人工の夕日が街を赤く染め上げ、まるでこの場所がコロニーの中である事を忘れてしまうかの様な光景が広がっていた。
ベランダでたたずみ夕景を眺めるフレイは溜息を零すと呟く。
「……本当、アスランどうしちゃんったんだろう」
「分かりません。イザーク達にも聞いてみたんですが、さっぱりで……」
「……あんな事があった後だし、心配だわ」
「……ええ」
フレイの隣にやって来たニコルはその顔に残る傷を包帯隠してはいたが、病室でアスランに向かって吐いた暴言の事もあって、後ろめたさから声を落としながら頷いた。
いくら連絡をしてもアスランへは繋がらず、思い立って仲間達に聞いてもその行方を掴む事は出来なかった。
冷静になってみれば病室で吐いた言葉は正しかったのか、ニコルは自信が持てずにいたが、あの時はああ言う他無かった。だが、その後にフレイがアスランを慰めており、例え立ち無くともアスランの性格からして何も言わずに姿を消すとは思えなかった。
「二人ともここにいたのか。お茶にしよう、下に下りておいで」
後から突然声を掛けられたニコルは、思考を中断してフレイと共に振り返る。そこには自分の父であるユーリ・アマルフィが穏やかな表情を湛えて二人が来るのを待っていた。
「あっ、はい。……そうだ父さん、アスランがつかまらないんですけど、何か知りませんか?」
返事をしたニコルは、評議会議員である父ならば何か知っているかも知れないと思い、アスランの行方を尋ねた。
息子の言葉を聞いたユーリは、父親らしい表情で真面目に聞き返した。
「アスランがつかまらない?……一体どう言う事だい?」
「えっと、アスランが全然見つからないんです。ニコルがお友達に聞いたりしたんですけれど……、それでも全く駄目で……」
「流石に私にも分からないな……」
フレイが問いに声を沈ませながら答えると、この事に関して何も知らないユーリはただ首を横に振るだけだった。
それでも諦められない様子のニコルは、無理を承知の上で言ってみた。
「あの、アスランのお父さんなら何か知ってると思うんですけど……」
「……ザラ国防委員長は厳しいお方だからな。聞いても無駄だと思うぞ」
「父さん、お願いします!僕、アスランに酷い事言ってしまって……」
「あの……、私からもお願いします!アスランが心配なんです!」
ユーリは困った様な顔を見せて答えると、ニコルは必死に頭を下げて頼み込んだ。それを見たフレイも同じようにユーリに向かって深く頭を下げた。
「二人とも……。待っていなさい」
頭を下げ続ける二人を見てユーリは、少しでも親らしい事をしてあげたいと思ったのか、ゆっくりと口を開くと踵を返して部屋の中にある電話の元へと歩いて行った。
派閥が違い忙しい身のパトリックに私用電話など掛けた事など無く、まともに取り次いでもらえるかさえ怪しいが、これも愛する子供達の為なのだと割り切って受話器を手にした。
「……申し訳ありません、プラント最高評議会議員のユーリ・アマルフィです。パトリック・ザラ国防委員長にお繋ぎいただけますか?……はい、お願いします」
数回のコールの後に電話が繋がり、ユーリは落ち着いた様子で用件を伝えると、受話器の向こう側から待つ様に言われ電話越しに軽く頷いた。
『パトリック・ザラですが、突然どうしましたかな?』
一分程待つと耳に押し当てた受話器から、落ち着いた低い声が聞こえて来た。
「お忙しい所を突然、申し訳ありません。……ご子息のアスラン・ザラ君の事で少々、お聞きしたい事がございまして」
『……アスランの事で?』
「ええ。うちの息子がご子息の事を心配しておりまして、八方尽くしても見つからないと……」
『うちの馬鹿息子にも心配してくれる友が出来るとは……』
「ニコルはご子息に良くして頂いておりますゆえ、兄の様に慕っておりますから……」
『良いご子息をお持ちで……。ありがとうございます。父として息子に成り代わり感謝致します』
何か思う所があるのかパトリックの声が静かに響くと、ユーリは国防委員長も人の親なのだと心を緩めた。
議長であるシーゲル様に評議会以外で接する機会が多くないパトリックに対して、派閥が違う事もあり色眼鏡を通して見ていた事は事実ではあるが、言動を見る限りパトリック・ザラと言う人物に抱いていた偏見は間違いなのではないかとユーリは思い始めていた。
「いいえ、アスラン君程では……。ああ、それでですが、そのアスラン君は?」
『軍規上の事ゆえ詳しくはお教えする事は出来ませんが、数日中にそちらにお伺いする事になるはずです。ご子息には心配なさる必要は無いとお伝え頂きたい』
「分かりました。息子にはそう伝えておきます。お忙しい所を申し訳ありませんでした」
パトリックの言葉に納得するとユーリは電話越しに軽く頭を下げて礼を言った。
そこで会話も終わるかと思ったがそんな事は無く、パトリックの声が再び受話器から聞こえて来る。
『いいえ、構いません。それでですが、プラントの未来を案ずる者として腹を割ってあなたと話してみたいと思っているのですが、いかがですかな?』
「ええ、私はかまいませんよ」
『そうですか、それは有り難い。後ほど秘書官に連絡させますゆえ、都合の良い時間をお伝えいたたきたい』
「分かりました、お電話をお待ちしています。それでは失礼します」
受話器を置いたユーリは軽く息を吐くと、予想もしなかった展開を良い機会だと思う事にして二人の子供達の元へと歩いて行った。
「二人とも、どうやらアスランは軍務で連絡が取れない様だが、何日かすればここに来るらしい。ザラ委員長が心配する必要は無いと言っていたよ」
「そうですか……」
「良かった……」
アスランの無事を知ったニコルとフレイは、心底安堵した表情を見せた。
二人を見てユーリは微笑むと、付け加える様に口を開く。
「それから、アスランの身を案じてくれる友達がいる事を喜んでいたよ」
「アスランのお父さんがですか!?」
