地球軍プトレマイオス基地の港口から噴き上がる爆発と炎が、暗い宇宙空間に一際鮮やかな光を醸し出していた。
その爆発は、まるで火山を連想させる。しかし、それはイザーク率いるザフト軍突入部隊がプトレマイオス基地内に停泊中の戦艦に仕掛けた爆弾で起こされた爆発だった。
プトレマイオス基地外に居るザフト軍将兵達は、その光景に歓喜の声を上げ、誰もが作戦の成功を確信した。
バスターに乗るディアッカも、それは同じだった。
「――グゥレイトッ!イザークの奴、やりやがった!」
「――爆発確認。各モビルスーツは指示があるまで現状維持」
「バスター、了解!それにしても、やるときゃ、やっちまうんだからな……ホント、イザークの奴はよ」
ディアッカは戦闘管制オペレーターの指示に応えると、作戦を成功に導いたイザークの事を、ニヤケながら褒め称えた。
プトレマイオス基地から脱出した突入部隊のジン達が母艦を目指し、バスターとすれ違って行く。
続々と続くジンの編隊が、大方通り過ぎ、最後に遅れて両足を失った機体の手を引いたジンが通り過ぎて行った。
ディアッカは帰艦する編隊の中に、イザークの乗るブリッツは確認する事が出来なかった。
――あいつ、脱出したのか?……まさか!?
ジンが通り過ぎ、何時まで経っても姿を見せないイザークに業を煮やして、ディアッカはヴェサリウスのオペレーターへと回線を開いた。
「――おい、ブリッツの姿が確認出来なかったぞ!イザークはどうした!?脱出したのか!?」
「現在確認中だ。引き続き、指示があるまで任務に当たれ」
「――ちっ!融通が利かねえな……。隊長を出してくれ!」
「……分かった。待ってろ」
ディアッカは舌打ちをすると、文句を言いながらもクルーゼを出す様に告げた。
オペレーターはディアッカの態度に、いい加減呆れたのか頷いて、クルーゼへと回線を回す。
「どうした、ディアッカ?」
「今、突入部隊の奴らとすれ違ったんですが、イザークがいねえ!イザークから連絡は?」
「私は君達の連絡役では無いのだがな……。まあ、いいだろう。今の所、ブリッツとの通信が途絶えている。爆薬を設置した所までは分かっているが、それ以降の詳しい事は未だ不明だ」
「……マジかよ!?」
捲し立てる様に喋るディアッカに、クルーゼは半ば呆れた様にぼやくが、仕方ないとばかり、シートに預けた背を伸ばすと、自分の元に集められた情報をディアッカに告げた。
それを聞いたディアッカは、ただ呆然と呟く様に言葉を吐く事しか出来なかった。
「だが、イザークは大仕事をやってくれた。我々は感謝せねばなるまいな」
「……」
クルーゼから出た言葉はイザークを称えながらも、半ば、あの爆発に巻き込まれたのであれば、死んで居るのではないかと思わせるニュアンスを含んでいた。
ディアッカは、スピーカーから響くクルーゼの声に対して怒りの表情を浮かべるが、唇を噛み締め、文句を言いたいのを押し潰す。
「……どうした?……ほう、そうか」
オペレーターから、新たな報告上がって来ると、クルーゼは呟く様に答える。その呟きはスピーカーを通して、ディアッカの耳にも届いていた。
報告を受けたクルーゼは、回線を繋いだままのディアッカへ期待を持たせるかの様に声を掛ける。
「ディアッカ、爆発直前、ブリッツからの連絡が入っていたらしい」
「――!って事は、生きてる!?」
「それは分からん。基地周辺では爆発の影響で、機体コードを確認するのも難しい状況だからな。もう少しすれば、確認も出来るだろう。今は待つ事だ」
「……了解」
喜々とした声を上げるディアッカを尻目に、クルーゼは淡々と答えた。
淡い期待を裏切られた様な気分になったのか、ディアッカは腹立たしげに応え、回線を切った。
クルーゼは、ディアッカの態度に冷ややかに苦笑を湛えると、オペレーターに声を掛ける。
「敵基地の動きはどうだ?」
「沈黙していますが……、それだけでは何とも」
「ならば、爆発が治まり次第、基地内部に偵察機を送れ!確認出来次第、撤退を開始する。あまり時間を掛けるなよ!」
「――ん!?……この反応は……モビルスーツが流されてるのか?」
クルーゼは港口で続く小規模な爆発を見届けながらも、次々と指示を出して行く。
その時、レーダー担当オペレーターの呟きがクルーゼの耳へと届いた。
「どうした?」
「いや、恐らく撃墜された機体だと思うのですが、戦域外に流されて行くようです。まだシグナルが出ている様なので反応したと思われます。ただ、電波干渉で敵か味方かまでは分かりません」
オペレーターはクルーゼへと顔を向けると、一応の報告として伝えた。すると、クルーゼは少し考える様な素振りを見せた。
現状で、地球軍からの反撃は数機のMAくらいで、差し当たり、攻撃部隊の機体を損傷機の回収に向かわせても良いくらいであった。
「……そうか。味方であれば、助けなければならなかろう。……ディアッカを向かわせろ。待つよりは、少しは気が紛れるだろうからな。他の機体も損傷機の回収に当たらせろ」
「了解しました」
クルーゼは頷くと、すぐに戦闘管制オペレーターへと指示を出した。
戦闘管制オペレーターが頷くと、クルーゼの指示は、すぐにバスターに乗るディアッカへと伝えられた。
一部の機体を残し、モビルスーツ達が機体回収に動き出す。その中、バスターが戦域外へと流される機体を追う為にバーニアを噴かし移動を開始した。
地球軍プトレマイオス基地の港口から爆発と炎が火山の様に噴き上がる。港口から外へと脱出した彼らのヘルメットのバイザーにその光景が反射していた。
プトレマイオス基地ドック第二隔壁の損傷したケーブルを修理した地球軍整備兵達は、その後、外へと脱出し沈黙した対空砲塔の側で、ノーマルスーツ姿でその様子を見上げていた。
十数人の生き残りの誰かが、爆炎を見上げながら力無く呟いた。
