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98 ◆TSElPlu4zM氏  『機動戦士ガンダムSEED bloom 』

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 プラントでは昼と言うには些か遅い時間を迎えていた。街には戦時下にあるとは思えない程、平和な時間を過ごす人が溢れている。
 そんな中、ザフト軍本部内で働く者達は慌しい動きを見せていた。
 理由はユニウス・セブンにて、地球連合軍ユーラシア連邦所属艦により攻撃を受けた民間船、シルバーウインド号に乗船していたアイドル、ラクス・クラインが発見されたと、北アフリカ方面隊隊長名で報告が上がって来た為だった。
 突然たらされた情報は未だ真偽が定かでは無い為に、そこで働く全ての者達に一切の情報が漏れる事が無い様に緘口令が出されていた。
 プラント最高評議会の会合を終え、自分の執務室へと戻る為にパトリック・ザラは通路を歩いていると、部下である将校の一人が出迎えた。

「ラウ・ル・クルーゼ隊長が執務室でお待ちです」
「クルーゼが?……分かった、下がれ」

 休みを与えたクルーゼが、何故来ているのかとパトリックは考えたが、然したる事でも無いと思い、すぐに部下を下がらせると、扉を開け執務室へと入って行った。
 執務室はいつもと違い、明かりが点り、部屋の隅々まで照らし出している。普段、パトリックは余り明かりを点ける事はしない。恐らく部下が、この執務室で待つクルーゼの為に明かりを点けたのだろう。
 パトリックは執務室の片隅にある革張りのソファへと目を向けた。そこには先程まで腰を下ろしていたであろう、クルーゼの敬礼する姿があった。
 ソファの前にあるテーブルの上には、部下がクルーゼに対して出したのだと分かる、飲みかけの珈琲カップが置いてある。その珈琲カップからは、既に温かさを感じさせる湯気は立ち上ってはおらず、それなりの時間を待っていたのを感じさせた。
 パトリックは自分のデスクへと、足を進ませながら口を開いた。

「……クルーゼ、休みは良いのか?」
「議会の事が気になりまして、足が向いてしまいました。それよりも、いささか慌しい様ですが?」
「ああ、シーゲルの娘が生きておる可能性が出てきてな」
「……ほう。議長はお喜びでしょう」

 自分のデスクへと歩いて行くパトリックを目で追い掛けながら、クルーゼは口元に冷たい笑みを湛えた。

「議会の場にも関わらず頭を下げて来た。所詮は親と言う事だ」

 デスクの上へと軽く放る様に書類を置いたパトリックは、椅子に座ると背凭れに体重を預けながら言った。その顔には、最高評議会議長シーゲル・クラインの様を嘲笑っているかの如く、不敵な笑みを湛えていた。
 その様子からクルーゼは、パトリックに取って今回の議会内容がマイナスでなかった事を悟った。そして、事の内容を確認する為に尋ねた。

「それで議会の方は?」
「……非公式に地球側と接触する事になった。しかも議長自らだ。あの男は無駄だと言う事が一つも分かっておらん」
「私も同意見です。やはり、閣下が議長の椅子に納まるべきでしょう。……それで、いつ行われるのです?」
「まだ決まってもおらん。まあ、守りはユウキにやらせると言っていたからな、我々が動く必要はあるまい」
「……ほう、それはまた」

 議会の内容を聞いたクルーゼは意外な風に答えると、パトリックは気にする様子も無く、そのまま言葉を続ける。

「私はシーゲルの相手をしている程、今回は暇では無いからな。それなら、娘の方を何とかせねばならん。貴様の方で何とかとは、度台無理な話しか……」
「なるほど……」

 ラクス・クラインを助け出す事で、更なる民衆の支持を得ようとするパトリックの考えと共に、その目障りな父親をどうにか出来るのならと言う意味合いに対して、クルーゼは軽く頷くと、片手で自分の顎先を撫でながら少し考え込む素振りを見せた。
 執務室に少しの間、沈黙が流れる。そして、考え込んでいたクルーゼが背を正してパトリックへと向き直って言った。


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「……閣下、一部隊お貸し頂けませんでしょうか?」
「……ん?……何をするつもりか知らないが、自分の隊が有るだろう」
「私の隊は戻って来たばかりです。それにモビルスーツの修理も済んではおりません。……出来る事なら、我が軍の中にも過去に地球側に居た者達が居りましょう。彼らをお貸し頂けませんでしょうか?」

 クルーゼの言う通り、プラント、そしてザフト軍内部にも過去に地球側に属していた者達は少なからず居る。何故、その様な者達がいるかと言えば、何らかの理由で地球側に追われたり、家族の一部がコーディネイターであったが為に迫害を受けたりと、理由は様々だった。
 しかし、プラント側としても唯の民間人であるなら未だしも、過去に敵側に属していたと言う事だけでも問題がある為、厳しい制限を付けて受け入れを行っていた。
 例えば、これから生まれて来る子供は必ずコーディネイターとして生む事を約束させ、プラントに取ってプラスになる仕事をある一定期間従事させるなどである。
 だが、それだけで制限が終わる事は無い。従事期間を終了した上で尚且つ、その子供がコーディネイターとして誕生した場合のみで、働いた親にでは無く、コーディネイターとして生まれた子供のみに市民権を与えていた。
 親はあくまでも、子供を育てる都合上、プラントに住まわせていると言うスタンスを採っていた。
 地球側に恨みを持ち行き場を失った者達にすれば、家族を養う事が出来るのだから御の字と言える。ちなみにに過去に非地球側に属していないなどの民間人の場合は、その限りでは無い。
 何故、クルーゼがその様な者達を使いたいと言ったのか、真意を理解出来ないパトリックは、目の前に立つ仮面を睨み付けた。

「あんな役立たずどもをどうする……貴様、何をするつもりだ?」
「彼らには、閣下に評議会議長の椅子に座って頂く為、引いてはプラントの為に働いてもらうまでの事です」

 パトリックが問い質すと、クルーゼは淡々とした声で答えた。
 今までクルーゼが裏切った事など一度足りとも無いが、パトリックは言い知れぬ不安を感じたのか、念を押すかの様に聞き返した。

「……本当だな?」
「はい。私は閣下からの御恩に報いる事が出来れば、幸いかと思っております」
「……ならば、その恩返してもらおう」
「分かりました。必ずやご期待に沿って見せましょう」

 クルーゼは深く頷き、パトリックを評議会議長に据える為に尽くす事を約束すると、それを成功させる為に必要な要望を口にする。

「閣下、その上でお願いがございます。差し支えが無ければ、私に多少の権限と……、事に従事する者達に飴を与える意味で、兵役の繰上げ期間を与える事は出来ませんでしょうか?後は我々がプラントの外に出る理由を頂けますと有り難いのですが」
「要求が多いな……。まあ、貴様には功もあるからな、多少の権限なら構わんが……。兵役期間の繰上げは……内容次第になるが考えておいても良いだろう。だが、外に出る理由は自分で何とか出来んのか?」
「臨時編成した隊を動かそうと思っておりますから、流石にそれは難しいと言う物です」

 パトリックは要求に渋い表情を浮かべるが、クルーゼはあくまで冷静な口調で答えた。
 ここまで順調に来ている為に、少しのスキャンダルでも痛手に成り兼ねないと考えるパトリックは、眉間に皺を寄せた。

「流石に足が付く様な真似は出来んぞ」
「……そうですか。……閣下、申し訳ありませんが、端末をお借りしてよろしいでしょうか」

 クルーゼは再び思考を働かせるかの様に目線を外すと、パトリックの後ろにある巨大なモニターへと目を向けて言った。

「好きにしろ」

 パトリックはデスクの片隅に置いてあるキーボードを、クルーゼの方へと滑らせた。
 デスクへと歩み寄ったクルーゼはキーボードを叩き、巨大なモニターに数週間先までの出港予定のある艦船と、その行動予定内容を表示させた。
 巨大なモニターには次々と文字が並び、従事する予定の隊の名が表示されている。その中で成るべく当たり障りも無く、自由が利きそうな内容の物をクルーゼは探して行くが、かなりの数がある為に、半ば見流す程度にしている様だった。
 そして、どのくらいの時間が経ったか、担当する隊、予定日時、場所すらも決まっていない案件を見つけ、クルーゼは手を止めた。その内容と言うのが、また実に因縁めいている。
 ユニウス・セブン宙域でシルバーウインド号を沈めた地球軍艦艇を的とした小規模の演習。恐らく担当するのは新兵器の実験部隊か、新人を多く抱える隊だろうと思われ、内容的にも悪くは無く、仮面の下でクルーゼは細く微笑んだ。


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「……拿捕した地球軍艦の始末ですか。この指揮、私に執らせて頂けませんでしょうか。人員は全て私が選びます」
「……何をするか知らんが、私に責任を被せるなよ」

