦ってるバクゥに乗ってるの、アンドリュー・バルトフェルドってザフトの隊長だよな?」

 呑気に演習を眺めていたカズイが、ストライクの回りを動き回るバクゥを指差しながら、サイに向かって口を開いた。
 ストライクの背後から進入したスカイグラスパーは攻撃に失敗したのか、抜け様にストライクからライフルを向けられると、ミリアリアが思わず声を上げた。

「トール、ちゃんと避けて!」
「ああ、そうだと思うよ。トールは助けられたみたいだな」

 ミリアリアの様子に苦笑いを浮かべながらも、サイはしっかりと返事を返した。
 サイの言う通り、スカイグラスパーはバルトフェルドの乗るバクゥの援護に因って難を逃れていた。逆に味方から引き離されたストライクは、合流をしようと動き回るがバクゥに足止めを喰らっている。

「キラ、そこです!頑張ってください!」

 自分の恋人が駆るストライクに向かって、ラクスの黄色い声が展望デッキに木霊した。


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 ストライクにバルトフェルドの駆るバクゥが、まとわり着く様に幾度と無く追いすがる。
 キラはバクゥの動きに注意を払いながら操縦桿を動かしていると、スカイグラスパーをモニターの隅に捉える。明らかにバルトフェルドとトールはキラ狙いの動きを見せていた。

「さすが、砂漠の虎って呼ばれるだけある……。またスカイグラスパーが支援に来た!」

 実戦であれば危機的状況と言えるだろうが、人が死なない演習と言う事もあって、その余裕からキラは自分の戦闘を第三者的な感覚で冷静に捉えていた。
 ――何かが違う……?
 キラ自身、そんな違和感を微かに感じながらも、ストライクを操り攻撃を回避して行く。

『アルファスリー、こっちには来れないか?』
「……味方と引き離され始めてるの!?なんとかやってみます!」

 突然、耳に届いた声にキラは周りを確認すると、自分と味方の距離が開き始めている事に気付いた。
 ストライクはバルトフェルド機に向かってバルカンを放ちながら、先の演習でアムロに言われた様に推力に余力を持たせてジャンプさせる。
 ――が、その瞬間、向かって来るスカイグラスパーにロックオンされた事を知らせる警告音が響いた。

「くっ!」

 キラは小刻みにペダルを踏んでストライクの方向を変えながら着地の体勢に入るが、今度はバルトフェルド機からロックされた。

「今度は下から!?」

 呻く間に着弾を意味する警告音がコックピットに響くと、仮想のPS装甲ゲージが幾分か目盛りを減らした。
 νガンダムの援護があった時とは違い、下手に跳べばスカイグラスパーから、着地時にはバクゥに狙われる。アムロからのアドバイスを聞いていたはずなのに、不用意に跳んでしまった結果を噛み締めた。

「こう言う事か……、それなら!」

 キラは状況を打破する為にエネルギーゲージへと目を向ける。先程喰らった一撃分以外減ってはいない。
 ストライクは右手に抱えていた三五〇ミリガンランチャーを左手に持ち替えると、左肩にぶら下がっている九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルを引き抜く。そして、そのまま連結させて超高インパルス長射程狙撃ライフルへと武器を変更させた。
 PS装甲のゲージにはまだ余裕がある。こちらからの合流が難しいと判断したキラは、火力で味方を引き寄せる選択を採る。狙いは味方のバクゥと戦っている敵バクゥ、ブラボー〇二、〇三。
 ストライクは最大までスラスターを噴かし、まるで地を這うように匍匐飛行を始めた。だが、そう簡単に逃すまいとバルトフェルド機とスカイグラスパーが追う。

「さすがにしつこい! ――アルファ〇一、〇二、横から狙撃しますから避けてください!」
『分かった!』


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 追って来る二機に向かって吐き捨てたキラは、味方に声を掛けながら狙撃用スコープを引き出し、覗き込む。視野は極端に狭まりはしたが、敵機である二機のバクゥをスコープ内に捉える。
 同一斜線上でマーカーがロックを示すと、キラはトリガーを押し込もうとした――。

「当たれー! ――ロックされた!?」

 その瞬間、バルトフェルド機からロックオンを知らせる警告音が鳴り響き、気を取られたキラは一瞬のタイミングを逃す。

「外れた!? 今のが無けれ……えっ!? このビーム砲って、こんなにエネルギー喰うの!? アグニ並じゃないか!」

 キラは一瞬、目の端でコンソールを捉える。ダメージを抜きにしても予想よりもエネルギーゲージが減っている事に、苛ついた様子で顔を歪めながらスコープを払った。
 全てが裏目に出ているが、今のストライクは多彩な火器と言う強味があり、不利を覆すだけのポテンシャルを持っている。
 それを生かすかの様にキラはストライクをバクゥ二機へと突進させながら超高インパルス長射程狙撃ライフルを解除すると、連結を対装甲散弾砲へと変更して両腕で抱えさせた。

「今度こそ! 散弾を使います、退いてください!」
『外すなよ!』
「分かってますよ!」

 味方の檄にキラは焦り気味に答えると、再度スラスターを噴かし、バルトフェルドから逃れる為に機体を振り回しながらバクゥとの距離を詰めて行く。
 ストライクのモニターには、対装甲散弾砲の特徴である散弾を撃ち出す範囲がマーカーとして示される。それは九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルとは違い、広範囲に広がっていた。

「当たれー!」

 キラは躊躇無くトリガーを引くと、マーカーは一機のバクゥ、ブラボー〇三の撃破を示したが、ブラボー〇二は回避仕損ねながらも、ギリギリのダメージを残し健在していた。

『アルファ〇一、あれは俺がやる! アルファ〇三の援護に入れ!』
『任せた! アルファ〇三、援護に入るぞ! 隊長の鼻を明かしてやろうぜ!』

 アルファ〇二がブラボー〇二を追い始めると、アルファ〇一が息巻きながらキラに声を掛けた。
 パイロットとして新米であるトールが乗るスカイグラスパーは、ザフト軍のパイロットにとっては恐ろしい存在では無い。彼らからすれば、敵の数として数えてもいないのだろう。

