第2話「What are you?」
「お前、何者だよ?!」
目の前の「Gシリーズ」によく似た白い機体に向かってシンは叫んでいた。突然現れたその機体は――本当に突然現れた。何しろレーダーにも映らなかったのだから――シンのインパルス、アスランのザクの側に佇んでいる。
『彼らはあの小惑星を地球に落とそうとしているのか?』
「なっ……?!」
国際救難チャンネルに合わせた通信機から聞こえた声。ここまで堂々と戦闘に介入しておいて何を言うのか。
「アンタ何言ってんだよ?!ユニウスセブンを落とそうとしてるのはテロリストの奴らだ!俺達ザフトは……」
『テロリスト……?ああ、成程。邪気に囚われているのはそういう……』
『待ってくれ。シン・アスカ、俺に話をさせてくれ』
妙な単語が聞こえた辺りで、幾分落ち着きを取り戻したアスランが会話に割り込んできた。
「アンタは黙っててくれ!今はもう正規の軍人でもないのに……」
『良いから聞け!お前達はユニウスセブンの破砕作業に戻らなければならないだろう!』
アスランの大声にシンは驚いた。ミネルバにいた時はこうも感情を露にしなかった。が、それは「カガリ・ユラ・アスハの護衛」という職業上、当然だったのかもしれない。
『彼は後で必ずザフトに引き渡す。今は俺に任せて行くんだ』
有無を言わせぬアスランの口調。が、尚も躊躇うシンに白い機体からの通信が入る。
『俺は逃げたりするつもりは無い。こちらもいくつか聞きたい事があるんだ』
(アンタの都合なんか知るかよ)
心中、シンは見知らぬ機体に乗る男に毒づいた。が、ザフト最新鋭の機体に乗る自分がここで何もせずにつっ立っている訳にもいかない。
「分かりましたよ……ただし絶対に逃がさないで下さいよ?!」
『分かっている』
(本当に分かってるんだか……後で艦長に怒られるのは俺なんだぞ)
シンは内心溜め息を吐いたが、とにかく今はユニウスセブンが最優先だ。
「シンとアスランは何をやっているの?!」
ザフトの新鋭艦、強襲揚陸型MS運用艦ミネルバの艦長であるタリア・グラディスが怒鳴った。交戦状態にあったと思われる二機が、敵機の撃墜後何故か動かない。タリアは痺れを切らした。
「メイリン、シンに繋いで頂戴」
「は、はい!」
怒気が声に出ている。まだ実戦慣れしていない通信士のメイリン・ホークには――メイリンに限らず、この艦には実戦慣れしていないクルーが少なからずいる――それだけでも相当なプレッシャーになっている筈だ。タリアは少し声の調子を和らげた。
「メイリン、ゆっくりで良いから焦らずやって頂戴」
「あ、は、はい!」
――若いわね。
そこまで考えてタリアは嫌になった。まるで自ら歳を取ったと言っているようなものではないか。
「通信、繋がりました」
メイリンの声でタリアは我に帰った。 ありがとう、と一言礼を言うと、タリアはモニターと向き合った。
「シン、あなた何をやっているの?!」
『あ、す、すいません!あの……』
通信が繋がってタリアが怒鳴りつけるほんの少し前に、シンのインパルスはユニウスセブンに向かって移動を始めていた。
「言い訳は要らないわ。それとも何か報告が必要な事でも?」
冷ややかに言い放つタリア。シンが緊張しているのがスピーカー越しでもよく分かる。
『それが、レーダーに映らない機体が現れたんです!俺とアスランさんはそいつに助けられて、今はアスランさんが見てます』
「レーダーに映らない機体?……ちょっと待ってシン、アスランが何て?」
『あの……アスランさんが俺に任せろって言ったんで……』
タリアは目眩がした。レーダーに映らない機体。ステルス仕様なのか――最もミラージュコロイド以外にそんな機能が存在しているなんて聞いた事も無いが――何か他に理由があるのか。それだけでも頭が痛いのにそれを今はもう軍属でもないアスラン・ザラに任せたなどと……。
