月より出撃した地球連合軍第八艦隊が、地球衛星軌道に集結している敵軍を目指し暗闇が支配する宇宙空間を航行していた。
その旗艦メネラオスのブリッジでは、艦隊司令官として、同軍准将デュエイン・ハルバートン提督が座乗している。
ハルバートンは状況を確かめる為、隣に座る副官のホフマンに声を掛けた。
「あと、どれくらいだ?」
「あと四時間程で目的ポイントに到着します」
「うむ。敵艦隊の数や他の情報は判るか?」
「未だ、詳しい事は判っておりません」
「アークエンジェルからの連絡は?」
「ありません」
「……そうか」
ホフマンからの報告にハルバートンは頷き、少し考える込んだ。
今から戦う相手の詳しい情報が有れば対処もし易くなるのだが、未だ確認も儘ならない。
戦場となるポイントまでは距離も時間も有り、今の段階ではそこまでの対処は必要ないが、ただ、ハルバートンの頭の中ではアークエンジェルの事が気に掛かっていた。
――アークエンジェルは何をしているのだ……。まさか、敵の手に落ちたのではあるまいな……。
コロニーの崩壊があったとは言え、本来ならば、既に月基地に到着していなければ可笑しいのだが、連絡も無く、未だ消息も不明で、開発責任者でもあるハルバートンの心を苛立たせていた。
しかし今は、姿の見えないアークエンジェルよりも、目の前の敵を優先しなければならない。ハルバートンはモニターに目を向けると考えを切り替える事にした。
敵軍の戦力が判らない以上、下手な小細工を仕掛けるよりも、今までの戦い方をする方が対処もしやすいと考え、ホフマンに告げる。
「では、いつも通り、補給艦隊はメネラオスの後方に下げる事にする。但し、メネラオスと距離を置き、護衛艦数隻を補給艦の前面に展開させておく」
「しかし、それでは攻撃が薄くなりますが……」
「メネラオスの前には、先鋒の精鋭達がおる。早々、やられる者達ではない。攻撃が薄くなる分は、補給艦護衛の攻撃機を投入すればよい」
ハルバートンは絶対的な自信と自ら指揮する第八艦隊の将兵達に信頼を寄せているのか、言い切った。
しかし、ホフマンはアークエンジェルやアラスカ本部から流れてくる噂を含め、慎重になっているのか、多少、心配そうな表情を見せる。
「……敵の戦力も分からないのです。メネラオスも下げましてはどうでしょう?」
「私が下がりすぎてどうする?そのような事をすれば、将兵の士気に差し障りが出るではないか!」
「しかし……。いえ、申し訳ありません」
ホフマンの心配を他所に、ハルバートンは冷静に応えこそするが、語気は怒りを含んだ物だった。
その様子にホフマンは、言葉を濁しながらも尊敬する上官を立てる為、謝罪の言葉を口にした。
ハルバートンにも、ホフマンの心配する気持ちが伝わったのか、首を振ると穏やかな表情を見せる。
「……いや、貴様の気持ちだけは貰っておく。いつもの事だが、寝ている将兵は到着前に起こしておけ」
「閣下、第八艦隊の将兵に、そのような間抜けはおりません」
ホフマンは、ハルバートンの表情を見て安心したのか、自信に満ちたような顔で答えると、ハルバートンは満足そうな表情を見せる。
「うむ。ホフマン、補給艦隊に打電を。戦闘中にアークエンジェルが現れる事があれば、直ぐに向かわせる。その時は、物資の搬入を迅速に行えと伝えろ」
「了解しました」
ハルバートンの指示にホフマンは頷くと、第八艦隊全艦に伝令を伝えた。
第八艦隊の将兵達の士気は、宇宙空間の冷たさなど吹き飛ばすかのように高まりつつあった。
デブリ帯に紛れながら、月基地に向かうアークエンジェルの中では、キラの訓練が順調に進んでいた。
サイやミリアリアの気遣いからか、基本的に友人達にプログラムを組む事を任せている為、キラは訓練に時間を割く事は出来ている。
キラは目標をアムロにしている為か、己の技術が未熟な事を感じながらも、着実に腕を上げていた。
そんなキラを見て、アムロは自らの少年時代と比べながら、キラ・ヤマトと言う少年がいかに真っ直ぐに育ち、そして、コーディネイターと言う人工的に進化を促した人種の適応力に驚きを感じていた。
訓練に関しては、元々、キラの要領がいいのか、問題無く進んでいる。いつもと違う事があるとすれば、前回の訓練と同じように、ムウが「用事がある」と言って途中で抜けた事くらいだった。
そして、訓練を終えたキラは、アムロと共にブリッジに向かう為、居住区通路を歩いていると、通路の角からハロを連れた地球軍の制服姿のラクスが姿を表した。
「ご苦労様です」
「オツカレ!オツカレー!オツ、カレーェ?」
ラクスは、キラとアムロに柔らかな笑顔で挨拶をすると、ハロも飛び跳ねながら機械的な声を上げた。
キラは、ラクスの表情がいつもと同じである事に戸惑いながらも、口を開く。
「……うん。お疲れ様」
「今からか?」
「はい」
「そうか。頑張ってるな」
「ありがとうございます」
既にアークエンジェルの艦内でラクスが厨房を手伝っているのを知らない者はいない。ラクスが地球軍の制服を来ている時は、厨房を手伝うのが暗黙の了解となっていた。
アムロにしても、アークエンジェルに助けられた当初の頃のラクスを、世間知らずのお嬢様と言った印象で見ていたが、敵軍の船の中で自ら進んで手伝う姿などは、尊敬に値する物だと思っていた。
ラクスはアムロからの労いの言葉に軽く頷くと、アムロも同じように頷いた。
キラは展望デッキで見たラクスの泣き顔を思い出し、躊躇いがちながらも声を掛けた。
「……がんばってね」
「……はい……それでは失礼します」
そのキラの様子に、ラクスも彼の胸で泣いたの今になって意識してしまったのか、俯き加減に言葉を返すと、次の瞬間には微笑みを見せて食堂へと歩いて行った。
ラクスを見送ると、アムロは歩き出すが、キラがそのまま動かない事に気付き声を掛ける。
「どうした?」
「……いいえ」
「ラクス・クラインがどうかしたのか?」
「……」
キラは、ラクスの歩いて行った方向を見つめたまま、目を伏せた。
展望デッキでラクスを泣かしてしまった後ろめたさからか、心が痛む感じがした。そして、ラクスが自分へ向けた微笑が解らなかった。
アムロは、キラの様子を見て、ラクス絡みの事だと思い声を掛ける。
「悩みがあるなら言ってみろ。少しは楽になる。……それとも、言えない事なのか?」
「……違います。……ただ、僕が……ラクスを泣かしてしまって……」