「ああ」
ニコルとてパトリックの厳しさをアスランから聞いている為、予想外の言葉に目を丸くして聞き返すとユーリは楽しそうに答えた。
この一本の電話が、後にパトリックとユーリの距離を近付ける事になろうとは誰も知る由も無い。
薄暗い執務室でユーリ・アマルフィとの通話を終えたパトリックは、受話器を置くと呆れた顔を浮かべて背を椅子に預けた。
「……アスランめ、まあ良い。これで上手く行けば、アマルフィを取り込む事も出来よう」
ここ数日アスランの事で愚痴を零す事が増えた様な気がするが、政敵であるクライン派を切り崩す切っ掛けになるのならば安い物だと割り切った。
ましてやユーリは先日の議会でシーゲルを裏切り、自分の案に方に票を入れているのだ。自分の派閥の更なる拡大を図る絶好の機会にパトリックは笑みを湛えた。
そうしていると扉が開き、将校の一人が姿を見せる。
「失礼します」
「どうした?」
「アフリカ方面隊のアンドリュー・バルトフェルド隊長から命令撤回の要請が来ておりまして……」
地球で戦う兵士達からすれば本国勤務は喜ぶべき事で、ましてや再編で招集されるのだから完全な本来は栄転なのだから、命令撤回の要請が送られて来るとは予想もしていなかった。
クルーゼから『変わり者』と評されたアンドリュー・バルトフェルドと言う男に、心底呆れながらもパトリックは士官に言い放つ。
「……何を寝ぼけた事を。この命令は再編の一環に則って行われる物だ。今更、覆る事は無い。そう伝えろ」
「はい、了解しました」
「待て」
「はっ!?あ、何でしょうか?」
踵を返そうとしていた将校は振り返ると、馬鹿丁寧に背筋を伸ばして上官の言葉を待った。
パトリックは体を起こして鋭い目つきを見せた。
「今は下手に動かぬ様、アンドリュー・バルトフェルドに伝えろ。ラクス・クラインの命が掛かっている。絶対命令だ、いいな?」
「了解しました!」
「それから秘書官に伝言を頼む。ユーリ・アマルフィに連絡して都合の良い時間を聞いて、私の時間を空けておくように伝えておいていくれ」
「分かりました。それでは失礼します!」
将校は敬礼をすると、踵を返して光が覆う扉の向こうへと姿を消して行った。
「……全く、アンドリュー・バルトフェルドめ。何が不服だと言うのだ」
パトリックは明らかに不機嫌な顔で再び椅子に体重を預けると、しばらく無言のままで過ごし、徐にデスクの引き出しを開けた。
手にした一枚の写真に目を向けると先程とは違い、息子にも見せた事も無い柔らかい表情を浮かべる。
「なかなか上手く行かんが、いずれは……。待っていてくれ……」
亡き妻に語り掛けるパトリックは遺影を胸に抱くと、そのまま目を閉じて短い眠りに就いた。
レジスタンスを退け、一夜明けたアークエンジェルの船体に、陽射しが容赦無く照りつけていた。
ブリッジのモニターに映るバルトフェルドの顔には、疲れが見て取れた。
バルトフェルド隊は当初、レジスタンスの本拠地を強襲する予定でいたのだが、プラント本国の命令を不服に思ったバルトフェルドが、レジスタンス掃討よりも命令撤回を優先させ、交渉も自ら行った為に不眠不休になったと言うのが事の顛末だった。
当たり前の事だが、そんな理由などアークエンジェルのクルー達には皆目見当も付く訳が無い。
モニターに映るバルトフェルドからの伝達事項を、マリューは頷きながら聞いていた。
『――それでだがラミアス艦長、プラント本国に地球側の人間を保護していると知らせが来た。名前はフレイ・アルスター。そちらの事務次官のお嬢さんだそうだ』
「えっ、フレイが!?」
「知ってるの?」
スピーカーから伝えられる内容にサイが驚きの声を上げると、マリューは神妙な面持ちで聞き返した。
「はい!」
「……保護して頂いた事を感謝します。身柄の引渡しをお願い出来ますでしょうか?」
『こちらに到着するまでに、早くとも一週間程掛かるらしい。身柄は同時に交換と言う事で良いかね?』
「ええ、よろしくお願いします」
モニターに映るバルトフェルドが首に手を当てて聞き返すと、マリューは力強く頷いた。
するとブリッジの扉が開き、トールの指導を終えたムウが姿を現す。
「あー、疲れた疲れた」
『これはフラガ少佐、良く休めたかね』
「ん?ああ、良く寝させてもらったさ。そっちは不景気そうだけど、何かあったの?」
『色々とね。それで彼らは?』
「交代してそう時間が経ってないから、寝てると思うけど」
バルトフェルドの言う『彼ら』と言うのが、アムロとキラの事だとすぐに見当がついたムウは、艦長席の方へと歩み寄りながら質問に答えた。
フレイアルスターの件とは別に、何かがあったのだと感じ取ったマリューは、モニターへと顔を向ける。
「……あの、何か?」
『……どの道分かる事だ、教えておこう。不本意ながらプラント本国から我が隊に、ラクス・クラインと共に帰還しろと命令が出てね、ここでの君達との再戦が不可能になった。……はぁ。本当に本国の馬鹿どもは、つまらん事をしてくれるよ』
バルトフェルドは一度髪を掻き毟ると、本当に不景気そうな表情を見せながら最後に溜息を吐いた。
砂漠の虎からすれば、停戦終了後の楽しみを奪われたのだから、拗ねたくもなると言う所なのだろう。
そんなバルトフェルドの気持ちを知ってか、エンデュミオンの鷹は嫌味を込めてニヤケ気味に言う。
「こっちとしては余計な戦闘をしなくて済むんだし有り難いさ。それにプラント詰めならご栄転なんじゃないの?差詰め、おめでとうってとこだろ?」
『フッハハ!……まあ、そうなんだがな。……替わりの隊が来るんだ、君達もそうは言ってられないだろう。僕達は宇宙に上がるが、再戦するまで落とされてくれるなよ』
「へいへい、言われ無くても頑張りますよ」
言わんとする事を理解したバルトフェルドが額に手を当てて笑みを見せながら言うと、ムウはわざとらしく両手を軽く上げてそれに応えた。