 自分に責任が来るのを嫌がるパトリックは、念押しをするかの様に言うが、自分に忠誠を誓う部下が何を行うのか見当が付いたのか、それとも議長職がより近付いた事に気を良くしたのかは分からないが、その表情は先程よりも柔らかい物となっていた。
 クルーゼは口元に笑みを湛え、静かに応える。

「分かっております」
「それならば、好きにすれば良い。上申書を出しておけ。すぐに命令を書き換えさせる」
「ありがとうございます。……つかぬ事を窺いますが、アスランは地球に向かわせるおつもりで?」
「……そうしなければ、メディアに対して格好が就かんからな。しかし、都合の良い事に貴様達がヘリオポリスで助けた小娘がここで役に立つとは思わなかったぞ」
「ああ、確かフレイ・アルスターと言いましたか……なるほど。……アスランの件は了解しました」

 背凭れに体を預けていたパトリックが不敵な表情を浮かべながら言うと、クルーゼはヘリオポリスでの一件を思い出し、納得した表情で頷いた。
 クルーゼとしては大方の要件が済んだのか、この場所を退室する為に口を開く。

「それでは、私は失礼させて頂きます」
「まあ、待て。クルーゼ、一つ聞きたい事がある」
「何でしょうか?」

 パトリックは踵を返そうとするのを呼び止めると、クルーゼは再び体を正して聞き返した。
 デスクの上に置いた資料の束を数枚捲くり、パトリックは言った。

「このアンドリュー・バルトフェルドと言う男、宇宙では使えるのか?」
「それは分かりませんが、少なくとも砂漠の虎と言われた男です。噂では多少、変わり者ではある様ですが、その名の通りの実力だとか」
「そうか。私としては新型の計画も進んでおる以上、数名有望な者を本国に戻して再編を行い更なる増強を図るつもりだ。どう思う?」

 クルーゼの言葉にパトリックは頷き、自分の考えに対して意見を求めた。
 理由は、先日のプトレマイオス基地への奇襲、そして地球側の各宇宙港を急襲する作戦、オペレーション・ウロボロスによりアフリカのビクトリア宇宙港を陥落させた事で、次の段階へと移行すべく、その準備の為でもあった。

「閣下の行う事に、私は反対するつもりなどありません。お心の儘に」
「分かった。……上手く事を運べば、いずれ、貴様をFAITHに推挙する時が来るだろう。それだけの働きを期待させてもらうぞ」

 静かに答えるクルーゼを見ながら、パトリックは満足そうな表情を浮かべて言った。
 それは、クルーゼがこれから行おうとしている事に対して、必ず成功させろと言う意味を込めての発破だった。

「はっ!閣下の為、全力で尽くす所存であります」

 クルーゼは背を伸ばし敬礼をして答えると、そのまま踵を返して執務室を後にした。
 一人残ったパトリックは部屋の明かりを落とすと、薄暗い部屋の中で冷たい笑みを浮かべた。


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 ユーリ・アマルフィはプラント最高評議会終了後、パトリック・ザラからの連絡を受け、ニコルの入院する軍病院へと来ていた。理由は言わずとも知れたラクス・クラインに関係しての事でだった。
 プラントの立場からすれば、フレイよりもラクスを優先するのは当たり前の事で、ましてや自分の組する派閥のトップに立つ者の愛娘を助ける為なのだから、パトリックからの要請を断る事は無かったが、保護の名目での身柄交換など、人質外交でしか無かった。
 だが、ユーリは自分の息子であるニコルと、その同僚であるアスランが戦闘に出ていた時にその身を案じ、プラントに対して好意的な態度を見せる少女の姿を知っているのだ。それだけに心情的にはフレイをこの様に扱わなければならない事に心を痛めていた。
 その一方で、ラクスを無事に助け出さなければならないパトリックの立場も理解出来る為に、何とも言い知れぬ靄が心に掛かり、苦しそうな表情を見せながら、自らの家族の前で事情説明を行う事となった。

「……父さん、そんな!それって、人質と同じじゃないですか!」

 ニコルが父の言い分に、激しい怒りの声を上げて睨み付けていた。
 フレイの隣に座るロミナは、夫の立場を理解している為、ニコルの様に責める素振りは全く見せないが、隣に座る少女に対する心情は夫と同じだった。
 息子の怒りも理解出来るだけに、ユーリは苦々しい表情を浮かべながらも冷静に応える。

「ニコル、分かってくれ。本当ならば私も、フレイの事をその様に扱いたくは無いんだ」
「だからって、酷いじゃないですか!どうしてフレイが、そんな事に使われなければならないんです!」
「……ニコル、いいの。それでラクスさんが解放されるんでしょう。私、みんなに良くしてもらったから……。それにアスラン……可哀想だもの」

 仲の良い親子が自分の為に、この様な状態になっているに心を痛めたフレイは、ニコルを諌めるかの様に無理に笑顔を作って言った。
 ニコルは無理に作るフレイの笑顔を見て、怒りの勢いを失う。

「でも、それじゃ……」
「ううん、良いの。だからね……」
「……分かりました」

 フレイが首を横に振って「怒るのを止めて」と諌めると、ニコルは渋々頷いた。
 事を承諾してくれたフレイに、ユーリは向き直ると申し訳無さそうに言った。

「……フレイ、そう言ってもらえると本当に助かるよ。私もロミナも、この様な形で別れなければならないのが本当に悔やまれる……。本当に申し訳無い……」
「そんな、謝らないでください!……私、本当に良くしていただきましたから」

 態々、自分に向かって頭を下げるユーリの姿に、フレイは慌てた様子で両手を顔の前で振って応えた。
 ユーリはその少女らしい仕草に柔らかい笑みを作ると、せめて罪滅ぼしにと思った事を口にした。

「……ありがとう。それでだが、すぐにプラントを離れると言う事は無いと言う話しだ。その間は、自由に過ごして欲しい。私もロミナも、フレイの事を家族だと思って接して行きたいと思っている。フレイにも、そう思ってもらえれば嬉しいのだが……」
「……私もね、出来る事なら娘も欲しかったのよ。だから、フレイさんが来てくれて嬉しかったわ。……でも娘に『さん』は可笑しいわね」
「……ありがとう……ございます……」


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 ロミナも笑みを湛えながら言うと、フレイはその優しさに堪え切れなくなったのか、瞳を潤ませた。そして、少女の肩をロミナが包み込むと、フレイは母の胸で涙を流し咽び泣いた。
 その二人の光景を見ていたニコルが、バツが悪そうな表情で父であるユーリに顔を向ける。

「……父さん、さっきは済みませんでした。それから、お願いがあるんです。手術の前日まで退院出来ませんか?……僕も家族と過ごしたいですから」
「……分かった。先生に聞いて良ければ手続きをしよう」
「はい!お願いします!」

 ユーリが優しい顔付きで答えると、ニコルの表情は明るい表情へと変わった。
 やがてフレイが泣き止むと、ユーリとロミナはニコルの要望を叶える為に、医師の許可をもらうべく病室を出て行った。
 病室に残ったフレイは、家に戻った事が原因で治療が遅れ、顔の傷が残ってしまうのではないかと、心配そうな表情をニコルへと向けた。

「……ニコル、良いの?」
「ええ、傷は深く無いですし、何時でも消せますから。だから僕みたいな怪我人は、ここじゃ後回しなんですよ。それに僕達は家族なんですから、気にしないでください」
「でも、家族なら余計に心配するものよ。ありがとうね、ニコル」
「いいえ、僕も兄弟が欲しかったんです。どうせなら、本当に家族になって欲しいくらいですよ」
「そうね、考えておこうかな。この場合、私の方が姉かな?」

 包帯の下に笑みを浮かべながら言うニコルに、有り得ない事と分かりつつ、フレイは冗談めかした様に答えた。
 ニコルはフレイがプラントにやって来た当初に、彼女のパーソナルデータを見ている為に誕生日なども記憶していた。

「違いますよ、同じ三月生まれですけど、僕の方が誕生日は早いんです」
「えーっ!?……なんか、ニコルは弟って感じがするんだけど」
「……何気に酷い妹ですね」
「フフフッ、拗ねないでよ、お兄さん」

 苦笑いを浮かべるニコルに、フレイは笑顔で応えた。
 ニコルは本当にフレイが自分の妹なり姉なら、どれだけ楽しいだろうかと思った。色々あったが、アスランやフレイと共に過ごせた日々は充実した物だったと感じていた。
 そう思ったニコルは、せめて自分が思う兄らしい行動をと思い、わざとらしくおどけて見せる。