「……俺達、助かったんだな……」
「……ああ」
「……畜生……。コーディネイターめ!奴らが攻めて来なけりゃ、中に居た連中だって死なずに済んだのに!」
見上げるだけの彼らの中の誰かが、その心の内を滲ませる様に呻いた。
第一隔壁に座礁した艦に居た自分達だけが、こうして脱出して来てはいるが、ドックの第二隔壁の奥には、まだ多くの仲間が居たはずだった。
しかし、あれだけの爆発を内部で起こったのだから、中に居た仲間達が生き残っているのかは、そこに居る全員が予想出来ていた。
「……あの爆発じゃ……きっと……無理だろうな……」
「おい!お前、ふざけるなよ!そんな簡単に死んだなんて決めつけるなよ!」
「あの爆発を見ただろ!分からないのかよ!」
中に居た仲間達の絶望を呟きを耳にした若い男が、呟いた仲間に掴み掛かった。
掴み掛かった彼にも、中の絶望的な状況は予想は出来ていた。しかし、それを認めてしまうのも許せなかった。
呟いた男性は、若い男性を諭す様に言うと片手で体を押し返した。
それを見た整備兵達は、それぞれの体を押さえに掛かる。こんな所で喧嘩しても、どうにも成らない。
「おい、せっかく生き残ったんだ、やめろよ!」
「……お前、悔しくないのかよ!?」
「……悔しいさ……!でも、今の俺達に何が出来るんだよ!?俺達はメカニックなんだぞ!」
羽交い締めにされた若い男性が、叫びながら悔しさを滲ませルト、言われた男性も若い男生と同じ様に悔しさを隠さずに怒鳴り声を上げた。
それを見かねた彼らよりも立場が上であろう中年男性が、二人に怒鳴る。
「おい、二人ともやめろ!俺達は生き残ったんだ!まだ次がある。それまで、その気持ちは取っておけ!」
「……分かったよ。……済まなかった」
「……俺もそんなつもりで言った訳じゃないんだ……。済まなかった」
怒鳴られた二人は、こんな所で言い合いをしても、どうにも成らない事は分かっていた。ただ、互いの気持ちに歯止めが利かなかっただけの事だった。
こんな状況だからこそ我が強くなり、分かっていても押さえが利かなくなる。
二人は、互いに自分の非を認めつつも、目を逸らした。
「……なあ、爆発が止んだら、中、確かめに行こうぜ。まだ生きてる奴が居るかもしれない……」
「……ああ、そうだな……。生きてる奴が居るなら、助けてやらないとな……」
二人は歯切れの悪いまま、それぞれドックに残された同胞達を思いやった。
そこに、どれだけの命が永らえているか、想像がついていながらも、彼らに出来る事はそれ位しかなかった。
見下ろせば、暗闇に青く輝く地球を眼下に捉えつつも、未だに地球衛星軌道上では、地球、ザフト両軍ともによる戦いは続けられている。ただ、両軍ともに後退を掛けている為、開戦当初に比べれば小競り合い程度の内容となっていた。
しかし、互いに戦いの終局を感じつつあった矢先に、イージスとデュエルが地球連合軍第八艦隊の先鋒艦隊を突破し、再び地球軍側の火線が激しさを増す事となった。
地球連合軍第八艦隊旗艦メネラオスからは、接近するイージスをアークエンジェルに近付けさせまいと迎撃が開始されていた。
「落とせぇ!なんとしても、ここから先へ通すな!」
「アークエンジェルより、モビルスーツ二機、迎撃に出ました!」
「――なんだとっ!?」
ハルバートンの声がブリッジに響き渡る中、オペレーターの一人がハルバートンに向かって報告をする。
その報告を聞いたハルバートンは、驚愕の声を上げた。
アークエンジェルは地球に向け降下態勢と入り、ストライクを始めとするモビルスーツも戦闘を出来る状態には無いはずなのだ。しかし、その状態にあってもモビルスーツを出撃させたマリューに対して、一瞬、懐疑的な考えが頭を過ぎる。
そうしてる間にも火線を潜り抜け、イージスがメネラオスを突破して行く。
「――敵機、後続です!ジン、三――!」
「――ええぃ、こんな時に!仕方あるまい!補給艦をアークエンジェルの盾代わりに展開させろ!支援機を送れ!メネラオスはギリギリまで降下しつつ、アークエンジェルを援護する!」
再びオペレーターの声がブリッジに響くと、ハルバートンは唸る様に顔を顰め、次々と指示を出して行く。
アークエンジェルとストライクを落とされては、今までの苦労が全て水泡となってしまうのだ。
「マリュー・ラミアスめ、何を考えておる!?……余程、あの二機を信頼していると言う事か!?その戦い、見せて貰うぞ!」
ハルバートンはモニターに小さく映るアークエンジェルを睨みつけると吐き捨てると、既に突破して行ったイージスを追う様にデュエルも同様に突破して行こうとする。
メネラオスからは、デュエルに対して、更に激しい砲撃が向けられる。しかし、デュエルはイージス同様に易々と火線をくぐり抜けて行った。
ハルバートンが見つめるアークエンジェルが映るモニターからは、光の尾を引かせストライクとνガンダムがイージスの迎撃へと向かって行く姿が見えた。
地球へと降下をするアークエンジェルでは、降下シークエンスはフェイズツーに移行し、大気圏降下限界点まで、あと四分となっていた。
輝く地球を背に、ストライクは上昇を掛け、それを追う様にνガンダムも左手にアグニを携え、バーニアを噴かしてる。
ストライクのコックピットで、キラは思うよりも推進力の上がらない事に顔を顰めていた。
「……ぇぃ!重力に引かれてるのか!?重い……」
「――キラ、高度に注意しろ!」
「――はい!援護お願いします!」
ストライクのコックピットにアムロの声が響くと、キラは頷いて更にペダルを踏み込んだ。
アムロはモニターの正面にストライクを捉えつつも、メネラオスを突破したイージスの位置を確かめると、その後方にデュエルと三機のジンを確認する。
――さっきの機体か!?先行するイージスを支援するつもりか?