当たり前ではあるが、ムウは元よりアークエンジェルのクルー全員が落とされるつもりなどは微塵も無い。それを感じ取ったバルトフェルドがモニター越しに小さな笑みを零すと、マリューに向かって言う。
『さて、本当なら昨晩にやる事があったんだが、それも出来ず仕舞いだったし、ゴタゴタのおかげで僕は疲れたからね。今日はここまでと言う事で、君達もゆっくりすると良い。何かあったらダコスタに言ってくれ』
「分かりました」
マリューが頷くとモニターからはバルトフェルドの姿が消え、砂漠に見える蜃気楼を映し出す。
するとブリッジのクルー達は、今の遣り取りから砂漠の虎と戦わなくて済むと分かり、皆明るい表情を見せて歓声を上げた。
そんな中、マリュー一人だけが大きく溜息を吐く姿があった。
「……はぁ」
「……おいおい、大丈夫かよ?」
「ええ、大丈夫です」
「そんな風には見えないけどな。疲れてるんだろ?」
「ええ、少しだけ。……気疲れみたいな物ですから」
顔を覗き込むムウに、マリューは誤魔化す様な小さな笑みを作って見せた。
だが短い付き合いとは言え、毎日顔を付き合わせているのだから、ムウにもその表情が心から出ていない事は理解出来る。
「心配事あるんだろう?虎の事か?それとも代わりに来る部隊の事か?」
ムウが問い掛けるとマリューは曖昧に小さく首を振って応える。だが、その表情からは気落ちしている事だけが見て取れた。
「……もしかして昨日の事、気にしてるのか?」
一つだけ思い当たる節があったムウは再び問い掛けるが、マリューは先程と同様に小さく首を振るだけだった。
疲れた姿を見せるマリューをムウは見詰め続けると、埒が開かないとばかりに軽く息を吐いてナタルの姿を探した。
「バジルールって、……今は休んでるのか?……おい、少し艦長と出てくるから頼むわ」
「了解しました」
「一緒に来いよ」
ナタルがいないと分かるとムウは、チャンドラに一言ってマリューの手を掴んだ。
「ええっ、フラガ少佐!?」
「いいから着いて来いって」
突然の事にマリューが目を剥くと、ムウは彼女を引きずる様にしてブリッジを出て行った。
洞窟と言うには広すぎる穴倉の中を、キサカは光の差す方へと歩いていた。その褐色の背中は熱を帯び腫れ上がっている。
昨日の地球・ザフト両軍との戦闘の一件もあり、レジスタンスの本拠地は閑散とし、穴倉の入口は陽と影の境を色濃く分け、誰もが目を細める程だった。
その中、地面に腰を下ろし、一人膝を抱える少女を見付ける。
「こんな所でどうした、カガリ?」
「……なあ、キサカ。私は……私はみんなの仲間じゃ無いのか?私だって……悔しいのに……」
昨日、エドルの一件でサイーブに言われた事が堪えている様で、カガリは俯きながら唇を噛んだ。
キサカにもカガリの言いたい事も理解出来るが甘やかす訳には行かない。キサカは落ち着いた口調で諭すように言う。
「……カガリ、これはサイーブ達、この土地の者達の問題だ。彼らがこうして受け入れているのも、後ろ盾があってこそなのを理解する事だ」
「でも、……私のやっている事は……ザフト軍をここから追い出そうとしている事は間違っているのか?」
「……ヘリオポリスの一件があったとしても、本来ならば地球軍もザフト軍も我々の敵では無い。カガリは深く事に関わり過ぎている。もし、ザフト軍に捕まり身元が判明すれば、今度は母国に被害が出る事になるぞ」
「私は……」
キサカの言う事は正しく、もし自身が捕まる事があれば母国に迷惑を掛ける事になるのは確実であり、その事に対してカガリは何も言えなくなった。
「カガリはもう少し冷静になって、視野を広く持つ事だ」
「冷静に……視野を広く……?」
灼熱の砂漠を見詰めながら口を開いたキサカの言葉を、背中を丸めたままカガリは小さく反芻する。
「時には自分の間違いを認める事も必要だ。本当の敵が何なのか見極める目を持て。いずれは人の上に立つ身なのだから心掛けておけ」
「……私に出来るだろうか?」
「まだ時間はある。それまで努力をする事だ」
カガリの小さな問いに、キサカは灼熱の砂漠を見詰めながら答えた。
余程の事が無い限り人の本質など早々に変わる訳が無い。それはキサカにも分かっている。
サイーブ達レジスタンスのメンバーには悪いが、昨日の無謀な戦いがカガリにとって自分の立場を理解する切っ掛けになったのならば、小さいながらも収穫はあったと言えた。
顔を上げたカガリはキサカの方へと目線を投げると、その広い背中がいつもよりも張っている気付き、躊躇いがちに立ち上がる。
「……キサカ、背中は大丈夫か?」
「大した事は無い。それに俺の任務はお前を守る事だ」
「……背中を見せてみろ」
「怪我など無いぞ」
真剣な表情で見上げるカガリに対して、キサカは無視する様に応えて踵を返そうとした。
「良いから見せてみろ!」
カガリにはその態度が不満だったらしく、声を大にしてキサカのベルトを掴むと空いた片手でシャツを無理矢理捲り上げた。
するとそこには褐色の肌が赤黒く腫れ上がり、熱を帯びている事がカガリの目にも見て取れた。
「うっ……」
「……す、済まない」
シャツを捲り上げた時に指先が背中を擦ったのだろう、キサカが僅かな呻き声を上げたのに気付いたカガリは慌てて手を放した。
砂とは言え、あれだけの量を女であるカガリが浴びていたら、今頃、人には見せられない姿で体を横たえていたかもしれないのだ。それを思えばキサカに感謝しなければならないのは分かっていた。
キサカがシャツを直していると、伏目がちにカガリが呟く。
「……なあ、キサカ。私はここを離れた方が良いのかな?」
「本来ならばな」
「でも、アフメド達の仇は取ってやりたいんだ」
「既に地球軍まで敵に回しているんだぞ」
「地球軍も憎いけど……。でも、昨日キサカが言ってた事が本当なら、地球軍は停戦が終われば力を貸してくれる可能性もあるんだろう?」
「あれだけの事をしておいて、今更こちらから出向いた所で地球軍が首を縦に振るとは思えないがな」