「ハイハイ、今回は可愛い妹の為に折れる事にします。そうだ、どうせならアスランも呼びましょう。彼の事だから、一人で寂しく過ごしてるんでしょうし」
「そうなの!?でも、何となく分かる気がする……。うん、そうね。アスランにも元気出して欲しいもの」

 フレイはアスランの事を思い返して見ると、彼の性格的に思い当たる節があったのか、微妙に苦笑いを浮かべてニコルの言葉に納得するも、昨日の姿を思い出して少しでも元気付けてあげられたらと思った。
 この数時間後、ニコルは自宅に戻り連絡を取ろうとするも、情報を規制された上で収監されていた為に、アスランの居所を掴む事は出来なかった。
 その事をニコルとフレイは心配しつつも、アマルフィ家ではフレイをお客様としてでは無く、本当の家族として向かい入れ、数日間だが平凡で暖かい日常を送って行くのだった。


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 格子の嵌った小さな窓から見える空を、アスランは備え付けのベッドに腰を下ろして見上げながら、人口の空が、じきにオレンジ色に変わって行く時間帯である事を感じ取っていた。
 アスランは広い軍本部敷地内にある、軽度の違反を犯した者が収監される独居房へと入れられ、やる事も無くただ空を見上げているばかりだった。ここに収監される者達は罪が軽い為に、体外数日で開放され再び自分の隊へと戻って行く事が多い。
 本来ならば、命令違反を犯し犠牲者さえ出しているアスランは、もっと重い刑務所なりに入れられるべきなのだろうが、クルーゼとパトリックの部下達の意向に因って極秘に収監されていた。その為、通常よりも監視は甘く、収監とは名ばかりの状態となっている。
 最も、アスランもこの様な事は初めてである為に、違和感を感じながらも、それを受け入れる他無かった。

「――ふぁ……クション!うぅ……風邪……かな……?」

 空を見続けていたアスランは、大きなくしゃみををすると鼻の下を摩りながら呟いた。
 特に寒気も感じないし、頭が重い訳でも無い為に、風邪の兆候とも思えなかった。
 そうして再び空を見上げながら、この数日間の事を思い返す。キラ、フレイ、ニコル、イザーク……。そして、ラクスの事。死んでしまった人は生き返る事は無い。
 実際の所、ラクスが死んでしまい、心から悲しいと思うが、今では少し前の過去の様に思え始めていた。この事をイザークに言えば薄情だと罵られ、また殴られるのだろう。
 ニコルの事にしても、キラを優先した為に怪我を負わせる結果になった。病室で痛々しい姿を目の当たりにして、自分の独り善がりでしかなかったのだと、昨日の事を反芻する。
 それにフレイがいなければ、ニコルやイザークとの事で、未だに落ち込んだままだっただろうと思う。
 アスランはフレイを抱きしめた時の温もりを思い出しながら、自分の為に親身になってくれた彼女に心から感謝した。
 そうして過ごしていると、こちらに近付いて来る靴音が聞こえて来た。アスランはその足音に耳をすますと、徐に顔を通路の方へと向ける。
 扉の前で誰かが立ち止まると、キーコードを打ち込む音が響き、空気が抜ける音と共に扉が横にスライドした。

「……た、隊長!?」

 アスランはこの様な場所に姿を表したクルーゼに驚きを隠せない様子で立ち上がり背を正した。
 中へと足を踏み入れたクルーゼは、淡々とした口調で言う。

「アスラン、気分はどうだ?昨日の今日ではあるが、君に朗報があってな」
「朗報……ですか?」
「そうだ。ラクス・クライン嬢が生きている可能性が出て来たそうだ」
「えっ……ラクスが……。ほ、本当ですか!?」

 アスランは呆然とした様子で聞き返した。死んだと思って諦めていただけに込み上げて来る物があったのか、ジワジワと喜々とした表情へと変わって行った。
 その様子を面白そうに見ていたクルーゼは、呆れた感じで言った。


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「嘘を吐いてどうする。現在、地上部隊がアークエンジェルと停戦し、身柄引き渡しの交渉をしているらしい。だが、運が良い事にこちらにも、それに見合うだけの人物を助けているのでな。交換となれば、更に交渉は上手く行く事だろう」
「……交換?ま、まさか、フレイ!?……フレイ・アルスターですか!?」

 ラクスと交換するだけの価値がある人物に見当が付いたアスランは、絶句しながらも自分の推測が当たっているの聞き返す。
 クルーゼは静かに頷き、事の内容を伝える。

「そうだ。保護した者を交換と言う形で、無事にラクス嬢の身柄を確保する。君も婚約者が無事で一安心だろう」
「……はい。ですがフレイは……」
「……君はまるで婚約者よりもフレイ・アルスターを気にしている様な口振りだな?接して居るうちに情でも湧いたのか?」
「い、いいえ、その様な訳では……」

 心の中を見透かすかの様に言うクルーゼに、アスランは俯きながらも慌てて首を横に振った。
 アスランの心中では、友達となったフレイを人質として扱う事に抵抗があった。しかも、彼女には色々と慰められたりと世話になっている為に、その思いは大きかった。
 クルーゼは皮肉るかの様に、冷たい笑みを僅かに浮かべる。

「フッ、まあいい。……さて、君にはフレイ・アルスターを地球に送り届けてもらう事になる。任務に従事させようと思ったが、ラクス・クライン嬢が生きていたのだ。仕方あるまい」
「その……任務の方は?」
「気にする事は無い。帳尻合わせは、いずれやってもらう」
「……分かりました」
「出発までには数日掛かる。前日までは、ここで待機して居てもらうぞ」
「――はっ!」

 冷たく言い放つクルーゼに対して、アスランは背を伸ばして敬礼で応えた。
 クルーゼはそのまま踵を返し出て行くと扉が閉じられた。

「……ラクスが……。フレイ……本当に……ごめん……」

 立ち尽くすアスランは、床を見詰めたまま悔しそうな表情で呟いた。


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 プラント最高評議会を終えたシーゲルは、自宅へと戻り自室のソファに腰を下ろし、とある人物が来るのを待っていた。
 扉をノックする音がすると扉が開き、細面の私設秘書の男性が顔を見せる。

「レイ・ユウキ様がお見えになられました」
「通してくれ」

 シーゲルが頷くと、秘書は後に下がり「どうぞ」と言って、ユウキに部屋に入る様に促した。
 ユウキは部屋へと足を踏み入れ、一度敬礼をする。

「失礼します。議長、お呼び頂きありがとうございます」
「わざわざ休みの所を呼び出してしまって済まない。さあ、座ってくれたまえ」
「失礼します」

 シーゲルは席を立ちって歩み寄り、握手を交わしながら言うと、ユウキは頷いてソファへと腰を下ろした。
 ユウキと対面する様にシーゲルも腰を下ろすと、すぐにユウキの顔を見ながら口を開いた。

「先の作戦では良くやってくれた。パトリックも君の事を高く評価していた。流石だな」
「ありがとうございます」
「それでだが、今日、君をここに呼んだ理由はなのだが――」
「失礼します」

 シーゲルが要件を言おうとすると、突然扉が開き、お茶をトレイに乗せた女性が入って来た。
 女性が「どうぞ」と言って紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、ユウキは軽く礼をする様にして頭を下げた。そして、シーゲルにも同じ様に紅茶を出すと、そそくさと部屋を出て行った。
 出鼻を挫かれたシーゲルは、言い掛けた事を遮られた事を気にしてもいない様子で、ユウキに紅茶を勧める。

「まあ、ユウキ君、飲みながらで良いので構わないよ」
「それでは、いただきます」
「……実は、数日中に非公式に地球側と交渉を持つ事になった。今、連絡を取ってもらっている所なのだ」
「……それはまた急な話しですね」


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 ユウキは軽く紅茶を口に含むと、少し驚いた様子で言った。
 だが、それも無理は無い。ユウキは先日、地球軍第八艦隊との戦闘から戻って来たばかりで、事の速さに些か戸惑いを見せた。そして、もう一つの疑問が頭の中に湧き上がる。
 ――娘を失った親が、こうも早く切り替えが出来る物なのか……?
 最愛の娘である、ラクスを失ったはずのシーゲルの様子に違和感を感じたのだった。
 だが、そんなユウキの疑問など知る由も無いシーゲルは、そのまま話を続けた。

「ああ、しかし、プラントの行く末の為にはチャンスを潰す訳には行かないのだ。せめてラクス……いや、全ての子供達には良い未来を残さねば成らぬからな」
「……ラクス様の事は、何とも痛ましく……」
「……そうか、君はまだ知らなかったか。実はラクスが無事に生きていると言う報告が来てな」

 父親本人から娘の名前が出て来た為に、ユウキが言い辛そうな表情を見せると、シーゲルは知らなくとも可笑しくないのを納得した様子で、嬉しそうに娘が生きている事を話した。
 ユウキはシルバーウインドの惨状を知っているだけに、まさかと言った様子で目を見開いた。