(まあ、仕方ないでしょうね。アスランは英雄で、シンは赤服とは言えアカデミーを出たばかり。おまけにユニウスセブンの破砕作業もある……)
「とにかく、あなたはすぐに破砕作業に戻りなさい。テロリストの機体は既に全滅しているけれど、ユニウスセブンが大気圏に入るまでもう時間が無いわ!」
(やっぱり怒られたじゃないか……)
シンは苛立っていた。とにかくすぐにでも破砕作業を終わらせてレイに愚痴るなりしてこの苛立ちを抑えたい。
――いや、あの所属不明機のパイロットに八つ当たりしよう。取り調べが終わるまでは接触出来ないかもしれないが、終わり次第すぐにでも文句を言いに行こう。うん、それが良い。
やがてインパルスはユニウスセブンに取り付いた。すぐに通信が入る。ルナマリアからだ。
『シン?急いで来た所を悪いんだけど、もう破砕作業は終わりそうなの。後は私とレイ、ジュール隊とで六つのメテオブレーカーを作動させれば、ユニウスセブンは四等分されるわ』
「四等分?それで大丈夫なのか?」
急いで駆け付けて来たのにもう仕事が無い。シンは軽い落胆を感じながらルナマリアに尋ねた。
『計算上はね。それに実際は綺麗に四等分される訳じゃなくて、細かい破片に分かれるから大丈夫よ』
「了解……」
ユニウスセブンは大気圏に突入した。いくつもの破片に分かれたコーディネイターの墓標が燃え尽きていく。
一方、シンのインパルスとアスランのザクに誘導された白い機体はミネルバに着艦した。
兵士達がライフルを手に白い機体を囲み、その後ろにはミネルバ艦長たるタリアとその副官アーサー・トライン。そして既に着艦していたパイロットスーツ姿のままのレイとルナマリア、好奇心から「謎のMS」を見に来たクルー達。
――さて、何が出るやら。
また面倒事が増えるわね、等と呟きながらも、タリアは目の前の機体に好奇心を隠せずにいた。
そこへ長い黒髪の男がやってくる。クルー達は道を開け、皆敬礼の姿勢をとった。
「どうだね、タリア?例の機体は……」
「まだこれからです、デュランダル議長」
彼はタリア達“コーディネイター”の多くが住まう“プラント”の最高評議会の議長であり、事実上プラントの国家元首と言っても過言ではない。そのデュランダルはタリアのやや冷たい口調に肩をすくめた。
「着任早々面倒事ばかりで済まないね」
「別に議長のせいではありませんもの」
そこまで言った所で、タリアは口をつぐんだ。白い機体のコクピットが開いたのだ。見慣れないノーマルスーツ姿のパイロットが現れ、機体から降りてくる。パイロットはヘルメットを外した。
(若い)
タリアが抱いた第一印象である。が、そんな事はどうでも良い。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。本艦のパイロットを助けて頂いた事は感謝します。でもあなた、ザフトではないようね」
「ええ。……あの、失礼ですがアスランさんはどちらに?」
タリアは眉をひそめた。
「彼に何か?」
「ええ、彼がいた方が何かと話がしやすいんですが……」
そこへアスランが慌てた様子でやって来る。
「申し訳ありません、グラディス艦長。私に彼の取り調べに立ち会う事を許可して頂きたいのですが……」
タリアは背後に立つデュランダルに目で指示を仰いだ。
「私は構わないよ。ああ、それと私もその場に同席させて貰いたいな」
デュランダルの鶴の一声で、アスランの同席は決定された。
「分かりました。では、場所を移しましょう。整備班は機体の整備にかかって。パイロットは各自休息を取るように。ああ、それと班長、その機体にはまだ触らないで頂戴。それからあなた」
タリアは一通り指示を出すと、最後にアスランを呼び止めた。