必死に訴え掛けるカガリではあるが、キサカからすれば既にその望みは潰えたと言った方が早く、現実を突きつけるかの様に背を向けたまま首を横に振った。
「そうかもしれないけど……!」
キサカの言葉にカガリは抗議する様に声を上げたが、腫れ上がった背中が再び目に入り言葉を詰まらせた。
自分のやろうとする事で、再び同じ様に傷付けてしまうかもしれないと言う葛藤が、カガリの中に生まれる。しかし自分の持っている性分からか、未だ引く事は出来なかった。
「……でも……もう少しだけで良い……私のわがままに付き合って欲しい。頼む……」
カガリは俯きながら声を絞り出すと、背中を向けたままのキサカに自らの願いを呟いた。
たった一度の完全なる敗走がそうさせたのか、カガリが自分のわがままと理解しながらも『頼む』と自ら口にした事にキサカは目を丸くしながら振り返る。
顔を上げたカガリの瞳は不安に揺れながらも、キサカにはその意思がハッキリと感じ取れた。だが、それの望みを受け入れて再び生きて帰れるとは限らない。
キサカはどう答えて良いかと口を閉ざして思案していると、突然後ろから声が掛けられた。
「二人ともどうした?」
「……いいや、外を見ていただけだ」
振り返るとそこには少しばかり疲れた表情を見せるサイーブの姿があり、キサカは軽く首を振って外へと目を向けた。
昨日の事もあってか、カガリは躊躇いながらサイーブに声を掛ける。
「サイーブ、……エドルは?」
「……カガリが知る必要はねえよ」
突然の問いにサイーブは顔を顰めると、カガリと目を合わせる事も無く吐き捨てた。
熱い空気の中にあっても冷たい厳しい雰囲気が広がり、カガリは口惜しげに唇を噛むと、それを払拭する様にキサカがサーイブへと視線を投げる。
「それで、今後はどうするつもりだ?」
「一応、見張りは出すつもりだが……厳しいだろうな……」
険しい表情を見せていたサイーブは、再び疲れた顔を一瞬だけ見せると腰に手を当てて言葉を零した。
彼らの見詰める先には、いつまでも手が届かない理想郷を見せるかの様に蜃気楼が揺らいでいた。
ブリッジを後にしたムウは、マリューを引き摺る様にして住居ブロックの空いている一室へと連れ込んでいた。だが、決してやましい気持ちがある訳では無い。
ムウは戸惑い気味のマリューを無理矢理ベッドに座らせると、同じ様にその反対側に腰を下ろして口を開いた。
「あのさ、勘違いするなよ。俺が言いたいのはな、何でも一人で抱え込もうとするなって事なんだ」
「でも……」
「だから力を抜けよ。誰も戦闘指揮をマリューに望んでなんか無いって」
顔を強張らせるマリューに向かって、ムウは本音を口にした。
出た言葉にマリューは更に表情を固めると、ムウを思い切り睨み付ける。
「それじゃ……私の役目って……なんなんですか!?」
「艦長はクルーを纏めて艦を守るのが仕事で、なんでも屋じゃ無い。適材適所って言葉もあるし、任せられる奴には任せるのは当たり前の事だ。その為に俺やバジルールがいるだからさ。それに今は、戦闘に関してアムロって心強い味方もいるんだ。気負い過ぎなんだよ」
「だけど、アンドリュー・バルトフェルドは……」
「マリュー・ラミアス、あんたはあんただ!虎の野郎と比べる事自体、間違ってるってえの!」
艦長であるマリューの口から出て来た名に、ムウは顔を顰めると立ち上がって怒鳴りつけた。
まさか敵将との交流が、マリューにプレッシャーとは劣等感を抱え込ませるとは予想もしなかった。
本来、艦長である者がモビルスーツなどで戦場に出る事はありえない。マリューにも地球軍とザフト軍、そして隊によってシステムが違う事は分かってはいるのだ。理解はしていても、やはり比べてしまうのは常と言う所なのだろう。
マリューは怒鳴られた事で怒りが萎んだ様で、今度は肩を落として俯いた。その姿を見たムウは、冷水を掛けられた様に怒りを静める。
「……悪い、怒鳴るつもりは無かったんだ。……それでな、どうのこうので停戦だって成功させてるし、今日までこうして生き残ってこれただろ?マリューは良くやってるよ」
「でも、なんか私、艦長に向いて無いのかなって思っちゃって……。それに私よりもナタルの方が向いてますよ」
「今更バジルールに首を挿げ替えた所で、全員が混乱するだけだ。それとも虎の前で『艦長辞めました』とでも言うつもりか?……少なくとも現状を乗り切るなら、マリューじゃなきゃ駄目なんだよ!」
「それは分かってますけど……」
「経験無いんだから仕方無いけどさ、自信持てって!俺が保証してやる。……それにな、案外気に入ってるんだよ、マリューの艦長ぶり」
まるで思春期の少女の様に悩むマリューに向かって、ムウは近付いてしゃがみ込むと彼女の顔を覗き込みながらはにかんで見せた。
ムウの言葉が意外だったのか、少し驚いた様子でマリューは思わず顔を上げる。
「えっ!?……どこが……ですか?」
「……なんか和むって言うの?でも、それでみんなを纏められるって言うのは凄い事だと思うぜ。……まあ、あとは色々って事でさ。俺だって愚痴くらいは聞くし、困ったら少しは頼れよ」
「私、みんなに頼りっぱなしですよ……」
まさか『どこが?』と切り返されると思ってなかったムウは、やや苦笑いを見せつつも自分の感じた事を素直に告げると、マリューは悲しげな笑みを浮かべた。
見ていて艦長と言う職務が大変なのは理解出来るだけに、ムウは手助けをしてやりたいとは思う。
「なら、もっと頼れって。それくらい何とかして見せるからさ」
そう言ってムウは立ち上がって彼女を見下ろすと、マリューは諦めた様に息を吐いて呟く。
「どの道、今の立場からは逃げられないんですよね……」
「ああ」
「うん……最後まで頑張らなきゃ……」
マリューは頷くムウに向かって顔を上げると、儚げに笑みを見せて答えた。