「……」
「……僕、そう言うの経験無いんで……」
キラは俯いたまま、頼りない声で答えると、アムロは頷いて壁に背中を預けた。
アムロとしては、ここ最近、訓練ばかりで息が詰まる思いをしていたであろうキラが、少年らしい一面を見せる事に安心し、呟くように口を開く。
「……なるほどな」
「……済みません……」
「いや、僕に謝る事ではないさ。謝るなら彼女にだろう」
「はい……。それで、謝りました。それで、ラクスは気にしてないって……」
「気が咎めると言う奴か」
「……はい。……こんな時、どう接すればいいのか、良く分からなくて」
キラは本当に困ったような表情を見せ、アムロと同じように背を壁に預ける。
キラ自身、展望デッキでの出来事の後、どう答えを見つければ良いのか、一晩、知恵を絞ってみたが、答えすら見つけられずにいた。
アムロは、キラを見て、まだ大人に成り切れない思春期にある特有の事に、自分自身の少年期を思い出し、大人に成った今だからこそ、分かる事も有る物だと実感をした。
「そうか。……なら、いつも通りに接すればいい。ラクス・クラインの先程の様子からして、変に畏まる必要もないだろう」
「……そう、思いますか?」
「ああ。僕なら、そうする」
キラは、自分なりの答えを出せる大人としてのアムロを不思議そうな表情で見上げると、アムロは苦笑いを浮かべる。
アムロが気になる処があるとすれば、ラクスが敵軍の令嬢である事ぐらいだった。しかし、これはキラの問題で、これ以上は余程の事が無い限りは口を出すつもりは無かった。
キラは自分の悩みを吐き出した事と、アムロなりの答えを聞いた事でヒントにでもなったのか、少しは明るい表情を見せる。
「……ありがとうございます」
「いや、気にしなくていい」
アムロは首を横に振ると壁から離れる。キラも同様に壁から離れた。
丁度その時、二人の前をTシャツ姿のムウが風のように走り抜けて行く。
「おう!お疲れー!」
「――ハァハァ」
走りながらアムロとキラに声を掛けるムウの後を追いかけるように、今度はトールが片手を片腹に当てながら、少し苦しそうな表情を浮かべて走り抜けて行った。
ムウはトールに合わせるようにペースを落とすと、余裕そうな顔つきで声を掛ける。
「まだ二十分も経ってないぞ。もうヘバッタのか?」
「――まだ……大丈夫です!」
トールは片腹に当てていた片手を握り締めると、残った体力を振り絞るように思い切り床を蹴り、ムウを追い抜こうとする。
それを見た、ムウはニヤニヤと笑いながら、嬉しそうに抜かせまいとスピードを上げた。
「おうおう!まだ元気だこと!んじゃ、俺に付いていて来れっかー?」
「――まだまだー!」
通路にトールの声が木霊して疾走する二人の後姿が見えなくなる。
「……二人は何をしてるんだ?」
「……さあ?……何でしょうね?」
突然の事に通路に残されたアムロとキラは、呆然としながら二人が走って行った先を見ていた。
後に、これがトールのパイロットとしての基礎体力作りだった事を知る事になる。
トールがムウと共に走り回っている頃、アークエンジェルのブリッジでは、少年達の交代時間が近づき、ミリアリアが早目ではあるが、ブリッジの扉を開けて入って来た。
アークエンジェル全体にも言える事だが、ブリッジは平和な物で、のんびりとした時間が流れていた。
ミリアリアは、誰かを捜すようにブリッジを見回すと、溜息を吐いて、いつものようにマリューに挨拶をする。
「お疲れ様です。ミリアリア・ハウ、入ります」
「ええ。お願いね」
「はい」
ミリアリアはマリューに返事をすると、すぐにサイとカズイの座る席へと向かい、起きた時には既に姿が無かったトールの事を聞く為、声を掛けた。
「ねえ、二人ともトールの事、見なかった?」
「ブリッジには、まだ来ていないけれど」
「僕も見てないよ」
「……そう。どこ行ったのかな……」
サイとカズイが示し合わせたように首を振ると、ミリアリアは眉を顰めて呟いた。
ミリアリアが目覚めた時には、既にトールの姿は無く、仕方なく一人でミリアリアはブリッジへとやって来たのだった。
困った顔を見かねたマリューは、ミリアリアに声を掛ける。
「彼なら、フラガ大尉と一緒よ」
「え!?どうしてですか?」
「……理由は彼から聞くといいわ。とにかく作業を開始してもらえるかしら?」
驚くミリアリアに、マリューは渋い表情を見せる。
マリュー自身、ただでさえ民間人だったキラをストライクに乗せてしまっている上、更にトールを戦闘に参加させる事をさせたくはなかった。
もしもトールが戦闘に参加するとなれば、ナチュラルであるトールは確実にモビルアーマーに乗る事になる。PS装甲を装備しているストライクとは違い、少しのダメージが命取りになりかねない。
唯一の救いは、今、アークエンジェルにはトールが乗ることの出来る機体の無い事だった。
ミリアリアは、マリューに理由を聞きたがるような表情をするが、艦長からの言葉であった為、頷く。
「……はい」
「トールの代わりに俺が残るよ。ミリアリア一人じゃ大変だろ?プログラム、あと少しだからさ」
「……それなら、僕も」
「……ありがとう」
トールがいない状況で、ミリアリア一人に作業を任せるのに気が引けたのか、サイとカズイが申し出ると、ミリアリアは心から感謝するかのように微笑んで席へと着き、作業を始めた。
そして、少しした頃、CICに座っていたトノムラが声を上げた。
「……なんだ、これは……?」
「どうしたの?」
マリューは何事かと、顔を向けるとトノムラは慌てたように応えた。
「――あ、はい。通信らしき電波を拾いました。だた、何分、電波が微弱なので、聞き取れにくくて……」
「何かしら……?出力を上げて、聞き取れないかしら?」
「……やってみます」
「お願いね」
トノムラは入ってくる電波を聞き逃さないように耳を傾ける。
作業をしていたミリアリア達の手も緊張からか、動きを止めてトノムラに視線を向ける。
聞き取る事に集中していたトノムラの表情が険しい物に変わると、絶句するかのように言葉を吐いた。
「これって……!」
「分かったの?」
トノムラの表情から、マリューも強張った物へと変化した。
頷きながらもトノムラは、マリューへと視線を向ける。
「ええ……。確証がある訳ではありませんが、この付近を航行中のザフト艦の通信だと思われます」