この状態で、数で押し込めれては、防御の出来ないアークエンジェルは一溜まりもない。単機で先行するイージスよりも後続のデュエルとジン、機数が多い方を先に撃破するのを優先する事にした。
νガンダムがアグニを後続のデュエルとジンに向ける。
「――そこ!」
アムロはデュエルと三機編隊のジンの一機が重なると、トリガーを引いた。アグニからデュエルとジンに向けて光が走って行く。
ニコルはストライクに向かうイージスを見て、デュエルをストライクへと向けるとバーニアを噴かした。そこにνガンダムが持つアグニから発射されたビームが襲いかかる。
「――アスラン、戦っては駄目で――うわっっあ――!……ひ、左腕をやられた!?き、機体が重い……重力に引かれてる!?」
デュエルのコックピットを激しい揺れが襲った。
アグニから発射されたビームは後続のジン一機と、方向を変えたデュエルの左腕を溶かし、その熱量はでボディ部分を守るアサルトシュラウドの左側にもダメージを与え、アサルトシュラウド装甲が爛れた様になっていた。
コンマ数秒、方向を変えるのが遅れればデュエルはビームの熱量に溶かされていただろう。気が付かなかったとは言え、ニコルは背中に冷たい物が伝うのを感じた。
そうしている間にも、イージスはストライクへと向かって行く。
ストライクは近づくイージスに対してライフルを向けると牽制を開始する。
「――アスラン!アークエンジェルを落とす気!?」
「――キラ!やめろ!やめてくれ!」
アスランは自分に対して攻撃をして来るキラに、回避行動を取りつつ通信回線を開き、必死に呼びかけるが、キラは一切聞く耳を持たないか、ストライクは動き回りながら、ライフルをイージスへと向け続けた。
アグニをジンに向けていたアムロは、ストライクとイージスが戦闘を始めたのを目視するとストライクに通信を開いた。
「――イージスか!キラ、そいつは俺が相手をする。キラは後続のもう一機を!状況が状況だ、決して無理はするな!」
「――っ!だけど!……分かりました。お願いします!」
「――当たれよ!」
キラは自分がアスランの相手をするつもり居た為、一瞬、アムロの指示に声を上げるが、すぐに頷くと、ストライクをブリッツへと向ける。
アスランは離れて行こうとするストライクを追おうするが、そこへ、νガンダムがアグニを向けトリガーを引いた。発射されたビームは、イージスを掠める様に襲いかかる。
「――キラ!――くっ!?邪魔をするな!」
イージスはビームをギリギリ回避すると、次の攻撃を攻撃を警戒して、回避行動へと移った。
アムロは更に、イージスに対して二発のビームは放つと、すぐに後続のジンに向かってアグニを三発発射する。回避する二機のジンを次々と叩き落とし、ストライクと傷ついたデュエルの一対一の状況を作り出した。
νガンダムがイージスに向かおうとバーニアを噴かすと、途中、軽い衝撃を感じアグニとアークエンジェルを繋ぐケーブルが延びきった事に気付く。
アムロは、すぐにアークエンジェルへと通信を開くとνガンダムに持たせたアグニを手放した。
「――アークエンジェル、アグニを引き戻せ!」
アークエンジェルに対して指示を出したアムロは、νガンダムの右手にビームサーベルを装備こそさせるが、スイッチを入れないままイージスに向け再びバーニアを噴かした。
その途中、メネラオスがザフト軍のモビルスーツを追う様に降下して来ているのを目にする。
「――メネラオスが突出して来ているだと!?戦艦がモビルスーツ同士の戦闘に介入しても的になるだけだ!下がれ!」
アムロは無謀にも降下するメネラオスに対し、通信を開き声を張り上げると、νガンダムはスロットルを最大に開きイージスの前に回り込もうと向かって行く。
今のνガンダムは、ビームマシンガンを格納庫へと置いて来てしまっている上、アグニを手放してしまった為に飛び道具は一切装備していない。その為、ビームサーベル一本でこの状況を乗り切らなければならなかった。
νガンダムはイージスに対し、接近戦を仕掛ける為に横から突撃を掛ける。
「――行かせるか!」
「――サーベルしか持たないの機体が何のつもりだ!」
アスランはνガンダムの攻撃に反応して間合いを取る様に回避行動に移り、ライフルを放つ。
ビームサーベルこそ手にしているνガンダムだが、そのサーベルの刃となるビーム部分が展開されてないだけに、アスランからすれば、どれだけの間合いを取ればいいのか難しい。とにかく離れた距離で戦うのが最善の方法だった。
しかし、イージスよりも大きなνガンダムの動きは、アスランの予測を裏切り、ビームをギリギリで交わしながら一気に間合いを詰めて来た。
「――早い!?図体が大きい癖に!」
アスランは、νガンダムの素早さと、まだ見ぬアムロの見切りの巧さに舌を巻くが、落とされる訳にはいかない。イージスを巧みに操り、νガンダムの間合いに入らない様に回避行動を軸にしながらライフルで応戦する。
アムロからすれば地球降下までに時間が無く、最悪でも敵機の後退か行動不能にしなければならない。
「――良くやるが!」
短時間でケリを着けなければならないアムロは、ビームサーベルのスイッチに指を掛け、バーニアを噴かしてイージスの懐へと飛び込む。
アスランも反応こそするが、一気に距離を詰められ、まだ発生していないνガンダムのサーベルの間合いを見誤る。
「――甘い!」
「――ちっ、まずい!」
アムロは居合いの要領で、イージスが避けきれない所でサーベルのビームを発生させ、下から凪ぐ様にライフルを持つ右手を切り飛ばした。
イージスの右腕を失ったアスランは左腕に装備されているビームサーベルのスイッチを入れ、νガンダムに斬りつけ様とするが、アムロは凪いだビームサーベルで受け止めた。
サーベル同士がぶつかり火花が散る。
アスランは、まさか攻撃を受け止められるとは思わず、バーニアを噴かしてνガンダムと距離を取った。しかし、νガンダムは止まる事は無い。アスランも必死に回避行動に入る。
「……い、一体、何者なんだ!?」
アスランは動き回るνガンダムを睨みながら吐くように呻いた。
すると突然、スピーカーから聞いたことの無い声が響く。
「――貴様、アスラン・ザラだな!?」
「――!?どうして、俺の名前を!?」
アスランは突然の事に困惑しながらもνガンダムを見据えるが、通信を開いたνガンダムは動きを止める気配を見せる事は無い。