「そ、それは本当ですか!?」
「ああ。だからこそ、私は何としてもこの会談を形にしたい。プラント、そして子供達の為にも、我々は未来へ望みを繋げねばならんのだよ」

 シーゲルは表情を一転させ、真剣な面持ちで言葉を吐き出した。それは一時でも絶望を見た父親の念を感じさせる。
 ユウキは『子供達』と言う言葉の筆頭がラクスだと思いながらも、議長であるシーゲルが平和的にプラントを導こうと考えている事を感じ取った。
 言葉を区切ったシーゲルが、二つの目でユウキを見据える。

「ユウキ君……。そこでだが、君に私の護衛を頼みたいのだ。頼まれてくれるか?」
「……分かりました。命に代えましても議長閣下をお守り致します」

 呼び出された真の要件を聞いたユウキは、シーゲルの要請に力強く頷いた。


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 プラントの人口の空は闇夜へと変わり、昼間なら多くの人が行き交う通りも、既に人数を減らしている。
 軍本部のあるコロニーを離れたクルーゼは、シャトルに乗り込み、とある市のコロニーへとやって来ていた。
 何故、クルーゼは自宅へと戻らないかと言えば、理由は単純に約束こそしてはいないが、とある友人と会う為であるのが、しかし、その前に本命とも言える目的があった。その為にクルーゼは自らハンドルを握り、車を走らせている最中なのだ。
 人が疎らな繁華街を抜け、クルーゼの乗る車は静かな住宅街へと差し掛かろうとする辺りで、手前の信号が変わり、ゆっくりとブレーキを踏んだ。
 車が停まるとクルーゼは、腕時計に軽く目を向けて信号が変わるのを静かに待った。
 そうしていると、歳の頃は二十代後半くらいだろうと思われるスーツの男性が、クルーゼの乗る車のウインドウをノックして来た。男性の顔からは少し困った表情が見て取れた。
 クルーゼが車のウインドウを下ろすと、男性は申し訳無さ気に頭を下げて、手に持っていたメモを差し出しながら口を開いた。

「ああ、申し訳ありません。ここへ行きたいのですが、どうも迷ってしまったらしく……」
「……ほう。途中通りますので、どうぞお乗りください」
「それは助かります」

 クルーゼはメモを受け取ると、軽く目を通して車に乗る様に促した。
 男性は腰が低いのか、二度ほど頭を下げると助手席側へと回って車に乗り込んだ。助手席に座った男性は、安心した様子でゆっくりと息を吐く。

「……ふぅ」
「フッ……ハッハハハ!……君も芸が細かいな。諜報員よりも役者として生計を立てたらどうだ」

 アクセルを踏んだクルーゼは、堪えきれない様子で笑い声を上げると、隣に座った男性に向かって皮肉る様に言った。
 助手席に座る男性――地球連合軍大西洋連邦所属の諜報員である彼は、腹立たしげな表情を浮かべると、仕返しと言わんばかりに皮肉を込めた言葉を吐いた。

「馬鹿言わないで欲しいな。あんたこそ役者にでもなって、オペラ座にでも住んだらどうなんだい」
「いや、生憎だが私は、あの様な所に住まうつもりは無いのでな」
「似合いだと思うがね」
「……まあ、良い。それでだが、クライン議長が非公式に地球側と接触する事となった。しかも自らな」

 男性がわざわざ嫌味に聞こえる様に応えると、クルーゼはそれ以上、付き合う気は無いと言う態度を見せながら事の本題へと話を移した。
 クルーゼの言葉を聞いた男性は、分かりきった答えが見えている事に興味が無いのか、外を見ながら吐き捨てる。

「……それがどうかしたのか?どうせ、上手く行く訳無いのだろう」
「君とは意見が合うな」
「俺は、そんな事を聞きに来た訳じゃ無い。用件を言ってくれ」

 ハンドルを握るクルーゼが無感動な声色で言うと、男性は呆れた顔を見せながら目線だけを隣に座る仮面へと向けた。

「会談に顔を並べる地球側の人員、護衛等、その手の情報が欲しい」
「……何かやらかすつもりか?……まあ、良い。見返りは?」

 クルーゼが事の内容を淡々とした口調で告げると、男性は目を細めて聞き返した。
 前を見据えるクルーゼは少し考える素振りを見せると、落ち着いた口ぶりで代価となる情報を提示する。

「そうだな……、新型モビルスーツのデータか、それとは別の機体の建造計画書のどちらかでどうだ?」
「……建造計画って言うのは、どの程度の物なんだ?」
「そこまでは教えられんな」
「……それなら、造られるかどうか分からん物よりも、実戦投入予定のモビルスーツデータを」


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 分かり切った様に素っ気なく返答された男性は、少し考えてから対価となる物を選んだ。
 情報源となる物はそれぞれ異なるが、クルーゼは主にパトリックを情報源とし、男性は地球側のブルーコスモスと呼ばれる多数派を占める者達を軸にしている。
 クルーゼは頷くとサイドミラーを見て、車のウインカーを右へと出す。

「それは用意しておこう」
「分かり次第、いつも通り連絡をする」
「分かった」

 クルーゼから頷いて薄く笑うとハンドルを右に切って、車を再び繁華街の方へと向けた。
 手持ち房の男性は取引が終わった事で少しだけ気を抜いた顔を見せる。

「……それにしてもプトレマイオスへの攻撃を成功させたのだろう、英雄様様と言った所か。こっちとしては情報の一つも欲しかったんだがな」
「君は自分が立案した作戦を、わざわざ教える馬鹿が居ると思うか?」

 クルーゼは苦笑いを浮かべて言うと、男性も同意する様に薄ら笑いを浮かべて肩を竦めた。
 車内は互いの組織が敵対しあう者同士がいながらも、殺伐とした雰囲気ではなかった。かと言って、仲が良いと言う雰囲気でも無い。
 クルーゼが先程とは違い、少しは感情を感じさせる声で口を開いた。

「しかし、君がプラントに来て二年程になるか。早い物だな」
「……これも仕事とは言え、こっちに来てからほとんど家族とも顔を会わせてもいない。早目に代わりが来て欲しいさ」
「皮肉な物だな。家族を守る為にコーディネイターである君が、プラントの敵として動向を窺っているとは、誰も思ってもいないのだからな」
「……生きていれば色々あるだろう。あんたには感謝はしてはいる」

 男性は暗闇に光る街灯へと目を向けて、昔を思い出す様な口振りで言った。
 この諜報員とクルーゼは情報を対価として遣り取りを始めてから一年弱程となる。当時、男性は諜報員としては余り有能とは言い難く、危うい所をクルーゼに助けられて、情報の遣り取りをする様な関係となった。
 本当ならば、この男性を脅迫でもして服従させれば早いのだろうが、地球側にこの事が露見したとなれば男性は他の所へと飛ばされるか殺されるしか無い。
 クルーゼからすれば、せっかく手に入れた情報源をみすみす逃す事となるならと、対等に近い関係を結んだのだった。

「君のそう言う謙虚な所は気に入っている。でなければ、殺していただろうな。そこでだが頼みがある。君に協力をして貰いたい事があるのだ」
「あんたには感謝こそしているが、こっちもサービスでやってる訳では無い。協力させたいなら、それだけの物を用意して欲しいな」
「何も危ない橋を渡れと言っている訳では無い。君にはいつも通りの役目と、地球側へ多少の無理を伝えて貰うだけの事だ。感謝しているなら、少しの協力くらいしてくれても良かろう」

 男性が不機嫌そうな口振りで反論すると、クルーゼが薄い笑みを見せた。
 どの様な事にも見返りは必要であり、それが無い限り取引は成立しないが、過去に男性はクルーゼに助けられている。そして、何よりも、逃げ場の無い彼からすれば、このプラントではクルーゼは自分の身と家族を守る為の糧となるの存在なのだ。
 男性は自分が不利な立場にあり、クルーゼに生かし生かされている事を改めて自覚する。

「……何をするつもりだ?」
「まだ教えられんな」
「……俺の身の安全は?」
「君は諜報員なのだろう?自分の身は自分で守るべきと思うがな」


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 険しい顔つきで男性が聞いて来ると、クルーゼは冷たく言い放った。
 男性は沈黙すると、少し考えてから自分の身の安全を確認するかの様に聞き返す。

「……俺自身が、必要以上に危ない橋を渡る訳では無いんだな?」
「ああ、約束しよう」
「……分かった、協力しよう。但し、こう言うのはこれっきりだ」

 クルーゼが頷くと、男性は過去に助けられた借りを返す為に協力する事にした。
 二人を乗せた車は繁華街の外れに差し掛かり、クルーゼはブレーキを踏むとゆっくりとスピードを落として行った。