ムウからすればその表情は先程に比べれば大分マシと言った感じで、少なくとも艦長として職務を果たそうと言う気は感じ取れた。
「……頑張れ」
一言マリューに向かって優しく呟くと、ムウは踵を返して部屋を後にした。
ヘリオポリスからの船旅で苦楽をともにした戦友の激励に、一人部屋に残ったマリューは応える様に呟く。
「……頑張ってみます」
そして服の下に隠れたロケットに手を添えるのだった。
レジスタンス迎撃から四日が経つが、艦内から見える光景は相変わらず砂ばかりだった。
変わった事と言えば、少しばかりマリューの顔色が良くなったのと、格納庫にいるはずの整備兵達の人数が極端に少ない事くらいだ。
何故、今日、整備兵の人数が少ないのか、それにはは大きな理由があった。
レジスタンス迎撃終了後から、一部の者を除いて整備兵達は寝る間も惜しみ作業を続け、破損したアークエンジェルのスラスターとストライクの追加武装の組み立て、そしてストライクの修理を見事にやってのけたのだ。
その代償で、貫徹で作業に従事した者には丸二日の休みが与えられたのだ。
ストライクは真新しい左腕の稼動テストを終えてハンガーに佇む。そのコックピットにはパイロットスーツに身を包んだキラの姿があった。
わざわざキラがパイロットスーツに身を包んでいるのにも理由がある。
それはストライクの機動テストと、トールをパイロットとして育てる意味でもあるのだが、それ以外にもザフト軍と監視をしているかもしれないレジスタンスへの警告の意味を込めての模擬演習を行う為だった。
最もバルトフェルドとは良と言える関係状態にある為にあまり意味は成さないが、レジスタンスに対しては有効的な警告とは言えるだろう。
数少ない部下に忙しなく指示を出していたマードックはインカムを装着すると、ストライクのコックピットへと回線を繋いだ。
「坊主、どうだ?」
「大丈夫です」
「テスト兼ねての模擬戦だ。ザフトも見てるからな、無茶はさせるなよ。エールにガンランチャー、左肩にバスターの武器をぶら下げる。左肩のマウントラックはぶら下げる為にあるだけだから、外す時は右手で外せ。シールドは使えないからな」
「左肩のマウントラックに戻す場合はオートで良いんですか?」
キラはモニターを通して、ストライクの左肩へと目を向け質問をした。
ストライクの左肩にはソードストライカーの武装であるビームブーメラン“マイダスメッサー”の基部を改良して作ったマウントが装着され、バスターが装備していた九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルがアーム部分を取り除かれた状態でぶら下がっている。
視線をコンソールへ戻すと、ストライクのコックピットにマードックの声が響いた。
「悪いが急造で作ったから、一度外したら戦闘中は装着出来ねえんだ」
「分かりました」
「要はシュミュレーションと同じで、勝手にコンピュータが判定を出す。実弾やビームは出ないからな。仮想敵はスカイグラスパー二号機だ」
「了解しました」
キラは頷くと操縦桿を軽く押し出した。
それに従いストライクは一歩を踏み出し、床に置いてあったもう一つのバスターの主力兵装である三五〇ミリガンランチャーを右手に握ると、二番カタパルトデッキへと進んで行く。
一番カタパルトデッキでは、既にスカイグラスパー二号機の発進準備が終わり、いつでも発進が可能な状態となっていた。
コックピットの前席では、トールがパイロットスーツの襟に何度も指を差し込み、落ち着かない様子だ。
後部シートにどっしりと腰を据えているムウが、ニヤケ気味に声を掛けた。
「おい、緊張してんのか?」
「……はい」
「まあ、初めて自分で飛ばすんだ。ヤバイ様なら、俺が後ろからコントロールするから気にしないで操縦しろ。トチ狂って、脱出レバーを引くなよ」
「はい、了解しました!よろしくお願いします!」
ムウがわざと茶化す様に言うが、緊張が過ぎたのかトールは生真面目に答えた。
そうしているとカタパルトデッキのハッチがせり上がり始め、トールの眼前に広大な砂漠の風景が広がった。
ストライクとスカイグラスパーの発進準備が行われて行く中、格納庫にやって来ていたアムロはストライクの武装関連の紙束を片手に、マードックと話し込み始めていた。
「重量が重くなっているが、機動性は大丈夫なのか?」
「ストライク単機であらゆる局面に対応させる装備のアイデアを出してたら、こうなっちまって……。いざとなったら装備を外すのを前提にしてます」
「なるほどな。俺は先にブリッジに上がっているぞ」
マードックは苦笑いを浮かべつつ答えると、アムロは軽く頷き、手に持った紙束を差し出した。
「分かりました。すぐに追い掛けます」
紙束を受け取ったマードックはそう答えると、ブリッジへと向かうアムロの背中を見送った。
マードックは五分程掛けて部下達に演習中の対応説明をすると、『終わるまで休んでろ』と言って格納庫を後にした。
レセップスのブリッジでは、オペレーター達が忙しなく端末を叩き、モニターに目を向けていた。
理由はアークエンジェルが模擬戦を行うのに伴い、そのデータの収集の為であった。
席に腰を据えているバルトフェルドは、立ち上がると窓際へと歩を進めた。
「そろそろ始まる様だな」
「模擬戦と言え、完璧な状態のストライクですからね。一応、護衛に着かせているバクゥにもモニターさせておきます」
「そうしてくれ」
指示を出していたダコスタが告げると、バルトフェルドは振り向きもせずに答えた。
その後姿からは戦いたいと言うオーラが滲み出ている様に感じられた。
まるで猫の様に足音も立てずにアイシャが、バルトフェルドの傍らに立つと艶やかな微笑を見せる。
「アンディ、本当はやりたいんでしょう?」
「実戦で無くとも、今の僕からすれば魅力的ではあるからね」
「本当に残念そうね。模擬戦なんだから、頼み込んでみたらいいのに」
「……それはアリかもな」
