第4話「青き清浄なる世界と宇宙の砂時計」
左手にはワインの入ったグラス、右手は膝の上の猫といった格好で男は目の前のモニターを見つめていた。そこに映るのはルクス・コーラー、エルウィン・リッター、ブルーノ・アズラエル等といった壮々たる面々。
それはロゴス。軍需産業複合体でありそして軍部と深い繋がりを持ち、大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランドに「指示」を出す事が出来る程強大な力を持つ。
その中でもブルーコスモスの盟主であり、ロゴス内でも強い発言力を持つのが前述の男、名はロード・ジブリール。
「さて、皆さん。本日お集まり頂いたのは……と言ってもモニター越しですが。先日の汚らしい宇宙の墓石の事です」
ジブリールはその独特のゆっくりとした口調で語る。モニター越しに集ったロゴスの面々の顔をじっくりと見渡し、勿体ぶった素振りを見せてから二の句を継いだ。
「アレはどうやらプラント側のテロだった様です。証拠の映像もあります」
僅かに、モニターに映る老獪な男達の表情に変化が見えた。ジブリールは明らかにその変化を楽しんでいる。
「まあ恐らく正規のザフト軍ではなくテロリストの仕業なのでしょうが、きっかけとしては十分です」
「きっかけ……」
「今度こそあの化け物共を……」
「また戦争をする気か、ジブリール」
面白くない、といった調子の声も混じっている。しかし、ここは譲れない。
「青き清浄なる世界の為に、というやつです。前大戦で成し遂げられなかった大事業ではありませんか」
「若いな、ジブリール」
やんわりと、拒絶の意を示したのはブルーノ・アズラエルである。
「おや、アズラエル殿は私が行き急ぎ過ぎているとお考えで?」
「否定はせんよ。時期尚早ではないのか?」
(老人め)
心中、ジブリールはブルーノを嘲った。
「そんな事はありませんよ、アズラエル殿。手駒は予定外ですが非常に優秀なのが入りましたし、寧ろ今こそ千載一遇の好機なのですよ。
この機を逃しては、宇宙にますますあの化け物共をのさばらせる事になる」
「手駒……『ネオ・ロアノーク』か?今度の『彼』はそんなに優秀なのかね?」
「ええ、それはもう。当初予定していた者よりも優秀です」
ジブリールはゆっくりと立ち上がった。膝の上の猫が驚いて逃げて行く。
「第一、ザフトなんぞの相手をしてやる必要はありません。あの忌々しい砂時計を叩き落とせばそれでお終いです。ザフトなんて元々統率もロクに取れない烏合の衆。楽な戦ですよ」
プラントのコロニー群を叩き落とす。それはつまり……
「核、か」
オーブ国営企業、モルゲンレーテ社のドックにミネルバが入港して、クルー達はようやく一息つけると喜んでいた。
「ね、お姉ちゃん!上陸許可出るかな?!」
「多分出るんじゃない?アーモリーワンからずーっと大変だったし、艦長だって鬼じゃないわ。クルーを休ませたいって思ってるわよ、多分」
ルナマリアとメイリンのホーク姉妹が買い物に行く計画を立てていた頃、「多分鬼じゃない艦長」のタリアはミネルバの外にいた。
「歴戦の艦、といった雰囲気ですね。あちこち傷だらけ」
声のした方を振り返ると、そこにはモルゲンレーテ社のツナギを着た女性が一人。
「モルゲンレーテ造船課のマリア・ベルネスです」
タリアは苦笑いを浮かべつつも、一歩前に進み出て握手を交わした。
「これでもまだ進宙式すら済んでないんですよ」
「伺っています。この艦にとっては随分と大変な初陣になってしまいましたね。でも指揮官が優秀だったのが不幸中の幸いだったかしら?」
「あら。おだてがお上手ですわね」
「ええ、商売ですもの」
女という生き物は同性に対して打ち解けるのが早い。ひとしきり冗談を飛ばすと、本格的に仕事の話にのめり込んでいった。
「カ〜ガ〜リ〜!」
細身の長身、薄紫色の髪、やや軟弱な印象を受ける顔立ち。オーブ宰相ウナト・エマ・セイランの息子にしてカガリの婚約者でもあるユウナ・ロマ・セイランの声だった。
カガリはそんなユウナに不快感を隠そうともしない。
「やめろ、みっともない。人が見ているじゃないか」
「そんな事言わないでよカガリ〜。心配してたんだよ、ほら、デュランダル議長に非公式に会いに行ったと思ったらあんな事になるし。それに君に話したい事も沢山あるんだよ?」
カガリの側で歩きながら話し続けるユウナの口は止まらない。
新しく雇ったメイドがお気に入りのティーポットを壊してしまった事、庭の薔薇が出来がとても良かった事、その薔薇を紅茶に使ったらとても美味しかった等々……。
他愛も無い話をとめどなく話し続けながらユウナは徐々にカガリに近付き、最後にはほぼくっついて歩いている様な状態になってしまった。
「おいユウナ、いい加減に……」
「それから」
ユウナは一度言葉を切ると、カガリの耳元にぐっと顔を寄せた。
「大西洋連邦から同盟締結の打診が来てる事、とか」
今はオーブ国内にいるし、どうせミネルバは修理中で動けないと踏んだタリアは、最低限の人員を残して上陸の許可を出した。
ルナマリアとメイリン、ヨウランとヴィーノからの誘いをいずれも断り、シンは独り海沿いの道を歩く。向かう先にあるのは慰霊碑。