「アルファ〇三、了解!」

 キラはアルファ〇一の声に頷くと機体を旋回させ、バルトフェルドの駆るバクゥへとストライクを疾走させる。
 俄然有利になったアルファ隊は〇二にダメージの残ったバクゥを任せ、バルトフェルドに一泡噴かせる為に動き始めた。


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 モニターの向こうにはストライクが砂を巻き上げ、スラスターを唸らせながら長い砲身を構える姿があった。その砲身が狙う先には味方のバクゥ二機。
 大きな隙を見せるストライクの動きにバルトフェルドはニヤリと口の端を上げる。

「甘いぞ、少年!」

 マーカーがストライクを捉えると、バルトフェルドはトリガースイッチを押し込んだ。するとすぐにモニターにストライク被弾の表示された。
 ストライクが構える砲身の先では未だ味方機は戦闘を行っている。自分の攻撃が味方を救った事は明らかだった。
 それでも尚、被弾させたにも関わらずストライクは機動を止めてはいない。大したダメージにもなっていないのも、宇宙でのデータを記憶している為に理解出来た。

「全く、連合は厄介な物を造ってくれたな」

 バッテリーが切れない限り、ほぼ実弾兵器を受け付けないPS装甲と言う厄介な代物に、バルトフェルドは小さく苦笑いを浮かべた。
 ストライクは再びスラスターを噴かすと、抱えていた砲身を切り離して前後を入れ替える形で再連結させ、ブラボー隊のバクゥ二機へと向かって行く。

「……前後を入れ替えただと?」

 データに無いストライクの新たなオプションに、バルトフェルドは目を細めてストライクを追い掛ける。すると突然、バクゥの狭いコックピットに声が響いた。

『――糞っ! こちらブラボー〇三だ、やられた!』
『――ブラボー〇二、被弾! 俺はまだやれるが、なんなんだよあの武器は! 散弾砲かなにかか?』
「散弾砲……ライアットか!? そんな武装は無かったはずだが?全く次から次へと……。あの船は大天使と言うより、びっくり箱と呼んだ方がお似合いだな」

 部下達の声に、目の片隅に小さく見えるアークエンジェルを揶揄しながら愚痴った。

『隊長、済みません!』
「なに簡単にやられてるんだぁ! 後でお仕置き決定だ。レセップスに戻ってろ!」
『了解! 腕立てでもしてますよ!』
「そうしていてくれ。……一機がやられたか。それにしてもあの動き、前の戦闘と比べると散漫に見えるがな……」


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 ブラボー〇三に向かって、戯けながら応答していたバルトフェルドは通信が切れると、自分の方に機体を旋回させるストライクを不満げに見詰めた。
 今のストライクは明らかに武器の火力に頼った戦い方をしている様に見え、先日の戦闘と比べると機動は幾分鈍く、気迫と言う物が物足らない様に感じられた。
 真剣勝負を挑むつもりだったバルトフェルドからすれば、それは怒りに値する物だった。

「……キラ・ヤマト。演習とは言え、なめてもらっては困るな」

 ストライクに向かってバルトフェルドが静かな怒りを見せると、ブラボー隊各機に指示を飛ばす。

「こちらはブラボー〇一だ。ブラボー〇二は一度離脱して俺の裏に着け。ブラボー〇四、援護を頼む」
『ブラボー〇二、了解! なんとか引き離してみます!』
『ブラボー〇四、了解!』
「全力で叩き潰すぞ!」

 僚機からの応答に檄を飛ばすと、スロットルを全開にしてブラボー〇二の援護に向かうが、それを阻もうとストライク、アルファ〇一両機が追撃に向かって来た。

「――ちっ! ……今度はこっちが追われる立場か。だが、簡単にやられるほど弱くは無いんでね」

 バルトフェルドは両機を避ける様に大きく機体を振り回し、砂丘を駆け上がって行く。その途中、機体をロックされるが、砂丘を削る様にして大量の砂を煙幕代わりに巻き上げると視界を遮った。
 砂丘を一気に駆け下りると、正面にブラボー〇二を追うアルファ〇二の側面を捉える。

「追う事に気を取られ過ぎだぞ!」

 バルトフェルドはトリガーを押し込みながら着実にアルファ〇二を削り、仕上げに後方から反対側へと回り込みながら襲い掛かる。その姿はその名の通り、獰猛な虎の姿を連想させた。
 好きな様に削られたアルファ〇二は反撃すら叶わず、あっさりと機動を止めたのだった。


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 目の前で味方機がやられて行く。キラはそれを手を拱いて見ていた訳では決して無い。
 モニターに映るマーカーはバルトフェルドの駆るバクゥを捉えていたのだが、アルファ〇二を盾にする様にして反対側に回り込み、ストライクの攻撃を封じて見せたのだ。
 数秒も経たない間に、アルファ〇二の声がストライクのコックピットに響いた。

『――アルファ〇二だ、済まん! 後は頼んだ!』
『アルファ〇三、隊長をやらない限り勝ち目は無い。なんとしても落とすぞ!』
「分かりました!」

 唸るアルファ〇一に、キラは大きく頷くとスラスターを噴かし前に前に飛び出して行く。
 広範囲の敵を落とす事が出来る対装甲散弾砲が、有効な武器である事は前の撃墜時に理解している。上手くすれば同時に敵機を落とす事が出来るのだから、これを使わない手は無い。