アイシャの言葉に一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにバルトフェルドは口元に笑みを湛えて呟いた。
例え模擬戦であっても、アムロやキラと戦える最後のチャンスかもしれないのだ。見す見すこのチャンスを逃すつもりは無かった。
問題があるとすれば地球側の演習に参加する事であろうが、上に知られる事が無ければ問題は無い。そんな報告は握りつぶしてしまえば良いのだ。
バルトフェルドは喜々とした表情を見せて振り返る。
「ダコスタ、演習装備を施したラゴゥかバクゥを用意出来るか?」
「ラゴゥは修理中なので無理ですが、バクゥなら装備に変更すれば用意は出来ますけど……本当にやるんですか?」
「せっかくのチャンスだろう。上には黙ってろよ」
後ろで会話を聞いていたダコスタは呆れ顔で聞き返すと、バルトフェルドは子供の様にウィンクをして、格納庫へと向かう為にブリッジを後にした。
ダコスタはバルトフェルドが出て行った後に、思い切り溜息を吐いたのだった。
アークエンジェルの前方約一キロでは、スカイグラスパーが機体を左右に揺らしながら、ストライクに向かって果敢に挑んで行く光景が何度も繰り返されていた。
最初は一〇秒も持たず撃墜されていたトールだが、これでは訓練にならないと途中で後部シートに座るムウが操縦を一時預かる事となった。後席にも申し訳程度にだが、操縦桿が備え付けられている。普段は使われる事が滅多に無い代物だ。
ムウは『手の力を抜いて添えるだけにしろ』と声を掛けると、前後の操縦桿を同調させ、自分の操縦桿捌きをトールの体に無理矢理叩き込ませた。その効果もあってか、ストライクを相手に約二分ほどは何とか持ち堪えるまでになっていた。
ちなみにではあるが、トールがここまで持ち堪える様になるまでに、キラはスカイグラスパーを少なくとも五十回以上は撃墜している。
どうのこうので、まともとは言い難いが、形ばかりは戦いとして見れる様になり、当初は遠距離からの攻撃を主として訓練を行っていたキラだが、アムロの指示で空中戦を軸とした訓練に変更される事となった。
ストライクは重装備の状態で何度もジャンプを繰り返し、スカイグラスパーを狙い撃つ。
『やっぱり重い、足が流される……』
ブリッジのスピーカーから、キラの呻く様な声が流れて来た。
キラはバクゥとやりあった際に、アムロにアドバイスされたスロットルのコントロールを着実に行ってはいるのだが、ストライクの重量が前にも増して重くなっている為に、スラスターを噴かすタイミングに苦慮してる様だった。
頃合かと判断したアムロは、手に持ったインカムを耳に当てると、そのマイクに向かって口を開いた。
「キラ、着地した時に流されてるぞ。重量がある分、もっとスロットルの開け具合に余裕を持たせて着地時に回せ。タイミングはもう少し早くしろ。相手がモビルアーマーなのを忘れるな」
『はい、了解しました』
キラの返事が返って来ると、一分も経たずにストライクの着地は安定し始めた。
そうしている間にスカイグラスパーがストライクに襲い掛かるが、返り討ちに遭い撃墜を示す表示がモニターにまた一つ追加された。
艦長席に座るマリューは、感心した様子でモニターを通して模擬戦を見詰めている。
「キラ君、かなり成長してるわね……」
「ええ。ヘリオポリスの頃と比べると操縦技術や戦い方は見違えるほどです」
「さっきまでの事に目を瞑れば、トール君も初めてとは思えないわね」
「フラガ少佐のサポートがあるとは言え、初めてでこれならば、早い時期に後方支援くらいならばこなせる様になるのではないでしょうか」
「そうなってくれると助かるわね」
隣に立つナタルは二人の成長ぶりに機嫌が良い様子で応えると、マリューは安心した表情で頷いた。
「……はぁ!?なんだそりゃ!?」
突然、CIC席に座るチャンドラが声を上げた。
マリューは振り返り、思わず不安気な顔を向ける。
「どうかしたの?」
「ええ、レセップスの方から連絡が入ったんですが……、バクゥを何機か模擬戦の相手に提供すると連絡が……」
「「はぁ?」」
チャンドラ自身が訳が分からないと言った表情で答えると、マリューとナタルは揃った様に頭を捻った。
その様な事もあり、マリュー達はレセップスへと回線を繋げて事の説明を求め、今はモニターにはダコスタが映っている。
『――そちらの演習に協力する様にと隊長が……。ですから、こちらからは演習装備を施したバクゥを出させていただきます』
「ですから、どの様な意図でそちらが参加するのか、お聞かせいただきたいと言っているのです!」
ダコスタが少し困った様子で説明をしていたのだが、余りにも理解し難い内容にナタルが険しい表情を見せた。
すると映っていたモニターのに変化が起こる。ダコスタが一歩下がると、枠内にバルトフェルドが入って来たのだ。
『これはこれは、どうも』
「アンドリュー・バルトフェルド隊長、これはどう言う事ですか?」
『大した意図は無いさ。ストライクの練習相手をしてあげようと言うだけだよ。言わば合同軍事演習だ。そちらにしても敵軍のモビルスーツ相手に演習が出来るなら損は無いだろう?』
マリューは毅然とした態度で事を問うと、バルトフェルドは肩を竦ませて答えた。
そのバルトフェルドの軽い素振りが気に食わないナタルは、モニターを睨み付けて怒鳴り声を上げる。
「そちら側の目的が、明らかにストライクのデータ採取なのは明白です!都合の良い様に仰らないで頂きたい!」
『ストライクのデータは先日の戦闘でも記録済みだ。それに共同戦線まで張ってる。今更だろう?それに未だ、レジスタンスの脅威は消えてはいない。立派な名目になると思うがね』
ナタルの抗議にバルトフェルドは苦笑いを浮かべていたが、すぐに表情を鋭い物へと一転させて切り返した。
停戦協定を盾に言われてしまうと、マリュー達は遇の音も出なくなってしまう。