「どの辺りにいるか分かる?」
「いいえ。ただ、電波状態が悪いんで、ザフト艦とはかなりの距離があると思います。内容からすると、地球衛星軌道に向かってるようですが……」
「どう言う事かしら……?」
自分の知らない所で動いている事態にマリューは眉を顰めた。
頭の中であらゆる可能性を巡らせるが、あまりにも情報が少な過ぎる。
トノムラは、マリューの言葉が自分に向けられた物だと思い、首を横に振ると聞き取れた情報を伝える。
「しかし、あと三時間程で地球軍艦隊と戦闘が行われるような事は聞き取れました」
「そう……。地球軍艦隊は、どこの基地から出撃した物か判るかしら?」
「流石にそこまでは……。ただ、規模が艦隊クラスのようですから月基地辺りではないでしょうか」
「……その可能性高いわね。――フラガ大尉とアムロ大尉、バジルール少尉を呼び出して!」
「――了解しました!」
マリューは指示を出すと、矢継ぎ早にチャンドラ二世に声を掛ける。
「どれくらい掛かるか判る?」
「戦闘が行われる宙域が詳しく判らないんで、何とも言えませんが、通常航行で地球衛星軌道でも五、六時間と言ったとこですかね」
「その数字はデブリを抜ける時間も入ってるんだろう?」
チャンドラ二世の言葉に、ノイマンが振り返り、聞き返した。
「ああ。デブリを迂回して抜けるまでの予測も含めての数字だ」
「デブリが無ければ、もっと早く到着するって事ね……」
マリューは呟くとブリッジを暫しの沈黙が支配する。
デブリを迂回していれば時間が掛かり、既に戦闘が終わった後に到着する事になる。かと言って、このまま合流して良いものかとも思う。
しかし、自分が知らない状況が展開されて居るのだから、単独で動くより合流した方が少ないのでは?とも考えた。
左手に見えるデブリ帯を見つめ時間を短縮する方法を考える。
――デブリ帯が無ければ、すぐに行く事が出来るのに……。――ん!?
マリューは、アークエンジェルで火力・破壊力が高く、デブリに容易く穴を開ける事の出来る兵器を思い出し、パルに声を掛けた。
「……ローエングリンでデブリに穴は開けられるかしら?パル伍長、どう?」
「――は?あ、はい。……可能ではありますが、連発で撃つ事になります」
パルは自分に声が掛かると思わなかったのか、返事に間が空いたが、すぐにキーボードを叩くとマリューの問いに答えた。
マリューは、聞きながらもチャンドラ二世に顔を向けて口を開く。
「その上で、最大船速で巡航した場合は?」
「デブリを抜けるまでの時間が読めないので、何とも言えませんが、恐らく……半分とは言いませんが、それ位は短縮出来ると思います。あくまで推測になりますが……」
「一番エネルギーを喰うのを連発した上に、最大船速か……。艦長、いざ戦場に着いてもエンジンに負荷が掛かり過ぎて、パワーダウンを引き起こす可能性があります」
チャンドラ二世は、考え込むようにモニターを覗き込むと、難しい顔をしながら答える。
その言葉を聞いたノイマンが眉間に皺を寄せながらマリューに向き直ると言った。
「……そう。……デブリのすぐ側を通ったのが、仇になったって事ね。……どうすればいいのよ……」
マリューの表情に険しさが増し、デブリを睨みながら呟いた。
ビーム兵器の多いアークエンジェルにとって戦場でのパワーダウンは致命的な結果を招きかねない。最悪、戦場に着いたがいいが、ビーム兵器が使用不能という可能性だってある。
ブリッジの空気は一気に重くなり、沈黙が支配する。
それを突き破るかのように扉が開き、ムウを先頭にアムロとキラ、そしてトールがブリッジへと入って来た。
「――どうした?」
「お呼び立てしてごめんなさい。ザフト軍の通信を傍受したんです。どうやら、大規模な戦闘が行われるようで……」
「――えっ!?」
「マジかよ……!俺達がのんびりしてる間に、情勢は動いてたって事か!」
何事かと聞いてきたムウに、マリューがいかにも困ったと言う表情で答えると、キラとムウが驚いた表情で声を上げた。
アムロは一人離れ、CICのモニターを覗き込み、状況を確かめると口を開く。
「……なるほどな。それで、艦長はどうするつもりなんだ?」
「ええ、状況が状況なので……。私としては――」
「――遅れました!何があったんですか!?」
マリューが言いかけた処で扉が開き、ナタルが慌てながら飛び込んで来た。
丁度、ナタルが来た処で、マリューは一から状況の説明をする事にした。
それぞれが神妙な面持ちで説明に聞き入り、マリューが説明が終わるとナタルがすぐに口を開く。
「それならば、我々も合流し、参戦するべきかと思いますが」
「でも、時間的に間に合わないんだろ?」
「時間を短縮する方法が無い訳では無いんです」
「なら、それをやるしかないだろ」
「……ただ……」
ムウとマリューはやり取りを始めるが、竹を割ったようなムウの言葉に、マリューは言いにくそうな表情で言葉を濁す。
はっきりしないマリューの言葉尻にアムロが助け船を出すように声を掛ける。
「その方法に問題があるのか?」
「ええ。ローエングリンを連続で撃って、デブリに穴を開ける方法なんですが……。その後は最大船速で向かえば可能みたいですが、エンジンに負荷が掛かり過ぎて、パワーダウンを引き起こす可能性が……」
「どっちにしても選択肢は艦隊に合流するか、このまま月に向かうかしか無いんだろ?どうすんだ?」
理由を聞いたムウは、頭を掻き毟りながらマリューに聞き返した。
マリューは苦慮しているのか、ムウの言葉に答えられぬまま、知らず知らずのうちに呟きが漏れる。
「合流すれば、最低限、戦闘は避ける事は出来ないけれど、帰りは護衛が付く……。月基地へ向かうなら、到着までアークエンジェルだけで、これからの事を対処しなければならない……か」
「艦長、どうなされますか?」
ナタルが、マリューを見据えながら決断を迫る。
マリューはゆっくりと考えている時間も無く、すぐにでも決断しなければならない。額に手を当てると目を瞑った。
――エンジンパワー……か。……リスクは大きいけど、護衛が着くなら合流する価値はあるはずよね……。
マリューは息を軽く吐き、少しだけ顎を引くと目を見開く。
「……合流しましょう。進路変更!艦首をデブリ帯に向け、ローエングリン発射態勢へ!細かいゴミはモビルスーツのビーム兵器で排除します。アムロ大尉、キラ君、お願いできますか?」