イージスを振り回す様に回避行動を取るアスランは、真意を確かめる為にνガンダムに対して通信回線を開いた。
地球連合軍第八艦隊旗艦メネラオスは、突破したイージス、ブリッツ、ジンを追う様に降下を始めていた。
何としてもアークエンジェルとストライクを守らなければならない以上、ストライクとνガンダムだけに迎撃を任す訳にはいかない。メネラオスを盾にしてでも守り抜くつもりだった。
「――戦艦がモビルスーツ同士の戦闘に介入しても的になるだけだ!下がれ!」
「……ぬう、アムロ・レイか!……えぇい、そう言われては仕方あるまい!艦を後退させ、ミサイルとメビウスによる援護攻撃に切り替える!」
モビルスーツ同士の戦闘が始まった所で、メネラオスのブリッジにアムロの声がスピーカーを通して響き渡った。
ハルバートンは苦渋の表情を見せると決断を下し、指示を出す。そして、隣に座るホフマンに声を掛けた。
「モビルスーツの戦闘はモニターしているか?」
「――は!ご覧下さい」
ホフマンが応えると、メインモニターにはストライク、νガンダム、それぞれの戦闘の様子が映し出されていた。
ストライクは片腕を失ったデュエルを相手に距離を取りながら、ライフルでの撃ち合いを行っている。
パイロットが民間人のキラである事を考えれば、互角以上の戦いぶりに見えた。
「ストライクも良くやっているな」
「ええ。コーディネイターとは言え、年端も行かぬ民間人の少年が操縦していると思えないですな……」
「しかし、プラントでは、あの年齢位の少年でも戦場に出ていると聞くが、それを差し引いたとしても、コーディネイターと言う人種は凄い物だな。あの少年が味方であったのを感謝せねばなるまい」
ホフマンは、素直にキラのパイロットとしての素質に目を丸くしながら答えると、ハルバートンも同様に感心しながら頷く。
二人ともに、コーディネイターと言う種の適正を見せ付けさせられた思いだった。
そして、ハルバートンはνガンダムの映るモニターに目を向ける。
ハルバートンにすれば、自軍の兵器であるキラの乗るストライクよりも、ナチュラルがどの様な戦いが出来るのかと言う意味で、νガンダムの方に興味があった。
νガンダムは、ライフルを応戦するイージスを相手に果敢に接近戦を挑もうとしていた。
次々と襲い掛かるビームをνガンダムが交わして行く。その光景は、アムロがナチュラルと知ってなければ、コーディネイター同士の戦いに見える程だった。
「……ほう。あの男、言うだけの事はある。我々と同じナチュラルとは思えぬ様な戦い振りだな」
「我々ナチュラルも、あの様に戦えるのですな……」
ハルバートンがアムロの戦いぶりに目を丸くすると、ホフマンは驚嘆の表情でモニターを見続けながら頷いた。
それはハルバートンやホフマンだけでは無く、メネラオスのブリッジ要員達も同様らしく、モニターに釘付けとなっていた。
そうしていると、モニターに映るνガンダムがイージス懐に飛び込み、ビームサーベルでライフルを持つ右腕を切り飛ばす。
「――おおっ!」
その光景を目にしたハルバートン、ホフマン、そしてメネラオスのブリッジ要員達が驚きと喜びの声を上げた。
今まで、身体的特性で劣るナチュラルがコーディネイターに対し、信じられない程の戦いを見せているのだ。彼らからすれば、それは暗闇の中に見出した一筋の光明でもあった。
ハルバートンは打ち震えるかの様に目を見開き、興奮を隠せない様子で口を開いた。
「コーディネイターが操る最新鋭機を相手に、ナチュラルが飛び道具も使わず圧して居るではないか!実に素晴らしい!それにしてもアムロ・レイと言う男は素晴らしい腕を持っていではないか!」
「……まるで夢を見ているかの様です!あのパイロットがオーブの軍人であるのが実に惜しまれます!」
「うむ。無いもの強請りを口にしても仕方は無いが、しかし、このような光景を目にする日が来ようとはな……。これで死んで逝った者達に報いる事が出来ると言う物だ」
「死んで逝った者達も万感の思いでありましょう……。我が軍でもモビルスーツが量産された暁には、必ずや勝利が待っていると信じております!」
「うむ!」
ハルバートンの言葉にホフマンは、目に涙を溜めつつも視線をモニターからハルバートンへと移し、力強い言葉でナチュラルの勝利への確信を口にした。
ハルバートンが頷くと、ホフマンが席を立ち、ブリッジ要員達に向け声を張り上げる。
「――全員、今の戦闘を目にしたな!我々の命運は、Gとアークエンジェルに掛かっていると言っても過言ではない!気合を入れろ!何としても守り抜くのだ!」
「――は!」
ホフマンの声を耳にし、手の空いていた者達が敬礼で応えた。
その瞬間、オペレーターの声が新たな敵増援を知らせる。
「――ジン四機!モビルスーツが戦闘中の宙域に向かっています!」
「――なに、増援だと!?差し違えるつもりかっ!?何としても守り抜け!」
「ここまで来て、あれに落とされてたまるかっ!支援機はどうした!?」
「――はい!一個小隊がアークエンジェルの守りに入りました!もう一小隊がモビルスーツの支援に入ります!」
「それでは足りぬ!出せるだけの支援機を出せ!何としても、アークエンジェルとストライクを守り抜くのだ!」
ハルバートンはオペレーターの返答内容に怒鳴り声を上げ、メネラオスに残存するメビウスの出撃指示を出した。
地球軍にとっての希望の光を今、潰えさせてしまう訳にはいかない。
メネラオスのブリッジは、アークエンジェルとストライクを守る為に、次々とオペレーター達の指示を出す声が飛び交う事となった。
イージスをアムロに任せたキラは、デュエルと戦闘を行っていた。ストライクはライフル、デュエルはシヴァで応戦していたが、互いに決め手に欠き、時間だけが過ぎて行く。
そんな中、地球降下までの時間が迫りつつあり、キラに焦りが出始めていた。
「――くっ!時間が無いのに……こうなったら!」
キラは吐き捨てると、シールドを正面に翳して、ライフルを乱射しながらデュエルに機体を向けて突っ込んで行く。
ニコルはビームを回避しつつも、接近するストライクに対応する為、サーベルを装備しようとデュエルの右腕を上に上げた。
キラはその瞬間を狙い、デュエルに向け、プログラムの修正を行った三五〇ミリ ガンランチャーを発射した。