そんな彼女達を尻目に、バルトフェルドは仕方ないと言った顔で口を再び開いた。
『都合が悪いのならば、先程のも含めて模擬戦の記録は抹消しても構わん。信じられないのなら、演習中にこちらに見張りを遣してくれても良い。受けてもらえるのなら君達に多少の見返りを計ろう。どうだい?』
「……それ以外に見返りを?一体、何なんですか?」
『それはまだ言えないが、君達には損は無いと言っておこう』
演習参加の見返りを提示して来た事に戸惑い気味のマリューが聞き返すと、薄く笑みを浮かべバルトフェルドはぼかし気味に返答した。
余りににも対処が難しい問題に、マリューは眉を顰める。
「……考える時間をいただけませんか?」
『ああ。ハッキリ言わせてもらうと、レクリエーションだと思って気軽に付き合ってもらえると嬉しい。僕としては、アムロ・レイ大尉、キラ・ヤマト少尉との対戦を希望している。色よい返事がもらえる事を期待しているよ』
「分かりました」
バルトフェルドが表情を緩めて見せると、マリューは神妙に頷いて見せた。
そしてモニターからバルトフェルドが消え失せると、地球軍両機に帰艦命令が出されたのだった。
アークエンジェルのブリッジでは、先程まで模擬戦を行っていたパイロット達がバルトフェルドから提案の経緯を聞き、一様に戸惑った顔を見せていた。
ナタルとマリューからの説明を聞き終えたムウは呆れ顔で言う。
「虎の野郎、なに言ってんだか」
「こちらとしては、敵モビルスーツを想定して出来ると言う利点は確かに大きいんだが……。協定を盾にしながらも見返りを出して来るとは、些か軍人としてはアンドリュー・バルトフェルドは理解し難いな」
「うちのモビルスーツ乗りを名指しで指名して来るくらいだ。アムロにやられたのが悔しいんだろ」
バルトフェルドから直々の対戦指名を受けたアムロが小難しい表情を見せると、ムウは少し茶化し気味に応えた。
艦長席からマリューが全員を見回すと、キラがそれに応じるかの様に口を開いた。
「実戦に近い方が訓練としては理想的ですけれど……、僕はどちらでも構いませんよ」
「艦長の指示には従いますが、νガンダムを使うのなら反対です。下手に消耗させる訳には行かないんでね」
「……そうだったわね」
キラに続きマードックが渋い表情で告げると、マリューは数日前に提出された報告を思い出し納得したように呟いた。
マードックの言葉で更に考えが固まったナタルが進言をする。
「艦長、やはりここは受けるべきではないと思います」
「そうね」
「アムロがストライク乗れりゃ、虎をコテンパンに出来たのかもしれないけど、キラがコーディネイター用に書き換えちまってるからなぁ」
マリューが頷くと、少々つまらなそうな表情を見せてムウがぼやいた。
そのムウのボヤキに応える様に、キラが顔を向ける。
「……あの、そんな事ありませんけど」
「軒並み性能上げちまってるし、あれはナチュラルには使えんだろ」
「僕に合わせて書き換えはしてますけど、OSのベースはナチュラル用ですよ。……もしかしたらですけど、モビルスーツに乗り慣れてるアムロさんなら、ストライクを動かす事も出来るかもしれないです」
「……キラ、それマジか!?」
違う世界から来たアムロはムウと同じナチュラルなのだ。アムロがモビルスーツに乗り慣れている事を差し引いても、現状のストライクを動かせるとしたら、それは途轍もない可能性を示す事になる。
キラの言葉を聞いて、その事に気付いたムウは思わず目を剥いた。
それは他の者達も同様で、ナタルやマリューも信じられないと言った目を向ける。
「アムロ大尉がストライクに……!?ヤマト少尉、それは本当に可能なのか!?」
「キラ君、本当なの!?」
「えっ……!?ええっと、分からないですけれど可能性はあると思います。でも、もしストライクを動かせるのなら、僕はアムロさんがどう戦うのかを参考にしたいです」
全員の注目が一気に集まった為にキラは慌てて答えると、付け加える様に自分が見てみたいと思っていた事を素直に口にした。
「おい、坊主。上手くすれば、大尉さんの操縦データをストライクに反映させる事が出来るって事だよな?」
「ええ、そうです」
「本当に動かせるなら、やってみる価値あるぜ!」
マードックからの質問にキラが頷くと、ムウは喜々とした声を上げた。
新たな試みが決まった事で、すぐにどうするかの話し合いが始まる。
まずは現状のOSを多少弄くる事を前提としながらも、アムロがストライクを操縦出来る事を確認する事が決まった。その時点でバルトフェルドへの返答はその後とし、操縦が可能であればデータ蓄積の為にバルトフェルド隊を相手に演習を行う事とした。
全てが決まった所でアムロから改めて同意を得る為に、マリューが真剣な表情を向けた。
「アムロ大尉、お願い出来ますか?」
「分かった。ただし、余り期待はしないでくれよ」
アムロは肩を竦ませながら頷くと、周りの過剰な期待に対して一応であるが釘を刺した。
パイロット達とマードックは、アムロにストライクの操縦が可能かを確かめる為に、ブリッジを後にすると格納庫へと向かって行った。
――後日、変わり映えする事の無い砂漠に陽が昇り、時は早くも午後を迎えようとしていた。
レセップスの上空では、スカイグラスパー二号機がゆっくりと旋回している。
理由は地球軍及びザフト軍共同による合同軍事演習の為である。本来ならば、戦争中にありながら敵同士である両軍が合同軍事演習を行うなど、決して有り得ない事なのは間違い無い。
初めての試みになるであろうこの演習は、両軍代表であるマリュー・ラミアス少佐、アンドリュー・バルトフェルド隊長両名により、ザフト軍側には記録を残さない事が既に決定済みとされていた。その為、監視としてパル伍長がレセップスへと派遣されている。
演習内容としてまずは、一回戦目にキラが搭乗するストライクとバクゥ二機で構成されるアルファ隊と、バルトフェルドを主軸とするバクゥ三機、それにトールの搭乗するスカイグラスパー二号機で構成されるブラボー隊による模擬戦闘が行われる。