「了解した。行くぞ、キラ」
「はい!」
アムロとキラは頷くとブリッジを後にする。
それを見送ると、マリューはブリッジに残ったムウとナタルにも指示を与える。
「フラガ大尉、バジルール少尉は、CICに。あと、バジルール少尉。合流する前に乗組員に食事を取らせるように通達して。メカニックとパイロット、その後にブリッジ要員と戦闘要員を優先するようにお願いね」
「おう、了解了解!」
「了解しました」
二人がそれぞれの席に着くと、指示を待っているトールが取り残される。
トールは指示を待っていたのか、マリューに指示を仰ぐ。
「あ、あの、僕は……?」
「あなたはプログラムを組む作業を優先して。完成次第、ストライクに実装させるわ」
「――は!」
トールは敬礼をすると、友人達の所に駆けて行った。
マリューは少し肩の力を抜いて背もたれに寄りかかると息を吐き、地球軍艦隊への合流が成功する事を願った。
アークエンジェルが向きを変え、正面にデブリを捉えると陽電子破城砲ローエングリンの砲身が姿を現すと、ナタルの声がブリッジに響く。
「ローエングリン、発射スタンバイ完了!」
「……各デッキのシャッターを下ろして。モビルスーツが配置に着き次第、ローエングリン発射します!」
地球軍の船籍コードを持たないアークエンジェルは、運が悪ければ味方にも攻撃されかねない。うまく合流出来たとしても、味方がやられてしまう事も考えられる。
そんな考えを振り払うかのようにマリューは声を上げた。
プラント本国では、地球軍艦による民間船シルバーウインド号の攻撃に対して、最高評議会議長シーゲル・クラインが抗議及び非難声明によって、一般民間人に対しては一応の形を見せた事となった。
しかし、クラインが声明はそこまでであって、地球軍への報復には対しては言及しておらず、世論からはクラインに不満の声が上がっていた。
それを見越したかのように、国防委員長パトリック・ザラが現在進行中の作戦の話こそ発表しなかったが、報復を仄めかす発言をした為、パトリック支持の声が増えている状況にあった。
そんな中、評議会のメンバー、そしてクライン派として事後の対応に追われ、疲れた表情をしたユーリ・アマルフィが帰宅した。
「今、戻った」
「お帰りなさい」
「……ただいま……お茶を貰えるかな」
「はい」
ユーリは微笑みながら返事をする妻のロミナの顔を見ると、安堵の表情を浮かべ脱いだ上着を手渡し、ソファーに腰を沈め、大きく溜息を吐き、窓の外に目を向ける。
ユーリ自身、シルバーウインドを攻撃した地球軍艦を拿捕したと言う報告を聞いてからは、パトリックの言う通り、報復もやむなしだと思っていた。
地球軍は軍艦を攻撃するならいざ知らず、民間船を攻撃した以上、これから先、無差別に攻撃して来る可能性が高まったのも同然だからだった。
抗議声明に対し、未だに発表しない地球側を交渉のテーブルに引きずり出す為にも、現在行われている作戦が成功させ、これを足掛かりに和解、又は停戦まで持ち込む事が出来ればと、期待をしていた。
「おじ様、お帰りなさい」
ユーリは扉が開いたのにも気付かず、驚いたように声のした方向に顔を向けると、視線の先にはフレイが立っていた。
扉が開いたのにも気付かない程疲れていたのかと、ユーリは苦笑いを浮かべる。
「……ただいま。ここの生活には慣れたかい?」
「はい。さっきまで、お庭をお散歩してました」
「そうか、それなら良かった。……ニコルやアスランは行ってしまったが、寂しくはないかい?」
「……いいえ」
ユーリに対して、フレイは言葉を選びながら答えているのか、ややぎこちない。
質問に、やはり同年代のニコルとアスランが任務の為、居なくなったのが寂しいのか、フレイは言葉を濁した。
ユーリは、そんなフレイを見て思った通りだと感じながらも、フレイを気遣うように頷く。
「……そうか」
「……あの……、アスランの婚約者の……ラクスさんは……?」
フレイもユーリの気遣いに気付いたのか、済まなそうな表情をしながらも、気になっていた事を口にした。
ユーリが目線を外して首を横に振ると、フレイは俯いて呟く。
「……そうですか」
「君の責任ではないんだ。気にする必要はない」
「……でも……」
フレイは、ユーリの言葉に納得はしながらも、同じナチュラルである地球軍の軍艦が民間船を攻撃した上に、アスランの婚約者を殺してしまった事に引け目を感じて言葉を繋ごうとした。
しかし、丁度、紅茶を入れ終わって戻って来たロミナが会話を聞いていたのか、俯くフレイに優しげに声を掛ける。
「主人の言う通りよ。あなたが、そのような顔をする必要はないのですよ」
「……おば様」
「さあ、フレイさんも座って。あなた、お待たせしました」
「ああ、ありがとう。さあ、フレイも座って」
「……はい」
フレイは居た堪れなくなりながらも、頷き椅子に腰を下ろした。
ユーリは、紅茶を一口含むと息を吐く。
「ふう……」
「お疲れのようですね」
「ああ、心労が溜まるばかりだよ」
愛する夫を気遣うロミナが心配するように声を掛けると、ユーリは頷いて愚痴を零した。
「それで、どうなんですか?」
「……クライン派にとっては、芳しくないよ」
「そうですか」
「それに知られてはいないが、既に軍は動いている。その為にニコル達も出撃してのだから予想もつくだろう」
「……ええ」
「……今回の作戦が、名目上、衛星軌道で戦闘が行われる予定になっているんだが、それだけでは無いんだ……」
「――え!?」
濁すように言うユーリの言葉に、フレイは驚きの声を上げた。
ユーリはフレイを見ると、はっきりとした口調で告げる。
「君の前で話すべき事では無いと思うが、いずれは分かる事だ……」
「どう言う事ですか?」
「……ザフト軍は地球軍月基地に奇襲を掛ける」
「――!」
ロミナが聞き返すと、ユーリは眉間に皺を寄せ両手を顔の前で組んで、冷静に答えた。
フレイは、事の大きさに言葉を出せないまま、驚きの表情を浮かべ青ざめた。
ロミナも同様に、その作戦に従事しているニコルの事を心配してユーリに詰め寄る。
「――ニコルは!?あなた、ニコルは大丈夫なんですか!?」
「……それ以上の事は機密事項になっていて、衛星軌道の部隊なのか奇襲部隊なのかのさえ、私にも分からないんだよ……」
妻を見据えたまま答えるユーリの言葉に、ロミナは更に表情を青くした。