「――くっ!」
ニコルは間一髪、ガンランチャーを避けるとデュエルにサーベルを握らせ、ストライクを目視しようとするが、その瞬間、シールドを翳したストライクがデュエルに体当たりをする勢いで突っ込んで来た。
デュエルは対応しようにも既に遅く、コックピットを激しい揺れが襲う。
「――うわっ!」
絡み合うよにぶつかったストライクはシールドとライフルを投げ捨て、空いた左手でデュエルの右手を掴んで封じ込むと、機体を密着させた。
そして、右肩をねじ込む様にして、νガンダムの攻撃によって失った左腕付近の脆くなったアサルトシュラウド装甲へと一二〇ミリ対艦バルカン砲向ける。
「――捕まえた!これなら!」
キラは叫ぶとトリガーを押し込み、至近距離から一二〇ミリ対艦バルカン砲を放つ。
ストライクの右肩に装備されているガンランチャーから幾多の火花が散り、アムロの攻撃で脆くなったデュエルのアサルトシュラウド装甲を徐々に削って行く。
「――うっわあぁぁ!」
至近距離からの攻撃を受け、操縦桿を掴んでいられない程の激しい揺れにニコルは悲鳴を上げた。しかし、ストライクからの攻撃は止まる事は無い。
デュエルのエネルギーゲージが大幅に減り始め、レッドゾーン目前へと迫りつつあった。
密着した状態の攻撃の為、跳弾でストライクへもダメージは及んでいた。エールストライカーパック右側に装備しているサーベルに兆弾が当たり、爆発を起こして吹き飛ぶ。
しかし、キラはそんな事も気付かない様子でトリガーを押し続けるが、やがて、ストライクのガンランチャーが弾切れを起こし、駆動音だけが聞こえてきた。
「――弾切れ!?」
キラはモニターに一瞬、目を向けると残弾数がゼロを示しており、同時に右側サーベルが無い事に気付く。
左手はデュエルの攻撃を封じ込めている為、使用する事は出来ない。かと言って、ここまでやって離れて戦うのは不利だと判断した。
「サーベルが無い!――それなら!」
キラが叫ぶと、ストライクは右手を握り締め、デュエルのアサルトシュラウド装甲が無くなったコックピットに近い箇所を狙ってパンチを繰り出し始めた。
「――うわっ!あ――」
幾度も繰り出されるストライクからのボディーブローで、ニコルの体はシートへ何度も打ち付けられる。デュエルのボディも同様で軋みを上げる。
デュエルの電装系が衝撃に耐え切れなかったのか、モニターの一部がブラックアウトして行く。
「――そ――そんな!し、死にた――」
ニコルはシートに体を打ちつけながらも、コックピットが押し潰されるのではないかと恐怖に声を上げるが、しかし、ストライクは攻撃の手を緩める事は無い。
それから数度のパンチを浴びたデュエルは機体の色を灰色へと変色させた――フェイズシフトダウン。
「――これで――!」
キラはデュエルのフェイズシフトダウンを確認すると、声を張り上げて再度パンチを出す為に右側に操縦桿を命一杯引く。
そして、操縦桿を押し出した瞬間、ストライクのコックピットにアラームが鳴り響き、キラを横から何かがぶつかる様な衝撃が襲った。
「――うわっ!」
「――うわっぁぁ!……ううっ……」
ストライクは右側からジンの突撃を受けていた。その為、ストライクのパンチはポイントを外れ、アサルトシュラウド装甲の上を叩く事となった。
攻撃の衝撃でデュエルのモニターが完全に割れ、ガラスが弾け飛ぶ。コックピットに響くニコルの声は、悲鳴の後に呻き声へと変わる。
ジンに弾き飛ばされたストライクは、再度、攻撃を仕掛けようとビームサーベルを装備するが、アークエンジェルからの通信が入り、ミリアリアの声がスピーカーから響いた。
「――ストライク、νガンダム、帰艦してください!フェイズスリー突入限界点まで二分です!早く帰艦してください!」
「――くっ!了解しました。ストライク帰艦します!」
帰艦指示を聞いたキラはビームサーベルを収めると、ストライクをアークエンジェルへと向けバーニアを噴かし戦域を離脱して行く。
一方、デュエルは二機のジンに引かれながら、ストライク同様に戦域を離脱しようとしていた。
「……ううっ……痛い、痛い、痛い……」
デュエルのコックピットにニコルの呻き声が響く。
ストライクの攻撃で飛び散ったモニターの大きな破片が、ニコルの被るヘルメットのバイザーを突き破り、その顔に大きな傷を付けいた。
「貴様、何のつもりだ!?どうして俺の名を知っている?」
「キラから話は聞いている。友達なのだろう?かと言って、情けを掛けるつもりは無い。引く気が無いのなら、容赦無く落とさせてもらうぞ」
「キ、キラからだと……!?」
アムロの言葉を聞き、アスランは目を見開く。
アスランからすれば、親友だと思っていたキラが自分の情報を地球軍に漏らしたと言う事だ。それに、優しいキラがモビルスーツに乗っているのかも謎のままだった。
地球軍は、全く戦争とは関係の無いコロニーに核を使い、罪無き人々と母を殺したのだ。そんな連中なら、どんな事でもやりかねないとアスランの頭の中に過ぎった。
「――キラに何をした!?誰かを人質に捕って無理矢理、口を割らせたのか!?どうしてキラがモビルスーツに乗っている!?」
「キラは自らの意思でストライクに乗っている!それ以上でも、それ以下でも無い!」
「――な、なんだと!?」
アムロの言葉を聞いたアスランは、キラが自らの意思でモビルスーツに乗っている事など予想もしていなかった。
信じたくは無いが、キラが自分にライフルを向け撃って来たのも事実であり、対峙するνガンダムから聞こえて来る話に符号する点は幾つもあった。しかしアスランは、そんな事を認めたくは無い。
そんな時、イージスのコックピットに聞き慣れたニコルの悲鳴が響いた。
「――うわっぁぁ!……ううっ……」
「――!?ニコル!?どうした、何があった!?」
「――デュエルが被弾した!」
アスランが声を上げると、味方のジンのパイロットからの声が聞こえた。
レーダーにはデュエルに寄り添うように二機のジンを示すマーカーと、そして、もう二機のジンがこちらに向かっているのと、離脱するストライクを確認した。
「――イージス、貴様も帰艦しろ!」
「――!……そ、そんな……キラが……キラがやったのか!?」
ジンのパイロットの声が響くが、アスランの耳には届く事はなかった。
――キラがニコルを……傷つけた!