「当たれ!」

 キラは二機をマーカーの両端範囲内に捉えると、対装甲散弾砲のトリガーを押し込むが、ブラボー隊のバクゥ二機は予測した様に回避して行った。

「避けられた!? でも!」

 逃げるバルトフェルド機に、間髪置かずキラは標準を合わせてトリガーを引くが――。

「えっ、連射出来ないの!?」

 コンソールの対装甲散弾砲を示す文字は赤く点り、発射不可を表示していた。
 散弾を撃ち出す特性上、対装甲散弾砲は砲身に負担を掛ける為に短時間内の連続発射が不可能となっている。それを知らないキラが、アグニやビームライフルと同様にトリガーを引いてしまうのは、仕方ない事だった。
 動きを止めたストライクには大きな隙が生まれる。それを見逃すほど、彼らは甘くは無い。
 バルトフェルド機からの反撃で大幅にゲージが減って行く。堪らずキラが回避行動に入ると、バルトフェルド機は踵を返してアルファワンへと向かって行った。
 そのアルファワンは、ブラボー〇二とスカイグラスパーからの攻撃でバルトフェルド機に近付けずにいた。そこへバルトフェルドのバクゥが襲い掛かった。

「まずいっ!」

 徐々に削られるアルファワンを助ける為に、キラは移動しながらばらまき気味に一二〇ミリ対艦バルカン砲のトリガーを押し込んだ。
 その甲斐もあって、バルトフェルド機、ブラボー〇二両機は距離を取り始めた。
 取り囲まれたアルファ〇一が、ブラボー両機の攻撃を回避しながら回線を入れて来た。

『――アルファ〇三、目標変更だ! 頭数を減らす為にブラボー〇二を先に叩き潰す。隊長はその後だ!』
「援護します!」
『頼む!』


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 キラが答えると同時にアルファ〇一は、ダメージが多く残るブラボー〇二へと機首を向けて反撃に出た。だが、そうはさせまいとバルトフェルド機が後ろから襲い掛かろうと動きを見せる。
 ストライクは移動しながら一二〇ミリ対艦バルカン砲を放ち、手にしている対装甲散弾砲を分離させると左手に三五〇ミリガンランチャー、右手に九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルを握らせ、引き金を引いた。
 ブラボー隊の二機は、ビームよりも散弾に注意するように逃げ回りながらアルファ〇一を追い詰めて行く。それはアルファ〇一に接近してしまえば、ストライクは三五〇ミリガンランチャーを撃てないと分かっていての行動だった。
 キラからすれば、余りに接近されれば三五〇ミリガンランチャーも一二〇ミリ対艦バルカン砲も味方を傷付けるだけの武器でしかない。

「接近されすぎてる!これじゃ巻き込むだけだ!」

 キラは顔を顰めて吐き捨てた。しかし、その間もアルファ〇一は攻撃に晒されているのだから、何もなしない訳にはいかない。ストライクはスラスターを噴かし、ビームを撃ちながらアルファ〇一に当たらない角度を探る。
 バルトフェルドに比べればブラボー〇二の動きは鈍い。アルファ〇一の側面に回ると、徐々に囲いが崩れ始めているのが見て取れた。
 キラはすかさず牽制のビームを放つと、ブラボー〇二は大きくバルトフェルド機の方へと回避する。上手い具合にブラボー両機が画面上で重なる。

「そのまま後ろに跳んでっ!」
『――おうっ!』

 思い切りキラが叫ぶとアルファワンが一気に後方へと跳ぶ。それと同時に三五〇ミリガンランチャーと一二〇ミリ対艦バルカン砲のトリガーを押し込んだ。
 マーカーはブラボー〇二の撃墜を示していたが、バルトフェルド機は瞬時に反応し、辛くも難を逃れていた様で大きく回避して行く。
 キラはすぐにバルトフェルドの駆るバクゥに目で追った。

「残りはあの人とスカイグラスパーだけだ!」
『――くそっ! やられた!』
「えっ!?」

 キラが思いも寄らぬアルファ〇一からの通信に目を剥くと、上空をスカイグラスパーが飛び去って行った。

「スカイグラスパー!? トールが撃墜したの!?」

 トールの事を失念していた訳では無い。だが、誰もが、そしてキラ自身も新米パイロットのトールの事を甘く見過ぎていた。
 ブラボー隊のバクゥ二機だけに気を取られずに周囲の状況を把握すれば、余裕の無いアルファ〇一に変わって対応も出来たはずなのだから完全に自分のミスだ。しかし、こうなってしまった以上、何を言っても始まらない。アルファ隊で残っているのは自分だけなのだから。
 キラは唇を噛むとバルトフェルド機へとストライクを向けた。


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 眼下のモビルスーツ達を追い越すと、トールは回避行動に入りながらコンソールへと目を向けた。
 そこには仮想敵であるアルファ〇一の撃墜を知らせる赤い文字で表示されている。

「やったぜっ!」

 演習とは言え、実機で初の撃墜にトールは思い切り喜びの声を上げて、拳を小さく握った。
 昨日の結果が散々だっただけに、その喜び様にムウは苦笑いを浮かべた。だが、まだ演習が終わった訳では無い。

「その調子だ。だが、まだ終わっちゃいないんだ。いつまでも喜んでないでストライクを追いつめろ」
「はい!」

 戒める言葉をムウが掛けると、トールは声を大にして顔を引き締めた。
 操縦桿を倒し、機体を大きくロールさせながら機首をストライクの方へと向けていると、コックピットにバルトフェルドの声が響いた。

『良くやってくれた。引き続き援護を頼むぞ!』
「了解!」

 元は敵将とは言え、この演習では味方であり、あの砂漠の虎からのお褒めの言葉だ。トールは嬉しそうな顔を再び浮かべるが、すぐに表情を切り替えてバルトフェルドに応答する。
 一機を撃墜した事で、多少なりとも自身が付いたトールはストライクに鋭い視線を向ける。撃墜する気が満々の様だ。
 ムウにもその気が伝わったのか、ストライクを落とす為の新たなアドバイスを伝える。