フレイも同様で顔色を更に青くさせ、震える足に力を入れ立ち上がり、ユーリに詰め寄る。
「――そんな!アスランは!?アスランも分からないんですか!」
「それも分からない……」
ユーリは首を横に振ると同じように答えると、フレイは力が抜けたように腰を椅子に落とした。
二人を見つめながらユーリが再び口を開く。
「……どちらにしても……無事に帰って来てくれる事を祈るばかりだ……」
呟くように言った言葉は、フレイとロミナには聴こえていなかった。
ユーリは二人の表情を見て、作戦の成否を口にしなかった事を正解だと思った。
デブリ帯を無事に抜けたアークエンジェルの食堂は、マリューの命令で戦闘に入る前に、食事を済ませるようにと通達がされた為、異常な程に忙しく、交代要員も駆り出され、戦場と化していた。
ラクスも同様でスタッフと共に忙しく働いているが、違う事があるとすれば、ラクスにはこれからザフト軍と戦闘に入ると言う事が伝えられていない事だった。
だが、この忙しさの余り、その事に気付く余裕すら無いようで、額に汗を浮かべながら働いている。
ラクスは出来た食事をカウンターに出すと、並んで待っていた女性の乗組員に笑顔を向けた。
「はい、お待たせしました!」
「うん、ありがとう」
「はい!――すぐにご用意しますので、お待ちくださいますか?」
ラクスは女性の言葉に、嬉しそうに笑みを湛え、カウンターに並べた食事が無くなったのを確認して、次に待つ男性に頭を下げると、厨房の中に戻って行く。
盛り付けを行っている台の前まで来ると、料理の入った寸胴鍋を運んで来た若い男性スタッフが、ラクスが手が空いていると思ったのか、声を掛ける。
「上がったよ!その空の鍋、退かして!」
「――はい!」
「……いや、君じゃ、持ち上げるの大変だろ?俺がやるから、鍋を置いたらトレイに盛り付けてくれ」
「はい!分かりましたわ!」
ラクスが頷くと、男性スタッフは持っていた寸胴鍋を交換して、空になった鍋洗い場へと運んで行く。
他のスタッフも並びながら、ラクスは盛り付けを始めた。
ラクスが厨房内で盛り付けをしている事で、空いてしまったカウンターには、一緒に入っている若い女性スタッフが、いつの間にか入っていた。
それから、しばしの間、盛り付けに専念した為、どの位時間が経ったのか分からないが、鍋の中身が半分近くが減っていた。
ラクスは満足そうに、一度息を吐くと、カウンターの方から自分を呼ぶ声に気付き、顔を向けるとカウンターの向こう側から、中を窺うようにミリアリアが顔を覗かせていた。
「ラクス、忙しそうね」
「ミリアリア!すぐにご用意しますから、待っててくださいね」
「うん、ありがとう。今日は一緒に食べられないの?」
「ええ。今日は、いつもに増して皆さんお忙しいですし、私だけ抜けてしまうのは、皆さんにご迷惑を掛けてしましますから」
ラクスは残念そうな表情を浮かべると、ミリアリアも厨房の忙しさに納得して残念そうに頷いた。
「……うん。がんばってね!」
「はい!」
ミリアリアの掛けてくれた言葉が嬉しかったのか、満面の笑みで頷くと、再び盛り付けを開始した。
一方、カウンターの外では、交代で食事をしに来た少年達とマリュー、チャンドラ二世、パルが食事を受け取り、席に着き食事を始めようとしていた。
いつもなら、ミリアリアはトールの隣に座るのだが、何故だかトールとの間にサイとカズイを挟んで座っている。
明らかにミリアリアはサイに対して怒っている様子で、見兼ねたサイがトールに声を掛ける。
「それにしてもさ、トール、なんで訓練の事、教えてくれなかったんだよ?」
「ん?ああ……色々と思う処があってさ」
トールは空いた手で首の辺りを摩りながら答えるとスプーンを動かして食事を口へと運んだ。
それを見ていたミリアリアが拗ねるような口調で文句を言う。
「だからって、相談くらいしてくれてもいいじゃないの?」
「相談しなかったのは、悪いと思うよ。でも、そんなに怒るなよ」
「「……」」
トールはミリアリアの態度が不満なのか、言い終わる頃には明らかに怒りが含んだ口調になっていた。
二人の間に挟まれたサイとカズイは、居心地悪そうな表情をしていた。
「おい、お前ら!飯が不味くなるから、やめてくれよ」
「す、すみません」
「……ごめんなさい」
見兼ねたチャンドラ二世が、トールとミリアリアに文句の声を上げると、二人の怒りが萎んだのか静かになる。
そんな様子に、マリューは自分の十代だった頃を思い出し、苦笑いを浮かべると、二人を諭すような感じで優しく言った。
「……後でゆっくり話すといいわ」
「「……はい」」
トールとミリアリアは頷くと、サイとカズイは安堵の表情を浮かべた。
それを見たパルは「やれやれ」と、言ったような表情をすると、マリューの方を向き口を開く。
「それよりも、ザフトが集結してるって、どう事なんですかね?」
「……さあ?分からないわ」
「流石にはっきりとした情報が無いからな……」
首を横に振るマリューに同調するかのように、チャンドラ二世が料理をスプーンで突付きながら頷いた。
これから行われる戦闘に関しては、あまりにも情報が少なすぎて予測を立てるのが困難だった。
サイは、今、分かっている情報を確認するかのように、マリューに聞いてみる。
「でも、地球軍も艦隊を出してるんですよね?」
「ええ。でも、ザフト軍がわざわざ衛星軌道で戦闘を行う理由があると思えないのよ」
「あるとすれば、地球降下……地球の軍施設への攻撃ですかね?」
「……そんな事あるんですか?」
マリューの言葉に、チャンドラ二世が自分の推測を言うと、カズイが信じられないとばかりに、驚いた表情を見せた。
少し考えるような素振りをマリューは見せ、口を開く。
「……可能性として捨てきれないけれど、ザフトがそんなに急ぐ理由も無いと思うのよ」
「……ですよね」
「でも、今は何よりも、地球軍艦隊に合流する事が先決ね。食事、早く済ませちゃいましょう」
チャンドラ二世が頷くと、気を取り直すかのようにマリューが全員を見渡しながら言った。
その場に居た、全員が頷くと止まってた手を動かし始め、そう時間も掛からず食事を終わらした。
全員が席を立ち、ブリッジへと向かう為、マリューを先頭に食堂を後にする。
「……ねえ、トール待って!」
「ミリアリア、なに?」
最後尾を歩くミリアリアは、途中で前を歩くトールの手を掴んで立ち止まった。