いつまでも友達だと信じ、助けようと思っていたキラが、自らの友達を傷つけた。その様な行為に及ぶなど、アスランからすれば裏切り行為だった。
アスランの中で何かが弾けた――。
イージスはバーニアを噴かし、νガンダムへと斬り掛かる。
「――ふざけるなぁぁ!そこを退け!」
「――何!?さっきとは気配が違うだと!?……どちらにしても引く気が無いと言う事か!」
アムロはイージスから発せられる気配を感じ取り、一瞬、戸惑うが、イージスからの攻撃をビームサーベルで受け流すと横凪に切り掛かる。
アスランは左腕のビームサーベルで受け止めると、右足の爪先からビームサーベルを発生させ、νガンダムを蹴り上げようとする。
「――下か!?」
アムロは一瞬の気配を感じ取り、νガンダムの左膝を曲げるとイージスの膝に足裏で蹴りを叩き込んだ。
攻撃を止められたイージスの右足のビームサーベルの先は、νガンダムの腰裏の装甲をかすり、焦げ目を付ける。
「――ちっ!」
「――こいつ!」
アスランは舌打ちをすると、次は左足で蹴り上げようとするが、アムロはスロットルを全開に開き、上へと回避する際にイージスの頭に蹴りを入れ、弾き飛ばした。
νガンダムと直ぐに体勢を立て直したイージスが、睨み合うように対峙する。
その時、アークエンジェルからの通信がνガンダムのコックピットに響く。
「――ストライク、νガンダム、帰艦してください!フェイズスリー突入限界点まで二分です!早く帰艦してください!」
「――後退だと!?ここまでか!」
「――ま、待て!」
アムロは吐き捨てるとダミーバルーンを発射し、アークエンジェルへと向けバーニアを噴かした。
途中、ストライクがどうなっているか、レーダーでマーカーを確認すると無事に戦域を離脱し、アークエンジェルに向かっている様だった。
アスランは後退するνガンダムを追いかける様にバーニアを噴かすと、ダミーバルーンの一つを薙ぎ払う。
「――うっ!爆発しただと!?」
イージスのビームサーベルに拠って切られたダミーバルーンは爆発を起こし、アスランにνガンダムを追う気力を削ぐ形となった。
アスランはバーニアを噴かしながらも、νガンダムを追うのを止め、目的のキラを捜し始めた。
レーダーをチェックし、キラの乗るストライクへの移動する方向へと目を向ける。
「……キ、キラは!?――いた!」
アスランはスロットルを全開に開くと、アークエンジェルに向かうストライクを追いかける。
キラも追ってくるイージスに気付き、バーニアを噴かす。
「――イージス!?アスラン!今、構っている暇は無いんだ!」
「どうして……どうして、ニコルを傷つけた!?」
「――早い!このままじゃ追いつかれる!?」
イージスのスピードは、アスランの念が篭ったかの様に最大まで加速して行く。
キラは、デュエルとの戦闘でビームライフルを捨ててしまった為、ストライクの左手にサーベル装備させる。
イージスはストライクに対して、横から移動を阻む様にして接近して来た。
「――キラ――!」
「――っ!」
キラはビームサーベルを展開させると、サーベルで払おうとするが、アスランも切られるつもりは無く、左腕のビームサーベルでストライクの攻撃を受け止めた。
鍔迫り合いになり、イージスがストライクを圧し始める。
「――うっ……お、圧されてる!?」
「――どうして、お前がニコルを!?」
「……まずい、時間が!?アスラン、そこを退いて!」
「キラ、やめろ!」
「退かないつもりなら!」
キラはイージスを睨め付けながらも、ストライクの足で前蹴りを入れてイージスを引き離すと、スロットルを全開にしてイージスへと切りつける。
しかし、アスランは易々と攻撃を回避し、怒鳴り声を上げながら反撃へと移った。
「――どうして、俺の言う事を聞こうとしない!」
「――くっ!早い!」
「――俺は戦いたくないと言うのに、どうして、俺の気持ちが分からないんだ!」
キラは何とか攻撃を受け止めるが先程と変わらず、アスランの気迫に圧されていた。
アスランは怒りを剥き出しにしながらストライクを蹴り飛ばすと、動きを封じ込める為に距離を詰めに掛かった。
「――うわぁぁぁ!」
「どうして、ニコルを傷つけた!?答えろ、キラ!」
「――くっ!また来るの!?それなら!」
「――!」
キラは、バーニアを噴かしてストライクの体勢を戻すと、頭部のイーゲルシュテルンを接近するイージスへと発射し、再度、ビームサーベルで切り掛かる。
しかし、イージスは攻撃を避け、自分を倒そうとするキラに対し、アスランの怒りは頂点へと達する。
「キラ、お前と言う奴は!」
「――僕は、僕の大切な人達を――うわっ!」
アスランは今までに無い程の怒鳴り声を上げながら、ストライクへの左腕の肘を切り飛ばした。
ストライクのコックピットに衝撃が走り、コンソールにダメージを示す赤いランプが点った。イーゲルシュテルンとアーマーシュナイダー以外の装備を失ったストライクには、イージスを倒す術は無い。
アークエンジェルに戻る時間も少なくなり、キラの表情が強張る。
「――腕をやられた!?まずい!」
「――待て、キラ!」
今のキラに選択肢はアークエンジェルに向かう他は無い。キラはイージスを無視するかの様にストライクのスロットルを全開に開いた。
――今の僕じゃ、アスランには勝てない……。
キラは自分の未熟さに唇を噛んだ。
アスランは、キラが逃げの一手を取るとは思わず、ストライクに一瞬、置いていかれる形となったが、すぐにバーニアを噴かして追いかけ始める。
そこへ、イージスへの攻撃を知らせるアラームが鳴り響いた。
「――ちっ!攻撃だと!?」
アスランは、イージスを捻る様にしてメビウスから発射されたミサイルを回避すると、イーゲルシュテルンで弾幕を張りつつ、ストライクを追おうとするが、二機のメビウスがイージスの邪魔に入る。
その間にストライクは、更にイージスとの距離を引き離しに掛かる。ストライクにメビウス一機が近付いて来ると、通信が入った。
「――ストライク、援護する!離脱してアークエンジェルへ向かえ!」
「――済みません、お願いします!」
キラはメビウスのパイロットに頷くと、真っ直ぐ前だけを見詰める。
メビウスは旋回をするとイージスへと向かって行く。
「――チョロチョロと!」