「分かっている。近日中に連絡をする。それまで見つからぬ様にな」
「こちらがドジを踏む訳には行かないのは知っているだろう。そう簡単には見つからんよ」
「そうだったな」

 男性はドアに手を掛けて苦々しげに言うと、クルーゼは顔も向けずに答えた。
 そして、男性が扉を開けて車を降りて行くと、再びクルーゼはアクセルを踏んで車を走らせた。
 繁華街を抜けると、クルーゼは徐に携帯電話を取り出し、とある番号を呼び出してボタンを押し込んだ。数回の呼び出し音の後、耳に聞き慣れた男性の声が聞こえて来た。

『はい、デュランダルです』
「ギルバート、私だ」

 クルーゼは心から安心した様な笑みを湛えて、電話の向こう側にいる友人である遺伝子科学者ギルバート・デュランダルの声に応えた。
 電話越しに落ち着いたギルバートの声が心地良く響く。

『ラウか、久しぶりだね。こんな時間にどうしたんだい?』
「どうと言う事は無いのだが……。レイは元気か?」
『ああ、元気だとも。最近は、君を追い掛けてザフト軍に入隊すると言っているくらいだ』
「そうか……」

 自分と同じ身の上で生まれたレイ・ザ・バレルと言う少年の近況を聞き、クルーゼは仮面の下に感慨深げな表情を浮かべた。
 思いに耽る間など無く、すぐにギルバートの声が帰って来る。

『戻って来ていると聞いたが、たまには顔を見せて欲しい物だな。君が来るとレイも喜ぶ。何なら、今からでも待っているつもりだが』
「……フフッ、それならお邪魔させてもらおう。一杯付き合って欲しい」
『分かった、良い酒を用意して待っているよ』
「それは楽しみだ。それでは、また後でな」

 クルーゼの口調はいつもよりも軽く、ギルバートとレイに顔を合わせるのを楽しみにしている様だった。
 電話を切ったクルーゼはアクセルを踏み込む。車は更にスピードを増して、真夜中の道を駆け抜けて行った。


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 朝を迎えた砂漠では、陽が上がってから数時間経ち、ジリジリと気温が上昇し始めていた。
 既に外で作業をするにはかなり厳しく、ラゴゥの攻撃で破損したアークエンジェルのスラスターの修理は、主に日の落ちた時間を使い行われている。
 徹夜での作業を終えた整備兵達が疲れた顔を見せながら、ぞろぞろと二番カタパルトデッキの方から格納庫の中へと戻って来ている所だった。
 その反対側、一番カタパルトデッキにはスカイグラスパー二号機がテスト飛行の為の発進体勢へと入り、エアロックが徐々に閉じられ、その機体を隠して行く。

「スラスターの方はどうだ?」
「まだ修理は掛かりますけど、ストライク程じゃ無いですよ」

 スカイグラスパーを見送ったマードックが、戻って来た整備兵達に声を掛けると、その班を纏めている、やや若めの整備兵が足早に近付いて来て答えた。
 マードックは腰に手を当てながら頷くと、ストライクの修理に人員を割く為に聞き返す。

「そうか、何人かストライクに回すが良いか?」
「ええ。スカイグラスパーの方は?」
「昨日のうちに終わっちまったよ。あいつらはエールパックの方をやらせてる」
「どのくらい掛かりそうですか?」
「パックの外装交換と右のサーベルマウントのユニット交換だけだ、そんな掛からん。νガンダムもパーツ洗浄と簡単な整備だけだから助かってるんだが……」

 顔を顰めながらマードックは答えると、ハンガーに収まっているストライクとνガンダムを見上げた。
 ストライクは修理に少なくとも三日程掛かる予定となっているが、それ以上に性質が悪いのは、実はνガンダムの方だった事が整備中に判明した。
 νガンダムの駆動系のパーツはヘリオポリス以前からの激戦が祟り、金属疲労が確実に限界へと近付きつつあった。特に右腕の駆動系はサーベルを振るう事が多かった為に磨耗が激しく、いずれは反応速度が著しく落ちたり、最悪、動かなくなる事も考えられた。
 全ては予備パーツが無い為にこの様な事となっているのだが、指折り数える程の戦いならば、まだ誤魔化しながらでも運用する事は可能ではあった。しかし、戦闘内容いかんに因っては二、三戦で限界が来ても可笑しくないのが現実と言える。
 整備兵はマードックと同じ様に、並ぶ二機を見上げた。

「ストライクは第八艦隊からの補給が利いてますね」
「ああ。だが、こんな時だからこそ、一番欲しかったのは人手なんだけどな。……νガンダムはパーツが無いから、どうしようもねえ」
「ですね……。今更ですけどモルゲンレーテも、良くワンオフでνガンダムを造らせましたね。どっちかに規格を合わせて造れば、こんな苦労は無かったのに」
「……俺達が文句言っても仕方無いだろ」

 愚痴を零す整備兵に、マードックは厳しい視線を投げつつ答えた。
 以前から、νガンダムの駆動系などの箇所は他の者達に任せる事も多かったが、コックピット周りだけはマードックが整備を担当し、誰一人、中へ入る事を禁止していた。
 その為、アークエンジェルの整備兵達は謎が多いνガンダムの話題で度々盛り上がっていたが、マードックが凄味を利かせて話を揉み消すと言う事を繰り返した為に、ある意味、表立ってこの機体の話をする事はタブーとされている。
 だが、整備をする彼らからすれば、パーツ等に記されたアナハイム・エレクトロニクスと書かれた文字に、自然と目が行くのは当たり前の事だった。
 上司の視線に肩を竦ませた整備兵は話を変えるつもりが無い様子で、以前から疑問に思っていた事を口にした。

「まあ、そうなんですけどね。それよりもアナハイム・エレクトロニクスって聞いたことありますか?」
「……さあな」
「やっぱり、νガンダムってモルゲンレーテが、そのアナハイム・エレクトロニクスって所に造らせたんですかね?とにかく凄いとしか言い様が無いですよ。
 でも不思議なのが、アナハイムって、北アメリカのアナハイムでしょ?大西洋連邦の勢力下だし、こんなの造れる企業があるのに、お偉いさんは何でわざわざ、ストライクの発注をモルゲンレーテなんかに出したんですかね?」


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 真実を言う訳には行かないマードックは濁す様に答えると、整備兵は更なる疑問をぶつけて来た。
 アナハイム・エレクトロニクスと言う社名に都市の名が入っている事を考えれば、北アメリカのカリフォルニア州アナハイムにある事は間違い無いのだろうが、生憎この世界にはそんな企業は存在していなかった。
 やたらと知りたがる部下に、マードックは苛着いた様子で怒鳴りつける。

「俺が知るかってぇの!それよりもストライクの武装を充実させるぞ。予備のアグニを組み立てるか、搬入された物資の中にあるバスターの武器を装備させようと思うんだが、どう思う?」
「……どっちにしても組み立てなきゃならないのか……。ええっと、三五〇mmガンランチャーに九四mm高エネルギー収束火線ライフル……。二つを接続しての砲撃も可能ですか……。面白そうな武器ですね」

 整備兵はνガンダムの事に対しては「やっぱりか」と言った顔付きで、マードックが差し出して来たバスターの武装マニュアルに目を通した。
 マードックは整備兵からストライクへと視線を戻して口を開いた。

「特にバスターの三五〇mmガンランチャーは面制圧するには打って付けだ。X-ナンバーが出て来ないなら、今のストライクに装備させるだけの価値はあると思うんだがな」
「……それなら一二〇mm対艦バルカン砲もある訳ですし、ノーマルのランチャーストライカーでも良いと思いますけれど」
「俺はな、エールを使う事を前提で言ってんだよ。今のエールにランチャーストライカーだと、地上で使うにはバランスが悪すぎる。左肩に何か装備させりゃ良いんだろうが、重量が重くなるばっかりで機動性が落ちちまうからな。
 だが、バスターの三五〇mmガンランチャーなら、実弾だが広範囲に弾が散らばる。敵の数が多い時は、エネルギーを喰いまくるライフルよりも使い勝手は良いはずだ」
「……ああ、なるほど。ショットガンですか」
「そう言う事だ」

 考えを聞いた整備兵は、用途が近い武器を思い出して納得した様子で聞き返すと、マードックにニヤリと頷いた。
 もし、ストライクが機動力を生かして、近・中距離でバスターの三五〇mmガンランチャーを使いこなせれば、敵に取ってはかなりの脅威となるだろう。理屈からすれば、離れ過ぎなければ弾が確実に散らばる為に、余程反応が良い機体で無い限り、避け様が無いはずなのだ。
 整備兵が何か思い付いたのか、自信満々の顔を見せながらアイデアを提案する。