マリューは振り返ると、ミリアリアに声を掛ける。
「どうしたの?」
「あの……少しだけいいですか?」
「分かったわ。でも、急いでね」
「はい。ありがとうございます」
事情を察して、マリューはトールとミリアリアを残して、先にブリッジに向かう。
マリュー達が見えなくなると、ミリアリアはトールの手を離し、向かい合うと少し怒り気味に捲くし立てる。
「……トール、どうして訓練なんて受けるのよ。モビルスーツやモビルアーマーに乗りたいから?」
「……それもあるけどさ、キラだけに戦わせてばかりは嫌なんだよ」
「だからって!キラはコーディネイターで、トールはナチュラルなのよ!すぐに上手くなるわけ無いじゃない!」
「うん……フラガ大尉にも言われたよ。だから、一端になるまでは乗せないってさ。体力作りから始まったばっかり出し、まだ先の事だよ」
トールは、以外にも穏やかに答えた。
ミリアリアの言いたい事は分かっているかのように、トールは微笑む。
いつも馬鹿な事をしている時のトールとは違う表情に、ミリアリアは泣きそうな表情になりながらも本心を伝える。
「……そうだとしても……私は、トールに危ない目に遭って欲しくないの……」
「俺は、キラだけにこの状況を背負わせたくないし、助けてやりたい。それに、俺、守りたい人が居るからさ……」
トールは頷くと、ミリアリアを抱き寄せる。
ミリアリアはトールの「守りたい人」と言うのが自分だと分かっているからこそ、今はそれ以上、何も言えなくなった。
ミリアリアは、トールの腕の中で呟き、大切な人が傷つく事の無いように願う他無かった。
地球連合軍プトレマイオス基地に向かっているザフト軍の艦隊はエンジンを止め、慣性航行でレーダーに掛からないように進んでいた。
未だ、肉眼では地球軍基地は豆粒のようにしか確認出来ない。エンジンを稼動させ、最大船速で移動すれば、そう時間は掛からない距離にあった。
奇襲部隊の旗艦であるヴェサリウスの格納庫では、出撃の為にイザークがブリッツに乗り込み、ハッチを閉める処だった。
「ったく、俺が先に出たいくらいだぜ!」
「落ち着け、ディアッカ!」
ブリッツのコックピットに取り付いて、文句を言うディアッカをイザークが嗜める。
ディアッカは、まだ言い足りないのか、少し拗ねたように口を開く。
「でも、衛星軌道上じゃ、そろそろ戦闘に入るんだろう?」
「作戦は聞いただろう。ガキじゃあるまいし、もう少しなんだ、我慢しろ!」
「ちぇっ!先に一人で出撃するからってさ……」
「文句なら、隊長に言え!コックピットを閉めるぞ!ディアッカ、いい加減、離れろ!」
イラつき始めたイザークは、声を荒げて怒鳴った。
ディアッカは時間を確かめると、「もう時間かよ」と言って、足でブリッツの装甲を軽く蹴り、慣性に任せながら離れる。ブリッツから離れると大声でイザークに声を掛ける。
「イザーク!俺が行くまで、のんびり隠れててくれ。見つかって、やられんじゃねえぞ!」
「当たり前だ!貴様こそ、落ちるなよ!」
「あいよ!」
イザークの怒鳴り声にディアッカは、手を上げて答えると着地してパイロットルームへと引き上げて行った。
ブリッツのコックピットを閉じるとモニターに格納庫が映し出される。
再度、計器類のチェックを行い出撃準備が整うと、クルーゼからの通信が入った。
「イザーク、分かってると思うが失敗は許されん。頼んだぞ」
「――は!必ずや成功させて見せます!」
頷くイザークにクルーゼは「期待しているぞ」と言って通信切った。
イザークは、ブリッツをリニアカタパルトへと進ませ、少し経つと発進OKのシグナルが点る。
「――イザーク・ジュール!ブリッツ出るぞ!」
イザークが叫ぶとブリッツは急激に加速し、ヴェサリウスから飛び出して行く。
一度、バーニアを吹かし、更に加速を駆けると、イザークは隠蔽機構"ミラージュコロイド"を発動させる。
機体の各所にある噴射口からガスのような物が噴出す。ブリッツは見る見るうちに闇へと溶けて行く。
やがてブリッツの機体は完全に見えなくなり、肉眼やレーダーでも見つける事が出来なくなった。
アークエンジェルの格納庫では、出撃を前にして整備兵達が各機動兵器のチェックの為に忙しく動いていた。
その中、パイロットスーツ姿のキラは、ストライクのコックピットで友人達が組み上げてくれたプログラムをストライクに走らせているところだった。
キラはモニターを見ながら、物凄い勢いでキーボードを叩いて行く。
「えっと、駆動系、クリア。武装プログラムっと……」
時間が無い為、全部に目を通す事が出来ないのが不安だが、今はそんな事を言っている場合では無かった。
キラはガン・ランチャーのテストを行う為、コックピットの中から、大声でマードックを呼ぶ。
「マードック軍曹!ガンランチャー、先に装備させてくれませんか?」
「分かった!待ってろ!」
ストライクの足元で指示を出していたマードックは大声で答えると、床を蹴ってストライクのコックピットに取り付いた。
マードックはコックピットを覗き込むと、確認する為にキラに声を掛ける。
「おい、坊主!出る時は、ガンランチャーにエール装備でいいんだな?」
「はい、お願いします!」
キラはキーボードを叩きながら頷いた。
一心不乱に作業を続けるキラを見ながら、マードックが真剣な表情を見せる。
自分が言い出して始まった事なだけに、ストライクやキラの身に何かあれば自分の責任だと思い、心配するかのようにキラに声を掛ける。
「プログラム、行けそうか?」
「ええ。みんな、頑張ってくれましたから。多分、大丈夫だと思います。後は僕が調整するだけです」
「戦闘までに間に合うのか?」
「大丈夫です!間に合わせます!」
キラは顔をコンソールの小型モニターに向けたまま答える。
マードックは、キラから今までとは違う気迫を感じ取り、ニヤリと笑う。
「絶対、やられんじゃねえぞ」
「ええ。必ず帰って来ます」
「おう!頼んだぜ、坊主!」
キラはモニターから顔を上げると、視線をマードックへと向けて頷いた。
マードックも頷き、コックピットを離れると、ストライクにガンランチャーを装備させる為に大声で指示を飛ばした。
その間もキラはキーボードを叩き続けるが、ふと、訓練でアムロからのアドバイスを思い出し、手を止めた。