アスランは、正面から向かって来るメビウスに怒りをぶつけるかの様にサーベルで切りつけた。メビウスは正面から両断され爆発を起こす。
イージスは残り二機のメビウスを無視し、全力でストライクを追いかける。
その追いかけられているストライクのコックピットには、補給艦からの通信が入って来た。
「――ストライク、聞こえるか?」
「――あ、はい、聞こえます!こちらストライクです!」
「分かっていると思うが、アークエンジェルは補給艦隊直下にて降下態勢に入っている。降下するまでは、我々が盾と成る。急げ!」
恐らく補給艦の艦長、直々にストライクに声を掛けたのであろう、ストライクのスピーカーから聞こえる声は威厳のある物だった。
キラは目の前で、三隻の補給艦が並ぶ様にしてアークエンジェルの盾代わりの役目をしているのを確認する。
「ありがとうございます!ご無事で!」
キラは、盾代わりと成っている補給艦に敬礼をすると、その間を通る様にしてアークエンジェルへと向かう。
それを見たアスランは、この距離では追いつくのは難しいと判断するとイージスを変形させた。
「――逃げるな!キラ、止まれ!」
モビルアーマーへと変形したイージスは、正面中央に砲門がある五八〇ミリ複列位相エネルギー砲"スキュラ"を足止めの為に、ストライクではなく補給艦へと向けて発射した。
イージスから発射された光の帯は、中央の補給艦に直撃し爆発を起こす。
「――うわっ!」
加速を掛けていたストライクは爆発の衝撃を後ろから喰らい、アークエンジェルとは違う方向へと飛ばされ、地球へと落ちて行く。
攻撃をしたアスランからすれば、ただの足止めのつもりが予想外の事態と成り、落ちて行くストライクを目にして、名を叫んだ。
「――キラー!」
「――まずい、このままじゃ!」
コースが逸れたストライクを必死に戻そうと、キラは歯を食い縛りながら操縦桿を握るが、爆発の影響で加速が付き過ぎた機体は、重力に引かれコントロールさえままならない。
ダメージを受けたストライクで、このまま落ちれば爆発の危険もあった。
「――このイージスなら!」
キラが死んでしまっては、追いかけて来た意味など無くなってしまう。
アスランはキラを助けようと、イージスの性能を頼りにスロットルを開き、イージスが急激な加速を掛けるが、その時、突然、コックピットに声が響いた。
「――イージス、止まれ!」
「――!?俺の邪魔をするな!」
イージスを追う様に、二機のジンが近付いて来ていた。その内の一機は、イージスを追っていたメビウスと戦闘を行い、撃墜こそしたが、自らも被弾し、片足が失っていた。
アスランは制止の声を振り切り、キラを助けようと更に加速を掛けようとするが、二機のジンはイージスに組み付く様にして、動きを止めに掛かった。
イージスのコックピットを激しい揺れが襲う。
「――うっ!」
「――ふざけるな!お前の命令違反で、どれだけの味方が死んだと思っている!」
「――!」
動きを止められたイージスのコックピットに、ジンのパイロットの怒鳴り声が響くと、アスランはその意味に息を飲んだ。
ヘリオポリスで戦死したミゲルの顔が脳裏の浮かぶ。
アスランは戦闘中の力強さが嘘の様に抜け、その肩を落とした。
「分かったら、戻れ!」
「……俺は……俺はただ……うっ、うっ……くそっ!」
ジンのパイロットの厳しい声が再び響くと、アスランは涙を零し、操縦桿に思い切り拳を振り下ろして叫んだ。
この後、イージスとジンが帰艦し、両軍共に艦を後退させていた事で、地球衛星軌道上での戦いは幕を閉じる事となった。
地球、ザフト両軍の戦闘は幕こそ引かれこそしたが、地球に降下中のアークンジェルのブリッジでは、戦闘の時よりも慌しい状況にあった。
それも、イージスの攻撃により、補給艦の爆発に巻き込まれたストライクは大きくコースを逸らす事となり、戻るに戻れない状態となっていた為だった。
「フェイズスリー!融除剤ジェル展開!大気圏突入!」
艦の舵と握るノイマンが、アークエンジェルの大気圏突入を告げると、船底から灼熱の赤いヴェールは船体包んだ。摩擦熱の影響で、外装温度が一機に上昇して行く。
今の所、誰一人、ストライクとνガンダムの帰艦を確認はしては居ない。
「――キラとアムロはどうなっている!?」
仲間が帰艦していない事を心配したムウの声が、スピーカーを通してブリッジに響いた。
ナタルがモニターを通して、アークエンジェルと同じ様に赤いヴェールに包まれたストライクを見つけると声を上げた。
「――あっ!ストライクが!」
「キラ……」
「キラ!」
「キラ君!」
全員が固唾を飲み、ストライクに乗るキラを名を叫んだ。
ストライクは単独でも大気圏突入が可能とは言え、見た所、左腕を失いダメージを負っている。機体が不完全な状態での大気圏突入は、あまりにも無謀に思えた。
ストライクを見詰める中、パルの声がブリッジに響く。
「――νガンダム、後部甲板に着艦!」
「――よし!ストライクは、あのまま降りるの気か!?」
ナタルは拳を握ってνガンダムの帰艦を喜ぶと、パルに向かってストライクの状況確認をする。
パルは顔を顰めながら、モニターに出て来る結果予測を口にした。
「本艦とストライク、突入角に差異!このままでは降下地点を大きくずれます!」
「ええ!?」
「――キラ!キラ!戻れないの?艦に戻って!」
マリューは、パルから齎される結果予測を耳にし、驚きと焦りで顔を歪ませると、ミリアリアは慌てながらストライクに通信を繋ごうと声を上げた。
それを見たナタルがモニターを見詰めながら、苦汁の表情で呟く。
「……無理だ!ストライクの推力では……もう……」
「艦を寄せて!アークエンシェルのスラスラーならまだ……!」
「――艦長!?」
マリューは、ノイマンに向かってストライクに艦を寄せる様に指示を出すと、諦めかけたナタルは驚いた表情で苦い顔をしている上官の顔を見詰める。
まだマリューは、ストライクを助ける事を諦めてはいなかった。それを見て、ナタルは何か感じ取ったのか、顔を引き締める。
指示を出されたノイマンは、額に汗を浮かべながら、無茶な指示を出すマリューに対して声を張り上げる。
「しかし、それでは艦も降下地点が!」
「――ストライクを見失ったら意味がないわ!早く!」