「ストライクの動きを良く見ろ。いつまでも動いている訳じゃ無い。必ずどこかで動きが止まる。その瞬間を狙え!」
「分かりました!」

 トールは大きく頷くとバクゥを追うストライクへと機首を向け、まだ未熟な子鷹が獲物の追撃に入ったのだった。


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 ブリッジから見る限り模擬演習は順調に進んでいた。その中、喜ばしい誤算と言えばトールが乗るスカイグラスパーがバクゥを一機撃墜した事だ。
 モニターに映る機体を見たマリューが棚牡丹的誤算に目を丸くしながら喜ぶ。

「撃墜するなんて予想以上ね」
「ムウが後ろで指示しているとは言え期待以上だ。それにしてもストライクの動きが鈍く感じるな。キラはどうしたと言うんだ?」
「アンドリュー・バルトフェルドを相手にしてますし、その所為ではないでしょうか。……アムロ大尉、ヤマト少尉への指示は良いのですか?」

 マリューの喜びを余所に、キラらしからぬストライクの挙動にアムロが眉を顰めると、ナタルがそのフォローをしながらも聞き返して来た。
 恐らくこのブリッジにいる誰もが、バクゥ二機を撃墜しているストライクの動きが可笑しいとは感じてはいないのだろう。感じているとしても、ナタルの言う様にバルトフェルドを相手にしている事や、いつもより武装重量が増している事を理由にするはずだ。
 だが、アムロはその動きからキラに覇気が欠けているのではないかと感じ取っていた。勿論、理由などは分からないのだから仕方が無い。
 ナタルに対して、アムロは軽く首を振って答える。その表情は芳しい物では無い。

「……いや、この状況で指示は出すべきでは無いだろう。それにこう言う状況に慣れておかなければ、生き残る事も出来なくなる。どうあれ、この状況は次への良いステップになるはずだからな」
「しかし、言わば両軍エースを相手にしているのと同然で余りにも不利です。少しくらいアドバイスがあっても良いと思うのですが」
「キラはセンスは良い物を持っている。ストライクの性能を考えれば、そう簡単にはやられる事は無い。それに戦っている最中にアドバイスをして、欠点の見えない戦い方をするよりは、全て洗い出してからの方が修正がしやすい」
「確かにそうですが……」

 アムロの言い分に、ナタルは言葉尻を窄めた。

「それに自分の間合いで戦っていない」

 モニターに映し出されるストライクの姿を見ながら、アムロが呟く様に言った。
 その言葉がキラが得意とする距離を示す物なのか、はたまたストライクの武装を指しているのか、図りかねたナタルは聞き返した。

「……間合いですか?」
「キラ自身が気付いて無い様だが、近距離になるほど判断力、動き共に良くなって行く傾向にあるからな」
「なるほど……。ヤマト少尉は近距離戦が向いていると言う事ですか。ナチュラルには無いコーディネイターの身体的能力で、それを可能にしている……と、言う事ですね?」
「恐らくそうだろうが、コーディネイターと言う事を差し引いても、特に反応速度は相当な物だ。それも動体視力が良くなければ対応しきれない。パイロットの素養は十分に兼ね備えている」

 どちらの間合いかを理解したナタルが頷いて、再度、聞き返して来ると、アムロはモニターに厳しい視線を向けたまま、その問いに答えた。
 二人の遣り取りを見ていたマリューが、恐る恐るアムロに声を掛ける。彼女から見れば不機嫌そうに見えるのだろう。

「あの……アムロ大尉、もしかして怒ってます?」
「いや。……今のストライクは火器に頼り、精彩さに欠ける動きをしている。キラは集中しきれていないのかもしれない」
「でも、キラ君は既に二機を撃墜してるし、そんな風には見えないんですけれど?」

 思わぬ問いにアムロが顔を向けて首を振って見せると、マリューは現状での撃墜数を持ち出して引きつった様な笑いを浮かべた。

「確かに戦場では撃墜数が持て囃されるが、パイロットとしてはそう言う事が問題では無いのさ」

 アムロはそう言って軽く息を吐くと、再びモニターに目を向けた。


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 目の前を縦横無尽にバクゥが走り回り、背後からはスカイグラスパーが襲い掛かる――。
 そんな状況の中、キラはバルトフェルド機とスカイグラスパーからの追撃をなんとか凌いでいた。

「――くっ!」

 キラの口から苦悶する声が僅かに零れた。
 ここまでトールが残るとは思いもしなかった。それもムウの力あって事なのだが、スカイグラスパーが狙われると、すかさずバルトフェルドがフォローに入る為に、一対一の状況に持ち込む事すら叶わない。
 いつもと違う何かに違和感を感じながらも、その確信が見えないキラは、ブラボー隊両機に息を吐く暇すら与えられず追い詰められ、焦りが沸々と大きくなって行く。
 そんなキラを尻目に、痺れを切らしたバルトフェルドがストライクに回線を開いてきた。

「――キラ・ヤマト少尉、いつになったら本気になってくれるんだ?」
「えっ!? なっ、なんなんですか!?」

 突然、届いたバルトフェルドからの通信にキラは戸惑った。だが、そんなキラを余所にバルトフェルドは苛ついた様子で唸った。

「君は俺を舐めているのか!?」
「こんな時にふざけないでください!」
「ふざけているのは君だろう? 演習だと思って舐めてもらっては困るな。こっちは勝負を挑んでいるんだぞっ!」
「舐めてなんていませんよっ!」