――無駄な動きは命取りになる。今は、狙いも全てオートにしているだろうが、細かい狙いはマニュアルでコントロール出来るようになるのが理想だな。
――オートでは避けた相手を追う事しか出来ないが、細かい射撃が出来るようになれば、相手の動きを予測した箇所にピンポイントで撃ち込める。
キラは、コンソールモニターから視線を外し、メインモニターに写るνガンダムへと視線を向けた。
「射撃か……。プログラムに手を入れてみるか……」
キラは呟くと、目線をコンソールモニターへと向け、もう一つのプログラムを立ち上げる。
戦闘で、少しでも自分が有利に立ち回る為に、やれる事はやって起きたかった。
キラは、再びキーボードを叩き始めた。
キラがストライクのコックピットでプログラムの調整を行っている頃、アムロも同様にνガンダムのコックピットで、整備のままなら無い愛機の調整を行っていた。
モニターを見ながら各部の調整を行っていると、ムウのメビウス・ゼロから通信回線が入って来た。
「アムロ大尉!済まないが出る前に伝えておかなきゃいけない事があってさ」
「どうした?」
「艦長からの伝言。これ、秘匿回線だから、コックピット開いてるなら閉じてもらえる」
「分かった」
アムロは何事かと思いながらコックピットを閉じると、ムウにその事を伝える。
すると、少し間を置いて、マリューからの伝言の内容を伝える為に、ムウは少し真面目な感じで話し始めた。
「んじゃ、伝えるわ。……もしも、戦況が不利だったり、勝ったとして、軍に捕まると思ったなら離脱してくれて構わないって。これ、俺と艦長以外は知らないからさ」
「……いいのか?」
「ああ。それに俺も艦長と同じ意見だ。アムロには世話になってるしな。俺達だけで庇い切れるもんじゃないのも分かってる。νガンダムが無けりゃ、何とか成るんだろうけどさ。そうも行かないし」
ムウは、いつも呼ぶようにアムロを「アムロ大尉」とは呼ばなかった。それは、ムウ自身、知り合って短いながらも、共にアークエンジェルを守って来た仲間だと思っている為だった。
アムロは、いつしか必ず来る問題が来たかと思いながらも、ムウとマリューの気遣いに感謝と申し訳なさが入り混じった。
「……ムウ、済まない」
「いや、いいって!離脱したとしても恨まないさ。出来れば、最後まで一緒に戦って欲しいけどさ」
「ああ。出来る事なら」
「この戦闘が終わって、アークエンジェに戻った時に、アムロが居てくれる事を願うよ」
「……ありがとう。後は地球軍次第だが、期待に応えられるよう努力はするつもりだ」
ムウの言うように、本当にアークエンジェルに残れればいいのかもしれないが、この世界の地球軍と言う組織が、異世界から来た自分をどう扱うかは分からない。
アムロは、もしもの時の事も頭の片隅に留めて、軽く頷くと真剣な表情で答えた。
「まぁ、俺も、それまでに巧い言い訳でも考えとくさ。お互い、がんばりましょ。それじゃ!」
ムウも分かってるとばかりに、おどけた感じで答えると、一方的に回線を切った。
アムロはシートに体重を預けると、どうするのかを考え込む。
そうしていると、νガンダムのコックピットカバーを叩く音が聞こえて来た。
何だと思い、モニターのスイッチを入れると、マードックが軍用の小型バッグを片手持って、開いている手でノックしていた。
アムロがハッチを開けると、マードックはコックピットの中に入って来る。
「いいですか、大尉さん」
「なんだ、マードック?」
「これ、水と食料です。レーションですが、一週間分入れてあります。推進剤も満タンになってます」
マードックは持っていた軍用の小型バッグをアムロへ差し出した。
アムロは頷き、バッグを受け取ると、マードックは再び口を開き言葉を続ける。
「後、予備の酸素や推進剤は、フィン・ファンネルにワイヤーで括り付けて、用意しときますから、離脱する場合は忘れないでください」
「……ああ。気を使って貰って、本当に済まない」
「……俺としては、あんたがこのまま居てくれて、これが役に立たない事を願いますよ。無事に会えたら、酒でも一杯やりましょう」
アムロは感謝の言葉を口にすると、マードックはアムロが受け取ったバッグを指差して笑いながら言った。
マードックを見据えながらアムロが頷くと、マードックはコックピットを後にした。
戦闘宙域まで、二、三十分と言った距離まで近づいていた。
地球衛星軌道に到着した地球連合軍第八艦隊は、集結しているザフト軍を確認し、すぐに警告を発したが、案の定、ザフト軍は警告を無視し、近づくなら攻撃のをすると返答を返して来た。
それに伴い、地球連合軍第八艦隊、旗艦メネラオスのブリッジでは、ハルバートンの戦闘の号令が、今、まさに発せられる処だった。
「――艦対戦用意!」
「――艦対戦用意!各艦、砲門開け!第一次攻撃部隊のメビウス、出撃せよ!」
ハルバートンの号令を繰り返すように、ホフマンが指示を出して行く。
地球連合軍第八艦隊の艦船はタイミングを合わせたかのように動き始めた。
地球軍艦艇からメビウスが次々に発進して行く。
「――敵の動きはどうか?」
「敵艦よりモビルスーツ出てきます!――距離千五百!」
「まだ、相手の砲撃が届かん距離だ。慌てる必要はない!メビウスは両翼にも展開させろ!」
「敵モビルスーツ、識別!ジン、十!」
ハルバートンは、CICに座るオペレーターに報告のを受けると頷いた。
ザフト軍艦艇は数こそ、第八艦隊に比べれば若干少ない程度で、出撃して来るであろうモビルスーツの数が、艦の数からも明らかに少なすぎた。
ホフマンは、ハルバートンの思った事を代弁するかのように、思った事を口にした。
「先鋒で十機……少ないですな」
「これから出てくる!抜かるなよ!」
ハルバートンは頷くと、第八艦隊の将兵達に気合を入れるかの如く、声を張り上げた。
今、ここに地球衛星軌道での戦闘が幕を開ける事となった。
ザフト軍は予定通り、地球軍艦隊の警告を無視した事で外では既に戦闘が始まっていた。
第二次攻撃部隊に組み込まれたアスランは、イージスの暗いコックピットの中で出撃を待っている。
その間にも、アスランの頭の中では色々な事が思い出されていた。
――アスラン、僕達を追わないで!君と戦いたくないんだ。
――辛そうな、お顔ですのね……。
――そんなのおかしい……おかしいわよ……。友達なんでしょう……どうして戦わなくちゃいけないのよ!?