「――まだストライクは無事なんだ!早く艦を寄せるんだ!」
「ええぃ……」
マリューとナタルが、ノイマンに向かって立て続けに怒鳴り声を立て続けに飛ばす。
当のノイマンは眉間に皺を寄せ、厳しい顔つきで舵をストライクの方へと倒した。
灼熱の赤いヴェールに包まれたアークエンジェルは、戻る事の出来ないストライクを助ける為に、巨大な船体を近付いて行った。
青い星に赤いヴェールに包まれながらストライクは落下して行く。
灼熱のコックピットの中で、キラはこの局面を乗り切る為に、コンソールに大気圏突入のマニュアルを写し出していた。
熱さの為に滝の様に汗が流れる。キラは必死に操縦桿を握り、暴れる機体を安定させようとした。
そうしていると、正面モニターに赤いヴェールに包まれたアークエンジェルを見つける。
「――!アークエンジェルが寄せてくれてるの!?」
キラは、この状況でも助けようするアークエンジェルに驚きながらも、心の中で感謝するが、モタモタしていれば、焼け死ぬ可能性の遥かに高い。そうなってからでは遅すぎる。
アークエンジェルは、徐々にモニターの中央へと近付いて来た。
「……これなら行ける!」
キラは助かると確信を持つと、軽くスロットルを開いた。ストライクは徐々に加速を始めるが、その代償に装甲表面温度が見る見る上昇して行く。
アークエンジェルの後部甲板には、膝を折り曲げて佇むνガンダムの姿が見えた。
「お願いだから届いて――!」
アークエンジェルに近付いて行くストライクの中でキラは叫んだ。
必死に操縦桿を握るキラは、段々と大きく見えるアークエンジェルの船体に向かってストライクの右手を伸ばした。
「――キラ、掴まれ!」
「ハァ…ハァ…あ!アムロさん!」
アムロがνガンダムを立たせ、近付いて来るストライクに向けて手を差し伸べる。
キラは、νガンダムに向け必死に手を伸ばす。そして、両機に手ががっちりと握り合うと、ストライクはアークエンジェルの後部甲板へと両足を着地させた。
「――ストライク、着艦!」
「やったぁ!」
「キラ君!」
「キラ!」
ブリッジにパルの声がストライクの帰艦を知らせると、全員が歓声を上げた。
ナタルは、喜ぶ少年達やクルーを見ながら大きく息を吐いて、マリューに笑顔を向ける。
「……ふぅ。……やれやれですね」
「……そうね」
マリューも、ホッとした表情を見せると苦笑いを浮かべながら頷いた。
アークエンジェルはその白い船体を赤く照らしながら、人類の母たる星に降りて行った。
自分に宛がわれた部屋に一人佇むラクスは、ベットに座り、扉が開けられるのを待っていた。この扉が開く時、それは戦闘が終了した事を意味する。
部屋でこうしている間にも、色々な事が脳裏を過ぎり、自分がどうすればいいのかと頭を悩ませていた。
しかし、年端も行かない少女に答えは早々見つかる物でも無く、ただ全員の無事を願うばかりに終始するばかりだった。
扉の方から、トリィとハロの声が聞こえて来る。
「――トリィ」
「テヤンディ!チキショウ!」
「――?なんですの……?」
ラクスは俯いていた顔を上げ、不思議そうな表情でトリィとハロを見詰めた。
トリィが扉をつつくと、ハロが扉に体当たりをして弾き返される。
「……扉……ですか?」
「トリィ」
「……開けるのですか?」
トリィが再び扉を突付くと、ラクスは腰を上げて扉に近付き、試しに開閉スイッチを押してみた。
すると、扉は空気が抜ける音と共に横へと開いた。
「――あ!」
「トリィ」
「マケタクナーイ!」
「あ、ピンクちゃん!」
ラクスが驚いていると、トリィとハロは待ってたとばかりに勢い良く部屋を飛び出して行く。
それを見てラクスは慌てるが、自分が部屋を出ては不味いのは分かっているつもりだった。
しかし、扉が開いたにも関わらず誰も顔を見せないのを不思議に思ったラクスは、おずおずと顔を扉の外へと出してみる。見張りが居たはずだが、誰も立ってはいなかった。
「あ、あのーぉ、お部屋を出てもよろしいですかー?」
ラクスは良く通る声で、誰も居ない通路に向かって呼び掛ける。当たり前だが、誰の返事も返って来る事は無かった。
小首を傾げてトリィとハロの後姿に目を向けると、ラクスは部屋を出て追いかけ始める。
「ピンクちゃん、鳥さーん、待ってくださーい!」
ラクスはトリィとハロを追いかけて走っていると、時々だが小さな揺れが襲い足を取られそうになった。
その事で、未だ戦闘中なのかと思いながらも必死に追いかけると、トリィとハロは展望デッキへと入って行った。
「――はぁ、はぁ……展望デッキですか……?外はどうなってるのでしょう……?」
ラクスは息を切らしながらも、トリィとハロと同様に展望デッキへと入る。
いつもと違い重力がある事に気付くが、そんな事よりも戦闘の事が気になり、シャッターが下ろされた窓を見詰めた。
そうしていると、シャッターが上がり始め、窓のには霧がに立ち込めていた。
「――えっ!?ここは……一体!?」
その光景にラクスは驚きながら窓へ近付いて行き、片手で窓へと触れると、突然、霧が晴れ、そこには青空が広がっていた。
空と海の切れ目が遥か彼方に見える。アークエンジェルの下には海、そして、その先には大地が見えた。
「……綺麗……。ここは地球……ですか!?」
ラクスはその美しい光景に目を取られ、記憶に焼き付ける様に眺め続ける。そうしていると、デッキが僅かだが揺れる。次の瞬間、光を遮る様に影がラクスに落ちる。
見上げると、アグニを抱えたνガンダムが、バーニアを噴かしながらカタパルトデッキへと帰艦して行く姿だった。
「――モビルスーツ!戦いは終わったのですか……!?キラ、キラは!?」
ラクスはνガンダムの帰艦を目撃して、戦闘が終了した事を感じ取った。そして、その戦いに参加しているキラ姿を必死に捜した。
再び、ラクスに影が落ちると、左腕の肘から先が無くなった灰色のストライクが姿を現す。
「あのモビルスーツにキラが乗っている」と教えるかの様にトリィが鳴いた。
「トリィ」
「――あ、あのモビルスーツは……キラ!?キラですか!?」
ストライクの機体の損傷を見て、キラが怪我をしてるのではなないかと思ったのか、ラクスは顔色を青褪めさせる。
そして、後退りながら窓を離れると展望デッキを飛び出し、格納庫へと走って行ったのだった。