「……それなら、右肩にランチャーストライカー、左肩にバスターの九四mm高エネルギー収束火線ライフルをぶら下げさせて、手にはバスターの三五〇mmガンランチャー。背中にエールパックなんてどうですかね?」
「それだと重くなるだろ」
「ですが、あらゆる戦局に対応出来ますよ。動きが鈍いのなら、途中で装備を外せば良いんですから」
「まぁ、そりゃそうだろうけどな……」

 マードックは整備兵の言葉に、考え込む様にして顎を摩った。
 整備兵は想う所があるのか、ストライクが失った左肘の辺りに目を向けると口を開いた。

「……ヤマトがコーディネイターとは言え、まだ子供に守ってもらってるのも事実ですから。今、この船であいつに死なれて嬉しがる奴なんていないですよ。メカニックとして、やれる事はやっておかないと情けないですからね」
「……一端の口利く様になりやがって。こうなったら両方組み立てるぞ、覚悟しとけ!」

 マードックは少し驚いた様子で顔を向けると嬉しそうな表情で、臭い台詞を吐いた整備兵の背中を叩いた。

「……両方って、アグニも!?……マジですか?」
「あれはスカイグラスパーにも装備出来るんだ。それに、メカニックとして、やれる事はやっておきたいんだろ?一端の口、利いといて文句言うなってぇの!」

 整備兵は顔を引き攣らせながら聞き返すと、マードックはニヤニヤと笑いながら彼の背中を大きく叩いた。
 臭い台詞を吐いた整備兵は項垂れながら「こんな事を言うんじゃなかった」と、少しばかり後悔をした。


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 一機の戦闘機――スカイグラスパー二号機が、アークエンジェルのカタパルトデッキから、焼く様な陽射しが差す、砂漠の大空へと飛び立って行った。
 この機体、『エンデュミオンの鷹』と呼ばれるムウが操縦しているのだが、後部にあるシートには一度も空を飛んだ事の無いトールが、黄色いパイロットスーツに身を包み苦悶の表情を浮かべている真っ最中だった。
 スカイグラスパーは砂漠の青空を加速を続け、トールの肺を更に圧し潰す様な感覚が襲う。

「うっぅぅ……」

 トールの額には脂汗が流れ、食い縛った口からは声が漏れた。
 ムウはある程度の高度に達した所でスロットルを閉じて減速させると、余裕の表情で後ろにいる新米パイロットに声を掛けた。

「気分はどうだ?」
「はあぁぁぁ……ふぅ。……悪くないです!」

 酸素を肺に取り込んだトールは一息吐いてから答えた。
 ムウの目が笑った様に細くなると、操縦桿を握り直して言う。

「ふーん、そうか……。機体を捻るぞ、ビビんなよ!」
「あわっ!?」
「ハハハッ!イヤッホー!」

 突然の制動に体を振られたトールと、状況を楽しんでいるムウは同時に全く違う声を上げた。
 倒し込まれた操縦桿に従う機体は、地面を右手に見ながら少しだけ降下をすると、数分間捻る様に飛び続け、一気に急上昇を始めた。

「うっぅぅ……」

 一番大きなGに襲われたトールは、顔を歪めながらも必死に歯を食い縛る。
 グングンと上昇を続けるスカイグラスパーは、気が付けばほぼ垂直の状態にまで至り、機体は時が止まった様に滞空しながら動きを止めた。

「はぁぁぁぁぁあぁぁー!……すげぇ……!」

 Gが一瞬消えるとトールは一気に酸素を吸い込み、一面の青いグラデーションと太陽のコントラストに目を奪われる。
 ――が、機体が失速したのか、頭の下には砂の大地が広がった。

「えっ……!?……ぁあわぁぁぁ!」

 トールがパニックを起こした様に悲鳴を上げると、スカイグラスパーは機首を真下へと向け落ち始めた。
 勿論、ムウがわざとやっているのだが、トールに取っては初めての経験であり、それが故意であるかさえ知るはずも無い。

「いっけー!」

 ムウがスロットルを開くと、スカイグラスパーは地面に向けて一気に加速する。
 近付く砂の地面にトールは目を瞑り、更なる悲鳴を上げる。


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「うわぁぁぁ!」
「うぉりゃあぁぁぁー!」

 地面が迫り来る中、危険を知らせる警告音が鳴り響くと、ムウは一気に操縦桿を体に引き寄せた。
 スカイグラスパーが砂を巻き上げながら上昇にすると、すぐに水平飛行に入る。

「……はぁはぁはぁ……」
「どうだ?」

 息も絶え絶えのトールに、ムウは楽しそうに声を掛けた。
 余りの事に呆然とするトールは、口を金魚の様にパクパクさせながら答えた。

「……い、今のは……び、ビビリました……」
「チビッたか?」
「……た、たぶん」

 トールは首をカクカクと前後に動かした。
 ムウも自分が新米の時に経験しているだけに思い出した様に苦笑いを浮かべると、仕方無いと言った表情を見せる。

「まあ、初飛行だからな。どんな奴だって、初めての時は知らない間にチビってるだから気にすんな。どうせトイレパックが付いてんだし、漏らすだけ漏らしちまえよ」
「……は、はい……」

 トールは呆然としながら言われた通りに、ほっとした顔付きで下の栓を開放した。
 一分程した後にムウは、息を吐くトールに声を掛けた。

「おい、吐き気は無いか?」
「……あ、はい!だ、大丈夫です!」
「初めて飛んでみて、どうだ?」
「……な、なんか、ドキドキしました!怖かったけど、どこまでも行けるんじゃないかって……。すげー気持ち良かったです!」

 話しているうちに初めて飛んだと言う事を実感し始めたのか、トールは興奮した口調で言った。

「……そうか」

 ムウは少しだけ笑みを見せると、操縦桿をゆっくりと倒して機体を母艦であるアークエンジェルの方角へと向けた。
 飛ぶ事自体を嫌いな奴は育つ見込みは限りなく薄い。その点、トールは怖がりながらも飛ぶ事に抵抗を持っておらず、尚且つ「気持ち良い」とまで言ったのだ。それは少なくとも、戦うと言う事を抜きにしても大切な素質と言えた。
 ――こいつ、上手く育てりゃ、案外、大化けするかもしれねぇな……。
 心の中でムウは呟くと、トールをどう育てようかと考え始めた。


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 アークエンジェルのブリッジから見える光景は、一面の砂丘と青空。そして、上空にはアークエンジェルを飛び立ち、テスト飛行を行っているスカイグラスパーがあった。
 ノイマンがシートから立ち上がると身を乗り出す様にして、左右に蛇行しながら飛ぶ機体を見上げた。

「あれ、大丈夫なのか?」
「……フラガ少佐、ケーニッヒ乗せてんのに無茶するなぁ」

 トノムラも同じ様に身を乗り出し、テスト飛行をするスカイグラスパーを見上げて呆れた様に言った。
 ムウの操縦するスカイグラスパーの動きを見れば、同乗するトールの事などお構い無しに、機体を振り回している様に見えるだろう。
 艦長席の傍でモニターに映るスカイグラスパーを見ながら、アムロは苦笑いを浮かべる。

「ムウはかなり振り回しているな」
「はぁ……。テスト飛行と言うより、あれでは曲芸飛行ですね……」
「ああ。だが、シュミュレーターだけでは分からないからな。ムウはああやって、ケーニッヒ少尉を試しているんだろう」

 モニターを見詰めながら溜息を吐くナタルに向かって、一度肩を竦めてからアムロは答えた。
 スカイグラスパーは天に向かって勢い良く上昇を始めると、やがてその限界高度まで辿り着いた機体を垂直状態のままで制止させた。それも一瞬の事で失速する様に機首を下に向けると、物凄い勢いで急降下を始める。
 このまま行けば、地表に激突するのではないかと、ノイマンとトノムラは目を剥いて見守った。
 スカイグラスパーはギリギリと言った所で、砂を巻き上げながら再び上昇して行った。

「……あれで良いんでしょうか?」
「……さあ?だが、素質なんて、実際乗ってみなければ分からない物だからな」

 眉間を手で押さえながら呆れた表情を見せるナタルに、アムロは苦笑しつつも肩を竦ませて言った。
 水平飛行へと入ったスカイグラスパーを、ナタルはモニターで確認すると浮かない表情を見せる。

「ケーニッヒ少尉が少しでも戦力になるのならば、我々も助かるのですけれど……」
「じきに戦力ににはなるだろうが、俺達も悠長に構えてはいられない。キラの様なケースは稀な事だからな」
「……それは大尉も同じでしたね」
「大昔の事だがな。それよりも、ラクス・クラインの身柄を引き渡した後、ここを脱出するルートは決まったのか?」