 バルトフェルドの怒鳴り声に対し、キラも同様に息を巻いた。
 両者は睨み合いながらも機体を動かし続ける。そこへスカイグラスパーが割り込むが、ストライクは機体を小刻みに揺り動かして回避して行く。

「……ほう。その割には相手を殺そうって気が感じられないんだがな。君は火力と性能を頼りに当て回っているだけだろう? 期待外れだな」
「期待外れとか殺すとかって、演習なんですよ!?」
「……そうだな、キラ・ヤマト君。君は空砲で人が殺せると思うかい?」

 顔を引きつらせて怒鳴り返すキラに向かって、バルトフェルドは少しばかり押し黙ってから聞き返した。

「何を言ってるんですか!?」
「良いから答えろっ!」
「空砲で人が殺せる訳無いでしょう!」
「……フッ。それならば、その答えを俺が教えてやる! 死にたくなければ、死に物狂いで掛かって来い!」

 キラの返答に、バルトフェルドは鼻で笑うと表情を更に険しくさせて操縦桿を押し出した。バクゥがストライクへ突進して行く。
 こうしてストライクが長らえてられるのは、今までの訓練とPS装甲のアドバンテージがあってこそではあるが、この状況ではそうも言ってられなくなって来た。

「それならこっちだって!」


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 キラはコンソールパネルのスイッチを押すと、右肩のガンランチャーをパージし、機体重量を軽くする事を選択する。
 それに伴いバッテリーが一つ減った事でエネルギーゲージが激減するが、それに見合うだけの機動性を取り戻し、エールストライクとしての性能を発揮し始める。だが、ビームを撃ちすぎた事もあって、そう長くは持たない事は目に見えている。
 ストライクは機動を止める事無く動き回る。右肩から外されたガンランチャーは落ちると同時に砂を舞上げた。

「パーツを外す事で機動性を上げたか! ――ちっ!?」

 バルトフェルドが吐き捨てると同時に、ストライクが左手に構えた三五〇ミリガンランチャーの銃口が瞬く。
 バクゥは機体を跳ね上げ大きく横へと跳ぶが、完全には回避しきれなかった。

「……避けきれなかったか。散弾なんて厄介な物を使われたんじゃ堪らんな」

 コンソールを一瞥したバルトフェルドは愚痴りながら、そのまま回避行動に入った。

「落とせなかった!? ……でもダメージは与えたんだ、もう少し!」

 バクゥを撃墜しきれなかったキラは、自分に喝を入れて追撃に掛かろうとしたが――。

「えっ、またスカイグラスパーがっ!? しつこいよ、トール! ……離れて戦って狙われるなら、離れなければ良いんだろっ!」

 連携しながら襲い掛かるスカイグラスパーに苛立ちを隠そうともせず、キラは操縦桿を前へと押し込むと、ストライクは砂を巻き上げてバルトフェルド機へと突っ込んで行く。
 エネルギーの残りが少ない以上、キラは一気にケリを着ける事で勝負に出る。

「接近戦を仕掛けて来るのか!? ようやくエンジンが掛かった様だな、望む所だ!」

 近付いて来るストライクに、バルトフェルドは少しばかり嬉しそうな顔を浮かべると、バクゥは機体を左右に振りながらストライクへと接近して行った。
 その二機の様子を上空から見ていたムウが、トールに指示を飛ばす。

「接近戦か!? トール、側面から侵入してストライクの動きを止めろ! 虎には当てるなよ!」
「はい!」

 トールは返事をすると同時に操縦桿を倒すと、二〇ミリ機関砲のトリガーに指を掛けた。
 スカイグラスパーがストライクの右側面から低空で侵入して来る。

「横から!?」
「このタイミング、鷹の指示か!? やるな!」

 横から進入して来るスカイグラスパーに、キラは顔を顰め、バルトフェルドは感心した様に口の端を微かに吊り上げた。
 これ以上長引けば、ストライクはいつフェイズシフトダウンしても可笑しくは無い。切羽詰まった状況に、キラの闘志と言う名のエンジンがフル回転する。


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「それなら――」

 キラは左右の操縦桿を同時に反対に滑らすと右のフットペダルを踏み込む。ストライクのスラスターが唸り、右脚が砂の大地を蹴った。

「――同時に!」

 ストライクは瞬時に旋回しバクゥの左側へと回り込むと同時に、左手に持たせた三五〇ミリガンランチャーを捨てビームサーベルを握る。
 バルトフェルドはサーベルのスイッチに指を掛け、まるで子供の様に無邪気な表情を見せた。

「その程度で――」

 バクゥの前後左脚で砂地を叩くとスラスターをフルに使い、低い姿勢から機体をねじ曲げる様にして、ストライクがライフルを握る右手側、懐へと飛び込む。
 ストライクが右手に持った、九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルは正面に捉えたスカイグラスパーへ、左手のサーベルはバクゥへと向かって行く。

「――いけーっ!」
「――落とせると思うなっ!」

 バクゥとストライクが交錯する――。
 ストライクはサーベルを振り抜いた状態で動きを止め、鮮やかなトリコロール色が抜け落ち灰色へ変色して行く。
 一方、バクゥは両前脚を軸に機体を反転させてストライクの背中にビーム砲とミサイルを向けた状態で停止。その上空をスカイグラスパーが追い越して行った。
 ストライクのコンソールパネルが真っ赤に染まり、バイザーに鈍い光となって反射する。

「あっ……撃墜……され……た!?」
「……なあ、キラ・ヤマト少尉。ここで撃てばどうなると思う?」

 動揺したキラの口から僅かに言葉が零れると、コックピットにバルトフェルドの声が木霊する。
 キラは顔を恐る恐る後ろに向けると、バクゥは既に攻撃出来る体勢になっていた。

「……君は運が良い。今回はミサイルもレーザー照射だったからな。模擬弾を積んでいれば、この距離であれば、どうにかなっていただろうな」
『――演習終了。各機帰艦せよ』