前大戦の戦没者の為に作られたものであり、景観の良さも手伝って休日にはこの場所を訪れる人も多い。
花を手向けてからふと気付くと、慰霊碑の周りの花はほとんど萎れている。
「この位置じゃ海水を被っちゃうんだな……」
今は穏やかな海も、満潮時に荒れれば海水の飛沫はここまで飛んでくる。
(父さん……母さん……マユ……)
シンが今は亡き家族に思いを馳せていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。
茶色の長い前髪を手で払い、華奢な体躯を細身の服に包んだ童顔の青年のその姿は、シンの目にはとても弱々しく映った。
その青年とシンの目が合い青年は少し頭を下げ、シンは目礼した。
「此処にはよく来られるんですか?」
「いや、今日はたまたま時間があったから来ただけで……」
青年の丁寧な物腰にシンは少し戸惑う。
ふと、青年が慰霊碑の周りの枯れた花に目をやった。
「また枯れてる……また、植えなきゃ」
「え?この花、アンタ……じゃない、あなたが?」
「うん。前も枯れてたのを植え直したんだけど、駄目だね。また海水を被っちゃってる」
先程よりやや砕けた口調になった青年に、シンは苦々しげな視線を送った。
「無駄ですよ。何度植えたってまた海水を浴びてまた枯れる」
いつしかシンは、枯れた花に死んだ家族を重ね合わせていた。流れ弾という海水を浴びて枯れた花と死んだ家族。
「俺の家族はアスハに殺されたんですよ。こことおんなじだ」
握り締めた拳に更に力を込めて、シンは感情を言葉に乗せて吐き出していく。
「慰霊碑の場所を変えない限り周りに咲く花は枯れる。アスハがこの国を仕切ってる限り、その理想と理念のせいでまたオーブに住む誰かが死ぬ……!」
青年は黙って聞いていた。しかし、やがて口を開いた。
「それでも」
青年の紫色の目がシンを真正面から見据えた。
「それでも僕はまた花を植えるよ。何度でも、何度でも。もしかしたら、いつか海水を浴びても枯れない強い花が咲くかもしれないじゃない?」
少しの間二人は睨み合うように見つめ合い――やがてどちらともなく笑った。
「話が出来て良かったです」
「僕も。もし今度会ったらその時はもっと話をしようよ」
二人は握手を交わし、シンは仲間の待つミネルバへと、青年――キラ・ヤマトは大切な人の待つ家へと、それぞれ歩み出していった。
シンがミネルバの自室に戻ると、ルームメイトであるレイはそこにはいなかった。
(……?読書してた筈だよな?読み終わったのか?)
特にする事の無いシンは、今の内にシミュレーターで訓練をしようと自室を出た。
シミュレーターのある訓練室に着くと、そこには黒山の人だかりが。そして、その中心にいるのは……
「レイ!ルナ!それに……」
そこにいたのはレイとルナマリア、そして最近パイロットとしてミネルバ隊に加わったばかりのシャアとカミーユだった。
「シンか……」
レイは喋るのすら億劫だと言わんばかりの表情でシャアとカミーユに視線を振り、再びシンに視線を戻した。
「あの二人とやってみろ」
「ん?ああ、そう言えば腕を見てなかったよな……」
シンにはレイがなぜそんな顔をしているのかが分からない。隣にいるルナマリアに話を聞こうと思っても、ルナマリアは茫然自失といった表情で、話し掛ける事すら憚られる。
(そんなに強いのか……?)
「よ、よし。アンタらどっちか相手をしてくれよ」
その言葉にシャアが進み出た。
「私がやろう」
シンはいつも通り、自分の乗機のインパルス、シルエットはフォース。シャアはミネルバに余っていたので自分が乗る予定のゲイツR。
「ゲイツRか。そんなMSでインパルスの相手が出来るのかよ」
「何、心配は要らんよ」
そして、シミュレーションが始まった。
シンは一気にインパルスを加速、フィールドの反対側にいるゲイツRの斜め上空まで飛び出した。
(レイは何も言わないけど多分負けたんだろ。どんな手を使ってくる……?)
ビームライフルを構え、連射。ゲイツRはシールドを使わずスラスターを小刻みに吹かしそれに足を合わせて這うように回避する。
「ちょこまかと……!」
シンはインパルスの高度を下げつつ一気に接近、ビームライフルを腰に戻しつつCIWSをゲイツRの進行方向に放ち、すぐさまビームサーベルを抜いた。
対するゲイツRは腰部のボルクスWレールガンを斉射、同時に複合兵装防盾の内蔵ビームサーベルを展開した。
ボルクスWがインパルスに命中するも、シンはそのまま突っ込んでいく。
「VPS装甲にそんなものが効くかよ!」
「む……!」
シャアは内蔵ビームサーベルを引っ込めた。そもそもシャアは機動性に劣るゲイツRでインパルスと接近戦をするつもりはさらさらない。
ピクウス76mm機関砲とビームライフルで牽制しつつ、スラスターを吹かして距離を取る。
(この世界のMSの稼動時間は短い。ならば狙うは……)
「こいつ!エネルギー切れ狙いか?!」
シャアは決して無理はせず、ビームライフルとボルクスW、防御に複合兵装防盾を駆使してシンに付け入る隙を与えない。
常に逃げ腰(シンの目にはそう映る)なシャアに痺れを切らし、シンはインパルスの機動性を活かして接近戦を挑むべく突っ込んだ。
「来るか!」
「うおおおぉ!」
シンの咆哮にシャアは気合いを入れ、操縦桿を握り直した。