――でも、同じコーディネイターで……敵になってる人がいるくらいなんですよ……。言って分からない相手なら、倒すしかないじゃないですか!
「ラクス……フレイ……俺は……俺達は、本当にこれでいいのか……?」
アスランは、辛そうな表情で、今では死んでしまったかもしれない婚約者と、初めて友達となったナチュラルの少女の名前を口にした。
勿論、シルバーウインドを攻撃した地球軍は憎い。しかし、元々、ラクスが聞けば喜ばないであろう、このような戦いに、アスラン自身、意義を見出してはいなかった。
だが、プラントを守るザフト軍兵士として、戦わなければならない。戦い続けると言う事は、また何れ、キラとも戦わなければならないと言う事だった。
そして、そのキラは、ラクスを殺した地球軍に組しているが、アスラン自身、キラはそんな奴じゃないと思いながらも、地球軍にいる以上、倒さなければならない敵である事に間違いはなかった。
複雑に絡み合った想いや事実がアスランを苦しめていた。
そんな中、イージスのコックピットに通信回線が入る。
「アスラン・ザラ、いるか?」
「……ユウキ隊長!?……どうしたんですか?」
「いや……本来なら、戦闘中に私的な通信使用は禁止なのだが、君の事が心配になってな」
「――あ、ありがとうございます!」
アスランはスピーカーから聞こえて来る、ユウキの声に驚きを隠せなかった。
自らの教官であったユウキは、本人の言う通り、生真面目で作戦行動中に私用がで通信を入れて来るような人間ではない。
裏を返せば、心配しなければならない程、今のアスランの状態は回りからすれば酷いと言う事だった。
「君の婚約者の事を考えれば、精神的にもきつかろう……。本来なら、出撃させるべきではないと思うが、そうも言ってられん状況でな……」
「……いいえ。……私も……ザフトの兵士ですから」
「……そうか。地球軍が憎いだろうが、憎しみだけで戦うな」
「……はい」
アスランは、ユウキに気に掛けて貰い恐縮しながらも、ラクスやキラの事が頭から離れないのか、あまり元気の無い声で返事をした。
その様子に業を煮やしたのか、イージスのコックピットにユウキは怒りの声が響く。
「――アスラン・ザラ!そのような府抜けた態度では、貴様も死ぬ事になるぞ!」
「――!も、申し訳ありません!」
突然の怒鳴り声にアスランは、慌てたように背筋を伸ばす。
ユウキが声を荒げるような態度に出る事は、訓練校時代ならいざ知らず、余程の事が無い限り有り得ない。
ユウキは、アスランに対して気合を入れるかのように言葉を続けた。
「戦う意思が有るのなら、そのような顔は二度と見せるな!」
「――はい!」
「分かっているとは思うが、既に先発のモビルスーツ隊は戦闘に入った。必ず生き残り、ラクス・クライン嬢の分まで生きろ!いいな!」
「――は!」
アスランはユウキに怒られ、自分がいかに弱かったかを実感する。今は軍の作戦行動中なのだ。ユウキが怒るのも無理はない。
通信が切れるとヘルメットを脱ぎ、両手で気合を入れるように両頬を打った。
余程、自分が許せなかったのか、両頬をかなり強打したらしく、顔を下に向けた顔を抱えるようにしながら、唸り声を上げる。
「――っ!」
「アスラン、僕達も出撃で――。……唸り声……ですか?アスラン、どうしたんですか?何かあったんですか?」
丁度、その時、ニコルからの通信が入る。
ニコルは、アスランの唸り声をまともに聞いてしまったらしく、心配のあまり呼びかけの声を出していた。
アスランは下を向いたまま「……いや、何でもない」と返事をする。
「……そう、ですか。……アスラン、さっきは言い過ぎました……。ラクスさんが居なくなって、一番辛いのはアスランなのに……」
ニコルは合流した時に話した事を気にして、申し訳なさそうな声で謝罪をして来た。
アスランは痛みから復活したのか、ヘルメットを被りながら答える。
「……いや、気にしていない。今は、この作戦に集中しよう」
「……はい。必ず成功させましょう」
ニコルが頷くと、アスランはイージスをリニア・カタパルトへと移動させる。
カタパルトの向こうでは、ビームや爆発の光りが見て取れた。
アスランは、軽く深呼吸をすると、出撃確認の為の声を上げる。
「――アスラン・ザラ、出る!」
アスランの声と共に、イージスが勢い良く射出され閃光が瞬く戦場へと消えて行った。