 ストライクは機体をゆっくりとバルトフェルドの乗るバクゥへと向ける。スピーカーからはチャンドラが演習の終わりを告げていたが、キラの耳にはバルトフェルド声以外は届いていなかった。
 そんなキラを余所に、バルトフェルドはお構いなしに言葉を続けた。

「まあ、最後のは満足出来る動きだった。それまでは余裕をかまされているのかと思ったんだがね」
「そんな余裕なんてありませんよ!」
「まあ、やられた事で不機嫌なのは分かるが、そう噛みついてくれるな。君は素晴らしいパイロットに――」
「――嫌味ですか?」


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 撃墜されたのは明らかに自分のミスであり、行き場の無い怒りに駆られたキラは唇を噛みながら、それをバルトフェルドにぶつける他無かった。
 バルトフェルドは、キラの怒りが自分に向くのは仕方が無いと納得すると、僅かばかりの苦笑いを浮かべて肩を竦ませた。

「……どうとでも取ってくれてかまわんさ。だがな、前にやった時とは明らかに違っていた。大方、君は実戦じゃないばかりに実感を持てずに戦っていたのだろう?」
「っ! ちゃんとやっていたじゃないですか! ……僕は戻ります」
「図星だったかな?まあ、僕の部下ではないんだから好きにすれば良いさ。だが、同じパイロットとして率直に言わせてもらう。そんな気の持ち方では、いずれ死ぬ事になるぞ。歌姫が泣く姿が頭の中に思い浮かぶ」
「あなたは何が言いたいんですか!?」
「どんな戦場であろうと、生きて帰れるなど約束された場所は無い。それは演習場であろうと同じだ。怒りをぶつけるのは構わんが、これから先、死にたくなければ肝に銘じておくといい」

 演習中に渦巻いていた違和感の正体を指摘された事で、更に怒りを募らせたキラだが、バルトフェルドの言葉に頭を殴られた様な思いがした。
 自分はそのつもりは無くとも、人が死なないと心が気を抜いていたのかもしれない。そんな安堵感が心を支配していたにしても、やはり撃墜されたのは自分のミスであり、怒りを向ける矛先が違う事を悟った。
 ヘルメットを脱ぎ、首を大きく振ったキラは、息を吐くとバルトフェルドに言った。

「……次は必ず、どんな戦場だろうと勝ってみせます」
「そうか……期待しているぞ。だが負けるつもりなど無いからな」
「僕だって絶対に負けられないんです。暴言を吐いた事は謝ります。済みませんでした」
「いや、別に構わんさ」

 キラの謝罪をバルトフェルドは軽く応じると、二機は背を向け、それぞれの帰るべき場所に向かって歩き始めた。

「あっ!」
「ん?」

 揺らめくモニターを見詰めるキラが、何か思い出した様に声を上げると、バクゥが動きを止めた。
 ストライクがバクゥに背を向けたままの状態で、キラは声を掛ける。

「あの……アンドリュー・バルトフェルド隊長。良いですか?」
「何かな、キラ・ヤマト少尉?」
「さっき言ってましたよね。……本当に空砲で人が殺せるんですか?」
「その事か。物にも因るが、かなりの至近距離ならば、空砲と言えども馬鹿には出来んのだよ。憶えておくと良い」
「はい」

 バルトフェルドの言葉にキラは頷くと、再びストライクをアークエンジェルへと向かわせる。
 演習を終えた安堵感など、キラの心中には全く無い。ただ、悔しさに操縦桿を握る手が震えるだけだった。


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 演習の一戦目を無事終え、アークエンジェルのブリッジを安堵の空気が覆う。
 全員が息を吐く中、チャンドラが機体の帰艦を知らせる。

「――ストライク、スカイグラスパー帰艦しました!」
「ブリッジに上がる様に伝えて」
「ストライクのデータは?」
「機体データの抽出は今からなんで、まだ無理です。とりあえず、表示してなかった演習中のストライク、スカイグラスパーのオンラインのデータをスクリーンに出します」

 マリューが指示を出す中、ナタルに声を掛けられたトノムラは、ストライクとバクゥの交錯するシーンが映し出されるメインモニターの片隅にデータを表示させた。
 データを照らし合わせながら、演習のリプレイを眺めるナタルが溜息を吐く。

「ストライク、スカイグラスパーともに撃墜か……」
「でも二人とも良くやったわ」
「ええ」
「コンマ五秒差か。最後の動きは良い物だったが、サーベルを持つ手が右手ならば、少しは結果が違っていたかもしれないな。だが、負けるべくして負けたと言った所だ」

 ナタルとマリューが遣り取りをしていると、アムロは険しい表情を見せながら言った。
 実際、ストライクの攻撃はスカイグラスパーを完璧に撃墜し、バクゥの腰にビームサーベルを突き立てていた。だが、その前にバクゥのビームサーベルがストライクのコックピット部分を通過していた。
 本来なら相打ちに等しいが、箇所が箇所だっただけにバクゥの撃破と言う記録には至らなかったと言う訳だ。しかし、負けは負けである。
 モニターに目を向けるアムロに向かって、ナタルは少しばかり驚いた顔で聞き返す。

「……結果が違っていたかもしれないと言うのは、……それは本当ですか?」
「ああ。結果論ではあるが、始めから普段の動きなら相打ちには出来たはずだ。あえて敗因を上げるなら、サーベルを左手に持った事だろう。経験の差が出たと思えば良い」
「……でも、これって凄い事よね?」
「……はい。アンドリュー・バルトフェルドを相手にですから」
「ここまでやるなんてね……」
「詰めは甘かったが今のキラなら、エースクラスを相手にしない限り、負ける事は無いはずだ」