 以前に聞いた話を思い出したナタルが少し抑え気味の声で言うと、アムロは頷いてから聞き返した。

「いいえ。まだですが、一応、思案している最中でして」
「幾つか候補は上がっているのか?」
「はい、これを見てください。西にザフト軍ジブラルタル基地、北に連合のユーラシア連邦。東に同じく東アジア共和国、中立の赤道連合。そして、南に連合の南アフリカ統一機構です」

 ナタルはスカイグラスパーの映っていたモニターに、アフリカを中心とした世界地図と勢力図、重要拠点を表示させた。
 モニターで見る限り、アークエンジェルは敵のほぼ中央にいる事が一目で分かる。目指すべきアラスカは遥か彼方と言っても過言では無く、その最短ルートをナタルは指し示した。


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「西に抜けるルートが一番早いのですが、ここにザフト軍ジブラルタル基地があり、正直な所、戦力的に本艦のみでは突破は不可能だと思われます。
 北に抜けるルートもありますが、……我々は一度、ユニウス・セブンでユーラシア所属艦と事を構えてしまっていますから、友軍とは言え、そう簡単に通してもらえるかは疑問が残ります」
「下手をすれば、また一戦する事になるか……。ユーラシアにも面子もあるだろうから、大西洋連邦には知らぬ存ぜぬを通して、俺達を拿捕しに来る可能性もあるな」
「……ええ。かと言って、南アフリカ統一機構側に向かえば、展開しているザフト軍とやり合う形になります。しかし、突破さえ出来れば後は楽と言えますが、ジブラルタル程では無いにしても、それなりに戦力が集中していると思われます。
 最後に東ですが、内陸部は山脈があり、本艦では越える事が出来ません。……我々は一番嫌な場所に降りて来てしまっているのです」

 芳しく無い現状に、アムロが眉間に皺を寄せて無くも無い可能性を口にすると、ナタルは頷いて深刻な程の困った表情を見せた。

「となると、無理にでも南進するか、東の海岸沿いに北上か、または西に向かいつつもジブラルタルを迂回しながらアメリカ大陸を上がって行くかか。あとは南東に向かいつつ南極を抜けるしかないか……」
「一番安全なのは、東アジア共和国の海沿いを北上するルートだと、私は思います」

 ナタルは自らの思案した中にあった、脱出ルートの一つを選んだ。
 判断理由は、南に向かうにしても戦況が不安定な上、南アフリカ統一機構側が、アークエンジェルに戦力を割いてくれるか不明な上、最悪な場合、ユーラシアの二の前に成りかねないと言う事。
 そして、ジブラルタルを迂回するとなると、敵基地からの増援と展開中の勢力を相手にしなければならない可能性が高く、挟撃される可能性も高いと判断。南極ルートはアフリカ大陸を抜けた所で敵対勢力下の大洋州連合が待ち受けている。と言った所だった。
 アムロはナタルの言葉に頷き、モニターを見詰め直して言う。

「最も、ザフト軍がどの程度、網を張って来るのかにも因るのだろうがな」
「ええ。ですが、ザフト軍が最新鋭の艦とモビルスーツを見逃すとは思えません。我々が逃げやすいルートには、確実に網を張って来るはずです」
「相手が我々とユーラシアとの事を知らないとすると、裏を掻く事は可能だな。その場合、ザフト軍は重点的に南北の戦力を増強して来る可能性が高い」
「知られている場合は……困難ですね。艦長がどのルートを選ぶのか知りませんが、どちらにしても戦闘を避ける事は出来ません」

 ナタルは浮かない表情で、隣に立つアムロと同様にモニターを見上げ言った。
 一年戦争当時、大人のいなかったホワイトベースでRX-七八ガンダムに搭乗していた頃よりは、アムロからすればマシと言えた。アークエンジェルの乗組員達はほとんどが大人で、ムウや自分の様に経験豊富な人間が乗っているのだ。
 アムロは自信ありげな顔付きで告げる。

「だが、この程度の事、切り抜けて行けるさ」
「……ニュータイプの感、ですか?」
「いや、経験だ。アークエンジェルならやれるはずだ」

 少し驚いた表情でナタルが聞き返すと、アムロは笑みを湛えて答えた。
 この様な状況を乗り越えられる言う、アムロの言葉がナタルに希望を与え、その顔に覇気を取り戻させた。


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 アークエンジェルの医務室では、ラクス・クラインのDNA検査が行われようとしていた。
 医務室の中にはラクスと軍医の他に、マリュー、キラ、バルトフェルド、アイシャ、ダコスタ、そして、少数人の両軍兵士が始まるのを待っている。
 だが、実際の所、ラクスが女性である為に、見張りとして立ち会うのは地球側の女性兵士のみと言う事になり、軍医を除く両軍の男性陣達は、医務室を出て行かなければならなくなったのだった。
 そんな中、キラはラクスを心配そうに見詰めていると、当のラクスは小首を傾げて微笑み返し、そしてキラが恥ずかしそうに俯くと言う行為が、大人達の影で幾度と無く返されていた。
 知らぬは本人達ばかりで、その遣り取りに若干名が気付いてはいたが、気にする程でも無いのか、誰も何も言う事は無かった。
 そうして時間がやって来ると、バルトフェルドが自分の部下達に向かって言った。

「さて、ここは軍医に任せるとして、僕達は待たせてもらおう。ほら、出ないと始められんだろうが」
「……それでは、こちらにどうぞ」
「ああ、ありがとう。そうだ、ヤマト少尉、君もどうだ?」

 ザフト側の者が待つ為の部屋へと案内する為に、マリューが付いて来る様に促すと、バルトフェルドは礼を言って、思い出した様にキラに声を掛けた。
 まさか、声を掛けられると思っていなかったキラは、ラクスからバルトフェルドに視線を向けた。

「えっ!?僕……ですか?」
「……ヤマト少尉に何か?」
「いや、昨日、彼らと話してみたいと頼んだだろう。出来ればアムロ・レイ大尉、ムウ・ラ・フラガ少佐とその部下の新任のパイロットも同席してもらえれば有り難いんだが。ラミアス艦長、構わないかね?」

 医務室を出ようとしていたマリューが振り返って聞くと、バルトフェルドは昨日の停戦を結んだ折に頼んだ事を口にした。

「……ですが、艦の守りもありますし」
「その事なら気にする必要は無い。君達は我々に取っては大事な客人だ。約束通り攻撃するつもりは無いし、守りなら外に居る俺の部下達に任せてくれればいい。少しは信用して欲しいな」

 バルトフェルドが渋るマリューに向かって、真剣な表情を見せた。
 事実、アークエンジェルから一キロ程離れた所に、戦闘車両が艦を守る様にして待機していた。それはバルトフェルドが、対レジスタンスの為に配置させた物である事はマリューも既に承知済みではあった。
 モビルスーツでないだけマシと言う物だが、そのモビルスーツが何時、レセップスから発進しないとも限らない。
 マリューは、砂漠の虎に負けぬ程の真剣さを見せて聞き返した。

「……本当ですね?」
「ああ、その為にサインを交わしたんだ。少なくとも期間内の安全は保障する」
「……分かりました。各パイロットを招集して。ヤマト少尉、一緒に来てもらえるかしら」
「……はい」

 バルトフェルドが答えると、マリューは頷き部下達に指示を出した。その部下の一人であるキラは渋々ながら了承する他無かった。
 キラはラクスの方へと顔を向けると、今度は彼女の方がキラを心配そうに見詰めていた。
 その表情を見て、キラは心配要らないと言う様に微笑むと、ラクスは一度頷いて、笑顔を見せながら小さく手を振った。
 その間に大人達は全員が医務室を退出していた為、キラは慌てて通路へと出て行った。
 通路に出ると、ザフト側の兵士達は、バルトフェルドの指示でその場を離れ、格納庫の方へと向かって行く。勿論、地球軍の警備兵も一緒であった。
 その場に残ったマリュー、キラ、バルトフェルド、アイシャ、ダコスタと地球軍警備兵が二名の一団は、艦長であるマリューを先頭に歩き始める。
 バルトフェルドの傍にいたアイシャが、先頭を歩くマリューの隣へと足早に近付き声を掛けた。


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「フフッ……艦長さん、大変そうね」
「ええ、状況が状況ですので……」