その三時間後にアムロがストライクに乗り、二回戦を行う予定となっている。
何故、この様な編成となったのかは理由がある。それぞれの陣営のままで行えば遺恨を残し兼ねないと考えたマリューが、演習を行う条件としてそれを提示し、バルトフェルドが了承したからだ。
因みにだが、隊編成に伴いトールが乗るスカイグラスパー二号機の呼称はブラボー〇四(フォー)となっている。
上空で演習の開始を待つスカイグラスパーの後部シートで、ムウがいかにも不満に満ちた態度で愚痴を零した。
「なにが悲しくて虎と組まなきゃならんのよ」
「あの、操縦するの俺なんですけど……」
「分かってるって……。昨日は散々キラに落とされたんだ、少しは気合い見せてみろって」
操縦桿を握るトールが躊躇いながら言うと、ムウは仕方ないとばかりに割り切った態度で叱咤した。
ムウの言う様に初めて自分で操縦したとは言え、トール自身からすれば予想以上に散々な結果だった。もっと上手くやれるかと思っていたのだが、現実はそんなに甘くは無かった。そう言う結果もあり、ムウが指導教官として昨日と同じ様に同乗する事となったのだ。
トールはムウの叱咤に応えるべく気合を入れて返事をする。
「了解です!……でもザフト軍と組んでストライクを落とすって、なんか複雑な気持ちですね」
「これはお前の訓練でもあるんだ。早く使えるようになってもらわないとこっちが困る。ストライクを敵だと思って真面目にやってくれよ。それから忘れてたが、虎の奴と隊を組む連中に挨拶はしておけ」
「分かりました」
『ブラボー〇四、トール・ケーニヒ少尉、聞こえているか?』
ムウと会話を交わしていたトールの耳に、バルトフェルドからの通信が飛び込んで来た。
本当なら敵将であるバルトフェルドと、この様に遣り取りをする事など滅多に無い。トールはその緊張から声を上ずらせた。
「あ、はい!こ、こちらブラボー〇四、トール・ケーニヒ少尉です、よろしくお願いします!」
『いや、こちらこそよろしく頼む。まあ、元気なのは良い事だが、緊張しすぎるのはいかんな。始まるまでに緊張は解いておいてくれ。一応、隊を組む者同士、面は通しておいた方がいいからな。私の部下にも挨拶くらいはしておいてくれると有り難い。
さて、それでだが、俺の方から指示をするつもりはないから鷹殿の指示に従ってくれ。支援を期待してるぞ』
「はい!ちょうどご挨拶をと思っていた所でしたので、了解しました!」
自分が緊張の原因になっているとは思いもしないであろうバルトフェルドの声は、機嫌が良さと相まって予想以上にフランクに届いた。
その声にトールは力強く頷くと、演習開始までの短い時間をブラボー隊の面々への挨拶周りに費やす事になるのだった。
強烈な陽射しの中、時折吹く砂漠の風が砂を舞い上げる。
そんな中、ストライクと二機のバクゥで構成されるアルファ隊は、アークエンジェル前に機体を並べていた。
アルファ隊の隊長を勤めるアルファ〇一はバクゥに乗る二十代半ばの青年が選ばれ、パイロット同士の顔合わせも既に済ませいる。ちなみにキラの乗るストライクは、アルファ〇三と呼称される事が決定済みだ。
キラは演習が始まるまでの短い時間をストライクのコックピットの中で、アムロからのアドバイスに耳を傾けていた。
『セオリー通りならばブラボー隊は一団で来ると予想される。だが、アンドリュー・バルトフェルドの事だ、二手に別れ、単機で仕掛けて来る可能性も否定出来ない。どちらにしても、数的には不利だが勝てない相手では無い。良く動きを見て行け。
それからスカイグラスパーだが、ケーニヒ少尉は経験こそ無いが、ムウが同乗している。決して油断をするな。下手に跳び上がり過ぎると天地から狙われる事になる。味方機とは連絡を密に取り、場合によっては臨機応変に対応しろ』
「はい!」
『今のストライクの強味は多彩な火器にある。ただし火器に囚われ過ぎるなよ。場合に因っては切り離して、機動性を優先する事も頭の片隅においておけ。全ての機体にエースが乗っていると思って、胸を借りるつもりで思い切り行って来い!』
「了解しました」
戦闘にも大分慣れて来た事もあって、キラは落ち着き払った様子で頷いた。
ヘリオポリス以降、キラは戦争と言う行為に手を染め、命の遣り取りを行って来たのだ。本物の戦場と比べれば、演習では余程の事が無ければ死ぬ事は無いと理解しているだけに、多少なりと心に安堵感が芽生えていた。それは心の隙と言っても過言では無いのだが……。
モニターを通して横に並ぶバクゥ二機に目を向けていると、突然トノムラの声が響いた。
『アルファ隊、準備はいいか?』
『アルファ〇一、いつでもいいぞ!』
『アルファ〇二、こっちもOKだ!』
「アルファ〇三、準備完了してます。いつでもどうぞ!」
アルファ隊各機がトノムラに声に応じて行く。キラもそれに倣い声を上げた。
そして息を数回繰り返す程の時間が経つと、再びトノムラの声が響いた。
『アルファ、ブラボー各隊の準備完了。各機、準戦闘態勢に入れ』
『それではこれより、連合・ザフト両軍による合同軍事演習を始めます。カウントダウンを』
『カウントダウン開始。状況開始まで十秒前、九、八――』
スピーカーからマリューの号令が飛ぶと、チャンドラがカウントダウンを始めた。
キラはゆっくりと操縦桿に手を掛け軽くスラスターを唸らせると、ストライク後方の砂は風圧で河の様にサラサラと流れ行く。
『――二、一、〇、状況開始!』
『アルファ隊、行くぞ!』
カウントダウンが終わると同時に、アルファ〇一の声が耳に響いた。
「アルファ〇三、キラ・ヤマト!ストライク行きます!」
アルファ〇一に応じるかの様にキラはスロットルを開放する。
ストライクと二機のバクゥは砂を舞い上げ、正面の戦闘エリアへと向かって行った。