 アムロの言葉に、マリューとナタルは再び目を丸くした。
 今回は負けたとは言え、ヘリオポリスからこの地に来るまでの短期間で、キラはエース相手に善戦にするまでに成長し、更にアムロのお墨付きが出たのだ。二人はどんなに心強く思えただろう。

「ここまで成長しているとは正直、驚きました」
「射撃にしても良い物は持っている。いずれはエースパイロットになるだろうが、しかしあれではな……」
「……アムロ大尉?」
「いや、なんでもない」


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 言葉尻を濁したアムロにナタルは顔を向けるが、等の本人は険しい表情のままで首を振るだけだった。
 そこへCICを通じ、格納庫へと指示を飛ばしていたマードックが戻って来た。

「それはそうと、次は敵の数を増やしたいですね」
「どうしてだ?」
「大尉さんは初めて違う系統のストライクを使うっても、同じガンダムなんでしょう? そう簡単に落とされると思えないですから。せっかくならデータを溜める為にも、敵の数を増やしたいんですよ」

 ナタルが聞き返すと、マードックは『違う系統』と言う言い回しを使い、他のクルーにνガンダムが違う世界で造られた事を悟られない様にぼかしながら答えた。
 その事で少しばかり溜息を吐いたアムロが、顔を向けながら言う。

「同じガンダムか……。買い被り過ぎだぞ、マードック」
「そんな事は無いですよ」
「でも、データが必要なのは事実なのよね。後々、ストライクが量産化される事になれば、連合に取ってはアムロ大尉とキラ君のデータは大きな財産になるわ。サンプルは多いに越した事は無いわね」
「ええ、私もそう思いますが……」
「……あの、アムロ大尉。無理を承知でお願い出来ませんか?」

 ナタルがいつもと様子の違うアムロを気にしながらも同意すると、マリューは真面目な顔で頼み込んで来た。だが、先日の共同戦線時の様な重苦しい雰囲気は感じられない。
 艦長であるマリューの言う事もアムロには理解出来た。それに何より、今こうしてアークエンジェルに居られるのも、アムロの素性を信じ、八方手を尽くしてくれたマリューやナタル達を始めとする、クルーのお陰でもあるのだ。
 世話になった以上、アムロとしても無下に断る訳にも行かない。

「……分かった。落とされても文句は言わないでくれよ」
「ええ、勿論です」
「みんなには世話になっているからな。借りを返せるならば良い機会だ」
「借りだなんて……。いつも守ってもらっているのに、ご無理を言って済みません」

 アムロの言葉にマリューは恐縮しながらも、自分の頼み事に苦笑いを浮かべて見せた。
 先日、ムウとの遣り取りが引き金となり、深く悩むのを止めたマリューは、頼れる物は頼ると言う姿勢を実行していた。その辺りが如実に出て来ているのを、マリュー自信も自覚しているからこそ、逆にこうして苦笑いを浮かべていられるのだ。
 こうした事もあって、周囲とのバランスを取る役目が増えたナタルだが、アムロに対しては本人も気付かぬ感情が入り混じった視線を向ける。

「……私はアムロ大尉なら、ストライクを使いこなせると思います。しかし、ご無理はなさらないでください」
「ああ。俺もやれるだけやってみるさ」

 ナタルの感情に薄々気付いていながらも、その他の事もあってアムロ自身、踏み切れない部分があるのだが、今は力強く頷いて見せた。
 砂漠の太陽は傾きを見せつつも、陽射しは未だに衰える事は無かった。


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 レセップスの格納庫は、バルトフェルドが勝利した事で歓喜に溢れかえっていた。
 それも砂漠での初戦で煮え湯を飲まされ、死んで逝った仲間の弔いもこれで出来たと言う意味も含まれての事だ。

「隊長、お見事でしたね」
「一つ間違えれば、こっちがやられていたかもしれん。だが、勝ちは勝ちだ。次も気を引き締めて行くぞ」

 バルトフェルド自身、その空気を押し潰し、士気を下げるつもりは毛頭無い。指揮官らしく整備兵の声に応えて見せると、再び格納庫は歓喜の声で溢れる。
 その中、アイシャがこの演習の立役者であり、パートナーでもあるバルトフェルドを出迎えた。

「お疲れ様、アンディ」
「ああ」
「マーチン君が、あれの準備は大丈夫だって」
「そうか。これでようやく客人に持て成しが出来るな」

 アイシャが屈託の無い笑みを見せると、バルトフェルドは軽く頷いた。
 停戦協定があるとは言え、アークエンジェルはラクス・クラインの命を救った恩人であり、それなりの持て成しをする予定でいたのだが、色々とありここまで出来ずじまいだったのだ。しかし、実際の所は、バルトフェルドの個人的意向が大きいのは言うまでも無い。
 第二戦目までにはまだ時間がある為、二人は格納庫を離れるべく肩を並べて歩き始めた。

「それにしても、少し不満そうに見えるわよ」
「あの少年は前に比べると動きが違ったからな。まあ、最後はヒヤリとさせられたがね」
「フフッ、欲張りね。でも、ああ言う子、好きでしょう?」
「ああ。あの少年は強くなる。先が楽しみだよ」

 楽しげに尋ねるアイシャに、バルトフェルドは薄く微笑んで見せた。
 バルトフェルド自身、キラが気を抜かずに始めから戦っていれば、また違った展開になっていただろうと想いはしたが、アイシャがその思考を打ち切る様に、第二戦目で対戦するパイロットの名を口にした。

「次はアムロ・レイね」
「……だがνガンダムではなく、ストライクなのだろう? コーディネイターが乗っていた機体にナチュラルが乗り換えて、どこまでやれるか疑問が残る所だ。まあ、あれだけのパイロットだ。何とかしてしまうんだろうがな」
「向こうは自信あるみたい。味方の機数減らしても良いから、敵機を増やしてくれって」
「ほう……」