「何か?」
「アスハ代表に一言声をかけてからおいでなさい。代表が随分心配しておられたわ」
アスランの顔はみるみる内に赤くなった。
「シン、レイ、お疲れ様」
パイロットスーツから制服――軍服の下にミニスカートという改造軍服(一年目から良い度胸だ、と言う声も少なくない)――に着替えたルナマリアがシンとレイに労いの声をかけた。
「お疲れー」
シン、レイ、ルナマリアと歳が近い為か仲の良いメカニック、ヨウランとヴィーノも早々と自分の仕事を終えて休憩室にやってきた。各々労いの声を掛け合い、僅かな間談笑する。
ミネルバがアーモリーワンを出港して以来のごく短い期間で、この休憩室での雑談は彼等の習慣となっていた。
「シン、お前あの機体のパイロットと話、したんだって?」
「ああ、したよ。でも訳が分かんないんだよな」
「分からない?」
端正な顔立ちをしたレイが眉根に皺を寄せた。
「ああ、俺がユニウスセブンを落とそうとしてるのはテロリストだって言ったら……何て言ってたかな、確か……邪気がどうのこうのって……」
「……邪気?」
その場にいたアスラン以外の全員が呆気にとられた。
「じゃああなた……その邪気ってのでザフトとテロリストとを区別してた訳?」
タリアは馬鹿馬鹿しくなった。第一彼はザフトを知らないと言う。いや、そもそも……
「いや、むしろその……邪気?っていうのはともかく、別の世界から来たっていうのが信じられないですね……」
その場に同席しているアーサー・トラインの言葉である。
「そうねぇ……議長はどう思われます?」
「そうだな……正直、俄かには信じ難い話だが、アスランや彼の話を聞く限りあながち嘘ではない様に思う。あのMS……νガンダムと言ったか。あれもそうだ。レーダーに映らなかったのだろう?」
「確かにそうですが……あなた、ええと……?ごめんなさい、何という名前だったかしら?」
タリアの問いにアーサーが答えようとしたが、その前に取り調べを受けている青年が口を開いた。
「カミーユ・ビダンです、グラディス艦長」
「カミーユねぇ……」
「女みたいな名前だな」
ルナマリアとヨウランの言葉にシンが笑った。
「あの人をミネルバに誘導してる最中に俺もそう言ったんだよ。そしたら笑われた」
「笑われた?」
シンは尚も笑い続けている。もう既にカミーユに八つ当たりする事はシンの頭には無い。余りに突飛なカミーユの言葉に忘れてしまったのだろう。
「昔自分の名前にコンプレックスを持ってて、それが原因で戦争に巻き込まれた事があったんだってさ」
「……何だか途方も無いコンプレックスだったのね……」
ルナマリアは呆れ返っていた。
「成程、それで戦争に」
「ええ、その戦争で俺は反地球連邦組織“AEUG”に所属していました。」
別の世界。
アスランとの会話でカミーユが出した結論だった。
コズミック・イラという年号。ナチュラルとコーディネイター。大西洋連邦やユーラシア連邦を始めとする地球連合とコロニー群を国土とするプラント、そして中立を貫かんとするオーブ。
それらの国々が地球圏を巻き込んで何処までも戦火を拡大させていった前大戦。話をしたのはそう長い時間ではなかったし、話し始めた時は話が全く噛み合わなかった。しかしアスランは、それらを何一つ知らないカミーユに驚きつつも、根気良く丁寧に説明していった。
そうして得た結論を信じてもらうには、昔の自分が抱いていた、今となっては馬鹿馬鹿しいとすら思える名前に対するコンプレックスが原因で巻き込まれたグリプス戦役、そしてカミーユが「こちらの世界」に来る原因ともなった第二次ネオ・ジオン抗争。
これらの事も含めて、自分の知っている事を洗いざらいとまではいかないが出来る限り話すしかない。
カミーユ・ビダン22歳、彼の運命は大きく変わり始めている。