 マリューは毅然とした態度を見せていながらも、その口から出て来る言葉からは威厳と言う物など微塵も感じる事は無かった。
 その様子にアイシャは微笑を見せる。

「アンディなら嘘は吐かないから安心して。あなた、綺麗なんだから、少しは肩の力を抜いた方が良いと思うわ」
「……ありがとう。……はぁ」

 どう答えれば良い物かと、マリューは苦笑いを浮かべて小さく溜息を吐いた。
 キラが全員の後を一人で歩いていると、バルトフェルドが速度を落として歩幅を合わせて来た。

「ヤマト少尉」
「……なんですか?」
「まあ、そう嫌な顔をしてくれるな。少し聞きたい事があるんだが良いか?」

 見上げるキラは昨日程では無いが、不満そうな表情で聞き返すと、隣に並んだバルトフェルドは気にする様子も無く、笑みを湛えて言った。
 無視する訳にも行かず、キラは渋々応じる事にした。

「……答える事が出来ることなら、答えます」
「そうか。それなら聞かせてもらうが……耳を貸してくれ」
「……?」
「……君はラクス・クラインと、どう言う仲だ?」
「えっ!?」

 囁くバルトフェルドの声に、キラは驚いて思わず声を上げた。
 その声に、全員が振り返るが、キラは「何でも無いです」と、慌てた様子で誤魔化すと、再び歩き始めた。
 バルトフェルドはすぐに、キラに向かって囁き始める。

「さっき、医務室で彼女と良い雰囲気だったし、君に向けている目が明らかに違った。あれは女特有の物だったからな……。ラクス・クラインと何かあったんだろう?」
「そ、それは……」
「……図星か。安心しろ、俺にそんな事を報告する義務は無い。歳も歳なんだ、色恋多いに結構、結構」

 言い淀むキラの様子に、バルトフェルドはニヤニヤと笑みを浮かべて見せると、スッキリしたのか、満足そうな顔をしていた。


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「……はぁ」

 まさか知られるとは思っていなかったキラは、力尽きた様に息を大きく吐いた。
 そうして通路を歩いて行くとマリューが立ち止まり、扉を開けて部屋の中へと入って行く。
 中は思ったよりも広く、一五名程が入る事が出来る小、中規模のブリーフィングルームに椅子と長テーブルが置いてあった。
 マリューはバルトフェルド達に椅子に座る様に勧める。

「艦内なので、ソファと言う訳には行きませんが、どうぞ、お座りください」
「ああ、ありがとう。そろそろ、こちらからの物資が搬入されるはずだ。変な物は混ぜてはいない、安心して受け取ってもらえると有り難い」
「……分かりました。感謝します」

 腰を下ろしたバルトフェルドが、腕時計に目を向けて屈託の無い表情で言うと、マリューは頷き、ブリッジに連絡をする為に少しだけ席を外した。
 先程、通路でバルトフェルドの部下達が格納庫の方へと向かって行ったのは、この物資搬入の為であった。
 バルトフェルド達と向かい合う様に、テーブルの反対側の椅子へと腰を下ろしたキラは、敵将の顔を見詰めて口を開いた。

「……あの」
「何かな、ヤマト少尉?」
「……ラクスはちゃんとプラントに戻れるんですか?」
「全く、何を聞くかと思えば……。安心したまえ、それが今の私の仕事だ」

 真剣な顔を向けるキラの言葉に、バルトフェルドは一瞬、呆気に取られるが、すぐに真面目な表情を見せて応えた。
 ザフト側の下座に座るダコスタは、キラへと顔を向けたがその口を開く事は無かった。
 唯でさえ、キラはラクスとの関係をバルトフェルドに見破られている為、プラントに戻った時に彼女の身が危うくなるのを危惧していた。
 通路では『報告する義務は無い』とバルトフェルドは言っていたが、念を押すかの様にキラは頭を下げた。

「分かりました。ラクスの事、よろしくお願いします」
「フフッ、彼女の事が心配なのね」
「ああ、無事に送り出して見せるし、君との事を報告するつもりも無いからな。彼女の不利になる様な事は言わんよ。……それから一つ言っておくが、ラクス・クラインを送り出した後に、またやり合うんだ。恩返しとか言って、手を抜いたりしないでくれよ」

 微笑みながらキラを見詰めるアイシャに続き、バルトフェルドは軽く頷いて、片目を瞑っておどけた態度を見せながら言った。
 流石に今の遣り取りでダコスタもどう言う事が起こっているのか気付いた様で、驚きを隠せずにキラの顔をマジマジと見続けている。
 キラは砂漠の虎の言葉を聞き、やはり戦闘が回避出来ない事を悟ると睨み付ける様にして答えた。

「……僕達も、ここでやられる訳にはいきませんから」
「……それで良い。楽しみにしている」


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 同種であるコーディネイターの少年の返事に、砂漠の虎は満足そうにしながらも静かに頷いた。
 そして数分が経過し、マリューがブリーフィングルームへと戻って来ると、当たり障りの無い雑談が繰り返される。
 この雑談と言うのが面白い事に、アイシャとマリューの女性的会話がほとんどで、バルトフェルドがキラとラクスの関係に言及する事は全く無かった。
 その雑談に男性陣が苦笑いを浮かべていると、扉が開きアムロが姿を現した。

「アムロ・レイ大尉、入ります」
「これはこれは、わざわざ呼び付けてしまって申し訳無い」

 足を踏み入れたアムロは敬礼をすると、バルトフェルドはわざわざ歩み寄って握手を求めた。
 握手を交わしながらも停戦協定と自分の階級の事を踏まえて、アムロは敵であるバルトフェルドに紳士的態度を採る事にした。

「……いいえ、別に構いません。フラガ少佐は後から来ます」
「出来れば昨日の様にフランクに話しをしてもらいたいな。私としても、その方が話しやすい」
「分かった。そうさせてもらう」

 肩を竦めなが言うバルトフェルドに、アムロは口調を戻すとキラの隣へと腰を下ろした。
 バルトフェルドは徐に時間を確かめると、ダコスタに声を掛ける。

「おい、ダコスタ。例の物を持って来てくれ」
「はい」
「あの、例の物とは……?」

 ダコスタがブリーフィングルームを出て行くと、マリューが不安そうな表情で尋ねた。

「ああ、変な物では無いから安心してくれたまえ」

 バルトフェルドは自信満々と言った感じで答えると、隣のアイシャは可笑しげに微笑を湛えた。
 その様子に、マリューはアムロとキラの方へと顔を向けるが、当の男性陣は知る由も無い事もあり、肩を竦めるだけだった。


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 洞窟と言うには広すぎる人口のホールで、アラブ系の男達が自分達のリーダーである男の話を不満そうな表情で聞いていた。
 この洞窟はレジスタンスの前線基地であり、昨日のザフト連合両軍が戦闘を行った場所からは、そう遠く無い場所にあった。
 彼らの前に立つ、反プラント派レジスタンス“明けの砂漠”のリーダー、サイーブ・アシュマンは、昨日アークエンジェルと取り交わした約束事を考慮した結果、暫くの間、ザフト軍に対しての攻撃を控えると、レジスタンスのメンバー達に言い渡している所だった。
 だが、メンバーからすれば賛同出来る訳も無く、不満と野次がホールの中を飛び交う。
 彼らの不満を抑え込む為に、サイーブは睨みを利かせて言った。

「お前ら、分かったな?」
「まさか、俺達に虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな。サイーブ!」
「……あんたは何時から、そんな腰抜けになったんだ!?」

 血気に逸るレジスタンスの青年達が、怒鳴りながらサイーブを睨み返した。
 彼らの間に際どい緊張が走り、見兼ねたキサカが割って入った。

「お前達、落ち着け!」
「……ちっ!あんたみたいな腰抜けに命令されたくも無い!……行くぞ!」

 エドルと言う名の青年は、舌打ちをしてリーダーである男を一瞥すると、踵を返して他のメンバーに向かって煽る様に大声を上げた。
 他の者達もそれに呼応する様に、次々と武器を手に取ってバギーへと乗車して行く。

「エドル!?待てっ、お前達!」
「行くのか?サイーブ!」

 暴走するメンバーを制止する為に、サイーブが怒鳴りながらバギーへ乗ろうとすると、カガリが駆け寄って来た。
 こうなってしまうと、そう簡単に止める事など出来ない事はサイーブにも良く分かっている。だが、見捨てる訳に行かなかった。

「放ってはおけん!」
「あ!サ、サイーブ!私も!」
「駄目だ!お前は残れ!」

 バギーへと乗り込んだサイーブは、乗る込もうとするカガリを突き飛ばすとバギーを発車させた。

「サイーブ!」

 尻餅をついたままのカガリは、走り去るバギーに恨めしそうに怒鳴ると、一台のバギーが横付けする様に停車する。
 カガリが振り向くと、横付けしたバギーの後部座席には既にキサカの姿があり、運転席に座る少年、アフメドが叫ぶ。

「乗れ!」
「うん!」

 カガリは喜々とした表情で頷くとバギーへと飛び乗った。
 三人を乗せたバギーは勢い良く走り出すと、先に行った者達を追い掛け始めた。

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