 思わぬ要求にバルトフェルドは目を細めると、足を止めて格納庫を見渡す。
 レセップスの格納庫には、演習を終え整備を受けるバクゥの他に、ハンガーには砂漠仕様のジン・オーカーが収まっている。
 ――あの強さは底が知れんからな……。確かめるには良い機会か。
 相手は初見となった戦いで、自分の隊をあそこまで苦しめたアムロ・レイの、真の能力を、バルトフェルドは純粋に知りたいと思った。

「これはザウートやジンを投入して、頭数を増やす以外に無いかな?」
「ラゴゥがあれば一緒に戦えたのにね」
「修理が間に合わなかったのが残念だ。アイシャの腕があれば百人力なんだがな」
「私も出るわ」

 参戦意思を示すアイシャに、バルトフェルドは一瞬、呆気に取られるが、彼女が使うのに見合うだけの機体が無いのだ。

「……嬉しいが機体がな――」
「――私はガンナーよ。後ろからでもパートナーの援護くらいは出来るわ」

 アイシャはバルトフェルドの言葉を遮り、自信に満ち足りた微笑みを湛えて見せた。
 その有無を言わせぬ彼女の雰囲気に、バルトフェルドは思わず苦笑いを浮かべると頷き、参戦を了承したのだった。


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 ムウはブリッジの壁に凭れ掛かりながらドリンクを一口啜ると、隣に立つアムロに小声で囁いた。

「……なあ、アムロ。キラの動き、可笑しくなかったか?」
「……やはりそう見えたか」
「ああ。まあ、最後は良かったけどさ。散漫って言うか、ギアが噛み合ってないみたいな感じに見えたな」

 不機嫌そうなアムロの表情が更に険しくなると、ムウは静かに頷いて喉を潤した。
 そのキラはトールと共に肩を並べ、艦長であるマリューから労いの言葉を頂戴し終わる所だった。

「――次も期待してるわ」
「「はい!」」

 二人は返事と共に敬礼をすると、マリューの元を離れた。
 息を吐いたアムロは、その場からキラを呼び付ける。

「キラ、来い」
「はい」

 駆け寄ったキラは、アムロの表情を見て何事かと思いながらも背筋を伸ばした。
 アムロの隣にいるムウは、ただ淡々と事の成り行きを見守っている。

「ストライクの動きが鈍く見えたが、どう言う事だ?」
「あれは……」
「気を抜いたか?」
「……はい」

 アムロの射抜く様な鋭い視線に、キラは視線を床へと落とした。
 見抜かれた事が悔しいのでは無い。そんな気の緩みを持ちながら戦ってしまったのが情けなかった。

「それは褒めらた事では無い。理解しているか?」
「……あの人からも言われました。本当の戦いじゃないって思ったら……。反省してます」
「理解してるんだな。それなら今から修正をする」
「修正……ですか? 一体なにを……?」
「歯を食いしばれ」
「えっ!?」

 今までアムロはキラに対して、一度足りとも手を上げた事は無い。そのアムロが殴ると言うのだから、キラは驚くばかりだった。
 そんなキラに向かって、アムロは厳しくも淡々と言い放つ。

「この先、キラ自身が死んで悔いが無いのなら、俺は修正をしない。だが、キラが今のままでストライクに乗り続けるつもりならば、拒否してでも殴るつもりだ」
 「……ぼ、僕は、ストライクを降りるつもりはありません!」

 キラはアムロの言葉に愕然とする。今まで努力して来た事が無駄になり、守りたいと思っていた物が守れなくなるかもしれないのだ。キラは必死に首を振って見せた。


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「そうか。覚悟はいいな?」
「はい。……お願いします」

 静かにアムロが聞き返すと、キラは頷いて奥歯に力を込めた。そして次の瞬間、ブリッジに殴る音が響いた。

「アークエンジェルが生き残れるかどうかは、ストライクの働きが大きく関わっている。生き残るつもりがあるのなら、どんな状況だろうと気を抜くな!」
「済みませんでしたっ!」

 アムロの怒声が飛ぶと、キラは腹の底から声を出して頭を下げた。
 ゆっくりと頭を上げたキラは、再び目をアムロへと向けると、既に顔から険しい物が消えている事に気付いた。その顔付きから、殴りたくて殴った訳では無い事が痛いくらい理解出来た。
 そしてもう一つ、ある事に気付く。全員の目が自分に向いていた事だ。
 キラはバツが悪そうに顔を背けるが、アムロがその肩を優しく叩くと、全員に向かって口を開いた。

「騒がせてしまって済まなかった」
「……済みませんでした」
「……次は気をつけてね。みんな、気を引き締めて行きましょう!」

 アムロに続き、謝罪をしたキラにマリューが優しい表情を向けると、そのまま全員に呼び掛けた。すると、その声に応じ、クルー達は表情を引き締め「了解」と言って、それぞれの持ち場へと戻って行く。

「キラ、冷やしてこい」
「いいえ。先にストライクの調整をしなくちゃいけないですから、後からでいいです」

 口元を冷やす様にアムロが促すが、修正を受けたばかりのキラは生真面目に自分のするべき事を優先する。
 その二人の遣り取りを見ていたナタルが歩み寄り、ハンカチを差し出した。

「……ヤマト少尉、これを使え」
「えっ!? でも……」
「口元に血を残しておく訳にはいかないからな。気にせずに使うと良い」

 笑みこそ浮かべはしないが、ナタルの口調は姉の様に限りなく優しかった。

「……バジルール中尉、ありがとうございます」

 キラはハンカチを受け取ると口元に当て、ストライクの調整の為に格納庫へと向かって行く。
 少しずつ強く大きくなって行く少年その背中を、大人達は温かく見守るのだった。

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